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どうやら、ホラー映画のモブに転生したらしい  作者: 御仕舞
第二章 怪物の園

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19/20

8 . 呆気ない幕切れ





「金光先輩…?」

「…金光?」



 私が携帯に向かって名前を呼ぶと、少し硬直してから、タバコの臭いが仄かに香る高森の腕が、私の肩をさらに力強く引き寄せる。


 携帯の音に気づいた黒い影の一体が方向を変え、こちらへ這い寄ってきた。

床を這うその速さは想像以上に早い。

高森がジャケットを脱ぎ、私の頭を包んだ。

布越しに何かが弾ける音。

高森の抑え切れない呻き声。



「ぐっ…」

「た、高森!」

「大丈夫だ」



 血の匂いと痛みで顔を歪めながらも、彼は私を背後に庇う。

七つの影が円を描くように周囲を囲みつつあった。



「行くぞっ!」



 高森が突然私の手を引き走り出した。

影たちが一斉に動き出す。

後方から伸びてくる触手を避けながら、体育館の裏側へ走る。



「ここだ」



 どうして高森がそんな場所を知っていたのか、古びた梯子が天井梁へ伸びている。

高森が梯子を上り、埃が舞い上がる中、彼の手が差し出される。

私は躊躇なく手を伸ばした。

引き上げられる瞬間、黒い影の触手が私の足首をかすめる。



「…っ!」

「絢音!」

「かすった、だけ」



 埃まみれの狭い天井裏で身を縮める。

外からは影たちの咆哮と何かを叩く音。



「しばらく息を潜めるぞ」



 高森が肩の傷を押さえながら囁く。

その言葉に含まれる覚悟と恐怖。

彼もまた自分自身の死の予感と戦っている。

それでも私の背中をさすり、冷え切った体を温めてくれる。


 私は彼の胸に額を預けた。

高森の心臓の音が私の鼓動と重なり、恐怖の境目で揺らめく。

天井裏の薄暗がりで、私たちは互いの呼吸だけを頼りに時間を計っていた。

高森の肩からは血が滲み、私の足首にも黒い痕跡が残っている。

階下では黒い影たちが徘徊する気配が、床板を通して伝わってきていた。


 彼の体温だけが凍りついた世界の中で確かな温もりで、高森の胸に顔を埋めたまま、私は浅く息を繰り返した。



「…絢音」



 高森の声は囁きより小さく、ほとんど吐息だった。

彼の腕が背中に回り、より強く抱きしめられた。

温かい体温と筋肉の固さが直に伝わってきて、背筋に微かな震えが走る。

この腕の中にいると、今までの悪夢が遠ざかり、守られているような気持ちになる。

ずっと、このまま、悪夢と向き合いたくない。

 


「生きて帰るぞ」



 私が現実逃避ばかりを繰り返す中、高森はその悪夢の現実に立ち向かおうとしている。

その声音に籠る勇気と強さに、私は眩しいものを感じながら、彼の胸の中で小さく頷いた。

ふと顔を上げると、至近距離で高森の茶色い瞳と目が合った。



「…おい、見つめすぎだ」

 


 高森が先に視線を逸らす。

照れ臭さと痛みが混じった表情で、今の状況を忘れそうになるほど呑気な表情に、張り詰めていた気が一瞬緩み…


 ゴトン!


 突然大きな音を立てて、私たちが入ってきた天井の入り口の板が揺れた。

彼の胸の鼓動は、爆発寸前の速度で打っている。

軋む音と共に、天井板が一部切り取られ、そして



「絢音!」



 埃を払いながら、金光先輩が現れた。

両手の工具を放り投げ、私に近寄ろうとして高森と目が合う。

私を強く抱き寄せたままだった高森は、金光先輩の前でも緊張を解かない。

金光先輩の瞳が一瞬にして鋭くなり、握りしめられた指先は白くなるほど力が入っていた。


 それどころではない状況なのに、険悪の様子の2人に崩壊したサークル主とサークルクラッシャーという更に最悪の対面に挟まれる私。



「…絢音から手を離せ」

「おいおい睨むなよ」



 高森は乾いた笑いを浮かべながらも、私に回した腕を外さない。



「見ての通り、俺はこいつを守ってんだよ、睨まれるようなことはしてねえだろ」

「金光先輩」

「絢音、無事か? 怪我は?」



 金光先輩は天井裏の埃を払いながら近づいてくる。

一転、その視線は一直線に私へ向けられ、高森の存在など眼中にないように振る舞う。



「GPSをつけておいてよかった。絢音の安全は最優先だからな」

「GPS?」

「安全のためだ。可愛い後輩に何かあったらと考えると夜も眠れない」



 金光先輩がにっこり笑いながら近づこうとするが、高森が私を抱きしめたままで動けない。

あとGPSは説明になってない。そこのところ詳しく教えてほしい。

金光先輩が工具袋からハンマーを取り出した…なぜ?



