番外5. 与り知らぬ郷の一面
隙間・業の行方
「そうですか。朱天に暴言を吐いた者は喰われましたか」
「二人とも蛇の腹の中さ」
「蛇とはまた、惨い。良き者を選びましたね」
「そうだろ。久しぶりに茨木に褒められたな」
立蔀の影に男が二人。密やかに伝えられる報せに、悦び合う。
「皆に伝えなさい。けれど、決してアパートの者には聞かれぬように」
「応」
我らが失ったはずの光。千年以上の時を経て、やっと巡り合えた我らが首領。そして、気の狂うほどの道程を共に歩み、今なお支え続ける我らが友。
この二人への暴言を、どうして我らが許そうか。見逃すことなど、有りはしない。
夢幻・軌跡寓話(前)
「ね、見て見て。面白い物が有ったの」
「何?教えて教えて」
雪が深々と降り積もっている。二人になった寮はがらんとしていて、声が大きく響く気がする。薬缶の火を止める。湯気が室内に満ちて、窓には結露が張る。
「ほら、急に居なくなったあの子たちの部屋片付けてたの。そしたら、サイドボードからノートが一冊出て来た。少し読んだのだけど、以前いた迷い人が書き残したものだったから、一緒に読もうと思って」
「凄い!お茶飲みながら読もうっ」
ノートは半分以上破り取られていて、十枚もページが残っていなかった。
新しく来る迷い人宛てに書いたのだろう。書き出しは「このノートを読んでいる人へ」。
もしかしたら、何か良い情報が有るのではないか。無くても、雪で閉ざされた日曜の寮の朝。時間を持て余している自分たちには格好の暇つぶしだ。少女たちは期待に胸を膨らませて、読み始めた。
過客・蜘蛛の糸
このノートを読んでいる人へ
私は、寮にいた人間。この郷風に言うなら迷い人ね。
私のときの迷い人は五人。アパート一人。残り四人は寮よ。
今は寮に三人。
送り火が灯ったのはバラバラだけど、明日、三人で現世に帰るわ。
なんと!事務員の一人が護衛に来てくれて、ほぼ安全に帰れるのよ。凄いでしょ。
今から、私たちが貰った情報や、寮での過ごし方を書こうと思うから、読んでみても良いんじゃない?どうせ暇してるでしょうし、諦めるには、早いでしょ?
私たちは、最初から仲が良かったわけじゃないの。一人居なくなった翌日から、三人で協力するようになったわ。
狩りが寮内で行われたわ。狩りの一週間ほど前から、夜、寮の外では百鬼夜行が開催されるようになって、毎夜私たちは追い詰められていった。その内一人がアパートの人に泣きついたのよ。
「一晩で良いから、泊めてくれっ」てね。
別にアパートの人と仲が良かったわけでもなく、どちらかと言えば泣きついた奴は以前やらかしていたし、居なくなった人も難癖をつけて、私以外の寮の人は皆迷惑をかけていたの。
このアパートの人ってのが曲者で、郷の化け物たちと上手く折り合いを付けて日々をやり過ごしている猛者だったわ。でも、優しかったの、かな。
食料不足になりがちな私たちに差し入れと称してこまめにご飯を持ってきてくれたり、買い物に同行させてもらったり、買い物に行ってもらったこともあるわね。何かと気を掛けてくれたのよ。
私たちが生き延びたのも帰りに護衛が付いたのもこの人のおかげね。
あ、もちろん、アパートの人はもう現世に帰ってるわ。護衛はまあ、何ていうかその人の最後の置き土産かしら。
で、話を戻すけど、寮の一人が泣きついて泊まらせてもらった日に寮で狩りが行われた。
寮に残っていた私ともう一人は酷い精神状態に陥っていたの。朝帰って来たアイツが掃除をしてくれて、その後アパートの人を連れてきてくれたわ。
アパートの人はすぐに私たちを部屋から連れ出して調理室で飲み物を淹れてくれた。それで、錯乱状態の私と、呆然自失のカレシさん(居なくなった人のカレシさんだったのよ)と、恐慌状態の泣きついた奴。皆をある程度正気に戻して、その夜寮に泊まってくれたわ。
詳しくは書かないけど、アパートの人が泊まってくれなければ、私たちは全員喰われていたと思う。そんな状況で、危険な寮に泊まりに来て、仲も良くなかったのに私たちを守ってくれるような、不思議な人。
