【霧の館の殺人鬼】
まもなく上映が始まります。
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上映中はお静かにお願い致します。
chapter . 1
大学3年の強子は、映画研究会に所属している。
だが、強子が風邪を引き寝込んだ1年前のあの日、他のサークルメンバー6人がキャンプに行ったきり、帰ってこなくなった。
マスコミもsnsでも騒がれたが何の進展もなく、迷宮入りしかけている。
強子は友人たちと一緒に、騒ぎが落ち着いた今、金光たちが消えたキャンプ場に調査に向かうことにした。
chapter . 2
キャンプ場への道は、車がやっと通れるほどの狭い道で、舗装もところどころ剥げ落ちている。
友人たちは強子ほど調査に思い入れがないため、各々はしゃいで、その様子に強子は小さく息を吐いた。
駐車場に着くと、ほとんど車はなかった。
シーズンオフということもあるが、やはり事件の影響もあるだろう。
管理小屋は閉まっていて、休憩中の札がかかっていた。
管理人とも話せないとなると、調査は難しくなる。
キャンプ場の入口からは湖が見渡せるはずだった。
だが、今日は霧がかかっていて視界が悪い。
湖の青色は乳白色の靄に包まれ、不気味なほど静かだった。
恐怖心が湧き上がる一方で、どうしても金光たちのことが頭から離れない。
警察の捜索でも何も見つからなかったのに、素人の私に何ができるというのだろう。
それでも、ここで引き返したら一生後悔する気がした。
chapter . 3
あんな事件があったにも関わらず、キャンプ場にはチラホラと利用者がいた。
人影を見て少し安堵する。
霧が少し晴れてきた。
前方に湖面が見える。
その反射光の中に何か違和感があった。
目を凝らすと、水面近くに漂うものがある。
近づいてみると、それは使い古されたスマートフォンだった。
水辺に膝をつき、慎重に拾い上げる。
画面は割れているが、背面には見覚えのあるステッカーが貼られていた。
『映画☆研究会』
紛れもなく金光たちのスマホだった。
chapter . 4
湖畔にテントを設営し、夜が訪れる。
ちょっとした肝試し旅行のような気持ちの友人たちは、怪談話で盛り上がっているようだった。
その様子に苛立ちを感じながらも強子は、一人テントで眠りについた。
ふと目を覚ます。
テントの中には強子一人で、まだ怪談話をしてるのかと呆れながら、テントの外に出る。
そこで違和感に気づく。
霧が濃くなっている。鼻孔を突き刺す血の匂い。
振り返ると、複数の人影が倒れているのが見えた。
懐中電灯を向けると、それが奈々美と由香里であることがわかる。
二人とも地面にうつ伏せになり、ぴくりとも動かない。
叫び声が喉まで上がったが、すぐに飲み込む。
気配がしたのだ。
耳を澄ませると、金属が擦れる低い音が霧の向こうから響いてくる。
近くの茂みに身を隠しながら様子を窺うと、男がやってきた。
背が高く、黒っぽい服に身を包み、片手には何か光るものを持っている。
鉈だ。
chapter . 5
茂みから飛び出した強子は全力で走り始めた。
背後で金属の引き裂かれる音が聞こえ、男が立ち上がり、追いかけてくる気配を感じた。
管理小屋なら電話がある!
