79.鬼の御殿の離れ
なんとかギリギリ手土産が用意できた。時間がなかったのと、渡せるようなストックがなかったので、クッキーになったが数は多いので何とかなったと思う。
午後一時半ごろにカエデさんが来たので家を出た。
ついたのは以前もお邪魔した鬼の御殿。雪化粧を纏った御殿は独特の風情があるが、どこからともなく聞こえる大騒ぎと、庭に作られたかまくらが全ての風情を打ち消していた。
「有難うございました、カエデさん。ところで。俺の知っているかまくらは、半円状の如何にも手作りらしい可愛いものなのですが、鬼族は違うんですか」
カエデさんから飛び降りながら、庭園にドンと存在を主張しているかまくらを凝視する。
もしかしたら、あれはただの氷像かもしれない。
茄子に魚に牛、氷のブロックで作られた社っぽいもの。でも一番多いのは酒を入れる瓢箪だ。
ご丁寧に『酒』と彫ってある。
これが氷像でなく、かまくらと分かったのはその中にどれも人が入れる空間があって、鬼族の人たちが入っているからだ。
魚や牛なら大きく開いた口に。社は普通に中に入れて、茄子が一番かまくらっぽく真ん中に穴が開いている。入口が全て御殿を向いているのが何ともシュールだ。とくに魚や牛。
「半円って、何が楽しくて作るんだ?好きな形で良いじゃねぇか」
「そう言われると、その通りなんですけど」
もやっとしながら、カエデさんについていくと前回の大広間ではなく、渡り廊下で繋がっているこじんまりとした離れの中の一室に案内された。
「あ、森兄ちゃん、岩兄ちゃん、小春、いらっしゃい。って俺が言うのも変だけど」
フローリングのその部屋は真ん中にある大きめの炬燵があり、寛いでいる小鳥少年がにへっと歓迎してくれる。
「おう、どうだ。小鳥。だいぶ温まったか。人数分の甘酒もってくっから、大人しくしとけよ」
「うん。ありがとう。カエデ兄ちゃん」
小鳥少年、熱でも出たのだろうか。いや、熱があるなら鬼族が炬燵に入れずに布団に押し込むか。だとしたら、冷えたのかな。
「カエデさん、これ。急拵えで悪いけど岩木とクッキーを焼いてきました。良かったら皆さんでどうぞ」
森津木さんが紙袋を渡すのに合わせて軽く頭を下げておく。
「おっ、ありがとな。皆喜ぶわ」
そう行って軽く手をあげ、カエデさんは足早に母屋のほうに入っていく。
「じゃあ、お邪魔しまーす」
軽い挨拶とともに上着を脱ぎ森津木さんが炬燵に入る。え、縁側の戸は全開なのに上着脱ぐの?炬燵にはいるとしても、背中寒くないか。
「岩兄ちゃん、上着脱ぐか迷ってる?それならひざ掛けあるから、それ使いなよ」
「あ、そうなんだ。じゃあ。森津木さんは?」
「もらう」
上着を脱いで軽くたたみ、ひざ掛けの毛布を受け取って炬燵に入る。
「わっ。掘り炬燵」
布団をめくると見えた光景にテンションがあがる。堀炬燵、実は入ったことがないので初体験だ。
「岩兄ちゃん嬉しそう。でも、機械は壊れちゃうから、この炬燵は特別製!
堀が深く掘られていて、中に妖力で熱した大きな焼き石が入っているんだ。その上に木板をかぶせてるから、足元から温かいんだぜ」
へえ。確かに足元からじんわり温かい。
それにしても特別製か。小鳥少年溺愛されてるよなぁ、これ。
「小鳥、体冷やしたの?午前中外で遊んだのかい?」
「うん。ほら、川滑りするって言ってただろ。それを見てたんだ」
「小鳥少年。川滑りって何」
「川に張った氷の上を、氷で作ったソリに乗って勢いよく下るんだ。
で、川に落ちたら負け。下に行けば行くほど氷が薄くなってるから落ちやすいし、最後は滝に出るから、滝から落ちる時に近場の岩に着地できればクリア。川に落ちたりしたら負けって遊び」
「何その危険すぎる遊び」
こわ。鬼族こわ。この真冬に氷の張った川に落ちることをある程度前提にした遊びって何。
体張りすぎじゃない?
