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外様郷  作者: かろうじて
88/98

88.遊びのお誘い




 一月三十日、火曜日。 

天気にも恵まれ、掃除日和の晴天。


正午には粗方の片付けが終わり、ゆっくりと昼食をとることができた。

午後からは干したカーペットやカーテン、布団やシーツの片付けと物が無くなった部屋の掃除だけだ。

短い期間なので、そこまで頑固な汚れが無いことが幸いだ。

俺が台所の掃除をしている間に森津木さんと小鳥少年は慣れたものと言わんばかりにテキパキと動いてくれている。物凄い経験値の差を感じる。


もしかしたら、森津木さんと小鳥少年だけでしたら午前中に終わったんではなかろうか。

明らかに足を引っ張ているような気がしてきたが、自分の後片付けを他人に丸投げはできないから、気が付かなかったことにした。


「これで終わり、っと」

丸めたカーペットを紐で括り、二号室に仕舞う。


「二人ともお疲れ。僕の部屋でお茶にしようか」

森津木さんがにこやかに、労いをくれて慌てて頭を下げた。

「こちらこそ、二人ともどうも有難う。おかげで想定より大分はやく掃除が終わりました」


「どう致しまして!ほら、手を洗って着替えて、早くおやつにしようぜ」

小鳥少年が軽い足取りで階段を上っていく。

それに倣おうとしたときに、不意に名前を呼ばれた。


「おー、岩木―」

気の抜けたこの声は、ツバメ?

小春に確認を取ってから足を返す。アパートの敷地の入口に向かうと丁度歩いてくるツバメが見えた。


「ツバメ。一人なのか?どうした?」

バイトの誘いにしては、もう午後三時で、時間が悪い。

もしかして、昨日何か忘れた、とか。いやでも、今日の大掃除でそれらしきものは何もなかった。何より、コダマさん達とセットの感覚があったので一人で来たツバメに違和感を感じる。首をかしげているとツバメが普段の調子で言い放った。


「なあ、岩木。俺と遊ばねぇ?ま、乗らなきゃ勝手にするけどな」


あ。なんか嫌なかんじがする。面倒くさそうな予感がする。最近多いな。頼んでない。

明日には現世に帰るという今この時に、不穏なこと言い出すとか止めてくれよ本当。


「お断りいたします。そして勝手にするって何だ。速やかに中止して」

即座に断って、訂正を求める。

俺が断るのは分かっていたのだろう、ツバメはニタアと笑って話を続ける。


「まあ、聞け。で、遊びの内容だが、無難に鬼ごと、あー、追いかけっこで良いだろ。

むしろ、お前相手に出来るのはそれ位だ。

お前が逃げて俺が追う。逆だと成り立たないからな。このアパートから、入らずの山の入口。山の斜面に少しでも足を踏み入れたらそこまで。時刻は午前十時開始」


あ、なんかもう、やる気になっていらっしゃる。決定して確定している。


ひと悶着起こりそうな気配を感じ取ったのか、森津木さんと小鳥少年がアパートの階段を降りてくる。ちょっと加勢してもらおうと困った顔をして振り返ると、小鳥少年はまだしも、森津木さんは凄くワクワクしている顔だ。目が輝いている。駄目だ。援護どころか、もう期待されている。

俺は見なかったことにして仕方なくツバメに向き合った。


「お前が逃げ切ったら、今寮にいる迷い人三人が現世に帰るときだけ、俺が護衛してやる。

まあ、事前に教えてもらう必要が有るが。で、お前が捕まればこの郷に残ってもらう。勿論、遊んでる最中に岩木の腕や足を捥いだりしないし、喰いもしない。俺と遊んでるんだから、憤ってる奴らに喰われることもなく山まで行けるし、命の保証はしてやる。な?悪い賭けじゃないだろう?」


寮のメンバーの帰りに際しての保護は正直、俺が自分の未来をかけてまで欲しいものじゃない。恐らく三人で帰るだろうから、約定を破られない限り大丈夫だ。彼らは郷の者との交流も最小限に留めているから、愉快犯に絡まれる可能性もい少ないだろう。


俺のことに対しても、山までの帰り道は小春がギリギリまでついてきてくれると言っているし、道中の安全は元より問題は少ない。高位の者にちょっかいを出されない限りは。だがそれよりも。


