遊び
ある秋の日の放課後、ランドセルを背負った咲真はすっかり紅葉した森を眺めつつ、歩いていた。
そして、誰かを見つけ、顔に笑顔を浮かべその誰かに走って行った。
「やっほー!力にぃ!」
「おう!咲真じゃねぇか!」
咲真が話しかけたのはこの村の若者集団のうちの一人だった。
その集団は大抵街へ出て出稼ぎをしており、そのお金の一部を村に寄付してくれているので、村のみんなからとても慕われている。
そのなかのリーダー格にいるのが咲真が話しかけた。力にぃ、
斑目力也である。
「ねぇねぇ力にぃ、もうすぐ村出ちゃうんでしょ?」
「そうだなぁ、ま、すぐ帰ってくるさ!」
「わかった。じゃあね!」
咲真は斑目に手を振り走っていった。
向かったのは、もちろん沼である。
「玄にぃ、いる?」
咲真は小声で呟く。
風が吹いた。
そして、その風が止んだ頃、咲真の後ろに立つ者がいた。
「いつもより、五分遅いぞ」
と、拗ねたように言うのはいつものように真っ黒な服装で綺麗な青い目。
玄だ。
「ごめん!ちょっと話してて」
「ふんっ、まぁ、いい。それで?学校はどうだったんだ?」
「ふふふ、国語のテスト、百点だった!!」
よくぞ聞いてくれたとばかりに咲真は笑い得意げにテスト用紙を玄へ見せた。
「やるじゃないか。次も頑張れよ」
玄は微笑み咲真の頭を撫でた。
「うん!」
咲真は撫でられたことに満足そうに笑い、返事をした。
「それでさ、玄にぃ、村のどこに住んでるの?」
咲真が思い出したかのように玄に聞く。
「え?」
玄は虚をつかれたように固まったが、それは一瞬のことで、すぐさま意地の悪い、いたずらっ子のような笑みを浮かべ
「秘密」
と言った。
「えー!なんでよ!」
「秘密なものは秘密ー」
「ケチ」
「悪かったなー。どうして私の住んでいるところなんて聞くんだ?」
「雨の、時とか、話せないから」
目を伏せて言う咲真に、玄はふざけて言う。
「なんだ〜?そんなにもっと私といたいのか?」
玄は軽くいじったつもりだったのだろうが、咲真は恥ずかしそうに顔を赤くして叫ぶ。
「………〜っ!……そうだよ!というか!もっと、玄にぃとやりたいこと、いっぱい、あるんだ」
その答えに玄は目をこれでもかと見張って驚く。
「悪い?」
咲真の問いに玄は答えず、右手で目元を覆い、急にしゃがんだかと思いきや、左腕で咲真を抱きしめた。
その時、咲真は玄が泣いていることを悟っていた。
だが、経験上泣いている人はそっとしておいた方が良いとわかっていた。
だから、そっと、咲真は玄を抱きしめ返した。
玄の体は一瞬、ビクッと震えた。
そして、少し震える声で、
「ありが、とう」
と言った。
それを見ているものが一人。
(へぇ、こりゃぁいい)
* * *
時は過ぎ、十二月、咲真は鼻歌まじりに沼に来ていた。
「ふんふふんふふーん♪玄にぃ!玄にぃいるよね?」
「…………いるが?なんでそんなに上機嫌なんだ?」
「あのね、僕もうちょっとで誕生日なの!!」
とても嬉しそうに咲真は笑いながら言う。
「そうなのか?何歳になるんだ?」
「九歳!」
「……………そうか、九歳か。それで誕生日はいつなんだ?」
「ふふふ、十二月十八日!あと一週間!」
自分の誕生日を自慢するというなんとも小学生らしい言動をする咲真のことを玄は微笑ましく思い、頭を撫でた。
「贈り物は貰うのか?」
「うん!じぃちゃんとばあちゃんがケーキ買ってくれるんだって!」
「よかったな」
「ん!!」
咲真は幸せを噛み締めるように頷き、笑った。
玄は、それを見て、
(誕生日、か。この子は私が何かあげれば喜ぶのだろうか。
何をあげよう?)
と、とても楽しい考え事をしていた。
だが、咲真がその贈り物を受け取ることはなかった。
咲真が何者かによって攫われてしまったからだ。
事が起こったのは、十二月十六日。
咲真は学校を終え、いつも通り沼へ向かおうとすると、友達から声をかけられた。
「なあなあ!咲真!今日遊びに行こうよ?」
「ごめん、今日も用事あって」
無論、玄にぃのことである。
「いっつもそればっか!用事って何?」
「えーっと、、」
「言えないじゃん!」
「それは、その」
「じゃあ、ちょっとだけ!ちょっとだけでいいから!遊ぼ?」
「ちょっとなら、いいよ」
咲真はちょっとならいいか、と思い、友達と遊ぶことにした。
だが、咲真はちょっと遊んで帰るだけのつもりが、少々長く遊んでしまった。
「ごめん!!ちょっと用事があるから!」
時間を見て、しまったと思った咲真は急いで沼へ向かった。
「ごめん、玄にぃ、遅れた。いる?」
いつもならばすぐに玄は出てくるのだが、今日に限り、出てこなかった。
(どうしよう。どうしよう。玄にぃ怒っちゃったかな?)
