無言と涙
「それじゃあ、始めましょうか。復讐のことを」
いつも通りの氷の様に固まった顔で絆音は言った。
「はい」
「まず、あなたの過去について、です」
咲真の体が“過去“のあたりで強張った。
「津城さんは、知って、いるんですよね?」
「はい」
津城はまっすぐに、咲真を見据え、答えた。
「ですが、私は人の過去、というものは記録や情報だけでなく、紛れもないその人自身の経験です」
絆音はゆっくりと諭すように言う。
「私は過去についてはなるべくその人の口から聞きたいのです、が、言いたくなければもちろん言わなくて構いません。
私のわがままで無理をさせるつもりなど毛頭ありま」
「い、言わせてください!僕も、復讐のことをお話しするのであれば、お話したいと、思っていたんです、」
声を震わせながら勢いよく言う咲真。
「良いのですか?」
「も、ちろんです」
咲真は深呼吸を一つして、話始めた。
「僕は、普通でした。小学、二年生までは」
* * *
咲真は専業主婦の母と警察官の父をもつ、本当に普通の小学生だった。
「おかぁさん!今日のよるごはんなぁに?」
ある日、咲真は台所に立つ母親に話しかけていた。
「ふふ、何かしらね~。できてからのお楽しみよ〜」
「わかった!」
「おとーさんは、いつ帰ってくるの?」
「今日はまだ連絡来ていないから〜、多分、七時ぐらいに帰ってくると思うよ?」
「やったぁぁ!じゃあじゃあ!ご飯終わったらみんなでトランプしよーよ!」
「いいよ〜。トランプで何する?」
「ババ抜き!今日は負けない!」
その時、玄関の扉が開き、疲れてはいるが明るい男の声が咲真達の耳に届く。
「ただいま〜、帰ってきたぞ〜」
「「おかえりー」」
「ほれ!コンビニのスイーツ新作出てきたから買ってきたぞ〜」
「やったぁ!!」
父の言葉に喜ぶ咲真。
「夜ご飯の後にしなさいよ?」
「「はーい」」
こんな日常が続く、はずだったのだ。
ある日、いつものように咲真が学校から帰った。
「おかぁさん!ただいま!」
普段ならばすぐに、“おかえり~。学校どうだった?”という明るい母の声が聞こえてくるはずなのだが、今日は返事がない。
だが、前にも返事がないことはあったので咲真は気にせずリビングへ向かった。
そこには、へたり込んだ母の姿があった。
「おかぁさん、どうしたの?体元気じゃない?」
「あぁ、咲真、おかえり、大丈夫よ」
どこか放心した様に答える母だが、咲真は母の言葉を信じた。
その日から、咲真の父は家に帰ってこなくなった。
その詳細を咲真が知ったのは父が帰ってこなくなって三日目のことだった。
クラスメイトと、先生がよそよそしくなったことを母に話したところ、母は泣き崩れた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
咲真はいつも明るく、優しい母がなくところを、ましてや泣き崩れるところなんて、見たことがなかったのでただ、困惑していた。
「おかぁさん、大丈夫?」
「やっぱり、咲真には話しておかないとね、」
それから母は鼻をすすって、指で涙を拭った後に、深呼吸をした後に口を開いた。
「真さんが、お父さんね、捕まったの、警察に」
咲真は頭が真っ白になった。
咲真の脳裏に、いつも優しい父、正義感のあって、自分の仕事に誇りを持っている父、あげたらキリがない、父の姿が浮かんだ。
咲真は父が警察ということもあり、警察に捕まることが“悪いコト”をした人だとわかっていた。
だから、父が“悪いコト”をした人、だということを理解したくなかった。
「うそ、だよね?おかぁさん」
咲真の声が静かなリビングに霧散する。
母はただ俯いた。
無言が、つらかった。
咲真は学校で白い目で見られる様になり、母は地域で肩身の狭い思いをし、家も特定され、マスコミが押し寄せるようになってしまったため、家も手放すこととなった。
父のことは母は聞いても、返事をすることはなく、いや、そもそも仕事でほぼ家にいないという状態が続いたため、いつしか、咲真は父のことを知るのを諦めた。
父が帰ってこなくなって一年と少しが経った。
母が倒れた。
咲真は、パニックになる頭をフル回転させて、母の携帯から救急車を呼ぶための番号を打った。
それから、救急車で母は運ばれたが、ほどなくして母は亡くなった。
絶望感が咲真の体を蝕み、咲真の顔に影が落ちた。
涙も、出なかった。
* * *
そこまで話すと、咲真は深呼吸をして、絆音の方を見た。
「あの、大丈夫、ですか?」
「はい、お心遣い感謝します。その、すみません、なんと言ったら良いのか」
