6 . 呪いの元
体育館に足を踏み入れた瞬間、冷たい空気が全身を包んだ。
学園祭の実行委員会が集まっているはずなのに、耳に飛び込んできたのは不気味なほどの静寂だった。
照明は明るく点いているのに、まるで時間が止まってしまったかのような違和感。
高森の表情から笑みが消え、素早く周囲を見渡す。
ステージの幕は降りていて、演台には広げられたままの資料やスケッチブックが放置されている。
床には誰かが落としたらしいボールペンが転がっていた。
舌打ちと同時に高森が私の腕を掴み、強引に引っ張る。
美咲が「きゃっ!」と悲鳴を上げるのも構わず、高森は体育館の入り口へ踵を返す。
私は崩れかけた体勢をなんとか戻したが、つい後ろを振り返ってしまった。
ステージ横の暗がりに、何か黒い影が蠢いている。
粘土のように不定形で、床に這いずるように動く塊。
それがゆっくりと私たちの方へ方向を変え始めた気がした。
高森が金属製のドアを力任せに引き開けようとして、
ガシャン!
金属が噛み合う硬い音が響き渡った。
高森が力任せに開いたはずのドアが、まるで意志を持つかのように内側へ勢いよく跳ね返り、鍵がかかる音が無情に続いた。
「クソッ!」
高森が拳で扉を叩く鈍い音が狭い空間に反響する。
彼の額には冷や汗が光り、茶色い瞳が苛立ちに細められている。
「閉じ込められた…?」
私は呆然と呟いた。
背後では美咲がしゃがみこんでしまい、顔を手で覆っている。
体育館内の照明はついているはずなのに、なぜか先程よりも暗く感じる。
天井近くの小窓から差し込む夕日の橙色も、奇妙に歪んで見えた。
「いや…いやぁ」
美咲の声は震えていた。
ステージの暗がりから漏れ出る黒い粘液のような影が、蛇のように滑らかに床を這い始め、その影は徐々に盛り上がり、人の形を模して立ち上がる。
その輪郭はぼやけ、焦点が合わない。
「やだ…麻衣ちゃん…」
いつの間にか美咲が私のジャケットの裾を強く掴んだ。
視界の端で揺れる影は、確かにあの長い首を持つ女の輪郭を形成しつつある。
と同時に、黒い粘液のような影が突然爆発的に膨張し、冷たくヌルついた感触が私の両足首を掴んだ。
バランスを崩した体が後ろへ倒れこむ。
スローモーションのように天井の歪んだ照明が視界に入り、必死に伸ばした右手が空を切る。
「絢音っ!!」
高森の絶叫が耳朶を叩いた。
いつのまにか泥沼に足を取られたかのような高森がもがきながらこちらへ向かってくるのが視界の端に映る。
しかし距離がありすぎる。
手を掴むことは不可能だ。
「あちゃあ」
詰んだ。
どう考えても今度こそ詰んだ。
来世があるかどうかは謎だけど、今度こそホラー映画ではなく、ラブコメ映画とかハッピー時空に転生させてくれ。
私の口から零れ出た声は掠れていた。
化け物の黒い触手のようなものが腰にも巻きつき始め、床に引きずり込まれそうな圧力を感じる。
痛みは無いけど、諦めと冷たさが体内に浸透していく。
私は衝撃に備えて、目を瞑って…恐る恐る瞼を持ち上げる。
ぼんやりとした輪郭を持つ巨大な影が私を覆っている。
しかしそれだけで、触手は足首と腰に巻きついたまま動かない。
影の中心にあるはずの女の輪郭は微動だにしていない。
「故障?」
私の問いに答える者はいない。
高森が荒い息をしながら必死にこちらに来ようとあがき、美咲は膝を抱えたまま固まっている。
「絢音!大丈夫か!」
「…今のところは、としか」
何かの前触れ?
ホラー映画の鉄則の緊張と緩和で、油断したところで、何か心臓が止まるようなことが起きるのだろうか、物理的な意味ではなくて。
今ですら心臓が破れんばかりに高鳴っているのに。
「絢音、動くな今俺が」
「裏切り者の偽善者が誰を救えるというのかしら」
突然響いた女性の声には聞き覚えがあった。
→後ろを振り向く
振り向かない




