反芻
「まず、先ほどの問いの返しですが、復讐したいと思うのは至極当然のこと。
ですが、大事なのはその気持ちをどうコントロールするか、です」
絆音の言葉を反芻するように咲真は呟く。
「コントロール……」
「あなたに聞きたいことがあります」
「なん、ですか?」
「あなたが復讐したいのは警察組織なんですか?それとも個人?」
咲真はしどろもどろになりながら答える。
「えっと、
送られてきた情報が本当かどうかも、父さんが、冤罪かどうかも、まだ、わからないし、それでも、何かしらしたくて、もちろん冤罪ならもちろん個人にしたい、ですし………すみません。纏まってなくて」
「いえ、いきなり聞いた私も悪いです。冤罪かどうかは一緒に調べませんか?」
「え?」
思いもよらぬことを聞かれて戸惑う咲真。
「あなたに父親が冤罪かもしれないという情報が送られてきたことが復讐のきっかけ、ですよね?私はそれが誰か知っています。
直接話をしに行きませんか?」
「行きたいです!!
…………………それで、誰なんですか?僕に情報を送ってきたのは」
咲真はどうせ知らぬ名前が出てくると踏んでいたが絆音の口から出た名前は咲真も知っている人だった。
「あなたに情報を送ったのは
警視庁捜査三課の塚田滋さんです」
「塚田さんが?僕の父のことを知っている?」
呆然と呟く咲真に絆音が淡々と説明を加える。
「どこのデバイスから情報が送られているかを確認したところ塚田さんのスマートフォンから送られてきていました」
「怪盗の件も塚田さんがいるからあそこに情報を流したんですか?」
「その件もないと言えば嘘になりますね。
それで、行くんですか?」
絆音の問いかけに咲真は腹をくくったようにはっきり答える。
「もちろん、です」
その言葉を聞くやいなや絆音はすっと立ち上がり部屋の扉へ向かい、こう言う。
「それでは今から行きましょう」
「え?」
「もう塚田さん待たせているので、あ、ちなみにあなたの名前で呼び出しています」
「えぇ?!」
咲真は先ほど腹をくくったのが嘘のように取り乱す。
そんな咲真を尻目に絆音は提監の扉を開ける、と誰かに話しかける。
「おや、おはようございます。白木さん。今来られました?」
「あぁ」
眠そうな声で絆音の質問に答える白木。
「お、おはようございます!」
咲真は慌てて立ち上がり白木に挨拶をする。
「おぉ、津城が珍しく朝早いと思ったら咲真くんもいたのか」
「はい」
「…………………珍しくは余計です」
「本当のことだろー」
ニヤニヤしながら楽しそうに白木は津城に言う。
それに対し絆音は、ぐうの音も出ないようで、口を真一文字に結んだ。
「とりあえず、咲真さん。行きますよ」
「は、はい!」
咲真は絆音に急かされ絆音の後に続く。
そして、提監の扉が閉まった。
「聞くつもりは、なかったんだがなぁ」
一人の部屋で白木は後悔の念を隠しきれぬ声色でそう、つぶやいた。
(もうすぐ、今日は羽藤も来るし、元気元気!……津城、うまくやれよ)
* * *
「それで?僕の名前で塚田さんを呼びつけたんですか?」
「えぇ」
「なんで?!」
今から父のことを知っているかもしれない人と話に行くことよりも、絆音が自分の名前を使って塚田を呼びつけたことに咲真は驚愕し、緊張など吹っ飛んでしまった。
「では私の名前で呼んだとして、どちらの名前を出せば良いのですか?」
「あ」
そりゃそうか、と咲真は思う。
情報屋:shrineの名は、まぁ、言わずもがな。
津城絆音の方は、誰?と思われるだろう。
「勝手に名前を使ったことは謝らせていただきます。
すみません」
「いえ、まぁ、そういうことなら許します。とりあえず、待たせてるんだったら早く行かないと!」
そういって絆音の前に出た咲真。
だが絆音は咲真を見据え、
「私が前です。案内します」
こう、しっかり言った。
「……はい」
(さすがに、会議室なら僕、場所わかります)
歩くこと数分。
「ここです」
絆音が立ち止まった場所は、
「ここって、」
「はい、内密に話すにはここが良いでしょう?」
「まぁ、確かに」
資料室であった。
絆音は扉を開ける。するとそこには、絆音の言っていた通り、塚田の姿があった。
「なんで〜こんな所に呼び出したの〜?谷川くん、……って誰?」
塚田のいつも通りの間延びした声が聞こえる、が、絆音の姿を見て表情を一変させる。
「はじめまして、私は津城絆音です。そしてここに呼び出したのは私です」
「へぇ?」
少しピリついた空気に咲真は出て行きにくさを押し殺して入っていく。
「あの、ちゃんと、僕もいます。あと、この人は、別に危険人物とかではなくて、」
「そうなの〜?」
ピリついた空気が少し霧散する。
「とりあえず、話をしにきたんですけど、いいですか?」
「ん〜、まぁいいよ」
三人は資料室に入る。
そして絆音はしっかりと扉を閉めた。
