番外4. 来客
予約投稿を忘れていました。申し訳ございません。
一月三日、木曜日。
昨日は昼から居酒屋バイトをしたため、腕がだるい。午前中は基たちにモザイク寿司と芋の煮っ転がしを。アパートの分で手毬寿司を作り、夜の分のシチューとパンを作り、午後の居酒屋バイト。
カイドウさんが、御節のお詫びとして朝一で処理済み海産物をくれたので、寿司は結構楽に作れた。それが無かったら、もっと疲れていただろう。今日は一日ごろごろすると心に決めても罰は当たるまい。
朝の十時に森津木さんがふらっとやって来た。森津木さんもお疲れモードだ。
「岩木、お茶。緑茶。あっついの」
もそりと炬燵に入った森津木さんは机の上に顔をつけ、座るのもだるいと全身で主張している。
「小春。俺たちもお茶にしようか。何が良い?」
「緑茶が良いな」
「了解。少し待っていて」
三人分のお茶を用意する。蒸らし時間の間にお茶請けを探す。何かあったかな。緑茶に合う甘味。冷凍していたおやきを出してきてレンジで温める。あとは蜜柑でいいや。
「お待たせ。おやきは右からネギみそ、さつま芋餡、かぼちゃ餡。好きなのどうぞ」
小春の小さな湯呑にお茶を掬って入れる。そのあと、小春におやきの希望を聞くとさつま芋餡ということなので、森津木さんがかぼちゃ餡、俺がネギみそになった。といっても、小春のさつま芋のおやきも半分以上は俺が食べるのだが。
「んー。甘味が染みわたる。生き返るよね」
どうやら、ご満足いただけたようだ。ずずっとお茶を啜ると、腹の奥に温かいものが落ちていく。
「そういえば、今日は朱さんたちいったん戻ってくるの」
「そう聞いてますよ。だから、今日の昼はあまり考えずに楽に済ませようかなと思ってます。俺たちは昨日食べ損ねたシチューとパンですけど、あの二人にはうどんかお好み焼きで良いかなと。戻ってきて、希望を聞いてからですね」
「そう。ところで岩木。今日は何をする予定なの」
「今日は疲れているから、料理も簡単に済ませて、小春とごろごろする予定です。
持ち帰って来たレシピを小春と見て過ごそうかなと」
「へえ。レシピってどんなの」
「色々です。応用とか俺では中々思いつかないので、小春に見てもらいながら、使えそうなレシピを探しておこうかなと。森津木さんも一緒にレシピ見ながらゴロゴロしません?」
「良いね。それなら、居酒屋バイトでも使えるような料理探してみるのも良いかも。
きっと、二月も呼ばれるだろうから。今からなら試作する期間も十分あるし」
「保存食や、お弁当向きな料理もすぐに必要になるものだから、見ておいた方が良いと思うの」
三人の意見が出そろったところで、「じゃあやっぱり、使えるレシピ探しだね」ということで落ち着いた。この郷での食生活は重要なのだ。
正午。戻ってきた基たちにうどんを作り、その後シチューを食べる。小鳥少年は午前中ずっと寝ていたらしく、お昼時に「おはよう、朝ご飯余ってない?」と顔を出した。
基と朱さんは軽く部屋の掃除などをするといって戻って行った。俺たちはお茶をしながら、午前中に見つけたレシピの話などをとりとめなく喋る。
「運動不足な時はこれを作ろう!ってのを三つほど見つけた。疲れそうなやつ」
「岩兄ちゃん。レシピ探す目的がちょっとズレてない?俺も参加するけれども」
「あとね、やっぱり保存食は大切だと思おうの。琥珀糖も作っておけば直ぐに渡せる見栄えの良い甘味としても優秀だけど、保存食としてはあんまり。砂糖をそのまま置いておいた方が用途広いし。
今は冬で乾燥しているから、今こそ、何か作るべきだと思うのだけど、これといったレシピがまだ見つからないの」
しょんぼりしているかと思いきや、小春の瞳はやる気に燃えている。
「小春。明日にでも柚子ピール作ろうか。去年作ったの全部食べちゃったし。今回は柔らかめにしてグラニュー糖をまぶさずにチョコ掛けにしてみる?」
「作る。でも保存食も探す」
保存食のつもりで提案したのだけど、どうやら小春は本格的な保存食をご希望のようだ。
「やっぱり漬物とか?新生姜出たら、作ってみようか」
「あい。梅干しも。あ。お兄ちゃん。人間が、こっちに来るよ」
小春の一言に、俺たちは顔を見合わせる。
「人間て、寮の迷い人、かな」
「迎え火灯ったっけ。元旦も昨日も出ていたから分からないけど、それなら、もっと騒がしいはずだよな。絶対、昨日の居酒屋で話題なってるはずだぜ?灯ったなら、だけど」
「食料の補充に、ダメもとで無人販売所に行く途中、とかなら良いんですけど。基と朱さんに絡みに来た、が有力な気がします」
