80.積み重なったもの
「ごめん」
他に言葉が見つからずに、謝ることしかできない俺を小鳥少年はじっと見つめてくる。
それでも妥協はできないから、目を逸らさずにその顔を見据え返す。
小鳥少年がもう一度何かを言いかけたときキシリと、床が鳴った。
「ごめん。手伝いいるかなと思って、カエデさんと来ちゃった」
振り返ると、森津木さんとカエデさんがこちらに歩いてきていた。
「なあ、岩木。めったに我儘言わねぇ小鳥がここまで言ってんだ。残ったら良いじゃねぇか」
ゆるく首を振る。
「現世に、俺は帰りたい」
はああっ、と大きな息を吐いてカエデさんが頭をガシガシと掻いた。
「そうか。ああ。そうだよなぁ。でも、俺は小鳥が可愛いんだ。
この離れは、小鳥が泊まる時にと手を加えたものでな。迷い人が暮らせるようになってる。
岩木。この郷に残ると頷いてくれるまで、ここでゆっくりしていけや」
その目に獰猛な光を宿して、カエデさんがニタリと笑った。
「わー。え、わぁ」
いやいや、びっくりだよ。要らないよ、そんな驚き。
「小鳥!男なら一度言ったことの責任は持てるな?飯も水も運んでやる。それで良いな?」
小鳥少年が大きく頷いた。
「うん!ありがとう!」
「ちょっと、待ったあぁぁ」
森津木さんが声と手を上げて遮る。森津木さん!信じてた。信じてましたよ、俺は!
「困るよ。岩木には金曜日の朝四時半から、今月のお礼の稲荷寿司とおかずを手伝ってもらう先約があるんだ」
「それなら、ここで作ればいいじゃねぇか。作業台なら後で運んでやるし、必要な荷物もアパートに森津木が取りに帰ればいい。必要な食材はここに届けてもらえばいいし、俺が何往復でもして運んでやる。出来上がったお礼だって、管理舎に森津木ごと届けてやる。
なんなら森津木も今日から泊まればいい」
森津木さんが少し考えてから俺に向かってニコッと笑った。
「岩木、ごめん。僕では力になれないよ。でもここでなら、前日の夜に二人で仕込みができるね!」
結局あの後、森津木さんの裏切りに遭った俺はとりあえず離れに泊まることになり、森津木さんに着替えなどを取ってきてもらうことにした。
「へへ、岩兄ちゃんごめんな」
大層ご機嫌な小鳥少年がこちらを見上げながら満面笑顔で謝ってくる。
「小鳥少年、悪いと思ってないだろ」
今現在、俺は炬燵に入り小鳥少年が俺の足の間に座っているという仲良し体制だ。
おかげで少し前に戻ってきた小春がこの異常事態に全く気付かなかった。今も困惑気味にリンゴをかじりながら、ちらちらと俺と小鳥少年を見ている。
「岩兄ちゃんがこの郷に残ってくれるって言ってくれれば、すぐにアパートに返すぜ?
なー、小春」
「うぅーん。私は、お兄ちゃんの意思を優先するよ」
「うん、ごめん。小春に意地が悪いこと言っちゃたな。気を付ける」
小鳥少年と小春の会話は聞いていてヒヤヒヤする。
「ここって、お兄ちゃんの使えお布団有るの?暖房ある?」
「布団なら押入れいっぱいあるよ。暖房は電気機械が無いから火鉢とか温石になるかな。
鬼族の兄ちゃんたちが夜と朝に持ってきてくれるよ」
「温石って、この掘り炬燵の下に仕込んでるやつ?」
「うん、それとは別に布にくるんだ布団を温めるやつもあるぜ。毛布がないから、入る前に温めとくの」
へえ。何となく、着物を飾ってるやつに布団用の着物かけて火鉢で温めるとか想像してたけど違うのか。いや、ただ単に過保護なだけな気もする。
「小鳥少年や。夜って何してるんだ?俺と小春は普段、料理とかレシピ見てたりするけど、この離れで何かすることあるの?」
「うーん。俺の場合は大体兄ちゃんたちが声かけてくれるから、宴会に混じったり、この離れで内職してたりするよ」
「内職?例えば」
「11月なら永遠に干し柿の作業したかな。これが年末とかならお餅丸めたり。旧正月も祝うから今月末もお餅丸めあると思う。今なら何かな。とりあえず、何か手伝うことある?って聞いたら何がしらの作業はもらえるかな。
今日、岩兄ちゃんたちが暇なら多分喜んで食材置いてくと思う。「何か作って」って」
おおう。明日の夜は森津木さんの手伝いで仕込みが確定しているけど、もしかしたら今日も何か作ることになるのか。
「でも、強制は無いかな。この離れ、結構しっかりした檜風呂あるんだよ。大きいから数人で入れるんだ。皆で入ろうよ」
「え、檜風呂なの?凄い」
