2 . 呪いの携帯
大分、病んでたけど、山下先輩大丈夫かな。
あそこまで病むくらい、美咲を好きだったのか、それとも高森を信頼してたのか。
そんな二人に裏切られた反動なのか。
ヤバかったな、関わらんとこ。
「絢音!助けて!」
そうは問屋が卸さない。
いやいや、そこをどうにかどうにか、堪忍してくれ。
引き返そうと踵を返そうとする私の背中に、目を潤ませながらながら、抱きついてくる美咲。
柔らかい体と甘い香りにドキッとする。
これがモテる女のテクニックか。
「お願い、絢音!携帯を止めて!」
場を切り裂くような着信音。
何の曲だろうか、聞いたことのないクラシック?賛美歌?
その曲に、美咲は悲鳴をあげる。
「自分で電源くらい切ってくださいよ〜」
「切れないの!だから、絢音の携帯の方から切って!」
私の携帯の方から?何を?
逃げるつもりが回り込まれた上に、ついつい聞く姿勢をとってしまった。
その姿勢に気付いた美咲は、私を逃すまいと掴んだまま、深呼吸を一つすると、
「絢音の携帯から、わたし宛に毎日呪いの電話が来るの」
思わず、アホみたいに口をポカンと開けてしまう。
私の携帯から何?
「わたし、明日死ぬの…」
しくしくと泣いて縋る美咲に合わせて、着信音が私たちをドラマチックに演出してくれる。
本来であれば、相手の正気を疑うべきだ。
私の好きだったサークルを壊し、佐藤先輩を傷付けたことへの腹立たしさもある。
だけど、私は既に美咲の話を信じ込んでいた。
映画一作で終わると思った?残念、まだホラー映画は続くんじゃぞ!という世界の悪意が聞こえるようである。
まさかの別作品。
登場人物も違うし、それとももしかして、と私は記憶を漁る。
この映画の主人公は大学生である。
友人が死の宣告の電話を受けたのを知り、そのまま死んでしまう。
感染症のように、他の友人たちや主人公にも電話がかかってくるようになる…というどこかで聞いたことのある話だ。
その元々の、死の宣告をネズミ講のように増やした元凶が…もしかして私の携帯?なぜ?
これってわたしに責任の所在ある?
映画では名前も出てこないモブに当てはめられただけなのに?
美咲を見おろしながら、げっそりしてしまう。
いくら映画好きとはいえ、自分で体験したいとは微塵も思ったことなどない。
「…で何て言ってたの?」
人目につかないように、誰もいない教室に美咲を連れ込む。
「明日わたしが死ぬって…」
「それだけじゃないよね。それだけだと、私じゃないけど、誰かのイタズラだと思うだけでしょ。死の宣告を信じた理由は?」
私がそういうと、美咲はピタリと固まり、両手で顔を覆った。
泣き声もおさまり、学生たちのざわめきが遠く聞こえるばかり。
「美咲、これは罪の審判だよ」
「…どういうこと?何か知ってるの?」
「被害者への心からの謝罪を要求されなかった?」
美咲は黙り込んだ。
「私はそんなイタズラしてないし、大体もう美咲の電話番号も全部消してるから繋がりようがない。私からできることはもうないよ。だとしたら、美咲、あなたが自分で解決するしかない。どこにも近道なんてない。死にたくないなら、心から謝らなきゃ」
美咲は、何もしてないと譫言のように繰り返す。
「それを決めるのは私じゃない」
冷たいようだけど、私にはどうしようもない。
美咲自身が向き合わないといけない。
罪の審判と死の宣告。
映画では死の宣告を逃れるためには、罪の審判を受けなければならない。
それは携帯越しに聞こえた、自分の最大の罪の記憶。
誰が何の罪で裁かれたか、までは覚えていない。
でも、美咲が死の宣告が本物だと確信するほどの真実が聞こえたのだろう。
美咲が死ぬのは嫌だ。
高森先輩とのゴタゴタ前までの美咲とは、私が大学入学してから一番仲良かった友達だったから。
友達付き合いをやめたからといって、過去はなくならない。
知り合いが死にかけてたら、助けたいと思ってしまう。
「美咲、一体何が聞こえたの?何をしたの?」
無言。
「私に話さなくていいから、被害者と会って謝ることはできる?」
黙秘を貫き通す被告人。
これは困ったどうするべきか?
教室内の蛍光灯がチラリと瞬いた気がした。
「あれは…」
美咲が顔を上げた。
目が赤く充血し、涙の跡が幾重にも頬を濡らしている。
「あれはただの冗談だった!私、わたし…」
言葉が途切れ、再び俯く。
俯いた美咲の指先の震えを見ながら、
「佐藤先輩のこと?」
今度はハッキリと首を横に振る。
「違う…違うの…」
私は時計を見る。
10時58分か。
明日の何時までか、 どれくらいの猶予が残されているか、私にはわからない。
「そもそも、なんで私の携帯から電話がかかってきたって…」
美咲の携帯から通話履歴を見ると、確かに私こと『あやね』と名前が出ていた。
だけど、私の携帯に発信履歴はない。
…いやな予感がする。
もしかして、これって、この前棺に殺人鬼と共に埋めた携帯から?
モヤモヤ浮かぶ妄想の中で、地獄でたむろする殺人鬼と化け物たちが、井戸端会議をしている。
その会話の流れで、あの殺人鬼は棺の中の携帯電話を出し、別の化け物に又貸しする、と。
しっんじらんない!
なんで私の携帯貸しちゃうの?!
こっちは新しく買う羽目になって、食費を減らす羽目になったのに!
まさか電話料金に含まれてないよね?!
「待って!」
美咲が突然立ち上がり、窓辺に駆け寄る。
「何か、影が…」
美咲の突然の叫びに私も驚いて窓際へ走る。
美咲が指差す方向を凝視する。
確かに、低い石造りのベンチの裏側に、何か黒い塊が動いている。
最初は巨大な犬かと思った。
次に、人だと脳内で否定する。
でも、その塊がゆっくりと立ち上がった時、全身の毛穴が開いた。
背が高い。異様に高い。
しかも頭部が…
「伸びてる…!」
美咲が震える声で呟く。
そうだ。
首が長い。
明らかに人体の構造を超えている。
映画で見たはずだけど、実際見ると鳥肌立つし、やっぱり…
「やっぱり私の携帯だ!」
いや違う、落ち着け。
今はそれどころじゃない!
あのベンチのろくろ首はゆっくりとこちらへ移動し始めた。
足取りは人間のようでいて、どこかぎこちない。
「早く出るよ!」
美咲の腕を引っ張って廊下へ飛び出す。
廊下の奥へ導かれるまま走る美咲の横顔は蒼白だ。
階段を駆け下りながら、携帯を握りしめる。
私は握りしめた携帯を操作し、電話をかける。
「もしもし?!高森今どこ?!はあ?!先輩とかどうでもいいから!今美咲が大変なの?!うるせー!関わりたくないかどうかは関係ない!お前の都合なんか知るかクズ!てめえはどうでもいいんだよ!高森にひっついてる金魚のフンに用があんの!…カフェテラス?!さっさと話せボケェェ!」
→高森先輩に電話する
金光先輩に電話する(bad end 3∶絶滅危惧種の保護)