「なるほど。だからソリを作るために雪女さんを呼ぶんだね」
納得いった、というふうに頷く森津木さんに恐れ慄く。感覚が違いすぎる。
もっと動揺しても、良いと思うんだけど。
「そうそう。で。俺は滝の下で兄ちゃんたちが着地する様子を見てたんだけど、やっぱり寒くて。昼は芋炊きだったから、ある程度は温まったのだけど、唇がまだ紫だからってここで炬燵に入ってるわけ。森兄ちゃんたちが来てくれて良かった。流石に暇だったんだよな」
四人で他愛もないことを喋っていると両手に荷物を持ったカエデさんが戻ってきた。
「待たせたな。甘酒持ってきたぞ。あとこれ、茶請け。土産、女たちが喜んでた。
で、土間のほうに蜜柑とか茶葉とかめぼしいものは運んでおいたから、好きに使ってくれ。
使い方とか場所は小鳥に聞いてくれればいいから。俺がいるうちは俺に聞いてくれて構わないがな」
カエデさんから甘酒を受け取り、礼を言う。
実は甘酒は苦手なのだが、まあ飲む点滴と思えば飲めないことは無い。一口飲むと独特の味が口内に広がり、温かさとともに胃に落ちていく。
「そういや、岩木。お前さん川に来てたやつと一戦したんだってな」
炬燵に入りながらカエデさんが話を振ってきた。
「ああ、はい。おかげさまで、何とか凌げました。カイドウさんにはお世話になりまして」
「アイツが好きでやったことだ。気にすることは無い。ところで岩木って術使えんのか」
結界術のことかな。
「残念ながら。小春が結界を張ってくれたんですよ。それと、とある方に頂いた札があったので。俺は展開すらできませんよ」
森津木さんをチラッと伺う。ニコニコはしているが、それだけだ。どうやら一過性の笑いのツボだったもよう。ここでぶり返して爆笑とかされたくないから、良かった。
「あ、お茶請け開けましょうか。わ、綺麗ですね。これは果物の甘露煮ですか?んん、煮てから干したのかな」
森津木さんが茶請けの入っている容器を開けて感嘆の声を上げる。
見ると数種類の果物が盛り付けてあった。
「黄色いのは柚子だよね。この白いのは。あ、リンゴ。美味しい」
「こっちのオレンジのは何だろ。森兄ちゃん分かる?柿じゃないよね?食べてみよ」
小春はどれが食べたいかな。
「小春、どれにする?」
「リンゴが好き」
リンゴの欠片がなかったので通常の大きさのを一つ取って小さい欠片を三つ作って渡すと、嬉しそうに食べ始める。
「オレンジの、食べても何かわかんない。森兄ちゃん食べてみてよ」
「どれどれ」
俺は明らかに生姜だろうというピンクに手を伸ばす。他の果物類とは明らかに違い薄く処理されているが、着色しているおかげで混ざっていても違和感はない。
うん。美味しい。
とたた、と軽い足音が聞こえ、中学生くらい位に見える女の子が顔を出した。
「小春ちゃんが来ているって聞いたけど、ここ?あ、小春ちゃん!一緒に遊ぼうよ。お汁粉あるよ」
「あ、カイナお姉ちゃん。こんにちは。お邪魔してます」
小春の挨拶に追随して俺も軽く会釈をする。
「はじめまして、岩木といいます。お邪魔させてもらってます」
「こんにちは。僕もお邪魔させていただいてるよ」
鬼族の少女は少し間をおいてから顔を赤らめ
「え、やだ。私ったら挨拶を忘れるなんて。鬼族として恥ずかしい。
皆さんこんにちは。岩木ははじめまして。私はカイナと呼ばれるもの。宜しくね。何のお構いもできないけれど、どうぞゆっくりしていってね」
カイナさんは頭の両サイドに立派な角を生やしていて、それに髪の毛を巻き付けてお団子みたいにしている。髪の長さが足りないのか、髪質が細いのか。毛量が足りずにお団子からしっかり角が出ているのが目につく。わざとかもしれないけど。
目はぱっちりとしていて釣り目。筋の通った鼻に小ぶりな口。全体的にピンクっぽい色合いをしていてきつめの顔立ちを緩和している。
「有難うございます。小春、行っておいで。今のところカエデさんもいるし、鬼の御殿だし襲われないと思うから大丈夫だよ」
小春は少し逡巡したものの、軽く頷いてぴょいっとカイナさんの肩に飛び乗った。
「ありがとう、お兄ちゃん。じゃあ、遊んでくるね」
「いってらっしゃい」
男衆で小春とカイナさんを見送ると、一気に雰囲気がだれる。
「やることねぇし、昼寝でもすっか」
カエデさんが横になると、すかさず小鳥少年が提案する。
「じゃあ、俺たちは鎌倉に火鉢持ち込んで、餅とか干芋焼こうよ!」
それって、かまくら溶けない?焼いたそばから上から滴る水で濡れない?