「大丈夫ですよ。……………………津城さん、僕の過去ここからは知ってますか?」
「え?ここから、?」
珍しく戸惑う絆音。
「本当にすみません。過去のことを話すのが初めてなので、全部聞いてもらったら、何か、変わる様な気がするんです。聞いて、もらっても、いいですか?」
その言葉に絆音は目をキリッとさせ、背筋をシャンと伸ばしてこう言った。
「もちろんです」
(過去を乗り越えるためには人に話すことも重要ですから。……………………私が言えたことではないけれど)
「母が亡くなった後、僕は、母の実家で預かってもらえることになりました」
* * *
「咲真くん、久しぶり、ってほどでもないけど、覚えてる?おばぁちゃんですよ〜」
「おじぃちゃんだ」
雰囲気からも明るい祖母と寡黙ながらも優しい祖父は咲真を暖かく受け入れてくれた。
祖母と祖父の家は都会から離れた山の中にあり、呼子村というとても自然豊かなところだった。
咲真はそこで小学校へ通い、友達もでき、表情に明るさが戻るほど楽しい時間を過ごしていた。
「じぃちゃん、ばぁちゃん!ただいま〜」
祖父と祖母からの返事はなく、咲真が居間へ向かうと、“じぃちゃんとばぁちゃん買い物に行ってるからお留守番頼んだよ”という置き手紙が置いてあった。
そういえば、朝そんなこと言ってたなと思い出し、咲真は宿題に取り掛かった。
それをパパッと終わらし咲真は誰もいないことを確認し、外へ出た。
「今なら行っても大丈夫だよね?」
咲真は家で宿題を終わらせて祖母と祖父に口酸っぱく行ってはならないと言われた村のはずれの沼に一人で向かった。
祖母と祖父はその沼に行くと沼のほとりの岩に封印された黒狐に沼にひきずりこまれてしまうと言っていたのだが、そう言われると気になってしまうのが子供の性である。
「ここが沼、、」
そう言ってしゃがみ、落ちてあった木の棒で沼をつつく咲真に、忍び寄る陰があった。
「おい、お前」
「ぎゃあ!!!」
咲真はいきなり話しかけられたことに驚きバランスを崩し、沼へ落ちそうになった。
そんな咲真を助けながら男がこう言う。
「っと、言わんこっちゃない。そんなに驚くなよ。私はお前を取って食ったりしない」
「あ、ありがと」
「おう」
咲真がその男の方を見ると、男は黒髪で、黒いタートルネックに黒い羽織りを羽織って黒いズボンを履いている全身真っ黒な格好をしていたのだが、
目だけは青空と夜空を混ぜた様なとても綺麗な色をしていた。
咲真はその目に吸い寄せられそうになった。
「め、」
「お?私の目がそんなに気になるか?」
「うん。きれい」
咲真は素直に頷く。
すると男は嬉しそうに言った。
「そうかそうか、それじゃあ教えてあげよう。………立ちっぱなしもな、それじゃあ、あそこに座ろうか」
男の指を刺す先には切り株が二つほどあった。
「わかった」
二人は切り株に腰掛け、話し始めた。
「この目はな、私のお気に入りなんだ。生まれた時からこの目でね」
「そうなんだ」
「あぁ、そういえば、お前、村では見ない顔だな」
やはり村の人かと思い、咲真が男に問う。
「うん、最近ここきた。お兄さん名前なんて言うの?僕、咲真」
「玄だ」
「玄にぃ、って呼んでもいい?」
玄は一瞬きょとんとした後、一見すると寡黙そうな歳のわからない美しい顔の口をニヤリと歪ませこう言った。
「許そう。それじゃあ咲真、沼で私に会ったことは秘密にしてくれないか?」
「なんで?」
「なんでも何も、ここにきたと知られたら咲真、お前も怒られるぞ」
咲真は“あっ、”と思った。
「玄にぃは秘密にしてくれるの?」
「もちろん。そうでないと私も怒られてしまうからね」
玄は微笑み言った。咲真にはその微笑みがとても寂しそうに見えたが、それを指摘せずに“ありがと”と言った。
それから二人は他愛もない話をしていたのだが、もうすぐ日が暮れることを玄が気づき、立ち上がりながらこう言った。
「もうすぐ日が暮れる、咲真、そろそろ帰ろうか」
「えぇー!!もう?」
「お前の親御さんも帰ってきてるんじゃないのか?そうしたら心配させているぞ」
咲真は口を尖らせ、
「明日もここいる?もしかしたら来れないかもなんだけど」
「あぁ、いるさ。いなくても気にしない。またな咲真」
玄はこう言いながら咲真の頭を撫でた。
ここまで言われてしまっては咲真も帰らないわけにはいかない。
「わかった。またね、玄にぃ」
「あぁ」
咲真が玄と出会ったのは三年生の夏の終わり頃。
それから約半年。
咲真がもうすぐ小学校四年生になるであろう冬から、咲真の人生で本当の地獄を見ることとなる。
第十二話読んでいただきありがとうございます。