そんな咲真に近づいてくる落ち葉を踏む足音が聞こえた。
咲真は直感的にそれは玄ではないと感じた。
(ヤバい!沼に来てるってバレたら怒られる!
隠れなきゃ!)
そう思い、沼の近くにあった茂みに隠れた咲真。
少し平静を取り戻し、耳をすますと聞き覚えのある話し声が聞こえた。
(力にぃ?何話してるんだろう)
だが、一人でいるところを見るに、電話をしているらしい。
隠れたまま聞き耳をたてていると、斑目が驚きのことを言った。
「えぇ、ですから、この村、もうちょっとで支配できそうです。
村のヤツら、これっぽっちも、俺らのこと怪しんだりしてませんから」
咲真の頭に今斑目が言った言葉がぐるぐる回る。
(え?支配って、なんのこと?え?
うそ、だよね?)
「支配が終わったら、この村好きにしていいんすよね?」
電話の相手から良い返事が聞けたのか、咲真は斑目が声を殺しながら笑っているのがわかった。
(とりあえず、見つからないようにしないと、)
そう思った矢先であった。
ガサッ
咲真の足から枯れ葉を踏んだ音がした。
(ヤバいヤバいヤバいヤバい絶対気づかれた)
咲真は出そうになった声を両手で必死に抑えながら、これ以上音が出ないようにする。
「…………気のせいか」
斑目がそう呟くのが聞こえた。
咲真がほっとして、体の力を抜いた。
その時。
「いるよな?咲真?」
そんな声が咲真の頭上から聞こえた。
咲真が、恐る恐る、声がした方を向くと、獲物を見つけ心底嬉しそうな、肉食獣の目をした、斑目がいた。
咲真の本能と理性が同時に、『逃げろ』と警鐘を鳴らした。
だが、咲真の体は金縛りにあったかのように動かない。
(動け動け動け動け動け動け)
「今の話ぃ聞いてたよな?咲真」
咲真は恐怖のあまり声が出ず、必死に首を横に振る。
「嘘はよくないなぁ?」
斑目はずぅっとニヤニヤしている。
(動いて!動いてよ!僕の足!)
咲真は自分の足に必死で力を入れるがそれは震えて意味をなさない。
「とりあえず、一緒に来てもらうぜ。咲真」
斑目の手が咲真に向かって伸びる。
(いやだ!いやだ!)
咲真は最後の力を振り絞って斑目の手から逃れるため走り出す。
(じぃちゃん、ばぁちゃん。たすけて。
たすけて!玄にぃ!)
それを見て、斑目は焦ることなく嬉々として言う。
「あー………鬼ごっこかぁ?いいぜ、最後に遊んでやる」
咲真は森の中を駆け、ある時は、茂みに隠れ、逃げ回る。
だが、斑目は真綿で首を絞めるようにじわじわと追いつめていく。
そうしているうちに太陽が沈み、少しが経った。
森の中は、暗闇だ。
「はっ、はっ、はっ、」
(ここどこ?力にぃ多分近くにきてるし、とりあえず、隠れなきゃ)
「なぁ〜、咲真〜、もう鬼ごっこ終わりにしようぜ〜」
そう言いながらザクッ、ザクッと落ち葉を踏み締め近づいてくる斑目。
それはその時の咲真にとって死刑宣告に等しい。
(やだ。捕まりたくない)
そう思いまた走り出す咲真だが、なんせ暗闇である、木の根がなにかにつまづき、転んでしまった。
「あっ……っぅ!」
「つかまえた」
そこから咲真の意識はない。
目が覚めた時、咲真を待っていたのは…………
「目覚めたか。
お前を殺すのは簡単なんだがなぁ、俺はお前を気に入ってるんだ。
だから、お前は今日から
俺の奴隷だ」
紛れもない、地獄だった。
* * *
「まぁ、そんなわけでそこから、
イろイロされて色々あって、
そこから命からがら逃げ出して、
父さんの実の姉の家庭に引き取ってもらって、
父さんのこととか、調べてたら、
なんか、父さん無罪かもって、横領なんかしてない、みたいな情報が回ってきて、そんなんっ!みたら!
父さんの逮捕が、すべての始まりだったのに!それが、冤罪?
復讐っ、したくなるのも当然、じゃ、ないんですか?」
泣きそうな声で絆音に、もしくは自分の正当性を自分に言い聞かせるように、咲真は、訴える。
絆音はそれに応えず、その代わりに立ち上がり、咲真に向かって礼をした。
「まず、話しにくいことを話してくださり、ありがとうございます。
次に、私の過去、ではありませんが私の話を聞いてくださいませんか?」
「わかり、ました」
戸惑いながらも咲真は言葉を返す。
「ありがとうございます」
絆音は座り、湯呑みに一度口につけ、話し始めた。




