75.とりあえず
あの後、無事?に脱出できた俺たちはお世話になった人たちにお礼を言って回った。と言っても分かる範囲内で、お礼を言いに行ける範囲内でだけ。
森津木さんが教えてくれた力を貸してくれた人たちの中にカイドウさんがいたことに少し驚きはしたものの、カイドウさんはどうやら海神様を連れ出したことが嬉しかったようで、それでチャラだと笑ってくれた。
雑貨屋にも寄って、シロさんにお礼を言えば「良かったよぅ」と尻尾を振ってくれたので、請われるがままに頭を撫でる。モッフモフ。冬毛いいな。
残念ながら俺は雑貨屋で買った荷物を持ったまま海坊主の中に引きずり込まれたので、包装紙は脱出時にどこかに行ってしまった。
もう一度包装紙とカバンの中でよれてしまった厚紙を買い直して、ついでにパウンドケーキの紙型も購入。勿論森津木さんにもお礼を言って、海神様にはとりあえず雁木玉に入ってもらう。どうやら自力では帰れないらしいので、俺が現世に帰ってからあの海に送り届けることになった。それまではなるべく寝ている、とのこと。大分弱っていたから、起きていられないのかもしれない。
で、アパートの自室について、念のため風呂に入って出てきたら。
「岩兄ちゃん、聞いたよ。良かったな。悪縁切れて」
炬燵でお茶を片手に寛ぐ小鳥少年と森津木さんが居た。小鳥少年がいきなり部屋にいても、もう驚くことは無い。何せ、いるのだ。
「小鳥少年、いらっしゃい。情報の共有が早すぎない?」
「ふっ、ふはっ。ごめんごめん。だって、情報の共有は大切だろ?小鳥にもお世話になったのだし、報告はいるだろうと思って」
ふはっ、とまた体を折り曲げてしまった森津木さんは帰り道ずっとこんな調子だった。
俺が風呂に入っている間に、爆笑しながら小鳥少年を引きずり込み話していたのだろう。
「にしても、こう、行き成り始まって、速攻終わった感が半端ないよね」
小鳥少年が感想を漏らす。
「そんなこと言われても」
俺だって今朝、こんなことになるなんて思ってなかったし。
「こう、じわじわっと岩兄ちゃんが追い詰められていくの予想してた」
「ああ。実は僕もそれ思った」
まあ、終わったから笑い話に出来るのだろう。ケラケラと笑っている二人を横目に見ながら頭をがしがしと拭く。あらかた拭き終ったところで小春が暖かい飲み物が欲しいというのでカフェオレを作ることにした。
小鳥少年も飲むというので四人人分用意して、お菓子も適当に引っ張り出す。
「はい、小春。今日は有難うな。おかげで助かったよ」
「あいっ。お兄ちゃんの悪縁も切れたし、私も嬉しい」
にこにこしている小春が可愛くて、それがまた可愛いことを言うもんだから、もう可愛い。
最強に可愛い。可愛いって強いよな。
「森津木さんも、小鳥少年も本当に有難う」
改めて、三人に頭を下げて感謝を示す。
そもそも三人が居なければ、海坊主以前にこの郷で生き残れたとは思えないし、海坊主のときだって、森津木さんが居なければ小春の余力が尽きて最後の結界は張れなかったかもしれない。小鳥少年が居なければ、もしかしたらカイドウさんは手を貸してくれなかったかもしれない。小春も含めてこの三人にはお世話になり通しだ。
「どういたしまして」
「ううん、俺がしたいようにしただけ。でも、お礼がしたいなら今晩、ご馳走してよ。
森兄ちゃんも強制参加な!」
にかっと笑った小鳥少年からの元気な催促に一も二もなく頷く。断る理由が無い。今日はパーティーでご馳走な気分である。一緒に食べてくれるなら、きっと楽しい夜になるだろう。
「ああいいね。なら、天気は下りそうだから買出しに行くなら今すぐ行った方が良い。
早ければ正午には降り出すと思う。二、三日は雨だろうし、いっそ皆で買出しに行く?食料買いために行こうか」
買い物を終え、アパートについてしばらくすると小雨が降り始めた。
山頂の積雪の範囲が広くなっているので、もしかしたら雪になるかもしれない。
昼食はメインにお好み焼きで、副菜は各々が持ち寄った作り置きを食べた。
森津木さんが蕪の煮物とひきじの煮物、小鳥少年が手羽先のマーマレード煮込み。
