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外様郷  作者: かろうじて
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番外2. 朱の糸、天の理

鬼族の話。




 積年の念願を叶え、茨木と再会した私たちは一旦鬼の住処に向かった。

 そこでは、もう会えないと遥か昔に諦めた仲間が数十名。涙ながらに再会を喜びあう。

 綱を紹介した時は、その場の半数以上の者の殺気が駄々漏れになり、茨木たちが当時の話をしてなかったことが明らかになった。咎める視線を茨木に向けると、


「辛かったのです。言の葉の形にしたくなかった」


 そう言って俯く。そんな茨木に強く出れるわけもなく、茨木が仲間になったころくらいから皆に説明することになった。




 はじめましての顔も随分多いようだ。私はかつて朱天と呼ばれたもの。ああ、朱色の天の字を戴く。当時は酒など飲んだこともないから、勝手に変えた字で呼ばないでほしい。


さて。昔話に少しつきあってくれ。先ずは私と茨木の友である綱の紹介だな。

源綱は茨木の幼馴染で、茨木が床屋にいたころの友だ。頼光の四天王の一角を担うとされているが、当時はそんなに大した身分ではなかった。


 茨木はある日、力に目覚めた、隠れ里でも少数派の妖だ。その血もあり、すぐに追われるように都から締め出され、当時の私と出会った。


 今では私たちが悪事を働いたなどとされているが、そんなことは無い。片手のない者、片足が曲がっている者、当時様々な理由で鬼と呼ばれ、住む場所を追われた者たちが集まってできたあの隠れ里は、日々の暮らしをやっとおくれるくらいの貧しく弱い里だった。


 そんな場所に保護された茨木をずっと気にして、食糧調達に物売りに都に行くたびに、なぜか目ざとく茨木を見つけ、少なくない物資を融通していてくれたのが綱だ。


 隠れ里が貧しいことを知っていた綱は、そこに茨木が保護されたと知って甲斐甲斐しく物資を渡してきた。食料に着物を持って帰ることも有っただろう?あれも綱が集めてくれていたんだ。

 荷が多い時などは何度となく、隠れ里まで一緒に運んでくれたりしていたし、畠作業の厳しい時も手伝いをしてくれていたから、知っている者も多いとは思うが。

 

 そんな綱だ。茨木の腕を切ったことなんてないし、あの襲撃のときも、どうにか私たちを助けようとして奔走してくれた。けれど、無手に近い私たちと武装した集団の力の差は覆されることなかった。


茨木が私を頼むと、唯一刀を持っていた綱に放り、敵をひきつける囮をかってでてくれた。その隙に私と綱は里で生き残っている者たちを探して逃がして回ったけれど、回れたのは里の約半分くらい。里の入口辺りでとうとう敵に囲まれてしまった。


 どうにか、逃げおおせようと足掻く私たちを絶望に叩きつけるように、頼光までもが合流した。笑ってた。愉しそうに、刃から滴る血と肉を厭いもせず、ゆるりと見せつけるように歩いてくるんだ。人の醜悪な面を全て凝縮させたら、あんな風になるのだろうか。


 綱は私を背に庇い、頼光と対峙したけれど、立っているのがやっとの満身創痍だ。数合も打ち合わぬうちに腕ごと綱の刃は飛んでいき、それでも尚、その体で私を庇い、綱は事切れた。


 だからどうか、茨木。怒ってくれるなよ。綱は命を張って茨木との約束を果たしたよ。最後まで守ってくれた。私が殺されたのは私が弱かったからだ。

 

 頼光は手下の中から裏切者が出ていることを隠したかったのか、その後も綱を従えたことになっているが、多分あれは綱の弟ではないかと思っている。胸糞悪い話だ。…話がそれたな。


 事切れた場所と時が近かったせいか、共に茨木に心残りが有ったせいか、次に生まれたとき私と綱は朱天と綱の記憶を持って、従兄弟として同日に生まれた。


 二人して茨木を探し生を終え。また近くに生まれて、二人で茨木を探す。そうして千年経つうちに、私と綱の魂は擦り切れ、特に私は前世の無理が今世にも持ち越すようになってしまった。こら泣くな。紅葉、放せ。抱き込むな。こら、泣くなと言っているだろう。ああ、もう。綱、後は頼む。私はこいつを泣き止ませるから。




