71.昼休み
一月十五日、月曜日。
雪は止んでいるものの、太陽は薄い雲の向こう。
見えてはいるけど、晴れとも言い難い天気だ。
今日の外出は諦めようと小春と話していたら、コダマさんとツバメが迎えにきてくれた。有り難いことである。
そのまま事務室のバイトを受けて、昼休憩も事務室メンバーで取ることになった。
「なあ、岩木。朝に紅女になに渡してたんだ?」
相変わらずツバメは俺の弁当をつついてくるので、遠慮なくツバメのパンを頂く。
今日のツバメのパンは珍しく全てが惣菜パンだ。いつもなら食パン一袋とか、ロールパン6個入り一袋とかなのに。
「ああ。クッキーだよ。可愛い系統の柄を描いたから、お姉さ…紅目さんにも、と思って」
朝に電石などを購入しに売店に寄ったときのことだろう。
「あら、私には無いの?」
センジュさんが可愛らしく小首をかしげる。
「もちろん、ありますよ。ええと、はい。宜しければ、どうぞ」
小さな包みを皆に渡す。事務メンバーには俺作一枚、小春作二枚の小さな包みだ。
クッキーは森津木さんと小鳥少年と三等分したので、それ相応の量である。
「昼食後にパウンドケーキ持ってきているので、クッキーの量は少ないです」
「ふふ、有難う」
ふわりと笑うセンジュさんは可愛い。
「ありがとー、岩木くん。ね、話し変えていい?川に来た奴、あれ、岩木くんのお連れさん?」
コダマさんが話を振ってきた。やっぱり、ばれているんだなぁ。
「あー、俺個人としては、中にいる人だけ、会いたいです」
ツバメの迷い箸を見とがめた小春が、ツバメにお小言を言っている。
「ふぅん。まあ、外のは岩木くんとは相性悪そうだものねぇ」
今日の弁当の半分は既にツバメに食べられているので残っているおかずを死守していると、ツバメから追加のパンを渡される。え、貰いすぎてない?良いのか?
ツバメに視線をやると、食えといわんばかりに力強く頷いたので有り難く貰うことにした。これは俺の腹の事まだ気にしているんだろうな…。
「あ、中にいる方には会いたいんだ?外のはー?」
「外のは、俺の敵?になるのかな。追ってきちゃって」
「岩木くんは逃げ込み組だったんだねぇ。あ、お茶のお代わりは?」
「頂きます」
今日はできればツクロイさんとフミツキさん、寮のメンバーにもクッキーを渡したいし、調合室にもいかなきゃいけない。少し急いで食べよう。
「コダマさん、昼飯食べたら数か所行きたいところがあるので、午後のバイトの開始時間が少し遅れてもいいですか?」
「いいよー。時間なんて有って無いようなもんだよ。迷い人は太陽が出ている間に帰らなきゃだし」
良かった。すんなりOKを貰えた。
「そう言えば、今日、休み多くない?」
「あれ。キョウコク知らないの。
ほら、土曜に上の方で歌合せみたいなのが開かれたんだって。で、盛り上がって振る舞い酒を下々にもしたもんだから、その流れで昨日は宴会がそこかしこで有ったんだよ。
見たところ鬼族、御殿系列は全滅だよ。天狗族と古族、神族は半々くらい。で、皆今は気持ちよく高いびき」
え、それって翻訳の催しか?
「そうなの?じゃあ、今日室長がいらっしゃらないのって」
センジュさんも知らなかったのか。
「うん。室長は土曜の催しから参加だね。結構お偉方が集まったみたいだよ。ほら、副舎長とか」
「銀さん、行ったの?」
すかさず小春が反応した。
「多分ね。今日休みみたいだし」
ああ、でも銀さんなら納得。書物愛好仲間っぽい。
なるほど。だから鬼族への振る舞い酒があって、鬼族は宴会に突入したと。
「今日、岩木くん迎えに行ったのも、金曜に室長が教えてくれたんだ。
『もしかすると、月曜は事務員で休む者が多いかもしれない。資料室も休みだろうし、岩木君確保しちゃって。この分だと天気も怪しいし、迎えに行っちゃえばこっちのものよ』って」
うわあ。室長の根回しすげぇ。
ん?資料室休みなんだ?じゃあ、フミツキさんにクッキー渡せないな。
日持ちするし、明日でもいいか。弁当を食べ終え、パウンドケーキを出す。
予め切ってあるので、手づかみで食べれるし、一応センジュさんが困らないように、包み紙に入れたものが二切れある。
出した瞬間にツバメが歓声をあげた。
「酒の匂い!」
ぶれないな、ツバメ。
「ブランデーっていう、外国のお酒を少し使っているんだ。製菓用だけどね。
もう切っているから、皆で食べて。一人二切れです。センジュさんは手が汚れるから、包みに入っているのをお勧めします。もし、苦手な味なら、食べれる人が頑張って」
