84.前へ
小鳥少年が戻ってきて、三人でミルクティーを作る。砂糖ではなくハチミツで、栄養価も高そうで満足。
「岩兄ちゃん、そんだけ甘いもの飲んだり食ったりしてるのに、まだ腹抉れてるんだよなぁ。
風呂でギョッとしたけど、また少し抉れてない?」
ミルクティーの湯気の中に三人で顔を突っ込んで満喫しているところに小鳥少年がぶち込んでくる。
「お兄ちゃん、また抉れたの?」
ほら、小春が喰いついた。この話題、小春が敏感なんだよなぁ。
「んー。少し。冬だから、しょうがない気もする」
夏はアイス漬けになるし、冷たい飲み物の方が砂糖の入っている量が多いから、摂取が楽だ。そうめんだって、カロリー高いし。
冬に定番の甘酒とか、お汁粉とかは苦手なんだよな。俺が自主的に手を付けないから、察した母親は作らなくなってしまった。
「少し小腹が空いてるから、このお茶飲み終わったら、干芋でももらって焼こうかな」
「今から炙れば?」
「匂いが混ざるのがちょっと。はちみつの良い匂いに浸っていたい」
「あい。確かに、このミルクティーとても良い匂い。森津木さんが戻ってきたら、飲んでもらいたいけど、すぐにお昼だから…」
小春は良い子だなぁ。おれ、森津木さんにもこのミルクティーをなんて考えつきもしなかった。
「そういや、昼食何だろうね。森兄ちゃん何を買ってくるかな。出来合いってことは無いと思うけど」
「やっぱり、すぐ出来るものじゃない?ラーメン鍋に一票」
多分アパートで腐りかけの食材を持って帰ってくるだろうし、それらを一気に食べようとするならある程度味付けの濃い汁物に全部入れてしまうのが手っ取り早い。
で、炭水化物を取ろうと思うなら汁物に一緒に入れてしまえ、となる気がする。何せこの離れには炊飯ジャーがないのだ。米を炊くのも一苦労。
正午を回って、すぐにでも昼食につきたい森津木さんが、手間を掛けるはずがない。
「俺もそんな気がする。余ってた稲荷ずしも全部母屋の兄ちゃん姉ちゃんたちがニコニコで持って行ったし。朝早くからご飯作った森兄ちゃんが、昼ご飯に時間かけるとは思えない」
「あい。森津木さんは、早く昼御飯食べて、満腹になったら少し眠る気でいると思う」
何だろうな。この、森津木さんの習性への厚い信頼。
「じゃあ、湯だけでも沸かしとこうか。ついでに布団でも干しとく?」
ミルクティーを飲み干して、三人でわちゃわちゃと動き出す。ここにいる皆、朝は早かったんだ。四人で昼寝と洒落込むのも良いかもしれない。
正午の鐘が一時間ほど前に響いた。
戻ってきた森津木さんと、予想通りのラーメン鍋をつついた後、後片付けをして四人でごろ寝体制に入る。
「あー。毛布あったかーい。幸せー」
ご満悦な森津木さんが畳の上でモゾモゾしている。
結局、敷布団を出すのは流石に気が咎めたので、寝るときにひく畳を出してきた。
俺たちが昼寝体制に入ったので、カエデさんも母屋でひと眠りするといって帰って行った。
ここで一緒に寝ていけばいいのに。と思っていたら横から小鳥少年が
「カエデ兄ちゃんは、いびきが凄いから。本当に凄いから」
と二度言った。余程らしい。
障子越しの柔らかい日差しが部屋を明るく照らしている。
炭は飛ばないけれど、念のためと少しだけ端に寄せた火鉢からパチリパチリと音がして、じんわりと温かさが満ちていく。こんな部屋で昼間から昼寝なんて最高の贅沢だなぁとほくそ笑む。
満腹になって、暖かい毛布に包まれたら眠気が訪れるのはあっという間で、少し微睡んでいたい気分だったのだが、恐らく一番最初に俺は寝落ちた。
「小鳥、もう大丈夫かい」
「…ん。森兄ちゃんにも、迷惑かけてごめんなさい」