窓から見ると、四人が団子になって歩いてくるのが見える。こんな雪の日だ。住宅街からの視線は少ないだろうけど、それでも怖いだろうに。
少しすると、彼女たちはアパートの一号室のドアを叩いた。それこそ、「叩く」の勢いだ。一号室は朱さんの部屋。日中でもそう簡単にドアを開けたりはしないはず。
「ちょっと。どっちかいるんでしょう。こっちはわざわざ、怖い思いをしてまで訪ねて来たんだから無視しないでよ」
「あの、すみません。食料を分けて貰えませんか。私たち、食べ過ぎてしまって。
お金もあんまり無いから、千円しか払えませんけど…お願いします」
「あっちの部屋も、叩いてみる。入れるのは一階だけなんでしょ?なら、どっちの部屋も住んでいるはずだもの」
三号室にも爆撃を仕掛けようとした彼女たちを止めるためか、一号室から朱さんの声がした。
「帰って。あなたたちに分ける食料は無い。こっちだって、補充できないのは同じ。分かっているはず」
「だから!こうして頼みに来たんじゃない」
「余裕なんて無い。帰って」
埒が明かないと思ったのか三号室のドアが今度は軽く叩かれる。
「すみません。食料を分けてくれませんか。お願いします」
「あの子、分けてくれないのよ。ね、お願い。あなたは分けてくれるでしょ」
「帰ってくれ。こちらも同じだ。分けられるものなどない」
取りつく島もなく断られ、一瞬静かになるが、すぐにそれは喚き声に変わった。
「あんた、男でしょ。女の子が困ってるのに、助けなさいよっ」
「そうよ、そうよ。あの女といい、あんたといい、最低っ。最低同士だから一緒にいるの」
「止めなよ、帰ろう。断られたなら、早く帰ろう。外に長く居るのは危ないよ。それに、分けてもらえる要素もなかったじゃない。私たち、仲が良いわけじゃないし」
「そうだよ、仕方ないよ。男の人は、女の私たちよりも食料が要るはずだし、女の子の方もずっと、凄い体調悪そうだったじゃない。それに必要な食料揃えるのは難しいって、私たちも知ってるじゃない」
どうやら四人のうち、話ができるのは二人だけのようだ。二人が言い募る事自体が癇に障ったのか、「うるさいわね」と怒鳴る声が聞こえて、次いでドサッと雪に何かが落ちる音がした。
「アンタたちが、しっかり確保しないから、こんなことになっているんじゃない」
「今なんて言いました?私たちのせいにする気ですか。私たちが確保していた分を食い漁ったのはあなたたちじゃないですか」
「っ」
「うぅ、お尻が冷たい」
「大丈夫?風邪を引いたらいけないし、二人で帰ろう」
「突き飛ばされるなんて、思っても無かった。うん。帰ろうか。今日から二人で頑張ろう」
「うん。一緒に寝ようね」
「うん。あの、ご迷惑をかけてすみませんでした。私たち二人は帰ります」
「いきなり来て、騒がしてごめんなさいでした」
二人は大きな声で謝罪をして、手を繋いで帰っていく。残されたのは。
「何よ何よ。良い子ぶってっ。こっちだって、知らないから」
「そうだよね。こんな状況で、相手のことが思いやれないなんて、ちょっとね。
私たちも二人でやればいいよ。正直、あの二人合わなかったからストレスだったんだよね。
二人で頑張ろ」
残された二人は、気を取り直したのかもう一度戸を叩き始める。
「ねえ、少しで良いの、分けてくれない」
「お願い、食べ物が無いの。このままじゃ死んじゃうかもしれない」
この二人に分けてしまえば、この先ずっと集られるだろう。それが解っているから、基も朱さんも応じない。しばらくすると、彼女たちは二階に上がって来た。
叩かれたのは、階段を上がってすぐ、六号室。俺の部屋だ。
「食料を分けてください」
案内時に上の階は埋まっていると聞いたのか、迷い人が他にもいると辺りも付けたのだろう。
「お断りだよ」
「私たちに死ねっていうの?」
「興味ないかな。聞くけど、貴重な食料を渡す見返りは何?」
「助け合いじゃない」
「俺は君に迷惑を掛けられたことは有っても助けられたことは無いかな。
君の不用意な言動が、こっちの迷惑になっているんだよ。君は気づいてないだろうけど。
帰って」
彼女たちは一度、ドアを蹴って悪態をついた後、五号室、六号室とノックをして、不在と思ったのかそのまま引き上げていった。
息を潜めて、彼女たちが遠ざかるのを待つ。
「驚いた。てっきり岩木は少し分けてあげるのかと思った」
「うん。岩兄ちゃん、去年は甲斐甲斐しく寮のメンバーの世話焼いていたし」
「そう?でも、彼女たちのおかげで、朱さんは謹慎になったし、俺もメニューを考えるのに悩む羽目になったし。何より、残ったあの二人に食料渡したらゴネ得になるだろう?
