5 . 謎のお屋敷に侵入する
湖面が銀色に輝いている。
だが水面に漂う霧は濃度を増していた。
「ここまで来たら旧管理棟まで一直線だぞ」
湖畔に沿って進むうち、視界の隅で何かが動いた。
反射的に振り返るが誰もいない。
神経がささくれだっている。
恐怖で鳥肌が立ちっぱなしだし、まだ殺人鬼にもあってないのに、こんなんじゃ先が思いやられる。
私は恐怖で動かなくなりそうな足をなんとか動かす。
先輩の腕にしがみつきながら。
金光先輩は神妙な顔つきで湖を見渡した。
「霧が近づいてるな」
空を見上げれば雲が増えつつある。
「旧管理棟はあの奥だ」
霧が一層濃くなり視界を奪う中、不意に巨大な建造物が現れた。
廃墟の全貌が露わになった瞬間、肌が粟立った。
かつては贅を凝らした別荘だったのだろう。
レンガ造りの壁は半分以上崩落し、蔦が絡みついた窓枠からは灰色の闇がこちらを覗いている。
かつては見事だったであろうステンドグラスの欠片が、瓦礫の間に煌めく。
天井は中央部分が完全に崩れ落ちており、空が剥き出しになっていた。
それでも鉄骨だけは歪みながらも建物を辛うじて支えている。
「…すごいな」
金光先輩が息を飲む。
霧越しに見える建物は輪郭がぼやけ、まるで異世界の入口のようだ。
「これが旧管理棟か…いや」
彼は眉をひそめた。
「噂ではもっと小規模なはずだが」
湖面を覆う霧はもはや薄いベールではなく、濃密な白い壁となって私たちを包囲していた。
肌にまとわりつく湿気は異様に冷たく、呼吸するごとに肺が凍りつくようだ。
ただの湖霧ではない。
この霧には意思がある。
まるで生き物のように蠢き、建物を侵食していく。
崩れた玄関へ続く階段には、朽ちた木々の代わりに奇妙な苔が生え茂っていた。
それは通常の緑ではなく、青白く発光している。
「ゆっくりでいいからな。滑りやすくなっているぞ」
金光先輩が先に階段を上り始めた。
「足場が悪いな」
「…霧の中は過去と繋がってるんです」
伝えなきゃ、と思った。
足を動かしながら、先輩に話しかける声は震えている。
「取り壊されたはずの家が再現されてて…ここはもう1960年代の殺人鬼が住んでいた場所なんです」
先輩は足を止めずに建物の中にはいる。
私の言葉は白い壁に吸い込まれた。
金光先輩は足を止めない。
床が軋む音だけが、二人の存在を主張している
「絢音、大丈夫だ」
先輩は振り返らずに言った。
縋り付いていた私の腕をゆっくり外し、手を握りしめる形にしてくれる。
「俺が絶対に絢音を守る。だから、まずは現場を確認しよう。 俺たち映研なんだから、目の前の現象を分析するんだ」
そうだ。
前向きな先輩の言葉に励まされるように、私は映画の内容を思い出そうとした。
といっても、一度しか見たことのない映画だったし、ファンでも何でもないから、覚えている内容はほとんどない。
それでも、自分が生き残るために…先輩と一緒に生き残るため、頭を恐怖で固まらせず、考えなきゃ!
崩れた天井から差し込む弱い光が、異様な光景を浮かび上がらせていた。
血文字で描かれた幾何学模様。
生々しい赤黒い染みが複雑な図形を形成し、まるで儀式の祭壇のように中央の空間を囲んでいた。
床には散乱した骨片。
ど、動物のだよね?
ただ、放射状に並べられた頭蓋骨は明らかに人間のものだったけど。
→【霧の秘密を伝える】
【伝えない】




