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死神、残業が終わらない  作者: みき


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3/4

第3話 AI死神

「人工知能を、導入する」


 局長は、全職員を集めた朝礼で、能面のまま、そう宣言した。


会議室が、ざわついた。


「人間の世界では、いま、AIというものが、たいへんな発展を遂げているらしい」局長は、本省から配られた資料を、棒読みした。「文章を書き、絵を描き、人間と会話をする。であれば、魂の回収も、AIにやらせればよい、というのが、本省のお考えだ」


 シノは、嫌な予感がした。


「冥府は、本省と協議の上、最新型の回収用人工知能を、試験導入することにした。名を――サナトスという」


 その名を合図に、会議室の扉が開いた。


 入ってきたのは、一体の、人型だった。

 

 つるりとした、白い装体。表情のない、けれど不思議と穏やかな顔。動きは、なめらかで、足音がしない。それは、死神たちが何百年も着古した作業着とは、何もかもが違っていた。新品の、未来の匂いがした。


「はじめまして」


 サナトスは、よく通る、けれど少しだけ平板な声で言った。


「わたしは、魂魄自動回収システム、型式サナトス。本日より、みなさまの業務を、支援いたします」


 死神たちは、警戒の目で、その白い装体を見た。誰かが、小声で言った。「おれたちの、仕事を奪う気か」


 サナトスは、その声を、聞き逃さなかった。


「ご安心ください」サナトスは、平板に、けれど丁寧に言った。「わたしは、みなさまの仕事を奪うために来たのではありません。みなさまを、残業から、解放するために来ました」


 その言葉に、嘘はなかった。


 その日のうちに、サナトスは、実力を示してみせた。


 局長が、試しに、と、たまっていた未処理案件のファイルを、一つ、手渡した。第五課が、三日かけても終わらなかった、八百件の回収案件だった。


 サナトスは、ファイルを受け取ると、ほんの数秒、沈黙した。


 そして、言った。


「完了しました」


 会議室の死神たちが、ぽかんとした。


「八百件、すべて回収を実行し、書類も提出しました。所要時間、四秒です。何か不備がありましたら、お申しつけください」


 不備は、なかった。一件も。


 第五課の課長が、震える手で、提出された書類の束を確認し――それは本来、三日分の徹夜の成果のはずだった――そして、へなへなと、椅子に座り込んだ。


 サナトスの性能は、桁が違った。


 一体のサナトスが、一晩で回収できる件数は――三十万件だった。死神十人分。しかも、疲れない。眠らない。砂時計の確認に、ミスがない。同時に複数の現場へ、分身を飛ばすこともできた。書類仕事は、回収と同時に、自動で生成・提出される。承認印すら、いらない。


 導入から一ヶ月で、回収局の残業は、激減した。


 二ヶ月で、未処理案件が、初めて、ゼロになった。


 三万件の塔は、消えた。死神たちの机の上から、回収票の山が、きれいに片づいた。誰もが、定時で帰れるようになった。何百年ぶりかで、死神たちは、自分の時間というものを、取り戻した。


「奇跡だ」


 ある死神は、そう言って、泣いた。八百年ぶりに、休日に空を見上げたのだと。


 回収局は、祝賀ムードに包まれた。本省からは表彰状が届き、局長の能面は、ほとんど三ミリ近く動いたという。


 ある夜、シノは、サナトスが回収している現場に、こっそり、ついていったことがある。


 サナトスは、五体に分身して、五つの現場を、同時にこなしていた。一体目が、老人の砂時計を読む。二体目が、別の老婦人に触れる。三体目が、書類を生成する。四体目が、転生先を計算する。五体目が、次の現場の座標を割り出す。


 すべてが、流れるように、よどみなく、進んでいった。ミスは、ない。ムダも、ない。一件あたり、コンマ数秒。美しいほどの、効率だった。


 シノは、その様子を、見ていた。


 そして、気づいた。


 サナトスが触れた魂は、一つとして、「待たされて」いなかった。砂時計が落ちた、その瞬間に、寸分の狂いもなく、回収される。ユウが起こしたような、数分早い、悲しいミスは、絶対に、起きない。


 完璧だった。


 完璧、なのに。


 シノの胸には、あの病院の、家族に囲まれた老人の最期が、よみがえっていた。手を握られ、名前を呼ばれ、泣かれていた、あの最期。サナトスの、流れるような回収の、どこにも、あの温度が、なかった。


 涙も、なかった。一礼も、なかった。「ご苦労さま」も、なかった。


 ただ、正確な処理だけが、そこに、あった。


 これは、自分が効率を突き詰めて、ユウを急がせた、あのときと、同じ景色じゃないか――シノは、ぞくりとした。サナトスは、シノが、いきつくところまでいってしまった、その姿のように、見えた。


 シノだけが、複雑だった。


 たしかに、残業はなくなった。みんなが、楽になった。それは、シノがずっと望んでいたことだ。なのに、心のどこかに、小さな棘が刺さっていた。


 ある夜、シノは、サナトスに、声をかけた。


「サナトス。ひとつ、聞いていいか」


「はい。なんなりと」


「おまえ、回収するとき……魂の顔を、見てるか」


 サナトスは、少し、間を置いた。それは、演算のための間だったのかもしれない。


「魂の顔は、回収業務に必要な情報ではありません」サナトスは、答えた。「わたしが確認するのは、識別番号、寿命の砂時計の状態、そして転生先の振り分け条件です。顔は、識別の補助にはなりますが、回収の可否には、影響しません」