もし、渡すにしても、先に帰った二人だよ」
四人でそんな話をしていると、トントンと控えめにドアが叩かれる。
「朱お姉ちゃんと基お兄ちゃんが来ているよ」
すぐにドアを開けるとそこには苦笑いの二人が立っていた。
「災難だったな。入って」
「朱お姉ちゃん。基お兄ちゃん。大丈夫?」
「いらっしゃい。朱さん、基君。寒いだろ。入って。お茶を淹れよう」
「朱姉ちゃん、基兄ちゃん、いらっしゃい。入って入って」
俺たちの大歓迎を受けて、二人はおずおずと入ってくる。
「申し訳ない。岩木君。皆も。迷惑かけたから謝りに来たんだ」
「済まなかったな。俺たちが上手く追い返せていたら二階には上がらなかっただろう」
二人して頭を下げるものだから慌ててしまう。
「二人が謝る事じゃないよ。気にしないで」
「そうそう。去年の岩兄ちゃんのお菓子テロの方が酷かったし。気にしないで」
「いやまあ、岩木のは、その前の布団土下座の方がインパクトあったけど」
戸口で謝る二人を小鳥少年が炬燵に引っ張て行く。その隙に森津木さんがお茶を、俺が茶菓子を用意してから、炬燵に戻る。小鳥少年は基の足の間に定位置を見つけ満足げに寛いでいた。良し。これで、謝ってすぐに帰るという、今後気まずくなるような行動は阻止できたな。
「日本茶で大丈夫?もし疲れているなら、何か甘い飲み物用意しようか」
「森津木さんは何淹れても美味しいから好きに頼めばいいと思う。茶菓子はクッキーで大丈夫?胃がむかついているようなら、もっとあっさりしたものを探すけど」
基と朱さんは笑って「有難う。美味しそう」と口を付けてくれた。
「迷い人って、年によって当たり外れあるよ。あまり気にしない方が良いと思うぜ」
「そうそう。前回は岩木も寮の迷い人に差し入れ持って行ったりしていたけれど、今回はしてないしね」
お茶を一口飲んで、ほうっと息を吐き出した朱さんがこちらを見る。
「そうか。私たちは元より対人関係が上手くなかったから、困ってしまって」
「さきほど、何やら面白そうなことを言っていたが、前回の迷い人達のことだろう?
参考までに話を聞かせて欲しい」
至極真面目な顔で言っているが、「面白そう」と言ってしまっている時点で台無しだ。
「そうそう。前回の迷い人は岩木を入れて五人。岩木以外は皆、寮に入ったよ。喰われたのはたった一人。四人も生還した稀に見る迷い人大勝利の年だった」
「なー。寮に残った三人のために岩兄ちゃんも出来るだけ力になってたんだ。
事務のツバメ兄ちゃんが、岩兄ちゃんが現世に帰るのに大反対して、追いかけっこで勝負して勝ってから帰ったんだぜ?
その時のツバメ兄ちゃんが出した条件が、「ツバメ兄ちゃんが勝ったら郷に残れ。岩兄ちゃんが勝ったら寮の迷い人三人が帰るときに護衛してやる」って言い出すくらいには、はたから見ていて分かる程度に気にかけてたからね」
「それ、岩木は勝ったんだよな。で、生還四人ということは、寮の三人も無事に帰れたのか」
「そうだよ。岩木が帰ったのが二月の上旬。残りの迷い人も二月中に帰ったよ」
当時のことを思い出して、くすくすと森津木さんと小鳥少年が笑う。小鳥少年にとって去年の冬が笑って話せるくらいになっていることに、俺もほっとする。
「それで、布団土下座って何かな。お菓子テロも気になる」
こわばっていた頬から力を抜いて、やっと朱さんが穏やかに笑った。
「あのね」
小春が楽しそうに、嬉しそうに語りだす。外はまた雪が舞い始める。明日にはまた屋根の雪下ろしを森津木さんに頼まないといけないかな。
温かい室内を幸せに思いながらも、寮の四人はどうしているだろうと、頭をよぎった。