その後、三人は資料室の椅子に座る。
「改めて、直接会うのは初めてですね。
私は津城絆音です。又の名を情報屋:shrineと申します」
「………………ん?今なんて言いました?すみません幻聴が」
絆音があまりに軽く言うので塚田は幻聴だと思ったようだ。
「私、情報屋:shrineです」
絆音がもう一回、今度はゆっくり言う。
塚田はそれを咀嚼するかのようにゆっくりと時間をかけ受け入れをしているように咲真には見えた。
「…………………………………なるほど。受け入れました」
「だ、大丈夫ですか?塚田さん」
「うん、大丈夫だよ〜、ちょっと、驚いただけだから」
「あなたの名前を聞いても?」
「………俺の名前など知っているのでは?」
もちろん、絆音は把握している。
「私が一方的に知っているのは嫌なのです。
……名前と過去に関しては私はたとえ知っていたとしても本人の口から聞きたい、と思っています」
絆音はまっすぐ芯のある声できっぱりこう言った。
「それは信念、ですか?」
「えぇ、そのようなものです」
「……塚田滋です。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
「谷川、咲真です」
空気に乗せられて咲真もなぜか自己紹介をする。
自己紹介が全員すんだところで塚田が話を切り出す。
「それで?なんのお話ですか?」
絆音は咲真に目配せをする。それを受け取り、咲真は口を震わせながら開いた。
「ぼ、僕の父さんの話、なんですけど、」
塚田は何も答えない。が、かわりに目がすうっと細められる。
「咲真さんのスマートフォンに情報を匿名で送ったのはあなたですよね?塚田さん」
塚田は観念したように呟く。
「……………いずれ、言うつもりではあったけど、こんなに早いとは。
いや、まぁ、情報屋:shrineがついているんだから当たり前、か」
目を伏せて言う塚田。
「僕の父のこと、知ってるん、ですよね?」
「……知ってるも、何も、俺が地方の、刑事になったばかりの時の教育係、でした。
その後先輩は警視庁捜査一課に引き抜かれましたけど」
「そう、だったんですか」
「えぇ。
あんなに、
優しくて、
市民を守ることを第一に考えていたあの人が、
よりにもよって、市民の信頼を裏切るような!
横領なんて、する、わけがない!」
塚田は声を荒げる。
「だけど、あの事があった時、俺はまだ、地方の刑事。
抗議しようが俺の意見など絶対に聞き入れてもらえない」
憎しみや恨みのこもった目をどこかに、───おそらく、警察組織の上層部だろう────に向けて塚田は喋る。
「だから!
俺は、せめて、後になってでも、先輩の無実をはらそうと、それはもう、死に物狂いで出世しようと頑張りました」
「そう、なんですか」
咲真は父親のことを信じて、動いてくれている人が自分の他にもいることを知り、涙目になる。
「ありがとう、ございます。父さんを、父を信じてくれて、動いてくれて、」
堪えきれず、涙を頰につたわせながら咲真は礼をする。
「こちらこそ、ありがとう」
「僕は何も、してません、いえ、できてません」
「そんなことないよ。
咲真くん、君が先輩…お父さんを、
恨んだ時も、あったかもしれないけど、
今、君はお父さんのために動こうとしている。
それが、俺はとても嬉しい」
「そう、ですか」
そのなか、絆音は
(私今すっごく、存在空気なのでは?)
と、気まずさを感じずにはいられなかった。
そのため、絆音も気まずさを紛らわせるため口を開く。
「それで、咲真さんのお父さんは無実だと、塚田さんは思っているのですよね?」
「…………えぇ、」
「その、根拠は?
それとも、既に事実を知っているのですか?」
長い、長い、沈黙を塚田は、破る。
「知って、います。
俺に、
もっと、技術があれば、
もっと、早く、事実に辿り着いて、いたのならば、
もっと、度胸と覚悟があれば、
君は今、涙を流すことも。
事実を知って悩むであろうことも、
おそらくなかった。
ごめんね」
泣きそうに噛み締めるように、塚田は言う。
「事実、知りたいです。お願いします。
教えてください」
咲真はすくっと立ち上がって頼む。
「君は、事実を知ったら、絶対に思い悩む。
それでも、いいの?」
「構いません」
咲真は即答。
「人生、思い悩んでいない人なんていません。
むしろ
今ここで隠されたら、僕が警察官になった意味がありません」
その返答を聞き、塚田は深呼吸を、した。
「そっか。
なら、言うよ。
君のお父さんは、横領の罪をなすりつけられた」
「誰に、ですか?」
「君のお父さんの先輩で、俺にとっても先輩の、
現在、この警視庁の上層部に所属している、
佐々木恭介
君の同僚の、佐々木葵の父親だ」
咲真の頭が、塚田が言った言葉で埋め尽くされ、真っ白になった。