濃霧の中で方向感覚を失いかけたが、建物を見つけ、ドアノブに手をかけた時、凍りつくような違和感が走った。
鍵が掛かっていない。
管理人が不在なら施錠されているはずなのに。
思い切って強子が扉を開けると、室内は鮮血の海。
壁際には無残な姿の老人が横たわり、頭部から大量の出血をしている。
強子たちが来る前から殺されていたのだ。
防犯カメラ越しに、殺人鬼が近づいてくるのが見えたので、強子は再び駆け出した。
chapter . 6
霧が濃くて前が見えないため、強子はがむしゃらに走るしかなかった。
時折霧のどこからか断末魔の悲鳴が聞こえ、それが友人の悲鳴なのか、それともチラホラいた別のキャンプ利用者たちのなのか。
強子は泣きながら、恐怖に喘ぎながら、日中見た湖に出ていた。
そのまま湖の周りを走っていると、突然廃墟が現れる。
崩れたレンガ造りの壁と、蔦に覆われた窓枠。
屋根は半分以上崩れ落ちていたが、骨組みだけは残っていた。
強子は、その屋敷に見覚えがあった。
chapter . 7
映画研究会の部室で見た、金光の自主製作短編映画【霧の館の殺人鬼】。
映画好きである金光は、特に白黒映画のファンで、自分で白黒の短編映画を作成するまでの熱の上げようだった。
1960年代を舞台に、殺人鬼が人々を屋敷に呼び込み、次々と殺していく。
その後も、霧は未来と過去を繋げ、『殺人鬼はお前のところにも…』というありきたりなオチの映画だった。
映画好きを標榜している割にひねりもなく、単純なストーリーで、金光なりにこだわりはあっただろうが、強子は駄作だと断言した。
それに対して、金光はいつもの笑顔を浮かべていたが…。
舞台となった朽ち果てた洋館が、まさに目の前に立っていた。
残念ながら強子に考える時間は与えられていない。
強子が屋敷の中に入り、懐中電灯を向けると、そこには円形の模様、複雑な魔法陣が描かれていた。
中央には黒い木製の棺があり、蓋がわずかに開いている。
棺の傍らには古びたノートがあり、強子は震える手でページを開いた。
「(文字が滲んで見えない)年●月15日
ついに完成した。この儀式こそが、時空を超えて愛する者を呼び戻す方法。
失った彼女を、甦らせることができる。贄となる人間たちがやってきた。運命を感じる。今度こそ成功させよう」
「失敗」
「失敗」
「失敗」「失敗」「失敗」「失敗」「失敗」「失敗」「失敗」「失敗」「失敗」「失敗」「失敗」「失敗」…
強子は愕然とした。
これは単なる失踪事件ではなく、儀式による殺人と蘇生魔術だった。
窓の外で轟音が鳴り響いた。
棺の傍らに座り込み、強子は打ちひしがれた。
金光たちを身勝手にも贄にした儀式は失敗したのだ。
そう考えた瞬間湧き上がってきたのは激しい怒りと憎悪であった。
chapter 8
一矢報いたい。
強子は憎しみに燃えながらも、怒りに我を忘れないよう、頭を必死に回転させた。
そして強子は思いついたように棺の中を覗き込む。
細く折れた大腿骨に、砕けた小さな鎖骨。
これらは明らかに女性の遺骨だった。
そして驚くべきことに、棺は人ひとりの遺体を入れたにしてはあまりにも軽かった。
強子は慎重に棺を担いで廃墟の裏手へと回った。
霧の中、石畳がわずかに残る小道を進むと、そこには数本の十字架と簡素な石碑が並ぶ小さな墓地があった。
一番新しそうな墓標には、かすかに読める文字が刻まれていた。
『愛しい妻、あやねの眠る場所』
強子は深く息を吐き、棺を墓穴の前に置いた。
墓地の一隅、まだ新しい土が盛られた一角に、すでに人が入れるほどの穴が掘られていた。
強子は躊躇わなかった。
棺を慎重に穴の中央へ置く。
その時、突然強烈な霧が渦巻いた。
視界が白く染まる中、かすかに聞こえる女の声。
『…きて…ここ…』
強子は震える手で土を掬い上げ、棺の上へとかけていった。
少しずつ穴が塞がれていく。
最後の土を放り投げた瞬間、霧の中から轟音が響いた。
廃墟の方向から悲鳴と衝突音。
強子は自分の車へと向かうために足早に墓地をあとにした。
「ゆっくりおやすみなさい」
『…ありがとう』
昨日までキャンプ場を覆っていた霧が嘘のように晴れ、澄み渡る湖面が黄金色に輝いている。
強子の目には涙が浮かんでいたが、それは悲しみの涙ではなかった。
長い悪夢から醒めた安堵に近いものだった。
車のエンジンをかけると、バックミラーに映った廃墟は消えていき、全てが悪夢のように消え失せた。
後に残ったのは、感傷とやるせなさだった。
強子は結局誰をも取り返すことはできなかった。
国道に出ると、普段は賑わう観光バスが湖岸道路を走っている。
季節が変わるころには、何も知らずに訪れる人々で再び賑わうことだろう。
アクセルを踏み込むと、強子はスマホを取り出した。
画面には割れた「映画☆研究会」のステッカー。
彼女はそれをそっとポケットに戻した。
「さようなら、みんな」
最後に呟いた言葉は、霧とともに消えたキャンプ場の記憶と共に、彼女の胸の奥深くに沈んでいった。
・エンドロール後、観客たちのざわめきと共に
廃墟へと戻った男は、魔法陣の真ん中に置かれた、新品同様の棺に入った遺骨を見つめ、静かに微笑む。
そのとき、夜の闇を裂くように、複数の気配と話し声が近づいてきた。
迷い込んだ贄がやってきたのだ。
「大丈夫だ、すぐに元に戻してやる。俺が絶対に絢音を守るって約束しただろ?」




