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外様郷  作者: かろうじて
82/98

82.満ち足りているもの

一月二十五日、木曜日。チトセの言ったとおりの快晴。

朝はそれなりにバタバタしたが、森津木さんが買い出しに出てからは離れの掃除に取り掛かる。部屋の掃除をしてから洗濯、風呂の掃除。一段落着いた頃には時刻は十時を回っていた。そろそろ一息入れていい頃合いなので、満場一致で休憩となった。


縁側に組み立てた簀子に布団を干しているので、部屋の板戸を開けていても風邪を遮ってくれている。火鉢の熱がじわりと周囲を温め、冷たい空気を和らげてくれる。


ずずっとお茶を啜りながら火鉢の網に置いた餅を三人で眺める。

「そういや森津木さん、明日の朝の稲荷ずしのご飯炊くのどうするんだろうな」

「母屋の使ってない釜を一つ借りるって。カエデ兄ちゃんに昨日話してて、OKも出たみたい。母屋の釜なら大きいから二回炊けば足りると思う。誰か一人、安全のために付き添うみたいなこと話してた」



「そっか。じゃあ、炊いたものを、離れに運んでくる流れかな」

「今日できる仕込みはするんだよな?明日の朝は起きれるかわからないけど、今日は俺も森兄ちゃん手伝う」


「そっか。森津木さんも喜ぶよ。でも今日の午後は結構暇かもしれないな。

仕込みって夕飯食べた後だろ?森津木さんに聞いてみて、暇なようなら昨日小鳥少年が言ってた内職?してみるのも良いかもしれないな。

今日だと何がありそう?」


パチパチとゆっくりと爆ぜる熱が、次第に餅の色を変え始める。

裏返して端に寄せ、膨らむのを待つ。


「岩兄ちゃんたちがいるなら、野菜の皮むきとか積極的に振られそうな気がする」

「そうなのか?鬼族の人たちって過保護だから冬場は小鳥少年に水仕事させそうにないけど」

母屋のどこかが騒がしくなった。どうやら朝一仕事組が帰ってきたようだ。


「まあ、うん。火の傍で野菜は洗った状態で渡される」

「大切にされてるなぁ。母屋のほうが賑やかになったな」

「朝仕事組が帰って来たんだ。今から起きてくる者もいるだろうし、今日もかまくらに入るのかな」

「このかまくらって子供たちが作ったの?鬼族の子供って昨日の女の子しか見たことないけど」


ぷくりと餅が膨らんできた。先に俺たちで食べて、森津木さんの分は今から焼けばいっか。


「かまくらは川滑りで負けた兄ちゃんたちが作ったんだ。子供は俺も二人しか知らない。鬼族皆を知っているわけじゃないけど。数人しかいないんじゃないかな。そもそもこの郷に『生まれたて』を大切にする傾向があるのは新しい者が生まれてこないからだよ。