俺がささみのホイル焼きだった。結構かぶっていたが、問題は無い。
「晩御飯、食べたいものはありますか?」
食後の皿洗いをしながら二人に聞く。
先ほど三人で買出しに行ったばかりなので、冷蔵庫はパンパンに食材が詰まっているし、ベランダにも根菜類がたっぷりある。戸棚に入らなくなった粉類や缶詰、乾物などは床に積み上げているのを森津木さんが見とがめて、二号室から適当な棚を持ってきてくれたりもした。
今なら、海産物以外の料理なら、結構何でも応えられる気がする。
海産物は残念ながら揃ってないので、何でもというわけにはいかないんだよなぁ。
「…このメンバーだから鍋、と言いたいところなんだけど。ねえ、岩木。二日くらい前にシチューしなかった?結構良い匂いがしていて。僕、近いうちにシチューにしようと思っていたのだけど、どうせなら人の作ったものが食べたい」
「え、それ岩兄ちゃんと小春がシチュー連続になっちゃわない?」
小鳥少年が、皿を拭きながら待ったをかけた。
「小鳥は優しいね。でも僕はシチューが食べたい。そして、今日の岩木はリクエストに応えてくれると思うんだ。というわけで、コーンとじゃがいもメインでどうかな」
「別に俺、シチュー連続でも大丈夫ですよ。冬ですし。あ、小春は?」
「シチュー好きだよ、お兄ちゃん」
「
なら良かった。折角なら土鍋でシチューにしてみますか?玉葱はみじん切りで、ジャガイモやニンジンはごろっと入れて、どうせならゆで卵も半熟に作っておいて別皿に盛っておきましょうか。机の真ん中に置いて、好きなだけ各自で取る、とか。」
「それ、それいいっ!それにしよう、森兄ちゃん」
乗り気になった小鳥少年が賛同した。
「良いね、それ。なら、マカロニも茹でて別皿に用意しておこうか。食べたい人が食べる、で。ううん、野菜不足が気になるから、シチューにブロッコリー多めに入れようよ」
森津木さんはお茶の準備が終わったらしく、小鳥の横に積み重ねられた皿を戸棚にしまい始めた。
「俺簡単なパンを作りますから、そっちでも多少はどうにか。総菜パンにしましょう。
ほうれん草とベーコンとプチトマトはさんで」
残念ながらトマトは買ってないのでプチトマトで代用だ。挟む前に少し焼けば甘みも増すし、いけるだろう。
「タネにゴマを多めに入れたのも欲しい」
「ベーコンはカリカリに焼いて、岩兄ちゃん。出来れば粗びき黒コショウも」
「ふむ?その上にシチューをかけたゆで卵を乗せる、と。美味しそう」
森津木さんと小鳥少年のやり取りでどんどん具体的な晩御飯が決まっていく。
もうシチューというより、ホワイトソースの料理のラインナップみたいになっている。粉チーズ、買っておけばよかったな。
メニューが決まったから、すぐにパン作りに取り掛かる。男三人だから多めに作っても食べきれるだろう。俺が晩飯の準備をしている間、森津木さん達は炬燵で紙袋を作っている。
時間がある時に作り置きをしておくそうで、小鳥少年も手伝って、意外に丁寧な作業をしていた。
「森兄ちゃん、この袋、何入れる予定なの?」
「んー。月末の配る用にしようかと思っていたけど、ナイロンの方が良さげだから、この袋は未定かな。
そうだ、小鳥。月末のお礼、ちょっと相談乗ってよ。ちらし寿司とか考えているけど、岩木に手伝ってもらってもきついかなぁ、とか思っていて。稲荷ずしにした方が良いかなぁ。ちょうど柚子あるし。
油揚げがある分、誤魔化しが利くと思う?どう思う?」
今回、お世話になったお礼に森津木さんの月末のお礼配布を手伝うことを申し出ている。それ用の袋らしい。
「え、じゃあ、朝早くから管理舎に行くの?」
「ああ、うん。ご飯を大量に炊く必要があるからね。調理室に、朝五時とかかな」
まあ、飯系ならそうなるよな。それにしても、朝五時とか、まだ真っ暗だと思うのだが大丈夫なんだろうか。年末の餅作りの時は何か暗黙の了解みたいで誰も襲って来なかったけど。
まあ、森津木さんが一緒なら大丈夫か。危ないならカケイさんとか、護衛につきそうだし。
「うわ、俺まだ起きてもないよ。うん、それなら、稲荷寿司の方が良いんじゃない?