 仕方ない。朱天が話せる様ではないので続きは俺が話をしよう。元・源綱だ。今、この場にいる得難い僥倖を、とても嬉しく思う。


 朱天と俺は今世でも茨木を探し続けた。二人とも、魂が擦り切れていることを自覚していたから、もしかしたら今世が最後のチャンスかもしれないと肚を括ってな。


 そうすると、探し方も根を詰めることになる。俺たちは少ない睡眠時間、過剰な行動範囲はどうやら学び舎でも有名になっていたらしかった。

 特に朱天だ。顔色は酷く、体も薄い。今にも倒れそうなのに俺と連日遠出をする様は色々言われていたようだ。


 朱天はもう薬師の処に世話になるしかないと周りの大人たちが相談し、せめて本人の意思で休ませたいと親御が説得を始めたころ、岩木が声をかけて来た。


 一時期から急に加護を纏わせていた岩木は俺も朱天も知っていた。だが関わることは無く、一月ほど過ごした日に、人好きする笑顔で気さくに向こうから話しかけてきたのだ。


 岩木は放課後…、済まない。学び舎が終わってから、話をしたいと言ってきた。俺たちも何か有益な話が聞けるかもしれないと応じたのが岐路だったのだろう。


 岩木は俺たちに茶菓子を勧め、「勘違いだったら、笑い飛ばして忘れて欲しい」と前置きをしてから、袖を捲った。


「あー、えっと。このアクセ、見覚え無い?」


 そこには大分古くなり色あせた上に腕輪に加工されてはあるが、見知った雁木玉が揺れていた。そう。当時茨木が持っていた、唯一持たされていた、雁木玉。見間違えるわけがない。


 そこからは、俺も朱天も大混乱だった。恥ずかしながら、岩木には大層申し訳ないことをしたな。それを何処で手に入れた、なぜ我らに声を掛けたと半ば吊し上げたのだ。

 それでも岩木は、我らを「まあまあ」とあやして、己が体験したことを話してくれた。この郷のこと。舎長の隣を支える「銀」という鬼のこと。我らの近くに来たときに、何となく雁木玉が反応している気がすること。


 それから、我らは今日この日のための用意に奔走した。現金の用意。必要な物資の用意。知識の補強。何より、心身ともに擦り切れていた我らは、己を癒すこと。はっきり言えば、この郷への道が開くまでに死ぬわけにはいかないから、一年は命を繋げるほどの回復に専念した。

 ああ、待て。思いの外、回復したのだ。床を用意しようとするのは待て。


 どうやって?そうだな。朱天は蓄積した疲労も酷い上に、魂の回復は薬師ではできないからな。自力で回復する力は我らには残っていなかったのだ。そこで、岩木だ。


 先に話した通り、俺と朱天はある意味目立っていてな。常の行動の無茶を岩木にも把握されていた。岩木の性格だ。放っておくことも出来なかったのだろう。世話を焼いてくれたのだ。


 その中の一つに食事が有ってな。 

 お主らも覚えが有ろう。岩木の料理は供物の質を持つ。岩木は我らと昼食を取るようになり、その際に我らの分も作って持参してくれるようになったのだ。料理の練習だから、などと言っていたが自身は食い足りずに栄養補助食を取っていたのだから、さすがに察せよう。

 

 今の朱天は俺が疑うほど、これでも回復しているのだ。根気よく、見返りも求めず、岩木が我らの器と魂の回復に努めてくれた。

 弱った体に無理のない食べ物を。食べ物を食べられるようになれば、精のつくものを。


 それに、岩木は昼食時が楽しくなるようにと、鬼の御殿の話を聞かせてくれてな。我らはそれが何よりも嬉しかった。どぶろくが美味しいらしい、牛を育てている、牛乳が美味しい。

 そんな楽しそうな話を毎日、能面のような我らにしてくれた。


 今になって思うのだが、岩木は良く挫けずに我らに話しかけたものよな。不気味だったと思うのだ。朱天も俺も、執念で動く生きた人形のようなものだったからな。


 まあ、それも過去のこと。岩木から供物と心尽くしを受けて半年も経てば表情が動かなくなっていた朱天が笑うまでになった。俺は何やら、泣き叫びたいような心地になったものだ。そう、もう数百年。久しく見てない笑みだったからな。


 それはそうと、主ら何をしておる。川の氷を滑り滝に落ちる遊びとはどういうことだ。俺さえ、馬鹿らしくて笑ってしまったではないか。


 あとは、時を待ち、道が開かれるのを待って岩木にこの郷に連れてきてもらい、ここに居る。




 約千年、二人で彷徨っていたと聞かされ、その途方もない話に絶句した。

 我らは、この郷に辿り着き、仲間とともに過ごしている。たった二人で、逢えるかもわからぬ隠れ鬼を探すとは川の中から一粒の砂金を探すようなもの。


 一人は寂しくて、苦しい。けれど、二人だからと言って、千年。その間の生に楽しみを見出すこともなく、ただ、私を探して過ごしたという。

 数百年笑わなかったとは、どういうことだ。もはやそれは、生きていると、言えるのか。

 執念で動く生きた人形。私の知る朱天と綱にはおよそ、似つかわしくない言葉。それを自称するほどの生き様のなんと、過酷なことか。


 ああ、まさか。もしや、あのとき。大江山を覆った我が慟哭が、彼岸まで届いてしまったのだろうか。朱天を庇った綱ごと、二人刺し貫かれたあのとき、伸ばした手の間に合わなかった私があげた咆哮が、二人に聞こえていたのなら。


