番外3. 二度目の年末年始
ほのぼの?日常会。
十二月二十九日、土曜日。
早朝から作った餅を管理舎に持って行く。そのまま支給金を頂いたので、懐が温かい。
いつものメンバーで意気揚々と食料品店に行き、がっつり買い込む。年末年始の入用に加え、今年は基と朱さんの食料も必要なのだ。ここ一週間ほど毎日食料品店に通っている。
あの二人はこの郷で、「朱」「基」と呼び名を決めていた。でも鬼族の人たちが「頭」とか「朱天様」とか普通に読んでいるから正体は筒抜けである。基の方も「綱」と呼ばれているので隠す気は無いらしい。
アパートに戻り、昼は皆でまだ温かい餅を食べる。ちなみに、基と朱さんは餅を持って鬼族の所に行っているのでいつものメンバーだ。
「岩兄ちゃん、きな粉取って」
「はい」
「そういえば、基君と朱さんって鬼族の所でちゃんと休んでいるの?」
お茶を注ぎながら森津木さんが聞く。
「どうでしょうね。色々したいみたいだし、手を出してるみたいですよ。搾乳とか、チーズ作りも習ってるって基が楽しそうに言ってました」
「朱さんは?」
「畑仕事をしたいそうですが、周りに止められるって愚痴ってました。仕方なしに牛の世話をする基を見学しているそうです。それも、良い顔はされないらしいですね」
仕方ない。この郷に辿り着いて、再会と約束を果たして、気が緩んのだろう。朱さんは俺が知る限り、初めて倒れたのだ。この郷に来て二日目だった。俺は、朱さんが無視していた体からの警告をやっと受け取ったように思えた。
それを基に伝え、この機会にゆっくりさせるべきじゃないのかと話した。基も同意見だったようで、鬼族を巻き込んだ過保護包囲網の完成である。
「二人とも、しっかり療養した方が良いと思うから、個人的にはゆっくりして欲しいのだけど」
基と朱さんは本当に災難続きだ。あの二人、運が悪いのだろうか、と密かに小春と心配している。
その原因は寮に入った四人の迷い人。俺は翻訳のバイトをしているから余り会うこともなく、何より小春やたまに木毬も頭に乗せたりしているので、迷い人だと認識されていない。
けれど、基と朱さんは計算やファイリングのバイトで鉢合わせをすることが多く、迷い人の仲間だと思われるのに時間はかからなかった。
寮の四人は女の子だ。彼女たちが朱さんに言い放った言葉は「迷い人で唯一の男の人を独り占めしている。寮を二部屋空けるから、寮に移って皆で助け合うべきじゃないの」だった。
寮に入ったら、誰かが一度は言わなければいけない決まりでもあるのだろうか。「皆で助け合う」ってもうNGワードにしたらいいのに。
二人が応じないと分かると「いつも守ってもらってお姫様きどり?」などと煽ってきたらしい。けれど、そんなことで動じる二人ではない。鼻で笑って終わるはずだった。はずだったのだが。その場にいた鬼族の事務員さんが盛大に動じてしまったのだ。
殺意全開になった彼女は「この小娘がぁっ」と迷い人の首を躊躇わずに狙いに行ったらしい。「やばい」と思ったのは周囲の事務員だ。コダマさん曰く、ここで狩りなどされては今年以降バイトが来ないかもしれないと思ったらしい。
コダマさんの掛け声一斉。周囲の事務員が鬼族の事務員さんを止めにかかり、何とか止めることはできた。だが問題はその後だ。日中に管理舎内で鬼族が迷い人に襲いかかろうとした。この事案に頭を抱えたのが銀さんだ。
鬼族では彼女の行動は「当然」と評価された。ほかの種族からも「仕方なし」と声が上がった。首領を軽んじられて黙っていられるわけがなかろう、と。しかし、約定を軽んじては綻びが生じる。
舎長はこの繊細な問題を銀さんに丸投げした。そして苦悩する銀さんに朱さんが提案したのだ。
「私が居れば、あの子たちはまた絡んでくる。ならば鬼族を代表して私が鬼の集落に謹慎でどうだ。それなら、各方面に顔が立たないか」
「それは、朱天がその間ずっと、御殿にいるということですね。ではそうしましょう」
全てを見ていた基が、あれは即決だった、と教えてくれた。そうして、朱さんは鬼の集落に謹慎となり、俺の元に毎日カエデさんが食事を取に来ている。