もし、寮の外で夜な夜な行われる宴会で、荒唐無稽な迷い人の話題が有ったら間違いなくその人だから。聞いてみたら面白いかもしれないわ。迷い込んで二、三日で手足吹っ飛ばされたとか、匂いだけ嗅がせてくるとか、布団を背負わせて土下座させるとか、そこら辺ね。
ね?馬鹿らしいでしょ。
私たちは情報収集なんてしなかったけれど、その人はしていたの。その人から貰った情報をメモっていくから、ありがたーく読みなさいよ。
夢幻・軌跡寓話(後)
ノートには、寮内で気を付けることや、年末年始の売店や食堂の営業のこと。買い物をするときの約束事。驚いたことに、狩りの傾向まで書いてあった。
「このノート、もっと早くに読みたかったね」
「そうだね。読めていたら、正月早々苦労しなかっただろうにね」
「どうかな。食料は一応確保してたじゃない。食べられちゃったから、同じことになりそうだけど」
「あ、そうか」
「でも、歯を磨くのは磨いていたけど、ちょっと今から磨きなおそうか」
「私も。磨く」
ノートには簡単なレシピなどもあり、これからも重宝しそうだ。このノートは比較的新しいから、私たちの前の人かもしれない。
「ね。私、夜に来る化け物たちが話ししている中で、高笑いしながら飛んでいく迷い人の話、聞いたことある」
「私、火を吐き出す迷い人の話聞いたことある」
「その人かもしれないね」
「ね。面白おかしく脚色されているんだろうけど、その人、ものすごく頑張って生き残ったってことだよね」
「うん。私たちも頑張らないとね」
「ね」
居なくなった二人のことは予想ついている。けれど、少女たちは不安と恐怖を押し隠して笑い合う。このノートは良いお守り代わりになるだろう。
「私たちも、帰る直前に、このノートに一言、書いて帰ろう」
「うん。今日、二人で帰るよって書こうね。きっと二枚ページが余ってるのは、書き込むページだと思うから」
朋来・事務室の日常
迎え火が灯った夜。
「ツバメ、岩木君帰って来たってっ」
「はあぁぁ!?」
翌日、夕刻。
「ツバメ。岩木君、今日は鬼族の所に泊まるらしいから、遊びに行ってもいないよ」
「なんで」
事務員の女性が垂直に手をピンと伸ばし、胸を張って立ち上がる。
「お昼に衝撃の一報!!!岩木君がー!私たちのー!首領と友をー!連れてきてくれましたー!」
「は?」
「振る舞い酒しちゃうから!そおらっ!どぶろくよ!」
良く分からないけれど、酒が飲めれば其れで良い。事務全員の一致した意見だ。
目の前には飲めと振る舞われた、旨いどぶろく。ならば、迷う隙も無く一択。
「者ども、かんぱーいっ」
「「「「「「「「「かんぱーいっ」」」」」」」」
月曜。
「あれ、ツバメご機嫌だね」
「ああ。岩木君がお昼持ってきて一緒に食べたから。次からも来るだろうし、それで」
「岩木君、料理の腕上がってたし、小春ちゃんも幸せそうだったし。うん。昼食が一気に華やかになったね」
「何せ、供物の質も上げて来たからな」
「「「「「「「「「「何それ、詳しく」」」」」」」」」」
火曜。
「コダマ、キョウコク!スズメが昼に混ぜろって言って来やがった。厚顔無恥とはこのことだ。この害鳥野郎、叩き開いて焼いてやるっ」
「器ちっさ。ツバメはこれだから」
「ああん?」
「相変わらず仲悪いね」
「おい。そこの二羽。鳥獣喧嘩なら外でやれ」
「「はい。室長」」
十二月、上旬。
「駄目だ。間に合わない。コダマ。今日も迷い人のバイトは来ないの」
「今の所来ていませんよ、室長。そろそろ例年通り参って来た頃合いですしね」
「おっ、何だ。岩木の所に誘いに行くのか」
「ツバメ。岩木君なら資料室でバイト中だよ。あっちの方が割が良いからね」
「昼にはこちらに来て、一緒にご飯を食べるのだから、大丈夫よ。ツバメ」
「最初は鬼の所のお二人が来てくれていたのに、あの迷い人が余計なことしくさってからに」
「そうなの。あの時ほど、自分の力不足を嘆いたことは無かったわ。あの首、捻り千切りたかったのに。私、今、鬼族の皆で大特訓しているのよ。次が有れば、事務員全て退けて見せる」
「やめろ。拳を掲げるな。降ろせ。あんときでさえ、手古摺ったのに。あの時お前事務員半分以上伸したからな?