 それが、引き金になったのなら。


 大広間は誰もが口を噤み、遣る瀬無さと後悔が満ちた静寂に、押し殺したすすり泣きが漣のように広がっていく。

 ふいに、口をへの字に曲げ、目も顔を真っ赤にした古参の仲間がダンッと足を踏み鳴らして立ち上がった。


「宴だ!今より三日三晩は日も知らず月も知らず、満願成就の祝い酒よ!」


 そうだ。我らのすることは帰ってきた仲間を憐れんで泣くことではない。全霊をかけて喜び祝うこと。広間の空気が変わる。

 だが、気の逸った仲間を手で静止して、待ったを掛ける。


「待ちなさい。二人は弱った魂と体で境を超えて来たのです。今の朱天と綱に酒など以ての外。弱った年若い人間の、ましてや朱天は娘の体。分かりやすく言えば小鳥よりも丁寧に扱いなさい」


 私の言葉に気の利く者が腰を上げる。


「中座お許しください。火鉢を用意してきましょう。この広間に入ってない者にも手伝ってもらい、敷物と屏風、温かい飲み物なども用意してまいりましょう。綱殿。甘酒はお二人とも大丈夫か。風味は落ちるが、酒精はしっかり飛ばそう」


「有り難い。朱天の体にも良いものだ。ただし、少量で注いでほしい」


 こくりと頷くとその女性は足早に室を出ていく。


「少し、質問が有ります。

 ですが先に。朱天、綱。私もずっと逢いたかった。私が探しに行くべきだった。

 あのとき、私こそ、守り切れずに面目無い。

 苦難の道であっただろうに、この郷に辿り着いた得難い巡り合わせに万感の感謝を」


 情けなくも震える声で告げる私に、二人が満足そうに笑う。その笑みに、再びこみ上げる熱を飲み下してやりすごす。ああ。この世の幸福は今私に集まっているかと思うほどだ。

 だが、確認していかねばならぬことが有る。


「朱天。綱。長く共に居た影響ですか?魂が深く結びついている。片方が逝けば残された片方も引きずられるくらいに」


 広間が再び静まり返る。


「ああ。だがこれは、恐らく最初の転生からだ。そうでなければ、説明がつかん。

 現状として、今俺たちは互いが離れると不安になる。もしかすると、魂が擦り切れつつ今まで保ったのも、これのおかげかもしれん」


「そうですか。なら、離すべきではありませんね。なるべく一緒に居られるように我らも心掛けておきましょう」


「ありがとう」


 朱天の紡ぐ声の、なんと細いことか。決して、逝かせる気はない。


「次に、舎長室でアパートを希望しましたね。この鬼ヶ山には住みませんか。理由は、岩木さんですか」


「そうだ。岩木にはおんぶに抱っこで、真に申し訳ないとは思っているが、我らの魂の回復は岩木の供物に頼っているのだ。出来るだけ、岩木に食事を頼みたい」


 戸惑いが広間に広がる。皆、二人がこのままこの鬼の集落に住むと思っていたからだろう。ましてや、治療の途中で、岩木君の供物に頼るしかないなど言われれば、悔しさに臍を噛む。


「岩木さんの供物に、魂を回復させる性質があるのですか」


「魂を回復というか、存在の補強に近いかもしれん。岩木自身も、もしかしたら気づいてないかもしれないが。話をきくに、消滅間近だった海神の覡のようなもの。


 海神も大分持ち直しておるようだし、我らも食べれば楽になる。俺には朱天の魂は光のようなもので見えている。岩木の供物で、昔の色に近くなっていることを併せれば否応なく」


「私たちも、岩木君には済まないと思っている。彼は細かったが、私たちが共に昼食を取るようになってから約一年。体の成長が、栄養不足で止まっているようにも思える。己の食事を私達に振り分けてしまっていれば当然の結果。

 

 本人は、加護で人間離れしているのかもしれないから、と安心させるように笑い飛ばすけれど。私も綱も身長がわずかでも伸びている。私に至っては体重がとても増えたりもした。