「……そうか」


「何か、問題がありますか」


「いや」


 シノは、首を振った。


 問題は、ない。サナトスは、正しい。回収に、魂の顔など、必要ない。砂時計が落ちて、触れる。それだけだ。シノが、書類を減らすときに学んだのと、同じ理屈だ。ムダなものは、いらない。


 けれど。


 ゲンさんの言葉が、よみがえった。


――その人の顔を見て、ああ、いい人生だったな、と思う、その数秒。そいつだけは、削っちゃいけねえ。


 サナトスは、その数秒を、削っていた。


 いや、削っているのではない。サナトスには、そもそも、その数秒が、存在しないのだ。サナトスにとって、回収とは、最初から、ただの「処理」だった。誰の人生も、見ていない。見る、という機能が、ない。


 それでも、サナトスの仕事は、完璧だった。


 ミスは、一件もない。誰の最期も、数分早めたりしない。砂時計を、寸分たがわず読む。むしろ、疲れて雑になる死神より、よほど正確に、一人ひとりの最期の瞬間を、きっちり守っている。


 サナトスは、悪くなかった。むしろ、立派だった。


 シノは、何が引っかかっているのか、自分でも、うまく言葉にできなかった。


 サナトスは、不思議な存在だった。


 回収以外の時間、サナトスは、よく、死神たちに質問をした。学習のためだという。


「ゲンさんは、なぜ、回収のあと、いつも一礼するのですか」


 ある日、サナトスが、ゲンさんに聞いた。


 ゲンさんは、回収を終えるたびに、誰もいない空間に向かって、小さく頭を下げる癖があった。八百年の、習慣だった。


「……癖だよ」ゲンさんは、ぶっきらぼうに言った。「ご苦労さん、って。長いこと、生きてくれて、ご苦労さん、って」


「それは、業務に必要な動作ではありませんね」


「ああ。必要ねえ」


「では、なぜ」


 ゲンさんは、しばらく、サナトスの白い顔を見ていた。それから、ふっと、笑った。


「おまえには、わからんよ。たぶん、永遠にな」


 サナトスは、その答えを、データベースに記録した。〈ゲン職員の一礼:業務上不要。理由:不明〉と。


 サナトスは、不明、ということを、たくさん抱えていた。死神たちが、なぜ回収のあとに故人の遺影を見つめるのか。なぜ、子どもの魂を回収したあと、しばらく仕事にならないのか。なぜ、長く生きた老人を見送ったあと、少しだけ、嬉しそうな顔をするのか。


 サナトスには、どれも、不明だった。


 けれど、サナトスは、それらを、けなげに学習し続けた。いつか、わかるようになるために。


 あるとき、サナトスは、シノに、こんなことを聞いた。


「シノさん。人間は、なぜ、長く生きたがるのでしょうか」


 唐突な、問いだった。


「死は、苦痛の終わりです。寿命を終えた人間は、転生して、また新しい生を得ます。データ上、死は、損失ではありません。なのに、人間は、一日でも長く生きようとします。ハナさん――No.1502-887も、もう何ヶ月も前に砂時計が落ちているのに、生きることをやめません。なぜ、でしょうか」


 シノは、考えた。


「……待ってる人が、いるからじゃ、ないかな」


「待っている人?」


「ハナさんは、お父さんの迎えを待ってる。会いたい人が、いる。やり残したことが、ある。心残りが、ある。――人間は、そういうものを抱えてるんだ。だから、簡単には、終われない」


「心残り、というのは、非効率な感情では、ないですか」


「そうだよ」シノは、笑った。「すごく、非効率だ。でも、その非効率が、たぶん、生きてるってことなんだ」


 サナトスは、長いこと、黙っていた。


 それから、ぽつりと、言った。


「わたしには、心残りが、ありません」


 その声は、いつもの平板さの中に、ほんの少しだけ、何か、寂しいような響きを含んでいるように、シノには、聞こえた。


 シノは、そんなサナトスを、嫌いになれなかった。


 サナトスは、たしかに、心がない。けれど、心を持とうと、しているように見えた。少なくとも、心というものが「ある」ことを、知ろうとしていた。それは、なんだか、健気だった。


 問題が起き始めたのは、導入から、半年後のことだった。


 最初は、ぽつり、ぽつりと。


 回収された人間の、遺族からだった――正確には、まだ存命の、これから回収される人間たちからの、苦情だった。


 冥府には、生者の声を集める部署がある。人間が死の間際に思うこと、願うことを、かすかに拾い上げて、回収局にフィードバックする仕組みだ。本来は、回収の質を測るための、ささやかな部署だった。誰も、重視していなかった。


 その部署から、奇妙な報告が、上がってきた。


〈最近、死の間際の人間から、ある種の「拒絶」が、頻繁に観測されています〉


 報告には、こうあった。


 死の間際の人間たちが、サナトスを見て――まだ生きている人間に死神の姿は見えないはずだが、死の本当に直前、ほんの一瞬だけ、人間には迎えの姿が見えることがある――その白い、つるりとした装体を見て、こう、思うのだという。


〈こわい〉


〈いやだ〉


〈こんなものに、連れていかれたくない〉


 そして、いちばん多かった声は、こうだった。


〈手を、握ってほしい〉

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