もう、外から新しい鬼の子供がやってくる可能性も低いだろうし、俺が可愛がってもらってるのも子供だからというのが大きいかもね」


そういや小春も、大人気だしな。でも、少しひっかかる言い方だ。


「んー。小鳥少年はさ、本当にそう思ってんの。きっかけは子供だからかもしれないけど、今も?小鳥少年は、カエデさんのこと好き?」

「え。そりゃあ勿論、大好きだよ」


「カイドウさんは」

「好きだけど、何?どうしたの、岩兄ちゃん」

「じゃあ、加護をくれたから今も好きなの?」


小春が肩に飛び乗ってすり寄ってくる。うぅん、小春に含みを持たせたわけじゃないし、本人も分かってると思うけど不安にさせたのかな。小さな頭を数度撫でる。



「ちがうよ、違う」

 驚いて即座に否定を小鳥少年の顔をじっと見る。


「小鳥少年は、鬼族の人たちに、「小鳥が俺たちを慕ってくれるのは加護を与えたからだ」とか勝手に思われていたらどう思う?その好意を否定されていたら、どう思う?」


視線を下げ数度軽く頭を振って、小鳥少年の顔が歪む。

いつもは強気な眉が力なく下がっていて、こんな表情を小鳥少年にさせたと鬼族の人にばれたら俺が怒られそうだ。らしくない小さい声で言葉を紡ぐ。


「…ごめんなさい。俺が悪かったよ。信じてもらえないのは、悲しい。

疑われるのも、悲しい。不安なら、聞けばいいんだ。そっちの方が余程マシだね」


小鳥少年は賢いくせに変なところでおバカさんだ。

鬼族の人たちも分かっているだろうに。


「そうだな。すぐに聞いてみればいいんじゃない。怒られるのは覚悟しておけよ。

ちなみに俺は、小春も小鳥少年も森津木さんも好きだ。

助けてくれるし、一緒にいてくれるし、気兼ねしなくていいし、アパート仲間だし、優しいし、面白いし、色々全部ひっくるめて好き。綺麗な理由だけじゃないから嫌か?」


「ううん。岩兄ちゃんらしい」

小鳥少年がくすくすと笑いはじめる。小春もご機嫌に足をぶらぶらさせた始めた。


外の冬の風を布団が遮り、部屋の中は用意された火鉢で暖かい。遮られることのない小さい甘やかな声が、俺と小鳥少年の耳にはっきりと届いた。

「ふふ、私も、お兄ちゃん達のこと大好きよ」


綺麗に膨らんだ小さめの餅を取り、用意していた砂糖醤油の入った皿に乗せて、小鳥少年に差し出す。

「ほら、小鳥少年。焼けたよ。森津木さんのは今から焼くから先に食べちゃいな。きっと凄く美味しい」




森津木さんとカエデさんが帰ってきて、うどん作りに取り掛かる。

といっても、小鳥少年の爆弾質問に号泣一歩手前のカエデさんが、小鳥少年を抱っこしたまま母屋に走り去ったので森津木さんと俺と小春での作業だ。


「へえ。そんなこと話してたの。岩木、ちゃっかりしているよね」

「自分でも嫌な奴だなって思いましたよ」

「…本当に可愛くない。小鳥や小春のこの可愛さ見習ってよ」

「え。森津木さん。俺に可愛さを求めてたんですか。そんな性癖とはいざ知らず…。

ごめんなさい、応えられません」

「怒るよ」

「すみませんでした」


中々纏まらない粉を捏ねながら、軽口をたたく。小春は肩から降りて楽しそうに机の端から作業を見ている。見ていて楽しいものかな、これ。


「この分だと、午後からの手伝いは無理だろうね。多分小鳥が母屋から帰ってこないと思う」

「俺もそんな気がします。小鳥少年の分の味噌煮込みうどんどうします?」


「一つの鍋で作るから、できるのは小鳥の分のうどんを横に避けておくくらいじゃないかな。小鳥の性格なら、昼はうどんを食べようと戻ってこようとするだろうから、戻ってくればその時にうどん入れればいいし。カエデさんが取りに来てもそれでいいでしょ」


作業中に喋るのが疲れるようになってきたので男二人で黙々と捏ねる。

お互いだんだん肩や腰が痛くなってきたのを確認して、ビニールに入れて踏む作業に移行する。


「で、昼からどうします?お礼の下拵えは夕食の後で良いんですよね?」

「どうしようか。夕食後、僕はいったんお米を仕込みに母屋に行くから、とりあえず、寛いでて。で、それからの作業だけど、明日の朝早いことを考えるとなるべく早く寝たいんだよね」

三人で仕込み作業の確認をする。その中で、今日の午後、夕食までに済ませて問題ないものをピックアップしながらタネを踏み続ける。


「へえ。じゃあ、岩木カツオ削ったことないなら、午後に初挑戦だね」

「上手く削れたらいいんですけど」

「最初から上手くいくわけないじゃない。何事も経験だよ。

失敗しても使うから、その意味でなら安心して失敗すればいい。ただ」

「ただ?」

「あまりにも下手だったら、場所が不味い。僕がやる」


首をかしげて小春が聞き返す。


「森津木さん。どうして?場所?」

「削り箱でもしも手を切ってしまえば、事なんだよ。ここは鬼の御殿の離れで、僕たちは鬼の加護を持っているわけでもないしね」


あ、そうか、と小春が呟く。俺も言われるまで気が付かなかった。

どうにも小春と俺と、少し気を抜きすぎていたようで反省。


「お兄ちゃん、気を付けていこうね」

「そうだな」


そんなやり取りを横目に森津木さんが小さく笑った。

ああ。俺、今幸せだなあ。


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