大丈夫?いや、かまくらに入ったことも無いけども。
「駄目。小鳥は今日は外禁止。森津木達いるだろ?室内で遊んでもらえ」
「ええー」
「あ。干芋食べたい。火鉢で炙ろうよ。小鳥、火鉢ある?」
「ちぇ。有るよ。持ってくる。どうせなら餅も焼く?あ、でも茶請け出してもらってるし、全部食べ切れる?」
「僕は、干芋が、食べたい」
森津木さんは、意外と食に対しては譲らない。
うーん、まあ、茶請けは俺が食べきれる量かな。
「茶請けなら、俺が食べきれると思う。流石に甘いから、普通の日本茶が欲しいけど。
小鳥少年、土間に炊事場あるのか?使い方教えてくれるか?お茶淹れたい」
「んじゃ、一緒に行こうぜ。蜜柑とかも土間に入れてくれたみたいだし。ごそっと持ってこよ」
二人で立ち上がって、土間に向かう。縁側とは反対側の出口から出ると廊下があって奥の突き当りが土間になっていた。
思っていたより、広い空間で端にキャリーなどが積まれてある。上り口に寄せて置いてあったキャリーの中が蜜柑である。竈もあるし流しもあるのでこの離れだけで生活することが可能なようになっているみたいだ。
「岩兄ちゃん、サンダル一足しかないからちょっとそこで待ってて」
なるほど。小鳥少年専用のサンダル。他は全て下駄だ。普通の靴下では下駄ははけないな。
小鳥少年は慣れた様子で薬缶を出し、瓶から水を入れる。
竈の炭を確認してから薪と小枝を入れ、火打石で火をつける。
おお、凄い。火打石で火をつけるの初めて見た。
「岩兄ちゃん、まずはそこの蜜柑、キャリーごと持って行って。キャリーってわかる?
蜜柑の入ってるカゴのことだよ。んで、お湯を沸かしてから持っていくからちょっと待っててて伝えといて」
「了解。蜜柑置いてから戻ってくる。まだ運ぶもの沢山あるだろうし」
「うん。ありがと」
ずっしりと重いキャリーをもって元の部屋に行き、伝言とキャリーを渡してすぐに土間に戻る。
先ほどより少し暖かくなった土間は、まだ薬缶が沸く音もせずにパチリパチリと火種の音が主張をはじめていた。
「な。岩兄ちゃん。現世に、いつ戻るの?」
小鳥少年がポツリと聞いてくる。
「ああ。今月末から来月半ばくらいになるかな。部屋の後片付けとかもあるし、天気にも左右されるからはっきりとは分からない」
「そっか。小春は、確か舎長の制約有るんだっけ。どうするの?」
「まだはっきりとは。小春が希望しているところがあるから、近々お願いしに行く予定」
パチパチと爆ぜる音が大きくなっていく。徐々に暖かくはなっているものの、足元の冷気はそのままだ。
「こんなこと、言われても困ると分かってるけど。俺、岩兄ちゃんにこのまま郷にいてほしいんだ」
俯き、竈の火をみつめたままの小鳥少年の背中を見る。
何となく、何となくそんな気はしていた。森津木さんは小鳥少年の前でこの話題を出さなかったし、小鳥少年もすぐに聞いてこなかった。
「ごめん、小鳥少年。俺は帰るよ」
小鳥少年が、ゆっくりと振り返った。
「どうしても?帰らなきゃダメ?海神様なら、カイドウ兄ちゃんに頼めば送ってくれるよ?」
笑いながらくしゃりと顔を歪めた小鳥少年を見つめる。
「帰らないでよ」