今のこの書類の惨状の一因だからな?自粛して?」
数日後。
「僕もう駄目ぇぇ」
「あ。やばい。コダマが分裂始めた」
「良し。今年は髪の毛残るか賭けようぜ」
「去年の髪ってどこ行ったの」
「皆。昼まではコダマたちを遊ばせてくれ。キョウコク。昼になったら岩木君迎えに行ってくれ。受付に話を通しておくから、昼からはそのまま事務室でバイトしてもらおう」
「室長。迎えに行かなくても岩木君来ますよ。今、コダマが三匹ほど、一直線に向かいましたから」
「去年の子もそのままいるから、きっと仲間を感知したのね」
「え。岩木君。コダマたちに仲間認定されているの?彼は何を目指しているの」
「緑の鬘じゃない?」
一月上旬。
「凄くない?俺ら新年早々、働きにでてきてるんだぜ?凄くない?」
「旧正月前後、一か月は絶対、酔いつ潰れてやる。俺は決めている」
「根が真面目な鬼族がこぞって、ちらほらとしか出て来なくなったのも原因よ。
誰か、朱天様を連れ戻してよ。そうしたら鬼族も一気に出てくるし、良いとこ見せようと、それこそ鬼のように働いてくれるわよ」
「おい。誰か二日に商店街で雪見酒の商いが有ったの知っているか」
「知ってる。店は居酒屋と酒屋しか開いてなかったけど、商店街の通りに朱布掛けた長椅子と傘をずらっと並べたのよ。洒落た催しよね。商店街の連中は相変わらず良い商いをするわ」
「ああ。あれな、皆もいつもよりはしっかりとした服装で行ったんだぜ。雪を見ながら静かに飲み静を味わうってか。まあ、飲み始めたらそんなことを吹っ飛ぶけどな」
「旨い酒に旨い肴。これが揺るがぬ真理」
「だな」
「肴もあれだろ。森津木・小鳥・岩木トリオが作ってたんだろ」
「ちょっと小春ちゃん入れてよ。あんなに可愛いのに」
「良いな。室長に掛け合ってみるか?新年会。アパート組雇って、調理室で肴作ってもらって、ロビーで呑むとか」
「無理難題だ。どうやって迷い人の安全確保するの。誰が守役になって誰が肴運ぶの。皆呑みたいに決まってるだろ」
「岩木たち、また、そんなことしてたんだな」
「ちょっとツバメ、泣かないでよ?新年早々鬱陶しい」
密談・福と碇の重ね唄
深夜一時。お兄ちゃんが寝入っているのを確認して、そろりと海神様の石を叩く。
まるで予測していたように、するりと海神様は姿を現した。
「出てきてくれて、有難う海神様。伝えておきたいことがあったの。
…一年前の無茶のこと。お兄ちゃん、気が付いてたよ」
「そうか」
「もう、危ないことはしないでね。悲しませないでね」
「是。もう、せぬよ」
「そうだよね。だって、私たちはもう、手に入れたもの」
「然り。何と満ち足りた日々であろうな」
「あい。あったかいが繋がって、糸は紡がれる。紡がれること、それこそが私たちの幸福」
「独りとは、凍える寂しさ。消えゆく我が身のものかなしさ。さればこそ、今の歓び」
「大切に、大切に。紡いで、重ねて。皆で一緒に巡っていこうね」
互いに頷き合って、何事もなかったように寝床に戻る。暗闇の中で、交わされた言の葉は秘密の調べ。内緒、内緒の重ね唄。
雲間・一望の限り
「そら」
とくりと注がれる酒は、強い酒精の匂いがする。
「おぅ、ありがたい。だが、意外だった。おぬしはすぐに、ちょっかいを掛けに行くものかと」
「用は無いぞ」
「そうだが」
「結局、帰るときも、儂が預かった菓子も食わんで」
「お主の所に行ったときには既に食われていたろうが」
「ナマモノだと、聞いたのでな」
「あれは、縁を付けやすい。その内、縋られることになろう」
「然り。それもまた、必定なれば。留まれば淀みが生じる。この郷の長として、あやつを歓迎しよう」
「風の性か」
「誰もが諦めた条件が、そこに揃ったならば」
「ここに及び、鬼の囲いが加護となるか。見物よな」
次話で番外編終了になります。