「こんな薄汚れた密室で、高森のような女たらしに連れ込まれてかわいそうに。今助けてやるからな」

「状況見ろよ、俺たちが好き好んでこんな場所に二人きりになったと思ってんのか?」

「俺“たち”?日本語は正しく使え。発情してんのはお前“だけ”だ」

「頭沸いてんのか、てめえは。前から恋愛脳してると思ってたがただのイカれ野郎じゃねえか。GPS?付き合ってても、そんなの付ける奴は異常だし、そもそもお前と絢音は付き合ってもいねえだろ」

「だから、自分にチャンスがあるとでも思ったのか?絢音がお前を選ぶと?絢音は貞操観念がしっかりしてるんだ。誠実で一途な男性が好きで、浮気ものはお断りなんだよな、汚れた獣が」

「…絢音はもう知ってるよな?俺は佐藤とは共同戦線を築いてただけで、本当の意味では付き合ってなかったこと。美咲のことも、憎悪の対象に性的興奮できる奴いるか?最後まではしてねえし、物理的に不可能なんだよ」

「聞いたか、絢音?女性をなんだと思ってるんだろうな。俺はこんな女性を利用したりするようなことはしない」

「ちょちょちょっと先輩たち???何の話をしてるんですか?」



 怒涛の舌戦に何が何だかわからない。

なぜか私が話題の中心にいるのはわかるんだけど、何?恋愛?なぜ今私の好きな男性のタイプの話で盛り上がる?



「私の好きなタイプは頼りになる男性ですけど、それより今話し合わなければならないことがありますよね?」



 なんか満足そうに二人は頷いてるけど、わかってるのか?

私が、高森の腕の中から抜け出そうとすると、一瞬だけ力を強めて、それから腕をといてくれた。

高森の指先が私の離れていく腕をなぞり、見つめ合うような視線の中で二人の間に共通した何かがあるような気もしたけど、その感情に最後まで名前をつけることはできなかった


 何となくだけど、高森が私を、亡くなった妹さんに重ね合わせているのは、会話の流れでわかった。

だから、高森は私が暴言を吐いても許し、怪我をしてでも私を守ろうとしてくれたのだ。

私はそんな高森の欠落を埋めようとする感情に付け込んで、守ってもらい、甘えただけ。



「もちろん、わかってる。絢音、これからは常に俺に連絡を入れ、LINEの既読無視をなるべく減らすことにしよう。何かあってからじゃ遅いからな。もちろん、お前のプライバシーは尊重するが、合鍵も渡してほしい。俺の合鍵はいつでも使ってくれていいし、女性の一人暮らしは何かと心配だろうから、いつでも引っ越してきていいぞ」

「金光先輩は一体何を分かったんだ?」

「おい、金光」



 体育館の天井裏全体が突然、黒い靄に包まれた。

影たちが天井板の隙間から侵入してきたのだ。

床板を突き破るように伸びる黒い触手。

それは高森の足首を掴み、引きずり倒そうとする。



「うおっ!」



 高森が短い悲鳴をあげ、必死に抵抗する。

その姿を金光先輩が不思議そうに見つめる。



「床で泳いでる?」

「見えねえのか?!そこだ!影が」

「影?何の話だ?」



 金光先輩の周囲だけが異様に澄んでいる。

黒い触手は彼の半径1メートル以内には一切近づけない。

透明な結界でもあるかのように。

その奇妙な光景に、高森と私は一瞬言葉を失う。



「なんで…」

「絢音?」



 金光先輩が一歩踏み出し、



「怖がることはないぞ。高森はきっと疲れてるだけだ。放っておいて、さっさとこんなホコリだらけのところからでよう。全く、なんでこんなところに高森は絢音を連れ込んだんだ?まさか俺から逃れるためじゃないよな」



 彼の手が私の肩に触れる。

温かい掌のぬくもりが却って不安を煽る。

金光先輩にとって、この悪夢は存在しない。

だから彼は平然と微笑みながら、私たちを連れ出そうとする。



「おい絢音、逃げるぞ!」



 高森が私を掴む手に力を入れる。

しかし影の触手は次第にその勢力を拡大し、彼の体を絡め取ろうとする。



「離せ!」



 彼が苦痛に顔を歪める。

その瞬間、金光先輩の表情がわずかに曇った。



「何故…さっきから何度も何度も、絢音に触れるんだ?」



 それどころではない!