 でも岩木君は違う。偶然、先生の話を聞いてしまったのだけど。親御さんが心配して学び舎に相談し、擁護室での間食の許可が下りていたようだった。これは本当に特例の扱いで、それほどだったいうこと。それは、今も。岩木君の優しさに胡坐をかいて、私達は彼の献身を受け続けている」

 

 詰めた息を吐き出す。岩木さんには後で差し入れを持って行かねば。腹と背がくっついているに違いない。


「仕方ありません。そうしなければ、保たなかったのでしょう。これからも、頼むのですから、我らも出来ることは致しましょう。鬼族自慢の野菜や、干し肉。大目に差し入れて、彼も食べれるように」


 これはもう、岩木さんから二人を離すことも出来ない。だが、我らが頭の朱天が戻った今、鬼の集落に迎え入れられないとすると、承服しかねる仲間も必ずいるだろう。だが理由があまりに重い。己が心を持てはやし、勘気に走らねば良いが。


 むしろ、岩木さんを鬼の集落に加えようとする仲間が必ず出てくる。そうしたら小鳥にも働きかけるに違いない。すると森津木さんが一人残される。あの二人がそれを良しとするわけもなく、森津木さんまで加えようとすると天狗族や他の者も黙っていまい。無理だ。

 

 しかし、何か策を講じなくては。どこかに落としどころを見つけねばなるまい。


「それで、岩木から伝言があって。小鳥とやらの了承も得ているらしいが、『俺の空いている土曜の夜にそちらの離れに皆で泊まりに行っても良いですか。我儘を言えば、今日から許可くれると嬉しいです』だそうだ」


 思わず綱を見やれば、悪戯が成功したような童のような眼でこちらを見ている。


「私からも、お願いする。今日だけは、茨木と皆と一緒に共に居たい。離れたくない。

 だから、宴をして欲しい。私たちは飲み食いはほとんどできないだろうけど。宴なら、皆、集まるだろう?」


「俺からも頼もう。千年ぶりの再会だ。我が友、茨木だけでなく、懐かしい面々とも、離れがたい。頼む」


 二人の願いを聞いて、一も二もなく頷く。


「ああ、どうして。そのような嬉しい申し出を断ることがありましょうか。

 そうと決まれば岩木さんに手伝いを出しましょう。岩木さんも今日は住処を整え、買い出しにと忙しいでしょう。手伝いに行って、終わればそのまま小鳥たちを抱えて連れてくればいい。


 さあ!今宵は宴です!支度を整えなさい。手の空いたものは、この吉報を、振る舞い酒と共に皆に届けるのです!」


オマケの小話


番外2.5 払われ色づく視界



「朱天、綱。一つ教えてもらいたいことが有ります」

「なに?」

「先ほどの広間での、ぼかした所だろう?」


 綱の確信のままに頷く。朱天は一つ、ため息をついてから、答えてくれた。


「この郷への道のこと、だな」

「はい」

「そうだ。岩木は私たちと違って今年戻ってくる必要などなかった。

おそらく、十年後あたりを想定していたのではないかと思う。俺たちと関わる前の動きから少なくとも進学に向けての準備をしていた。 そして本来、郷への道が確実に開かれる保証もなかった」


「岩木には色々と世話になった。その色々に道も含まれる。岩木がこの郷に初めて来たときは海神が道標を作り、繋げたのだそうだ。

 俺たちは、淵に引っかかっていたようなもので後が無かったからな。岩木に賽を意図的に振らせた」


「それでも、岩木君は笑って言うの。逢いたい人たちがいるから、早くなっただけで、気にする必要はないって」


「そうですか。なら三人で、岩木さんへの恩を返していきましょう。いずれ、岩木さんにも力が必要になるときが来るでしょうから」


「ふ。そうだな。茨木の言う通りだ。だが、一つ訂正箇所が有るな」

「そうだな。茨木、後ろに控えている紅葉を見てみると良い」


 促されて振り返ると供につけていた紅葉が、赤ら顔で私を睨み付けていた。


「違うだろっ。茨木はいつも、何で俺たちを数に入れないっ!朱天が、綱が、助けられたというのなら、鬼族皆、助けられたのだ。我らだって、悲願だったのだ。茨木だって、知っているはずだろうっ!

 三人で恩を返すんじゃなくて、皆で恩人に礼を返すんだっ」


 紅葉の言葉にうんうんと朱天と綱が頷く。茨木も、すぐに己の非を認めた。


「これは参りました。私が悪かった。そうですね。皆、一緒です」


 昔馴染みたちの話し声は、宴の準備で忙しく走り回る足音や喧騒に穏やかに溶けていく。世界が優しく色づいたように鬼の御殿は今、息を吹き返した。


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