2話:光が消えたあと
エストリアの大樹が光に包まれていく。
それをリゼリアは少女と共に、丘の上から眺めていた。
「リゼリア様……」
首元で揺れる黒髪の少女が、不安そうにリゼリアを見る。
リゼリアは、少し見上げるように少女の方を見ると、目を細める。
「リネア……」
リゼリアはそう言って、外套の端を広げると、身を寄せたリネアを白い布の内側へ招き入れる。
外套の中で、そっと肩を寄せると、大樹へと視線を戻す。
「……どちらに転ぶかしら」
リゼリアの言葉に合わせるように、大樹から光が放たれる。
それは、エストリアとヴェストリアの境界、それすらも超えて迫る光が、青く広がっていた空を一瞬で遮ってしまう。
神々しい。そう言うことしかできないほど、その光景は圧倒的だ。
大樹の頂点からは、さらに強い光が走ると、八つの点を結ぶように、模様が浮かび上がる。
点から点へと光が走り、全てが繋がると、さらに光は強くなる。
「リネア……お別れね」
リゼリアの言葉に、リネアの瞳は光を揺らす。
「……はい」
ふたりは、大樹の上に浮かぶ模様を見続ける。
そして、模様の中心、その一点に光が集まった時だった。
暗転する。
白から黒へ。
光から闇へ。
空を覆っていた光は、一気に闇へと染まっていく。
「リゼリア様!」
リネアは叫ぶと、リゼリアを見る。
でも、その声が聞こえていないかのように、闇に染まった空を見続けている。
「……エストリアは本当に」
そう言ったリゼリアの瞳は、焦点を結ばない。
「リゼリア様!リゼリア様!」
何度も名前を叫び続けるリネア。
それに対して、ようやくリゼリアは口を開く。
「リネア、エストリアは失敗したのよ」
リゼリアが告げると、世界から明るさが失われていく。
少しずつ、影に覆われると、光が消えた。
……。
何も見えない。
何も聞こえない。
――。
気がつくと、私は地面に膝をついていた。
そして、真っ暗だったはずの世界には明るさが戻っている。
何も変わっていないと、そう思ってしまうほどに、いつも通りの景色が広がる。
「リゼリア様……これはどうなったのですか?」
私の問いに、リゼリア様からの返事はない。
さっきまで、隣に立っていたはずなのに、そう思いながら隣を見る。
そこには、目を見開き、震えるリゼリア様の姿があった。
「……どうしたのですか?」
リゼリア様が震えている姿なんて、今まで見たことがない。
だから、私は理由を聞こうと、立ち上がった時だった。
「私は……誰……?」
その言葉の意味がわからなかった。
そんなリゼリア様と目が合うと、震える口元が動いた。
「あなたは……誰?」
私は耳を疑った。
「今……なんて……?」
思わずリゼリア様の両肩を掴むと、両手に力が入る。
「離して!」
リゼリア様の手が、私を突き離す。
その出来事を理解することができなかった。
物心ついた頃から姉のように想っていたのに、今のリゼリア様には、その面影が見えない。
まるで、違う誰かになってしまったかのように感じてしまう。
そう考えた時だった。
視界の端へと、リゼリア様の姿が崩れていくと、足元から鈍い音が聞こえる。
それがわかるより先に、視線を落とすと、リゼリア様が地面へ倒れ込んでいた。
「大丈夫ですか!?」
リゼリア様の肩を揺らすと、微かな反応だけ返ってくる。
口元に手を近づけると、吐息を感じる。
どうすればいいのかわからない。
それなら、急いで村へ運ぶんだ。
村の人たちに助けを求めるんだ。
「失礼します」
リゼリア様の身体を起こすと、どうにか背負う。
軽い。そう思いながら、村へと向かう一歩を踏み出す。
ゆっくりと慎重に、転ぶわけにはいかないと進む。
階段を下る途中、ようやく村が見えてくる。
そのことに、少しだけ安心すると、再び前を見る。
早く村まで戻ろうと、急ぎ足になってしまう。
長く続く階段の終わりは、まだ見えない。
私は階段を下り切ると、村へ向かって走り出す。
何度も通ってきた道なのに、遠く感じる道を、ただ必死に走り続ける。
ようやく辿り着いた村。
誰かに助けを求めようと思った時だった。
自分の足音だけが響いた。
誰もいない。その現実だけが、目の前に広がっている。
「……なんで?」
静かだった。
リゼリア様の行く末を見守るために、村の中心にある広場に集まっているはずなのに。
そこは、ここからでも見える。それなのに、誰もいない。
違う。何かがいる。
揺れる何か。それは人の形をしているようにも見える。
それが、いくつも揺れている。
確認するべきだろうか。
そう思い、リゼリア様を物陰に座らせた時だった。
「ねぇ、君は誰?」
後ろから知らない声がした。
それでも、誰かがいるとわかったことが、救いに感じた。
だから、声がした方を見たのに、それは間違いだと思ってしまう。
長く伸びた黒い髪。光も宿さない、真っ黒な瞳を持つ女性。
どこか、リゼリア様と似たような顔つきをしているようにも見える。
それでも、少しだけ歪んでも見える、その姿は人とは思えない。
「君は……少しだけ違うね?」