紅生姜とかで色を足せば、…稲荷だけ?バランとか使う?」
稲荷だけが入った弁当を想像したのだろう。うん、色合い悪いよな。
「いや、おかずも数品入れようかなとは思ってはいる。バランはまあ、最終手段だよ。
今回は岩木が手伝ってくれるから、多分出番は無いかな。
メインは稲荷寿司だから、パックの四分の一くらいのおかずの量で考えている。
普通に考えたら煮物系が良いよね?でも肉系の料理の方が喜ぶのかなって。まだ悩み中」
強力粉の伸び具合を真剣に見ていた小春が顔を上げ、口を挟んだ。
「森津木さん、それなら、肉巻きは?牛蒡とか人参を肉で巻くの。野菜の幅を肉より長くしておけば彩も採れるし。緑が欲しければアスパラとかでも。…少し、値段が張っちゃうけれど」
「ああ。良いね、それ。うん。それなら、郷の者でも抵抗ないだろうし、食べやすい。
アスパラは、うーん、値段がなぁ。葉物のお浸しで緑はごまかそう。おかずは卵焼きと肉巻きとお浸しで決定。小鳥、小春、有難う」
炬燵の方はなんだかワイワイと楽しそうだ。森津木さんもようやっと、お礼弁当のメニューが決まったみたいで何より。俺の方も、作業が大分進んだので、もう少しで第一陣の生地は発酵作業に移れそうだ。
「岩木、ストーブの上のジャガイモ、もういいと思う。皮剥いてあげるよ」
炬燵で小鳥少年と紙袋づくりをしていた森津木さんが、立ち上がって鍋を降ろしてくれる。
「あ、じゃあ、ストーブの上空くよな?ゆで卵作っとくな。沸騰してから7分で良い?」
「有難う、助かる」
ストーブの上にすぐさま卵を入れた鍋を置いてくれる。
「片寄っても別に良いよな?食べるの俺達だし」
良いよ、と俺と森津木さんが返事をすれば、だよねと小鳥少年も頷く。
晩御飯はお礼なので、俺が全部作るものだと思っていたが二人は何くれと無く手伝いをしてくれている。この分だと、結構早めに用意が出来そうだ。
「ねえ、岩木。このジャガイモ、量多くない?」
湯気の立つジャガイモを、素早く皮を剥きながら森津木さんが聞いてくる。
「はい。何個かは芋餅にして冷凍しとこうかなと思いまして」
白玉粉は意外に高いので、おやつの餅系の代用だ。
餡を作って、明日のおやつにでもしようと思う。
「何何?芋餅?俺食べたことない。美味しい?」
小鳥少年が、興味津々に話題に入ってくる。
「うーん。腹は膨れる」
大食いだから、親が頻繁に作って冷凍していてくれたのだ。今思えば有り難いことである。
資料室に有ったレシピ本に乗っていたので、今回初挑戦だ。味に関しては、どうだろう。俺個人で言えば、特段美味いものでもない。
「ふぅーん。ね、いつ食べるの?一個頂戴?」
「明日のおやつにしようと思ってるから、皆で食べるか」
「やったぁっ」
喜色満面になっている小鳥少年に釘を刺す。
「作るのは初めてだからな?味の保証はしないぞ。まあ、失敗しても四人で消費できると思えばラッキーかな」
「大丈夫大丈夫。俺ジャガイモ好きだし」
「失敗をした場合、容赦なく僕たちに食べさせることを想定していることに対しては何も思わないの、小鳥」
「別に良いかな。俺も、賞味期限やばいもの皆に食べて貰ってるし。そういう森兄ちゃんだって、失敗でも賞味期限やばくても食べてくれるじゃんか」
ひひ、と上目遣いに笑う小鳥少年に負けたようで、森津木さんは悟りを開いたかのような顔で宣った。
「まあね。原材料が人間の食べ物という確証があるだけ有り難いよね」
あ、これ、掘り下げたらダメなやつ。
森津木さんのネタは、迂闊に触ったらこちらまでダメージを追うのは学習済みだ。そっとしておこう。
「じゃあ、岩兄ちゃん、卵使うよ~。買出しに行って良かったよな。一気に卵が減ると心細くならない?鍋に入る数が八個くらいだから七個で良いよね」
「そうだな。うん、七個で丁度良いくらいか。頼んだ。あと、それ分かる。
俺の場合、卵もそうだけど、冷蔵庫に隙間が目立ってくるともう不安になるな」
小鳥少年が卵と水が入った鍋を持ってきてくれたので塩を入れる。
サンキュ、とお礼を言って菜箸で軽く混ぜてからストーブに鍋を降ろし、小鳥少年はそのままストーブの前に陣取るようだ。
「ああ、それ僕も分かる。米は少なくなっても、他に粉とか有れば良いけど、冷蔵庫のものって少なくなると早く買い物行かなくちゃって思うよねぇ」
へえ。意外。森津木さんは保存食とかばっちり有りそうだし、食材切らさないと思ってた。