「ちらっと今日も見たけれど、寮の迷い人達、基たちをまだ探しているみたいだった。
謹慎期間は年末までだけど、あれじゃあ、年始からも様子を見た方が良いかもしれない」
五つ目の餅を平らげ、お吸い物を味わう。森津木さんのお吸い物は出汁がしっかりしているのでとても美味しい。
お茶が注がれる。良い匂いが広がって、自然と息を吐いた。
「今日の迎えっていつ来るの?」
今日は土曜なので、皆で鬼の御殿の離れに泊まりに行く。晩御飯の献立は鍋だ。鬼族の人が材料を用意してくれて、昆布出汁も準備してくれると聞いている。
「夕方五時の鐘が鳴ったら、迎えに来て欲しいと伝えています」
「じゃあ、昼からは三人で、鬼族への手土産作ろうか」
「俺、昨日ブランデーのパウンドケーキ三本焼いたので、普通の菓子系とツマミ系が良いと思います」
「朝、お餅をいっぱい渡したのに、必要あるかな」
「「それはそれ。これはこれ」」
年が明けた。小鳥少年と小春におとし玉を渡して、散歩に出る。俺の腹に少し肉がついて来た。小春と小鳥少年と森津木さんのおかげである。過度な食事に適宜な運動。なんて素晴らしい元旦だ。
午後には鬼族の新年の宴に参加せてもらうことになっているので、そこでもご馳走にありつける筈だ。朱さんと基には昨日、年越しそばと餅と御節を渡してある。
今朝は雑煮と御節を食べているだろう。御節は三箇日食べられるように大量に作って渡したので、三日までは差し入れ無しの予定だ。
散歩から戻り、一服する。茶請けは練り切りだ。森津木さんの強い要望に応え、大晦日に作った。今日の鬼族への手土産にもなるので丁度良かったというのもある。
「うわ、凄い!岩兄ちゃん、凄い!去年のときより凄く見目も良いし、美味しい。んんと、食べやすい?」
小鳥少年が手放しで誉めてくれる。形が良いのは、道具を持ち込んだからだ。海神様が雁木玉に入れてくれて、勇者の道具袋までとはいかないが、結構量が持ち込めたのだ。
ちなみに海神様は無事に海に送ることができ、二か月に一回は逢いに行った。俺がこの郷に戻る気でいることを話し、もうこの海に来られなくなると報告に行ったその日に海神様は綺麗な石を渡してきた。海底にあった綺麗な丸い石を肌身離さず持っていたと言う。
「この石を持って行って欲しい。いわゆる、分社というやつだ。すぐさま分霊が宿るだろう。これでいつでも一緒だ」
そういえば、出会った時も海神様は海底の石に入っていたなと思い出し、納得した。その石は家に帰るとすぐに海神様の分御霊が宿り、その海神様に荷造りを手伝ってもらったのだ。雁木玉、色々と有能すぎる。これが千年の逸物。
「道具を持ち込めたし、一回だけ和菓子屋主催の手作り体験イベントに参加できてさ。参加者で俺だけ男だったから、講師の和菓子屋の若旦那が気にかけてくれて、他の人より丁寧に教えてもらえたんだよ」
といっても、整形だけだ。さすがにイベントで最初から作るというのは時間が足りない。けれど初心者用の全作業工程の冊子も配布されたので大満足なイベントだった。
「うん。綺麗だね。元旦に相応しい和菓子だ。ああ、幸せ」
森津木さんは変わらず練り切りが好きらしい。
「数は有りませんけど、三十位は余分に作れたので、鬼族の宴の手土産にしようと思って。
あと、琥珀糖も透明の小袋に詰めて、華やかに行こうかなと」
「うん。正月らしい華やかさだ。きっと喜ばれるだろう」
春巻きと唐揚げを量産し、まだ温かいうちに手土産として渡す。鬼族の新年の宴は今年もやはり樽と鬼が飛び交っていた。
俺たちは朱さんに挨拶を済ませ、人間のために作られた一角に案内されて腰を下ろす。朱さんが少し不審な動きをしていたのは何だろう。お酒でも飲んだのかな。飲酒はまだ早いと思うのだけけど、正月だし、少し羽目を外したのだろうか。
すぐに大皿が運ばれて来る。今年も立体的な見事な盛り様。カエデさんは酒樽を取りに行き、人間コーナーに基がやって来た。
「岩木。小春。小鳥君。森津木さん。明けましておめでとう。今年も宜しく」