最後まで説明を聞かずに一斉に手が伸びた。
あ、やっぱりお酒、好きだよね。休憩室の涼しいところに置かせてもらっていた紙袋から小さめのイチゴで作ったイチゴ大福も出しておく。
「これ、イチゴが小さめだけど、おやつにでも。生ものだから今日中に食べてほしい。
暖かいところに置かないでくださいね」
念のため声をかけたけれど、適当に頷くだけで皆パウンドケーキを頬張ることに夢中だ。
「じゃあ、俺、調合室とかにちょっと行って来ますね」
誰が端を食べるかでじゃんけんになっている男三人は無反応だったがセンジュさんがひらりと手を振ってくれたので、軽く頭を下げて休憩室を後にした。
相変わらず独特の匂いがする調合室の前。
「こんにちは。岩木です。薬屋さんいらっしゃいますか」
コンコンと戸をたたけば奥からくぐもった声で返事が有った。
「おー。入ってくれ」
お邪魔します、と戸を開ければモワッと刺激臭が鼻を刺激する。
曇りのせいで鈍い光しか差し込まないからか、以前来た時よりも室内は薄暗い印象を受ける。所狭しと多くの鉢などが置かれている机の向こうで薬屋さんは作業中だった。
「お久しぶりです。作業中にすみません。今大丈夫ですか?都合が悪ければ出直しますが」
入ってくれ、と言われたから大丈夫だと思うが念のため聞いておく。
作業の手を止めて、薬屋さんは顔を上げた。ちらっと窓の外に視線をやり、こちらに向き直る。
「なに、構わんさ。むしろ、お前さんが来たことで昼になっていることに気付けたからな」
にかっと笑って言う内容がかなりブラックである。
薬屋さん、大丈夫?医者の不養生とかになってない?
「さて、こっちに来てくれ。んで腹を出せ」
言われた通りに近寄って、腹を出す。薬屋さんは女性だが、ここまでサバサバしていると、腹を出すことに抵抗がなくて良い。
「ん。よぉく見るとまだ少し変色しているな。お前、ちゃんと食っているのか。
丸薬飲んでコレとは、薄ら寒い。まあ、これ位なら大丈夫だろう。まだ塗り薬は残っているか?」
「あと丸々一つ有ります」
「なら足りるな。風呂上りに、此処と此処だけ塗っとけ。二日もしたら後も残らず綺麗になる」
二か所、腹を押される。もう綺麗に治っていると思っていて二日前から何も塗ってなかったので少し驚く。
小春が出てきて、「二か所?此処と、此処?」と薬屋さんに慌てて確認した。
「ああ。そうだ。ここまで治れば放っておいても良いんだが、岩木の体質がな。できるなら薬は最後まで塗っておけ」
「はい」
「あい」
二人で頷く。小春には「丸薬を飲ませてもここまで治りが遅いなら、常日頃の栄養不足は否めん。食わせろ。なんなら飲み物は青汁にしてしまえ」と言い含めている。やめて。飲み物が全部青汁になったらどうしてくれる。青汁は買わない。今決めた。
「岩木、念のため背中も見せろ」
くるりと回り、背中も見てもらう。
回ったことで、目の前の壁にある薬棚が目に付く。俺には読めないが、一つずつ何かのメモが貼って有って、几帳面さが前面に出ている棚だ。
まあ、薬の調合なんて几帳面でないとできないのかもしれないけれど。
「うん。背中は完治しているな。さすがは私の薬。酷いのは腹だと聞いていたから腹と背中だけ確認したが、足はどうする?見とこうか?」
薬屋さんの視線が一瞬だけ、掌に移る。
何も言わないということは、掌は完治なんだろう。
「いえ、腹と背中だけで。酷かったのが腹だから、腹がここまで治っているなら、足は大丈夫です」
「そうか」
頷いた薬屋さんに腹をしまっていいぞと許可を貰い、衣服を整える。
「有難うございました。これ良かったらどうぞ。イチゴ大福とクッキーです。
イチゴ大福は涼しい場所に置いて、今日中に食べてください。生ものです」
お礼を言って小さな紙袋を差し出す。
「お!覚えていてくれたのか。有り難い。んじゃ、遠慮なく!」
大福は昼飯の後にすぐに食っちまおう、と弾んだ声で受け取ってくれた。
眩しい位の笑顔だ。なるほど、甘党。
今からお昼だというし、お邪魔にならないようにすぐに退散する。
余程機嫌が良いのか、薬屋さんは戸まで見送りに立ってくれた。
「じゃあ、岩木。気を付けて。もし、君の客の皮が残っているなら持っておいで。高値で買うよ」
この郷で俺の情報はどのくらい話のタネになるのか、本当に筒抜け過ぎて驚くわ。




