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外様郷  作者: かろうじて
77/98

77.枷




一月二十一日、日曜日。

朝に海神様にも供物を捧げて、皆で挨拶をする。一つ増えた新しい習慣。

実際には海神様は供物のお酒を飲まないから、そのお酒を魔除けとして玄関に撒くといいという言葉に甘えることにした。


海神様はすぐに雁木玉に戻って俺は小春と一緒に瞑想の時間だ。

朝の冷え込んでいる時間が一番向いているような気がする。もう海坊主との悪縁は消えたからしなくてもいいと思うのだが、小春に勧められるままに続けている。

小春曰く、この郷を出たとして現世でも怪異は有る。海坊主だってのだ。少しでも寄せ付けない方が良いに決まってる。


瞑想を終えて、朝御飯の準備に取り掛かる。シチューは驚くことに昨晩全て平らげてしまったのでパンとコンソメスープ、後はオムレツだ。

冷えるのでサラダは止めて、スープにたっぷりと野菜を入れる。スープに入れるベーコンを少し少なめにして、オムレツの中にトマトベースの味付けのミンチを入れよう。ミンチは以前の作り置きが有るのでそれに火を通して使えばすぐにできる。

スープを作り終え、ミンチに火を通し始めたところで森津木さんがやって来た。


「おはよう。岩木、小鳥。良い匂いだね。ミンチと玉葱とトマト?」

「お早うございます、森津木さん」

「お早う、森津木さん。小鳥お兄ちゃんは?」

「小鳥はまだ寝ていると思う。今朝は朝御飯を岩木の所で食べるって決めていたから、もうすぐ起きてくると思うけれど」


白い息を吐きながら、朝から朗らかな森津木さんは何と半纏姿だ。

部屋着で寛ぐ気満々である。


「合挽ミンチに玉葱とニンジン、ピーマンと椎茸を入れてトマトベースです。少しだけ味噌も入ってますよ。それより森津木さん、早く上がっちゃって下さい。雪が入ってくる」

ああ、ごめんごめんとすぐにドアを閉めて、ストーブの前に陣取る。


「雪、夜中から降り始めたのかな。明け方かな。今日は寒いだろうね」

「明け方だよ。四時くらい?山風が強くて目が覚めたの。風に乗って冷気が降りて来たのだと思う。すぐに雪が舞い始めたから」


「小春、早朝に起きたの?だったら寝不足じゃない?少し寝る?」

俺が起きたのは五時半。もしかして、四時からずっと起きていたのか?

「ううん。大丈夫。でも、眠くなるようだったら、午後に少しお昼寝するね」

「分かった。森津木さん、パン焼き始めていいですか?」

「良いよー」


パンは昨日焼いているので、温めるために少し焼くだけだ。

レンジに入れて、パンのボタンを押す。

「パンの様子見てもらって良いですか?焦げそうならひっくり返してください」

「了解」


スープをストーブに移動させてコンロでオムレツを作り始める。

「もう卵焼いちゃいますね」

小鳥少年の分は来たら焼けばいいだろう。飲み物はコーヒーで良いかな。部屋中にパンの匂いが満ちたころ、オムレツも出来上がった。


いつ起きてくるかもわからない小鳥少年を待たずに三人で朝食にする。

「あー。スープ温かくて美味しい。寒い朝はスープ欲しいよねぇ」

「そうですね。味噌汁って沸騰させないから、意外にすぐ冷めちゃうんですよね」

「僕、冷める前に飲んじゃうから関係ないかな」


小春の小さい椀は、とても冷めやすいだろうからいつも気になるんだよな。お湯で温めはするんだけど。


「で、岩木さん。お帰りのご予定は?」

「そうですねぇ。今月末か来月初めです。まあ、そこら辺は天気次第になりますが。今月末の森津木さんの『お礼』のお手伝いと、俺自身のお礼の差し入れづくり、この部屋の片づけを終えてからですね」


オムレツを一口大にして、口の中に放り込む。

うん。ミンチの濃い目の味付けが卵と食べると丁度良い。


「それなら、片づけの日は天気が良い日が一日要るね。指名依頼が無ければ僕も手伝うから声かけて。でも、お礼の差し入れと部屋の片づけなんてしていたら、帰るのがばれちゃうけど良いの?」


それは俺も考えた。でも、部屋の片づけを俺がしなかった場合、森津木さんと小鳥少年に押し付けることになる。

お世話になった二人にそれはダメだ。で、順番を考えたらお礼の差し入れをして、部屋の片づけになる。なら、差し入れはもうデメリットなんて無いようなもんだ。どのみち、気づかれるのだから。