「な。でも、天気が不安な時は出たくないから、やたらと缶詰とか乾麺とかの保存食貯めこんで、棚を圧迫しちゃてんの。食料ヤバい時に鬼族の所にお呼ばれしたときは助かったって思うよー」
へえ。やっぱり食糧問題は迷い人共通なんだなぁ。
「鬼の御殿!お姉ちゃんたち元気かな?」
小春が嬉しそうな声を上げた。鬼族の宴でもらったグッズは大活躍だし、小春のお気に入りだ。銀さんも鬼族だし、小春の鬼族への好感度は高いから、話題に出ると嬉しいのだろう。
「きっと元気だと思うよ。だって鬼族が風邪ひくって、かなりレアだぞ」
あの宴の風景を思い出すと、妙な説得力がある台詞だ。
「小鳥少年は棚のお菓子ゾーンを少し減らしちゃえば?多くない?」
そう。小鳥少年の部屋には何度かお邪魔しているが、棚上から二段目の半分はお菓子置き場になっている。常に何かしら入っていて、結構しっかりしたクッキー缶とかあるのだ。
まあ、クッキー缶は保存の用途で使っているもので、中身は別のものが入っている。
最初に見たとき田舎のお婆ちゃんとかみたいだ、と言わなかった自分を褒めちぎりたい。
「ううん。あれは必要最低限だから。増えることはあっても減ることは無いよ。
だって、スナック菓子とか、半分以上空気だよ?毎回、売っているわけじゃないし、見つけたときに買っとかないと。むしろお菓子ゾーンが残り一個とかになった時の絶望は卵の比じゃないから」
酷く真剣な様子の小鳥少年の様子に、小春が「卵以上の、絶望…?」と呟く。
「そうそう。小鳥、天気が良くないときにお菓子切れそうになると、僕の所に来るよね。
あれ?そう言えば、最近ねだられてないな?」
「ふふん。俺も自分で遣り繰りできるようになったんだぜ?―――と、言いたいところだけど、まあ、岩兄ちゃんのおかげだよ。頻繁にお菓子作って、お裾分けしてくれるから。
焼き菓子系なら、ほら、俺がお菓子入れにしてるクッキーの缶に入れとけば数日持つし。
鬼族の皆もお菓子をくれるけど、ほとんど餅系かあられ系だから。
俺が好きなのもあるけど、バター系統のお菓子やスナック菓子って嬉しいよ」
「え、俺、小鳥少年にあげるお菓子の量はだいたいおやつ一回分で渡してるつもりだったんだけど」
「うーん、ま、確かに一回分なんだけどさ。焼き菓子なら三回くらいに分けてちまちま食べるよ。大福とかの日持ちしないのはすぐに食べきっちゃうけど。
この郷でクッキー買おうとしたら結構するし。バターだって、一応、郷産が有るけど数が少ない分割高だし。一箱五百円くらいだっけ?
俺この郷来てから一回クッキー作ったけど、大失敗だったから二の足踏んじゃうんだよなぁ。
バターとか泡立たないし…。今は力が強くなっちゃってるから途中で腹立って、うっかり強く握って泡だて器壊しそうだし。
和菓子も好きだけど、やっぱり慣れた味が欲しいっていうか、ケーキやスナック系のが好きなんだよなぁ。作れないから、買うしかなくて。でもあんまり頻繁に買うとすぐに金欠になっちゃう…」
おやつ一回分のお菓子を三回に分けて食べる小鳥少年を想像して少しダメージを受けた。
「ひもじいのは、寂しいし、冷たくて嫌い…」
と小春までもが呟くのでコンボが綺麗に決まった。やめて。小春。小春のそれはダメージが大きいから。
「それなら小鳥。明日でも皆でクッキー焼こうか」
森津木さんのも俺と同じような心境だったのだろう。すかさず出てきた提案に全力で乗っかる。
「いいですね。材料ならあるし、バターも補充したばっかりだし。そうしましょうか。小鳥少年、泡立てないクッキーもあるから、味は大分落ちるけど、それを一緒に作らないか?自分で食べる分には多少味が落ちてもいいだろ?」
「本当?うん、作る!あ、でも芋餅」
「芋餅は冷凍するから、気になるなら明後日でも夜食でも。とりあえずはクッキー作ろう。俺も食べたくなってきた」
「じゃあ、決定だね。岩木、皮剥き終わったから、ついでに芽も取っておくよ。あと、無性にレーズンパンも食べたくなった。レーズン取ってくるから、混ぜてくれない?」
森津木さんは話している間に手際よく芋の皮を剥ぎ終っている。
熱い作業をさせてしまった。
「了解。レーズンなら、買ったの有りますから、それ使いますよ」
残ったらクッキーに入れても良いし。クッキーは何味にしようかなどとよそ事を考えていたら、笑顔の森津木さんがこちらを見やって宣った。
「岩木、僕の冷蔵庫のレーズンは、封を切って一か月はとうの昔に過ぎている。多分三カ月位だ」
「森津木さん、レーズン取ってきてください」




