6 . 呪われた儀式
息が詰まった。
先輩がいなかったら、恐怖で泣き崩れて、立ち上がれなかったに違いない。
飛びつくように先輩に抱きつく。
「大丈夫、動物の骨だ」
金光先輩はコアラのように抱きついてきた私を安心させるために、わざとらしいほど明るい声でそう言って、優しく私の頭を撫でた。
「ずずずz頭蓋骨」
「猿やゴリラの骨だ。きっと猟奇趣味の芸術家が住んでいたんだな。あれは狂気に陥った故の芸術作品だ」
「…違うんです」
気付くのが遅すぎた。
ここが映画の中だから作り物のように感じて、先輩も登場人物の一人に過ぎないって思い込んでた。
でも、映画の中だとしても、今現在私たちが生きていることは本当だ。
私の精神の恒常性を保とうとした結果につき合わされて、先輩をこんなところにまで連れてきてしまった。
先輩はここがどれほど危険かもわかってないのに!
「ごめんなさい、先輩。芸術家なんかじゃない、ここには殺人鬼がいるんです。そいつは過去に自分を裏切り、別の男と逃げた元妻を甦らせたかったんです。元妻を愛していたからこそ、裏切りが許せず、間男だけを殺すつもりが、間違えて一緒に殺してしまった。元妻を甦らせるための黒魔術に手を出し、多くの犠牲者を出したのに、どれだけやっても元妻は甦らない」
「絢音…?」
「先輩…やっぱり私できない…どうしよう、私のせいで皆死んじゃう…」
「落ち着け、絢音」
金光先輩は戸惑いを隠せない様子で私の背中をゆっくり撫でる。
その指が微かに震えているのを私は知っていた。
先輩だって怖いはずなのに、それを表に出すこともせず、私を心配させまいと慰めてくれる。
人間の出来が違いすぎる。
だからこそ、私だって、私だって!
できることをやらなきゃ!
「…そうだ、元奥さんの骨」
私は辺りを見渡し、魔法陣中央の朽ち果てた棺に釘付けになった。
映画の中で、強子先輩はどうやって生き残ったのか。
「棺!」
金光先輩が訝しげに首を傾げる。
「殺人鬼の元奥さんの骨が入ってるんです!」
なぜ興奮しているのか、理由もわかっていない先輩を他所に、安全地帯の先輩の腕の中から出て、無我夢中に走る。
たった数十歩の距離が遠くに感じられる。
靴底が砕けた煉瓦を踏み鳴らす。
戸惑った金光先輩に腕を掴まれる。
「ちょっと待て!急に走ると危な…」
その時床下から乾いた音が響いた。
まるで巨大な歯が軋むような音。
私も金光先輩も凍りついたように動きを止める。
カツン…カツン…
硬い何かが床を打つ音。
足音ではない。
まるで何かを杖がわりにしているような、そんな…。
霧がさらに濃さを増し、建物の梁がギシギシと悲鳴を上げる。
音は徐々に近づいてきていた。
「…どうしよう」
突如として、霧のヴェールを裂いて青白い影が浮かび上がった。
黒いコートを羽織った男。
右手には錆びた鉈。
左手には血塗れの何か。
脳が認識を拒否している。
「下がれ!」
金光先輩は私を庇いながら後退する。
そんな先輩の勇姿に後押しされるように、恐怖を押し殺す。
そうだ、映画ではどうしてたか。
脳内の映像を高速再生する。
『ゆっくりおやすみなさい』
映画終盤、強子先輩が元妻の骨を棺に入れたまま墓標に戻すシーン。
それによって世界の断層は修復され、霧は晴れた。
「そうだ!蓋!蓋を閉じなきゃ!棺の蓋を!」
叫びながら朽ちた棺の蓋に飛びつく。
おっも!
鉄枠が腐食していて簡単に動かない。
「貸せ!」
金光先輩が代わって蓋に手をかけた。
霧の中の影がゆっくりと接近する。
「何だっけ何だっけ…!」
映画の場面が蘇る。
殺人鬼は、生前に日記帳に書いていた甦りの呪文を完成させるつもりでいた。
私はポケットからスマホを取り出し、録音アプリを開く。
そのまま、棺から先輩の手を離し、スマホを渡す。
「持ってて!」
戸惑いながらも、固まる先輩の手にスマホを押し付け、私は、ご丁寧にも魔法陣の近くにあった机の上の日記帳を開く。
目的は最後のページ!
「『汝の愛こそ我が罪なり!』」
震える涙交じりの情けない声。
だけどその台詞を口に出した途端、霧が猛烈に渦を巻き始めた。
条件は揃っている、死者と見知らぬ生贄たち。
殺人鬼の影が激しく揺らぎ、口元がカタカタと音を立てる。
「『夜ごとに亡骸を抱きしめる』」
言葉が進むたびに魔法陣の光が暴走し、床の血文字が蒸発するように消えていく。
「『永久に共にありと誓い』」
カァァァン!!
耳を劈くような金属音と共に殺人鬼が輪郭を取り戻してきていた。
青白い肌。
割れた瞳孔。
血まみれのコートを纏った男の姿。
私は最後の一節を噛み殺す。
背後で咆哮が響いた。
床板が粉砕される音。
だが魔法陣の反応は衰えない。
殺人鬼の手が届く寸前、棺の横を通り過ぎる瞬間に最後の言葉を叫んだ。
「『死すらも我らを阻みはしまい!』」
一瞬の静寂。
霧が逆流するように収束し、屋敷全体が爆発的な光に包まれた。
私は先輩の手からスマホを奪い取り、棺の中に放り込む。
肉体を取り戻した殺人鬼が望むのは、同じく肉体を取り戻した奥さんだろうからだ。
殺人鬼が何かを叫びながら、その後を追うよう棺に吸い込まれていく。
ウオーーーッ!
先輩と一緒に共に全体重を乗せて、棺の蓋を閉める。
同時に魔法陣の光が乱反射し、床の血文字が赤黒く脈動する。
そのまま、光は棺の中に収束するように消えていった。
【日記帳を渡す】(bad end 2∶閉じられた世界で)
→【スマホを渡す】