「ツバメ、どうした。何でそんなこと、言い始めたんだ」

ニヤリ顔のツバメが、俺の戸惑いなど意に介さずに言葉を続ける。


「んー。このままだとお前に不利だから、手加減はしてやる。そうだな。俺は飛ばない。

あと、捕まえるってのは腕なりなんなりを拘束してから五秒数えて成立だ」


「お前…。飛べたのか」

「お兄ちゃん、そこじゃない」


小春に窘められる。え、でも小春、驚かないの?ツバメが、この顔で飛ぶって言ってるんだよ。

岩兄ちゃん、と小鳥少年が腕に引っ付いてくる。


「お前が逃げ始めてから十数えたら鬼は追いかけ始める」

ツバメが話を進めようとしたことで、我に返る。いけない。ツバメ相手だとつい気が緩む。


「ちょっと待て、ツバメ。原因は何だ。少し落ち着いて話をしよう」

「ちなみに、受けないなら勝手に捕まえて履行する」


「だからっ」

こちらの話を聞こうとしないツバメに、語気を荒げて話を遮る。

ニヤリ顔を無表情に変えて、ようやっとツバメがこちらを見た気がした。


「ツバメ。理由はなんだ。なんで急にそんなこと言い出し始めた」

先ずは理由を聞かないと。ああ、部屋の片づけをしてなかったら、取りあえず上がってもらって茶でも出して落ち着いてもらえるのに。


「飯」


ぼそりと、ツバメが答える。

え。飯?


「えっと、ツバメ?飯がどうした」

「岩木の作った飯が、もっと食いたい。それが理由だ」


は。飯?え、飯なの?それだけ?

そんな、あほな。だがツバメは迷いなく言い放った。


「食い足りねぇ。俺は、もっと、飯が、食いたいっ」


区切りを入れるごとに大きくなる声に比例して、急速に俺の緊張感が萎んでいく。

もちろん俺だけじゃない。ツバメを見る小春の目は、もはや残念なものを見る目になっている。小春、そんな表情をどこで覚えてきたの…。あ、いや、元から知っていたのか。


ツバメは呼吸を整えてから、もう一度口を開いた。

いや、いいよ、ツバメ。もう口開かなくていいから。どうせ、ろくでもないことしか言わないだろ?


「岩木が鬼ごとに乗らなくても捕まえたら調理室に放り込むっ」

ほら。ほらぁー。


「え。待って。調理室、困る困る」

すかさず調理室の主である森津木さんの突っ込みが入った。


「森津木、困るのか?なら、食堂でもいいぞ」

「それなら大丈夫、僕は困らない」

森津木さん、そこは俺の援護しても良いとこだよ。場所は大事だけど、行為自体を止めて欲しかったかな。


「森兄ちゃん。黙ってようか」

見かねた小鳥少年が森津木さんを咎めて引っ込めた。


どうするかなぁ。これ。

ツバメ、害意が無いのに迷惑極まりない。

だけど実力行使されたら俺に勝ち目はない分、追いかけっこってのが良心的なんだよなぁ。


「あー、ツバメ。センジュさんやコダマさんはこのことを知っているのか?」

「おう。コダマとキョウコクには止められた。センジュには呆れられた?」

「そのまま振られてしまえ」

「無いな」


自信満々に言い返してきたツバメにイラッとする。こいつ、即座に否定したな。


「その自信はどこから来るんだ」

「センジュは本当に気に入らないなら、実力行使に出るから」


え。そうなんだ。


「で、岩木。受けるのか、受けないのか」

「断れるのか?」

「断れるぜ?ただし、勝手に始めるがな」


「断れないやつだよ、それ。強制だろ。もし俺が朝の十時までに帰ろうとしたら、どうなる?」

「好きにすれば良いんじゃないか。気が付けば捕まえて終わりだ。気が付かなくても、追いかける」


だよなぁ。それって現世に帰ったとしても、現世まで追いかけて来て連れ戻されるってことだろ。追いかけっこに勝って帰るのが一番なんだろうなぁ。あー。


それにしてもツバメは無理矢理残された俺が、ツバメに飯を作ると思ってるんだろうか。


郷に残ったと仮定して、生きていくにはご飯は作らないといけない。お金だっているからバイトを続けるとなると、管理舎に入りびたりになる。管理舎にいるならコダマさんたちとご飯食べようとするだろうし、その際にツバメだけ拒否とかできるわけない。で、横から弁当つつかれると。なるほど。


「もう、面倒くさ。はー、どうしてかな。分かった。分かったよ、ツバメ。

明日の朝十時な。アパートまで来たら声掛けて。寒いから部屋で待ってる。

それから、俺帰るときに荷物有るから十秒じゃなくて十五秒にして。


んで、今から寮に行って、賭けの内容を伝えるからついてきて。話は通しておかないと。時間が時間だし、大掃除した当日だから帰りもアパートまで送ってもらう。決定だから」


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