「いいや。僕にとっても、楽しい時間だったよ」
「そ、っか。うん。有難う」
森津木さんの穏やかな声が、小鳥少年を優しく包む。
「小鳥お兄ちゃん。私、絡繰り屋に行こうと思ってるの。交渉は今からだけど、どこに行くことになっても、また、遊んでね」
「小春、僕は?」
「森津木さんは世話焼きだから、私とキッコウ柊の様子を見に来るもの。知っているの。
だから、森津木さんは美味しい手土産期待しているから、宜しくね」
「これは敵わないな。了解したよ、小春。ついでに小鳥も誘って行くことにしよう」
「あはは、喜んで行くぜ?小春も、ごめんな。こんなことをして」
「ううん。いいの。だって、最初から小鳥お兄ちゃんがどうこうするとは思って無かったし、お兄ちゃんも異を唱えなかったから。私は、お兄ちゃんの意思が最優先だもの」
こしょこしょと、小さな声で秘め事を話すように交わされている。
「小鳥お兄ちゃんは、自分の我儘を通すには良い子すぎるのだもの。
…あと少し。お兄ちゃんと居られるのはあと少しだけだから、どうか宜しくね。
大切にするから。笑って、笑い合って、過ごすことができたなら、それは、凄く幸せ」
途切れ途切れになりながら、紡がれた小春の言葉を反芻して胸に仕舞い込む。
うつらうつらの夢現。
こんな会話を聞いた気がしただけ。たぶんそう、夢だから。
だから今は、このままで。
一番最初に寝落ちしたのは俺なので、一番最初に起きたのも俺だった。
森津木さんと小鳥少年は俺より朝も早かったので、必然である。
「お兄ちゃん、起きたの?」
むにゃむにゃと、目じりをこすりながら小春も起き上がってくる。
「ああ。まだ二人とも寝てるからしー、な」
「あい」
もう少し寝てていいよ、と小春に伝えても緩く首を振るばかり。
なら、仕方ない。肩掛け用の毛布に小春を包んで、自分が今まで使っていた毛布をそろりと畳む。
この部屋から出るわけにもいかないので隔離していた火鉢に近寄って、中の火を確認する。よし、消えてない。
妖力の火って便利だよなぁ。でもこの妖力を火石に詰めてもらったら五千円するわけだし、そう思うとやっぱり火鉢は贅沢だ。
小春が毛布から出てきてせっせと餅を出してきた。
焼け、ということだろう。砂糖はこの部屋にあるけど、醤油は土間に行かないといけない。
焼けたときに二人が起きてなかったら身動きが取れないと思うんだけど。
きな粉も土間だっけ。どのみち、きな粉で食べるにしてもお湯がいる。
そんなことは構いもせずに小春は餅を並べようとしている。
とりあえず、小春に促されるまま網の上に餅を並べると満足そうに頷いた。今日も小春が可愛い。
いいや、焼けたら土間に行こう。小春を連れていけば大丈夫だろう。もし、二人が起きてもそれはそれで。夜寝れなくなるよりましなはず。
「お兄ちゃん、小さな声で良いから、お歌歌って。冬の歌が良い」
「冬の歌?」
小春に歌うとなると、童謡が良いのだろうけど、冬の歌って何が有るっけ。正月の歌が真っ先に出てくるが、時期が過ぎてしまっている。
思いついた雪の歌を小声で歌い始める。次は歌いながら考えればいい。
肩に毛布を掛け、小春も巻き込んで柱に背を預けて小さく小さく歌う。餅は意外と膨らまないのでこれ幸いと、端に寄せひっくり返す。
「やっぱり不思議。私の知っている歌とは全然違う」
毛布の上からぽんぽんと小春を撫でる。
そうだなぁ。冬の歌というリクエストでなければ、民謡とかの方が良かったかな。民謡の冬の歌って思い浮かばないんだよな。冬の祝祭の歌とか探してみてもいいかもしれない。ああ、でも資料室で探し物をする時間はないかな。残念。