この郷に来て、張り詰めた糸が緩むように、基は柔らかく笑うようになった。
「明けましておめでとう。今年もよろしく」
俺たちは口々に答え、基が座れるように詰めて座りなおす。対向側はきっとカエデさん他にも鬼の人たちが来るだろうから開けている。
「基、何か食べるか。取り分けようか」
普段、朱さんと基は俺の作った料理を食べるのだが、他の料理ももちろん食べられる。正月のご馳走だ。食べないのは勿体ないだろう。
「そうだな。適当に取ってくれるか」
「おう」
俺が普段作らないだろう、手の込んだ品目を乗せていく。小春と一緒に日々の感謝を、今年の願いを込めてから渡す。
「うん。旨い。有難う」
「「良かった」」
皆でワイワイと、あれが美味しい、これは凄いとご馳走を食べていると、カエデさんが樽を二つ抱えて戻って来た。
「後でエツバも来るって言っていたぞ。おう、綱もいるのか。沢山食え」
豪快に笑いながらドスンと座る。俺は大きめの取り皿にすぐに料理を取り分けて渡す。この大皿戦の主戦力だからだ。
「なあ。お前たち一体何を手土産にしたんだ。女たちが色めき立って騒いでいた。勝負の方法を楽しそうに決めていた。ありゃあ、貝合わせより札捲りになりそうな勢いだったぞ」
「岩兄ちゃん。白熱しそうなときは貝を壊したりしちゃうから、札捲りをするんだよ。貝合わせの貝は金粉とかも使って、札よりも手間暇お金がかかっているから」
すかさず小鳥少年がフォローをしてくれる。ありがたい。
「岩木の差し入れの菓子が、女性が喜びそうな和菓子だったので、それだと思いますよ」
その時広間の前の方で歓声が上がった。どうやら、春巻きなどが出されたようだ。
基の皿に素早く昆布巻きなどを乗せる。海藻は大事だからな。ふさふさになれ。ふさふさになれ。
真摯な願いをしつこく祈り、何食わぬ顔で基に差し出す。この願いも、力になるんだろうか。感謝とかじゃないとダメかな。基が食べるのをじっと見つめる。
昆布巻きを食べた基が「ぅんっ」と喉に詰まらせかけたのでどうやら、通じることは通じるみたいだ。力になるかは聞いてみないと分からないな。
お茶を渡すと、一気にあおる。
「基、どう。ふさふさになりそう?」
まだ咳き込んでいるのでお茶のお代わりを注いでやると、ちびちび飲んで落ち着いた頃返事が返ってくる。
「分からん。が、願いは通じた。頭頂部に力が集まるような感覚は無い。今まで、こんなにはっきり願いが分かることなどなかったのに、どうした。
あと、こんな悪戯のようなことをせずに、最初に伝えてくれ。気道に入ってしまったぞ」
「悪い悪い。それにしても、うーん。…もしかして海の幸と相性がいいのかもしれないな。基、少し付き合ってくれるか」
小春に伊勢海老をほぐしながら渡すことも忘れない。なにせ小春は今年も伊勢海老に夢中だ。すまん。ここでいっぱい食べておいてくれ。俺には縁のない高級食材だ。
基が男らしく「まかせろ」と言ったので遠慮なく食べ比べをしてもらう。やはり海の幸の方が供物になりやすく、とりわけ海藻は質が良いらしい。大きめの取り皿に海の幸を取り分け、小春にも力を貸してもらい恵みへの感謝と健康への願いを込める。
「朱さんに持って行かないか。上座に持って行くのは失礼かな」
と基に差し出せば、基は直ぐに箸を置き、笑顔で中座した。
基の後ろ姿を見送ってから、カエデさんが箸を置いた。
「ありがとな、岩木」
鬼族の人たちはこまめに感謝を伝えてくれる。余程あの二人が大事なのだろう。
「いいえ。俺が好きでしていることです。あの二人は俺にとっても友達ですから」
「そうか」
「あ。カエデ兄ちゃん。俺の方に詰めてくれる?エツバ兄ちゃんとオウラン姉ちゃんが来た」
「ほいよ」
小鳥少年の言う通り、エツバさんとオウランさんがやって来た。エツバさんは樽をオウランさんは立体的に盛られた大皿を持っている。
森津木さんと小鳥少年と、素早く目で会話する。
(あの大皿、まさか俺たちの分じゃないよな?すでに大皿二皿あるし)
(でも真っ直ぐここに来てない?)