「お兄ちゃん、森津木さん達戻ってきたよ。あっちにいる」
小春が土間の方向を指差す。確かに森津木さんとカエデさんの声がする。
少しすると森津木さんの斜めかけカバンを肩にかけたカエデさんと大きな葛籠を抱えた森津木さんが廊下から入ってきた。
「おかえり。カエデ兄ちゃん、森兄ちゃん。凄い荷物だね。その籠なに?」
「お邪魔するよ。これは僕と岩木の荷物。ほら、明日の夜から仕込みするから必要な道具とか、お泊り道具とか。食材や調理器具は先に土間によって置いて来たけど」
「森兄ちゃんも今日から泊まるの?やったー!」
そんな二人のやり取りを聞きながら、森津木さんに促されて葛籠を受け取り中を確認する。
一番に上に今日焼いたパウンドケーキが入っている。
「岩木、いつまでここにいるか分からないし、今日焼いたパウンドケーキ持ってきた。
事務室に差し入れるなら、僕が金曜日に持って行ってあげるよ。包装は流石に分からなかったから、僕のを適当に持ってきた。
炊飯器の中のご飯はラップして冷凍庫に入れてきて、お釜は洗ったよ。一応キッコウ柊は水をやってきたから、当分大丈夫だと思うけど。まあ、金曜の昼前にはもう一度様子を見に行くよ」
至れり尽くせり。さすがは森津木さん。
「色々有難うございます、森津木さん」
キッコウ柊が一番気になってたから、良かった。
「いや。僕も少し後ろめたかったから」
はっきりと其れを言うあたりが森津木さんらしい。
「でさ、岩木はともかく、僕はオマケ的な宿泊者なわけ。
だから、さっき渡したとのは別に、差し入れ的なものを作ろうと思うんだけど、岩木も小鳥も暇でしょ。手伝ってよ。小春、何かいいレシピないかな」
わあ。決定されてる。小鳥少年も苦笑いだ。
「えっと。もう少し、方向性を絞ってほしい。何時までに出来上がるもの。お菓子、軽食。
甘いもの、しょっぱいもの」
「そうだね。クッキーを差し入れたばかりだから、甘くないものの方が良いかな。それと材料は買い出しに行かないといけないから、なるべく材料の品数が少ないほうがいい。後は、買い出し係の僕とカエデさんが持てる範囲だね。
もちろん、カエデさんの片腕は僕を運んでもらわないといけないから、空いてないよ」
俺か?みたいな顔をしているカエデさんを見る。まあ、荷物運ぶって聞いたから、そこは遠慮なく運んでもらうとして。
「小春、ここにはレンジがない。オーブンを使う系はできない。竈でできるものにしないと。
この条件って結構厳しいな」
「お兄ちゃん、もうしっかりした料理はあきらめようよ。調理器具も取りに行かないとないなら、今あるもので作れるほうがいいし、今日渡せなくてもいいんでしょう?もういっそのこと味玉でどうかな。お酒のつまみになるし、ご飯の添え物にもなるし」
味玉?ああ、味をつけたゆで卵か。うん、つまみにもなるし、いいかな。
「味玉…。それって卵何個作るの?カエデさん、鬼族の人って卵の半熟平気?」
「半熟卵?分からんが、卵は丸呑みするもんだ」
うん。なら作業は茹でる、冷やす、皮をむく。あらかじめ作っておいたタレに付け込んでおく。出来るかな。
「良いんじゃないかな。手順も簡単だし、卵の殻剥き、鬼族は苦手な者が多いだろうし」
「それなら、森津木さん。俺も半額出します。卵と調味料と、うーん。タッパーは現実的じゃないかな。袋に詰めて桶か何か借りましょうか」
「桶は要らないかな。卵を買うときに箱に詰めてもらうから、その箱に入れちゃえばいいよ。なるべく平らな箱を融通してもらうから。これだけ寒いから、軒下にでも出しとけば冷蔵庫もいらないでしょ。まあ、作りかけを食べられないように注意書きは必要かもだけど」
なるほど。注意書きは小鳥少年に書いてもらおう。それなら絶対手を出さないだろう。
「なら、すぐに食料品店に行ってくるよ。小春、調味料書き出してくれる?」
「わかった。あ、でも紙もペンもない」
「あ、貸すよ、小春。この離れの一室、俺の部屋みたいに使わせてもらっているから、結構荷物持ち込んでるんだ」
小鳥少年が身軽に立ち上がって駆けていく。
「岩木、費用の額を決めよう。それで買ってくる。二千五百円ずつでどう?五千円あれば結構数作れると思う。まあ、食料品店の在庫数にもよるけどね」
今日カエデさんは一体何回森津木さんを運ぶ羽目になるんだろう。
待機状態のカエデさんが、くあっとあくびをしていた。