私は慌てて高森の手を引っ張り、影から逃れようとする。



「…高森と随分仲良くなったみたいだな。俺が知らないところで何があったんだ?」

「金光先輩!後ろ!」



 私の警告も虚しく、黒い触手が金光先輩の背後を襲う…が、彼に触れることはできなかった。

見えない壁に阻まれるかのように、影は弾かれて霧散する。



「後ろ?何もないが?…大丈夫だ、絢音。安心しろ」



 金光先輩は自信に満ちた声で言う。

まるでこの空間で唯一の正常な存在であることを誇示するように。



「俺が絢音を守るから。高森のような、女子がそばにいると理性が効かなくなるような獣じゃない」



 その言葉に高森の顔色が変わる。



「てめえ、こんな時にまで…!」



 高森の視線が金光先輩を射抜く。

その目には怒りだけでなく、得体の知れない畏怖も宿っている。

何が何だかわからなくて、頭がどうにかなりそうだった。

金光先輩も黒い影や触手やお化けも、全部私には許容を超えていて、思考がまとまらなくて、何をしたらいいかも判断も下せない。


 それでも、だからこそ、私は高森の手を離すことはできない。

美咲の手を取れなかった時と同じ後悔を二度としたくない。



「絢音、こっちだ」



 彼が再び私に手を差し伸べる。

黒い影はなおも蠢き続け、高森を完全に包囲しようとしていた。

時間がない。

焦燥感が胸を焼く。



「絢音、俺はお前さえ無事ならいいんだ」



 高森の声が耳元で響く。

彼は苦しそうに笑った。



「こいつは俺が引き受ける。お前は金光と行け」

「駄目!」



 反射的に叫ぶ。

金光先輩の表情が一瞬だけ翳るが、彼はすぐに平静を取り戻し、



「そうだな、絢音。まずはここから出よう」



 その言葉に私は全身で抗った。

高森の腕にしがみつき、必死に首を振る。



「金光先輩!一緒に高森も!助けないと!」



 私の懇願に金光先輩が首を傾げる。

彼だけがこの空間で唯一の平穏を保っている。



「よく状況が理解できないんだが、高森は体調が悪いのか?」



 黒い影たちが高森の胴体を完全に覆い始める。



「早く…行け…」



 高森の指が私の頬を滑り、そして震える唇に触れようとした時、



「触るな!」



 金光先輩の怒号が響いた。

彼がつかつかと歩み寄り、私と高森の間に割って入る。

不可視の力場が彼を中心に波紋のように広がった。

触れた影たちが煙のように蒸発していく。



「退け!」



 金光先輩が叫ぶ。

その目は怒りに燃えていた。

彼の足元から淡い金色の光が滲み出る。

埃まみれの天井裏で唯一の光源のように。

黒い影たちが一斉に後退した。

呆然とする私をよそに、金光先輩は高森を睨む。



「体調の悪いふりをして、絢音の同情を買って、くくく唇に」



 高森の茶色い瞳が危険な光を帯びる。

彼はゆっくりと立ち上がり、肩の傷から血が滴り落ちるのも構わず、金光先輩に対峙する。



「俺が絢音を襲ってるように見えたか?てめえの目は節穴かよ。まあ、GPSつけたりストーカー紛いなことしてる奴は正気じゃねえからな」

「ストーカー?俺は可愛い後輩を守りたいだけだ」

「守るだと?」



 高森が一歩前に進む。



「てめえが見てないところでこいつがどんな目に遭ってたか知ってんのか?」



 高森がちらりと私を見る。

その視線には痛みと憐憫が混ざっていた。



「てめえが絢音にGPSをつけた理由はなんだ?『可愛い後輩を心配して』か?本当にそれだけか?」



 黒い影たちが再び蠢き始める。

今回は明らかに金光先輩を警戒している様子だった。

彼の足元から放たれる金色の光が近づく影を焼き尽くす。

金光先輩の顔から表情が消えた。



「絢音、俺は高森のような不埒者から、君を保護する義務がある。大丈夫だ。全て俺に任せろ。この高森とかいう害虫を排除して君を安全な場所に連れ帰る」



 高森が歯を食いしばる。

彼が私を守るように前に出る。



「絢音、こいつはお前を守ってるつもりかもしれねえが、実際は監禁する気だ。お前を永遠に閉じ込めておきたいんだよ」



 金光先輩の歩みが止まる。

彼の手が震えているのが分かる。



「高森、お前は嫉妬で狂ったのか?」

「俺は狂ってねえ。狂ってるのはてめえだよ。てめえみたいな奴に絢音を渡せるか!」

「渡す?絢音はお前のものではない!」



 金色の光が爆発的に強まった。

天井裏全体が眩い光に包まれる。

影たちが悲鳴のような音を立てて消滅していく。



「絢音!」

「行くんじゃねえ!」



 高森が私を強く抱きしめ、金光先輩の声には懇願が混じっている。



「選んでくれ、絢音。高森と朽ち果てるか!俺を選ぶか!」



 二者択一を迫られている私は何が何だかわからなかった。

黒い影も同じ気持ちだったろう。

分からないまま消滅していった。成仏しろよ。


 今すごく緊迫した命にも関わるだろう状況だったのに、二人は全然別の話をしているんだけど、何を言い争ってるの?

呪いの携帯と黒い影の話は?

二人からは忘れ去られるようなことだったの?

高森に至っては肩怪我してるのに?


 二人とも頭おかしいんじゃないの?


 私は心底呆れた。

この謎のどさくさで黒い影は消滅したみたいだし、映画はここで終わりだろう。

幕切れはあっけなかった。








高森を選ぶ(bad end 6∶許さない)

→→→→金光を選ぶ(k end 2 ∶菫コ莉・螟悶r驕ク縺カ縺ェ??)




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