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どうやら、ホラー映画のモブに転生したらしい  作者: 御仕舞
第二章 怪物の園

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4 . 過去の呪い


 山下先輩が去ったカフェテラスの席に座ったまま、途方に暮れたように私たちは黙り込む。


 あの化け物は、人の恨みに反応して、自動的に起動され、罪の意識で形作られ増幅するだけの呪いの装置でしかない。

だから、呪う感情を解消させることができれば、対象ではなくなり、生き残ることができるのだけど…私は美咲に目を向ける。


 美咲は震える指でスマホを取り出していた。

画面には私の名前が表示されたままの着信履歴が並んでいる。



「…私が小6のとき」



 美咲の声はほとんど囁きだった。

店内のざわめきに容易に掻き消されそうなほど小さく、怯えていた。



「同じクラスの麻衣ちゃんに秘密を教えてもらったの。彼女のお母さんが自殺しようとしたって…。それで、私怖くなっちゃって…。自分一人で抱え込むのが怖くて、そんなつもりなかったのに、みんなが面白半分で広めちゃって…。麻衣ちゃん、学校来なくなっちゃった…」



 高森先輩の件があってから、どうも美咲を嫌な風に穿って見てしまう。

悲劇のヒロインを気取って、自己正当化はご立派だけど、それが本当なら大多数に噂を流した張本人で、恨まれても仕方ないのでは?と思ってしまう。

でも、それは呪い殺されるような罪なのだろうか?


 人はそれぞれ罪の天秤があり、個人によって、秤の片方に載せるものの重さも違う。

前世の私は社畜で、クソ上司とワンマン社長を恨んではいたし、実際過労で会社に殺されたようなものだった。

だけど私は彼らを殺そうと思ったことはない。

死んでゆっくり眠りてー!と思ったことは何度もあったけど、それすら本気ではない。

そんな元気もなかったのはあるけど。


 美咲の罪悪感と麻衣という子の被害意識はどれほどの罪の重さの差があるのだろうか。

両手で顔を抑え、嗚咽をもらす美咲を見下ろす。



「その後、麻衣ちゃんのお母さん、三ヶ月後に本当に亡くなっちゃったの…。ニュースで火災って聞いて、麻衣ちゃんの家から出火したって…」



 美咲は息を詰まらせ、しゃくりあげた。

手の隙間から涙がこぼれ落ち、テーブルに小さな水滴を作る。



「私たちが噂を広めたから、生きるのが辛くなるほどの噂に変わったから死んだの…私のせいなの…」



 小学生が友達の家庭事情を知らずに吹聴しただけで、死人が出るとは限らない。

しかし美咲にとってそれは直接的な因果関係なのだろう。


 罪の審判とは、自身が生涯背負い続ける罪悪感が、物理的に具現化したものだ。


 でも、と私は映画を思い出そうとする。

ろくろ首なのは何故?

罪の意識の具現化だとしたら、今の話を聞いた限り、火事にまつわる化け物の姿になるはずなのに。

私は美咲の話に一抹の疑念を抱いた。



「その麻衣って人はどうしたの?今でも恨んでるの?」

「転校してから一度も会ってない。連絡先も知らない!」



 美咲は震える手でスマホを握り締めた。



「なのに、どうやって謝罪すればいいの?麻衣ちゃんを探せないよ…」



 そこでテーブル上の美咲のスマホが低く唸り始めた。

液晶画面にはやはり『絢音』という文字列が点滅している。

だがそのアイコン画像は私が登録したものではない。

真っ黒な背景に審判の秤が描かれかれている。



「きゃっ!」



 美咲が悲鳴を上げた。

通話ボタンを押していないのに、スピーカーから濁った合成音声が流れ出した。

私は反射的に手を伸ばし、スマホを取ろうとした。

だが触れる直前、画面が激しく波打ち、黒い油膜のような液体が表面から溢れ出した。

生暖かい感触と、焼け焦げた木の匂いが鼻を刺す。



「ひいっ!」



 美咲がスマホを放り投げた。

落下した機器は粘液に包まれ、テーブルの上でじゅくじゅくと泡立っている。



「大丈夫ですか!?」



 店員が駆け寄ってきた。

若い女性スタッフは異臭に眉をひそめ、他のスタッフを呼び、焼け焦げた臭いの原因を探そうとしている。

混乱に乗じて私は美咲の腕を掴んだ。



「逃げよ!」

「でも携帯が…」



 私は美咲の腕を強く引いて、出口へ向かって駆け出す。

背後で店員たちの慌てた声が交錯し、誰かが「消防車呼べ!」と叫ぶ声が聞こえた。

振り向くと、テーブルの上のスマホからは黒い粘液が滝のように流れ落ち、テーブルクロスを腐食するように溶かしている。

床に広がった液体は、まるで意思を持っているかのように蠢きながら排水溝へと吸い込まれていく。

近くの花瓶が急に傾き割れた。

水と破片が散乱する床の上で、粘液に触れた部分がジュウっと音を立て、焦げた痕を残す。



「あんなの置いていったらマズいよ…」

「大丈夫。アレの狙いはあんたなんだから」



 ドアを押し開けた瞬間、湿った熱気が私たちを迎えた。

夕陽が西の空を茜色に染めている。



「絢音、あれ見て!」



 美咲が震える指で前方を指さした。

百メートルほど先、植え込みの陰から首だけが伸びている。



「麻衣!」



 美咲の悲鳴に近い声が夕闇に吸い込まれた。

私は美咲の腕を引っ張ったまま、全力で走り出す。

背後から枯れ枝が折れるような乾いた音が連続して響く。

振り返らなくても分かる。

あの長く伸びた首が、歪んだ笑みを浮かべながら追いかけてきてる!



「ごめんなさいごめんなさい!私たちが悪いの!でも麻衣のお母さんを殺したわけじゃない!」



 美咲は絶え間なく謝罪の言葉を吐き出す。

その声は徐々に悲痛な啜り泣きに変わっていく。



「噂を広めたのは事実!みんなが楽しんでた!私だけじゃないのに!」



 息を切らしながら前方を見据える。

学舎棟の角を曲がれば中庭に出る。

あそこなら身を隠せる場所がある。


 角を曲がり、私は美咲を柱の陰に押し込み、息を潜めた。

中庭の芝生が夕闇に沈み、建物の影が濃くなっていく。

足音が近づく。

背後の植栽がざわめき、太い蔓草が鞭のように空を切り裂く。



「なんで?」



 美咲の声は震えていた。

私の腕にしがみつき、涙で濡れた顔を上げた。



「わ、私ちゃんと謝ったよ、何度も!」



 二人は息を詰めた。

風さえ止んだかのように静寂が重く垂れ込める。

音が完全に消えたのだ。

静寂が広がる。

葉のこすれ合う音すら聞こえない。



「…いなくなったのかも」



 美咲がかすれた声で囁いた。


 その時だ。

砂利を踏みしめる規則正しい足音が、正面玄関の向こう側から接近してきた。







逃げる

→その場に留まる



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