78.誰かの温かさ
読みとばしても大丈夫です。読み飛ばす方は後書きだけお読みください。
一月二十四日、水曜日。
二日降り続いた雪は今朝になってようやっとその勢いを弱めた。
といっても今日も晴れではなく、雪がちらちらと舞っている。
雲間から除く日の光は昨日よりも力強いのだけども、俺には郷の天気を読む能力は無いので今日はアパートで差し入れを作って大人しくする以外に選択肢は無い。
昨日はチトセに誘われて第二回の供物居酒屋が営業した。といっても雪のせいで客足が遠のいた商店街の店主たちの内々の飲み会という態だったので前回よりだいぶ楽だった。
日付を跨ぐ頃には上がれたし、多少疲れが残るものの、今日ゆっくりする気なので問題は無い。
朝から風呂に入ったりしたから、すでに時計の針は九時に近い。
前回臍を曲げたツバメが今回も臍を曲げるだろうから、適当に差し入れを作って明日にでも持っていこうと思う。
何故、明日は「行動可」だと判断できるかというと、チトセが「明日は微妙だけど、明後日は晴れると思うわ」と昨日教えてくれたのだ。有り難いことである。
取りあえず、ブランデーケーキを数本焼いてしまおうと作業に取り掛かる。
洗って保管していた牛乳パックの型に流し入れ、焼き始めるころに森津木さんがやって来た。
「お早う。岩木、小春」
「「お早うございます」」
「結構外まで匂いがしていたけど何を焼いているの?パウンドケーキ?差し入れ?」
「はい。ツバメメインですけど、事務メンバーに」
勝手知ったる他人の家。森津木さんは炬燵の定位置に潜り込む。
「何か飲みますか?」
「ん~。小鳥が来たら、お茶にしたい」
「了解」
小鳥少年が来るかは分からないが、まあ来なければ十一時くらいにお茶を出せばいいだろう。
当分レンジが使えないので、今の間に昼と夜のご飯の準備をしてしまおう。
「森津木さん、今日の昼どうしますか。俺今から肉じゃがと、糸コンの煮物作りますけど食べます?」
「わ、良いね。ほっとする。食べる食べる」
賛同を得られたのですぐに作り始める。本当は肉じゃがに糸こんにゃくを入れたのが好きなのだが、糸こんにゃくをガッツリと食べたかったので、一品にした。糸こんにゃくに牛の細切れを使うから、肉じゃがの肉はミンチにしよう。
具材を小春と相談しながら切っていく。
お吸い物も作ろうとしたときにブランデーケーキが焼きあがったので竹串で焼けているか確認して、第二陣を入れて焼きはじめる。
この間、森津木さんは放置である。森津木さんの方もレシピ本を捲っては、気に入ったものがあるとメモを取っている程度には自由に寛いでいる。
「小鳥、来ないねぇ。まあ、昨日は疲れただろうし、昼からかな」
「かもしれませんね。森津木さん、お茶飲みたくなったら声かけてくださいね」
「有難う。そうだ、岩木。今月のお礼、今週の金曜に作ろうと思っているけど大丈夫?」
「晴れであれば、大丈夫ですよ」
「朝の四時半にここを出るから、真っ暗だけど、明日にでも天狗族の誰かに掛け合って連れて行ってもらえるようにするから」
四時半か。なら四時には起きないとな。朝食はおにぎりでも持って行って、途中で食べさせてもらおうか…。
「朝食は簡単なものを僕が用意するから、手ぶら出来てくれて構わない」
お、やった。
汁は卵汁。サッパリさせたいから、エノキとネギと玉葱と卵だけ。工程も少ないからすぐに出来る。ネギと卵は食べる直前で良いだろう。
「そういや岩木、昨日の臨時収入どうするの?」
供物居酒屋の報酬かぁ。二万有ったから、この郷に来た時の財布の中身と同額位は持って帰るとして。
「お礼の材料をケチらずに買い込んで、後は小春に渡そうかなと思っています」
自分の名前に反応して小春が驚いてこちらを見る。
「お兄ちゃん?私?」
「ああ。もしかしたら何か必要になるかもしれないし、無いより有った方が良いだろう?