「はい。仕方ないかなって」

「もし、片づけが終わって、帰れないようなら僕の所に泊まればいいよ。布団無いから炬燵で寝てもらうけれど」

「やった。助かります」


あっという間に朝食を食べ終えて二杯目のコーヒーを淹れる。

「ね、岩木。キッコウ柊どうするの?僕、引き取ろうか?」

森津木さんが投げかけた質問に、一瞬迷う。小春がとても気に入っているから、小春の後を頼む人に一緒に渡したいと思っていたからだ。


「お兄ちゃん。森津木さん。私、キッコウ柊と一緒に居たい。私と一緒に引き取ってくれる処を探すから、待ってくれないかな」

三人分のコーヒーに牛乳を入れて温め、席に戻る。


「そりゃ、構わないけれど。俺、小春の事は銀さんにお願いする気だったけど、小春が自分で探すの?」

「あい。今度、商店街の絡繰り屋に連れて行ってほしいの。私、機会に触れても壊れないから、この郷ではきっと珍しい。絡繰り屋に住み込みで雇ってくれないか話してみる」


驚いた。小春、そんなこと考えていたんだ。

「そっか。小春、偉いね。じゃあ岩木、寮の方はどうするの」

二人にコーヒー牛乳を配り、各々砂糖を混ぜながらカチャリと音の響く合間に会話を続ける。


「うーん。理想としては、俺より前に全員帰ってほしいんですけど、無理だろうなぁ」

「こればっかりはね」

森津木さんは相槌を打ちながら苦笑いだ。

「次に寮に行ったときに、帰ることは話します。けど、そこまで、ですね」

先輩は姫ちゃんと後輩を連れて行ってほしいと言ってくるかもなあ。


「まあ仕方ないね。話し変えるけど、岩木、今日何しようか」

窓の外は深々と雪が降り積もっている。今日の外出は出来ないだろう。


「とりあえず、洗濯と風呂掃除して、日持ちするお菓子でも作るかな…。森津木さんは?」

「僕?そうだな。僕もいったん洗濯しに帰ろうかな。昨日の夜、掃除はしちゃったから、洗濯終わったらまた来るよ。日中、何するかは小鳥が来てから決めようか」


そういや、小鳥少年はまだ起きてこない。パンの焼ける匂いで起きてくるかもと思っていたのに。

「森津木さん、洗濯量多いですか?洗剤とか拘りないなら一緒に回しますよ?」

「あ、嬉しい。一日の洗濯量って微妙だよね。すぐに持ってくるよ。もし岩木の量も少ないなら、小鳥の分も回せる?」

「大丈夫だと思いますよ」

「なら小鳥に声掛けてくるよ。少し早いけどそろそろ起きても良い頃だろう。で、僕の部屋の洗濯機でドライ回そうか。岩木ドライ有ったら出して」




「もう!一緒に朝御飯食べたかったのに!」

七時半すぎ。小鳥少年はプリプリしながらオムレツを頬張っている。


あの後、森津木さんに起こされた小鳥少年を洗濯物と一緒に招き入れた。

今は洗濯機の音をBGMに小鳥少年の朝食の時間である。


「でも、美味しいから許す」

恨みがましい目で見られながらそんな可愛いことを言うものだから、つい笑ってしまう。

「それは嬉しい。有難う。お代わりないけど、十時に芋餅出すから満腹にはならないでくれよ?」

「余裕!」

美味しそうに食べてくれると、作った側としては嬉しい限りだ。


「そうそう、小鳥。さっき岩木と話していたのだけど、今日は何をしようか。何かしたいことはある?」

「ん?んー」

もごもごと、咀嚼しながら思考をめぐらす小鳥少年の横で小春がレシピ本を熱心に見ている。何か気になるレシピでも有ったかな。


「パッと思いつかないなぁ。森兄ちゃんたちは?」

俺や森津木さんに話を振ると、大概は料理をしようとなってしまうのだが、他に選択肢も無い。娯楽なんて早々無いのだ。一人だと勉強とかでも良いんだが。


「小春、何か気になるレシピがあるのか?もしそうなら、皆でそのレシピ作ってみる?」

森津木さんも小鳥少年も特にしたいことは思い浮かばないようだし、小春が食べたいものがあるなら作ってもいいな。


「お兄ちゃん。ううん。差し入れに良さそうなもののレシピを探していたの」

「そっか。ありがとな」

小春可愛い。しかし振出しに戻った。すると森津木さんが神妙な顔で発案する。


「ねえ。とりあえず、昼ご飯何にするか決めようよ。今からなら少し時間がかかるものも作れるし。もし小鳥が萎びる一歩前の野菜とか持っているなら、それ使ってさ」

小鳥少年が朝食を食べている今この時の話題が昼食。まあ、俺達四人が揃ったら仕方ないか。


「森兄ちゃん、俺が食材管理できてない前提で話さないでよ。…冷凍焼けしただろう魚の切り身が有ります。ちなみに昼はお米が食べたい」

「冷凍焼け…。小麦粉の力を借りてムニエルでどうだろう。匂いがきついならウコンで誤魔化せるかな」

「あ。じゃあ、汁物の提案ですが。雪の降る寒い日ですし、豚汁にしませんか。野菜の切れ端を一気に使いたい」

豚汁と魚のムニエル。ちょっと合わないかな。


小鳥少年が咀嚼をしながら手を上げる。

「うん、小鳥。待つから、ゆっくりお食べ。焦らなくていいよ」

口の中に物があるから、喋れないのだろう。森津木さんにゆっくりお食べと言われた小鳥少年の咀嚼スピードが目に見えて落ちる。うん。ゆっくり食べればいい。時間ならある。


少し待つと、小鳥少年が嚥下をした後、口を開く。

「それなら俺も、使いたい野菜を持ってくるよ。あと、味噌にこだわり無ければ俺の味噌使って。賞味期限がヤバイ」


「小鳥の味噌って麦味噌だっけ。僕の赤味噌混ぜても良い?麦味噌単体はちょっと苦手で」

「もちろん良いぜー。豚汁で麦味噌だと、甘くなりがちだもんな。茄子の味噌煮とかは麦味噌が一番好きだけど」

結局、昼飯の準備は二時間前からで十分間に合うから十時に芋餅を食べてからということになる。それにしても、麦味噌って何だ。初めて聞いた。


サブタイトルは「枷」で間違いありません。

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