十曲くらい歌った頃に手持ちのネタが尽きたので、小春の許可を得て、冬以外の歌も歌っていく。といっても季節を問わない歌をチョイスするようにして、悲しげなものも避けた。
炙られた餅がこんがり焼けて、膨らむ一歩前になるころ。小鳥少年が起きたのか、ずるずると芋虫のように毛布にくるまったまま這いずり寄ってきた。
「お。起きた?お早う」
小春が肩にぴょんと飛び乗り、空いた膝に小鳥少年の頭が乗った。額をつけて、うつぶせのまま挨拶が返ってくる。
「おはよ。岩兄ちゃん。今回は迷惑かけてごめんなさい。明日の朝、アパート帰ろ」
小鳥少年の頭をがしがしっと乱暴に撫でる。
そうだなぁ。小春が言うように、小鳥少年は良い子すぎたんだ。もっと自分本位な考えができる子だったら、多分もっとこの離れにいたし、我慢比べみたいになったと思う。
「ああ。許すよ。怒ってすら無いしな。な、小鳥少年。
俺、最後のあいさつ回りの手土産、アイシングクッキーにするんだ。二日掛けて作る予定。手伝ってくれないか」
小鳥少年が俺の腿の上に両手を乗せてキュッと握る。
「うん。うん。森兄ちゃんも。森兄ちゃんもな」
「そうだな。森津木さんも巻き込もう。まあ、森津木さんも小鳥少年もこの郷での生活が有るし、バイトはしなくちゃいけないから。都合が合う時間だけ。頼んでみるよ」
「うん。合間で。でも俺は大丈夫。ちゃんと貯金してるんだ。
岩兄ちゃんが帰ったら、また頑張るから、いる間はなるべく一緒にいる。掃除だって手伝ってやるからな」
森津木さんがのそりと起き上がる。
多分起きていたのだろう。
「合間になるけど、僕も手伝うから。それと、少し言いにくいんだけど」
小鳥少年と俺と小春を順に見やって、もご、と口を動かす。
「あー。…ごめん。餅、それ以上は焦げるから。食べる準備しない?」
鬼族の人に明日の朝にはお暇する旨を伝えに小鳥少年は母屋に走って行った。
俺と森津木さんは小腹を満たした後処理だ。
餅を食べた後の箸ってのは洗いにくくて好きじゃない。水に浸けておけばいいのだろうけど、その状態で箸を放置することが既に受け付けないのだ。
「岩木。明日は多分晴れるから、買い出しに午前中行っちゃえば?僕はちょっと、カケイのところに顔出さないと行けないから、明日は何も手伝えないけど」
「晴れなら良かった。はい。明日は絡繰り屋にも行こうと思ってます。ついでにシロさんの所にも行って包み紙か何か買わないと。午前中はウロウロします。で、午後から料理かな」
洗剤がないので米を研いだ水を母屋から分けてもらっているが、それでも落ちにくい。
人様の家の箸なので力任せに洗うわけにもいかないし、この後洗う予定の火鉢の網は桶の中に入れているので洗う頃には餅が柔らかくなって剥がれ易くなっていると思いたい。
「そう。日曜は多分空くから、手伝えることが有ったら言って」
「じゃあ、アイシングクッキー手伝ってください。お世話になった方たちに配ろうと思っていて。土曜の夜にクッキー焼いておくんで」
「ああ、この間の。分かった。でも岩木、アイシングクッキーだけにするよりは、数種類のクッキーの詰め合わせの方が良いと思うけど」
少し考える。アイシングクッキーは時間がかかるから、それだけで良いだろうと思っていたけれど、貰う側からすれば時間なんて関係ないし、少し物足りないかな。
多分、反応から見るにアイシングクッキーよりブランデーケーキのほうが受けがいいだろうし、アイシングクッキーはどうしても甘くなってしまうから、チーズ系のクッキーも合わせた方がいいかもしれないな。少し、考え直してみるか。
「森津木さん、小春、少し相談が」