って言っても、大した額じゃないけどな」
「あ」
不意に小春が顔を窓に向けた。
「鬼族かな。来るよ」
一泊置いて、風がアパートの欄干を鳴らした。
「おーい。小鳥ー。起きてっかあー。芋炊きすっから、来いやあー」
森津木さんと小春と目を合わす。この声は、多分カエデさんだ。
これは、今日は待っていても小鳥少年はこちらに来ないな。
「お茶、何飲みます?」
小鳥少年が来ないなら、お茶を待つ意味もない。休憩がてら一息入れようか。
「んー。さっぱりしたのが良いな」
「梅昆布茶は無いですし、紅茶か、はちみつレモン。後は日本茶くらい?」
「じゃあ、緑茶に梅干し入れてくれる?三分の一でお願い。細かく切らなくても、匙をつけてもらえれば自分で崩すから」
パウンドケーキを焼いているので甘い匂いが充満しているこの部屋で渋いチョイスである。
梅干し、お酒に入れるのは知ってたけど、お茶にも入れるんだ。ああ、でも梅昆布茶があるくらいだから、おかしくはないな。
いつもより少し濃い目に日本茶を入れて、梅干しも箸で割いて入れる。
「小春、何か飲む?」
匙をつけたマグカップを森津木さんに渡しながら、小春にも声をかける。
「何か飲みたい。出来れば甘いものが良い」
「じゃあ、チョコレートでも良いか?俺も飲みたい」
「あい!」
チョコレートを取り出し刻む。一滴くらいブランデー入れてもいいかもしれない。
そんなことを考えていると外から小鳥少年の声が聞こえた。
「ごめん、待たせちゃった?ね、森兄ちゃんたちも誘っていい?」
「いいぜー」
あ。再び顔を上げて三人で視線を合わす。
森津木さんは少し思案顔で、小春は俺のほうを「どうするの」という目で見ている。
パウンドケーキも焼いてる最中だし、俺は今回はパスさせてもらいたい。
前回は拒否権がなかったけど、今回の流れなら大丈夫だろう。けど、小春は鬼族の女性陣や銀さんに会えるなら会いたいかもしれない。俺が現世に帰れば、自然とこのアパートは出ることになる。
小鳥少年との接点が薄れてしまえば、鬼の御殿に誘われることは無くなるかもしれない。
トントン、とドアが叩かれ小鳥少年の元気な声が響いた。
「岩兄ちゃん、森兄ちゃん、小春ー。いるー?鬼の御殿に一緒に行かないー?」
「すまん、小鳥少年。料理を作り始めちゃってるから、俺はパス」
戸をあけながら返事をする。開けた瞬間刺すような冷気が入ってくる。うう、寒い。
鼻の頭をうっすらと赤くした小鳥少年が残念そうな顔をするが、すぐに充満する匂いに気づいて仕方ないといったふうに笑ってくれた。
「小春はどうする?行きたかったら、小鳥少年に連れて行ってもらう?俺はこの部屋から出ないから大丈夫だよ」
「ううん。私はお兄ちゃんのそばにいる」
迷いない返答を小春が返す。
「ちぇ、残念。森兄ちゃんは?」
「うーん。実は岩木に昼ご飯作ってもらってるんだよねぇ。とても残念だけど、僕も今回は遠慮するよ」
「そっか」
しょんぼりした小鳥少年の後ろからカエデさんが顔を出す。
「何だー?間が悪かったみたいだな。昼めし食い終わったころに迎えに来てやってもいいぞ。今日は川滑りしてっから、雪女招いているし、多分かまくらあるぜ?
中で甘酒でも飲んでりゃいいじゃねぇか」
眉をハの字にして、一見こちらの意向を伺うような顔をしているが、違う。
目が、「あん?断らねえよな?」と恐喝する側の雰囲気を纏っている。はは、と森津木さんが力なく笑い、
「岩木、行こうか。じゃあ、カエデさん。正午の鐘から一時間過ぎた頃迎えに来てもらっていいですか?」
「うん?一時間ってのが、苦手でな。小鳥、教えてくれるか?」
「え、うん。大体でいいなら。一時間たったな、って思ったら声かける、けど…。森兄ちゃんたちは、良いの?」
戸惑いがちに確認してくる小鳥少年の頭をぐりぐりっと撫でる。
「昼食後なら、一段落つけられるだろうし。小春と楽しみにしてるよ」
「よっし!じゃあ、決まりだ。後で迎えに来るな。ほら、小鳥。行くぞー」
言い終わるか否かのタイミングでカエデさんが小鳥少年を担ぎ上げる。
欄干から下まで気軽に飛び降りて、そこから一気に跳躍する。
ゴウッと風が吹き遠ざかって行く二人が見えなくなるまで手を振って戸を閉めると、にこやかに森津木さんが宣った。
「さて、岩木。手土産どうする?」
時刻はまだ午前十時前。
仕込んでいる第三陣のパウンドケーキを森津木さんの部屋のレンジで焼いてもらいながら、三人で一斉にクッキーを作り始めた。
この話の要約・鬼族の所に遊びに行く事になったよ!
本日はもう一話投稿します。