(エツバ兄ちゃんのあの顔は駄目だよ。あの大皿ここに来るよ)
俺たちの動揺を他所に、丸まった小鳥少年が乗りそうな大皿はドンと存在感を醸し出し俺たちの前に鎮座した。
「「明けましておめでとう」」
声を揃えて挨拶した双子はニコリと微笑む。
「「「「明けましておめでとうございます」」」」
返事を返すと二人はカエデさんの横並びで座った。
「ん?ここ温かい。誰かいたのか」
「ああ。先ほどまで綱が居た。ちょっと朱天のところに岩木が取り分けた料理を持っていったんだ。直ぐ帰ってくると思うぞ」
「あら。でも私がすぐにお暇するから大丈夫よ。森津木さん、小鳥君、岩木君、小春ちゃん、お土産ありがとうね。和菓子は女子供で頂いたわ。春巻きと唐揚げは男衆に出して、飲み比べの景品ね。
ね、小春ちゃん。その伊勢海老食べたらお姉ちゃんと少し遊びましょう?皆、待っているわ。
代表で誘いに来ちゃった。もちろん、エツバを置いていくから岩木君は安心よ。まあ、鬼族で岩木君に何かしようって思う者はいないけど」
小春が俺を見上げる。うん。行きたいみたいだ。
「お兄ちゃん。お姉ちゃんたちと遊んできていい?」
「もちろん。遊んでおいで。迷惑かけないように、気をつけてな」
「あい」
満面の笑みで小春を手に乗せて去っていくオウランさんを見送り、オウランさんのいた場所に基が戻ってきて座る。
「皿が、増えているが…。お前たち食べきれるのか」
小難しい顔で、真剣に問うてくる基に苦笑いで首を振る。俺たちに残った手段は鬼族に食べてもらう、一択だ。
「カエデさんとエツバさんに、頑張ってもらおうと思ってます」
「席を立つなら、他の兄ちゃんを、ちゃんと連れてきてね」
「立ちませんよね?可愛い小鳥を置いて、そんなまさか」
「安心してくれ。基にはそこまで期待してない」
俺たちの返事に基は「そうか」と頷いて「頑張ろう」と笑う。男前である。カエデさんとエツバさんは力強く頷いた。取り分けた皿ごと渡す。去年の失敗を糧に、一つ賢くなっているのだ。
宴もたけなわ。庭に投げられた鬼族の人の上に雪が降り積もり、人によっては見えなくなって来たころ、俺たちの下座になんと朱さんと銀さんがやって来た。
「皆。楽しんでいる?凄い大皿が置かれたな。大皿だけあって、絵付けが綺麗だ。少し座って構わないか」
一も二もなく皆が頷き場を詰める。せめてと出した座布団に朱さんと銀さんは腰を下ろした。この二人が俺たちの居る下座に腰を下ろすなんて、どうしたのだろうか。
朱さんは少し逡巡してから、口を開いた。
「申し訳ない。岩木君。御節作ってくれただろう?三箇日分を。
あの御節、全部食べてしまった」
ぺこりと頭を下げた朱さんに続いて綱も「悪かったな」と頭を下げる。
「え、そうなの?ああ、頭を上げて、二人とも。十分だから。二人には食べきれない量だったし、他の人が食べちゃったか?御節、昼の分は有ったの?
朱さんは食べた?もしまだなら、今何か取り分けようか。効果は大分薄くなるらしいけど、気持ちを込めるだけでも、少しは違うらしいから」
「有難う。お昼は大丈夫よ。ほら、お土産いただいたし、さっき綱が運んでくれたものも食べたし。春巻き美味しかった。あとまだ食べてないけど、練り切りと琥珀糖も。綱が食べ損ねているから、綱にお願い」
「俺は十分、岩木に取り分けてもらっている。もう大丈夫だ」
そうして、綺麗な絵が露わになった大皿三枚を指さす。おう。俺と同じくらい、食べていたからな。一般的に言えば食べ過ぎだ。
「なら、晩のことを考えようか。もし離れを借りられて、材料を融通してもらえるなら何か作って帰ろうか?何が作れるかな」
いつも献立に迷ったら小春が助言をくれるのだが、今は居ない。迷っていると森津木さんが提案をしてくれる。
「岩木。それなら大根をイカで煮たらどうだろう。ニラかネギ入もいれて。レンジも使わないし、材料も揃いやすくないかな。食べるときに温めてもらえばいいよ」
「岩兄ちゃん。味噌の焼きおにぎりは?焼くのだけ、鬼族の姉ちゃんたちにしてもらえば、食べるときに温かいし、お茶漬けでも良いし。俺手伝えるよ」
ポンポンと二人が案を出してくれる。うん、じゃあ残るはメインか。ここでネックなのは、離れだから調理器具が揃ってないこととレンジによる温めが無いので冷めても食べられる料理か直前に熱を通すことができる料理をチョイスすることだ。アルミとかも無いし。
「和食だな。じゃあメインは豚汁でどうだろう。味はなるべく薄めにして、胃腸に優しくしておけばいいかな。薄すぎるようなら小鍋で温め直してもらって、その時に味噌なり入れてもらえば融通も利くし。銀さん、どうですか?」
「ええ。問題ありません。宜しくお願いします」
「じゃあ、岩木。僕も手伝おう。なにせ、ご馳走でお腹も一杯だし、少し動くくらいが丁度良いよね」




