69.情報
一月十三日土曜日。
パンッっと、カイドウさんが景気よく手を合わせた。
「ご馳走さんっ!」
鬼族の人は、綺麗な食べ方をする人は少ないが、挨拶はしっかりする。もしかしたら、小鳥少年の手前だからかもしれないが、義理堅い印象を受ける。
「美味かった。海坊主だったな」
「はい」
すでに朝市でカイドウさんに、今、川にいるアイツについては知らないと言われている。
けれど、海坊主という種族についてならある程度知っているらしい。その場で話を始めようとするのを遮り、昼食に誘った。
色よい返事を返してもらい、今はちょうど食事を終えたところである。
「基本、海に関するものは結構大雑把な分類でな。海坊主ってのは『陸に上がらなかった』奴らだ。反対に、陸に上がった奴らなら『牛鬼』とか『恵比寿』とかって呼ばれているな。
『海坊主』ってのは、多くは個性を持つ前の有象無象だな。特定の形をまだ取れないから海面が盛り上がるだけで、坊主の頭のように見える。まあ、海の中なら形を取れるって奴もいるな。
一部の特定の形を取れる奴は『海座頭』と呼ばれる場合もある。女の形をとれるなら、所謂人魚系等の呼び名を併せ持つ場合が多い。
まあ、もともとは有象無象。海で死んでいった者たちの成れの果て。今の人間なら、海で奴に遭遇しても『悪霊』としか認識しないだろうな。
まだ特定の形をとれない奴ってのは、『海坊主』の中で圧倒的多数で、弱い奴らだ。ここに来る前に、改めて川にいる奴見てきた。
やっぱり奴は、俺の知っている奴じゃない。が、見たところ、最近の海坊主の中では強い奴だな。一昔前なら、別名がつく一歩手前。
弱点てのは良く分からねぇな。確かに煙を嫌うとは聞いたことが有るが、それで退治されたという話は聞いたことがねぇ。そこに賭けるには少し危険な気もするが。
俺に思いつくのはこんなところだが、他に聞きたい事あるか?」
森津木さんが皿を重ねながら、じゃあ、と声をあげた。
「川の奴って、川から出てくることはある?」
「川から?ねえんじゃないかな。そも、海から遡って来ている時点で無理をしているはず。
海坊主ってのは、基本海の中だ。中格になると、本体は海で、幻や妖力を飛ばして海に引きずり込むこともできるが。まあ、それも縁が繋がった奴だけだ。ただ…」
「ただ?」
小鳥少年が先を促した。
「アイツの中に、何かいた。喰われた奴だろうけど、だいぶ弱ってはいたが、海坊主より格上の奴だ。
多分、信仰を元にして生まれた奴だろうな。そういう奴は、格上の存在であろうとも、信仰を失えばそこらの妖にすら負けちまう。んで、餌としては極上だ。
あの海坊主はその極上を運よく見つけて喰っちまった。
その格上が吸収されちまえば、陸に上がれるかもしれねえ。まあ、そしたら奴はもう海坊主じゃねえと思うがな」
やっぱりまだ海神様は吸収されていない。
良かった。でも、水の中から引きずり込まれるなら、陸地も安全ってわけでもないのか…。
そうだよな。なんせ、初日にちょっかいをかけられている。俺の住んでいた街は、海から近いわけではなかったし、強いんだろう。
怖い顔をしたままの小春がカイドウさんにたずねる。
「あと、どれくらいで吸収されそうか、分かる?」
「はっきりとは分からないが。すでに飲み込まれているしな。中の奴が暴れている様子もなかった。まあ、遠からずってところだな」
打てば響くように、考える素振りもなく答える。
「アイツって、岩木追って来たんだろ?気づく奴は気づいている。
元々の悪縁付きだ。折よく海坊主が川になんか来たら、真っ先に疑うしな」
わあ、ばれてる。
はは、と乾いた笑いが口から洩れる。変な噂といい、俺はこの郷の暇人たちに結構な話題を提供しているような気がする。カイドウさんは軽い口調でそのまま続けた。
「岩木。この郷の者は面白いことに飢えている。お前を川に放り投げてみようとする奴もいるだろうから、気をつけろよ」
は?
何その愉快犯。関係ない第三者に川に放り込まれるとか、考えてなかったんですけど。迷い人に娯楽を求めるの、やめて?
森津木さんも小鳥少年も「あぁ…」みたいな反応、やめて?
「お兄ちゃん、その可能性に気付けただけでも、良かったと考えよう。
私たちでは見落としていたのだから」
神妙な面持ちの小春に諭されて、しょっぱい気持ちになる。そうなんだけど、正論なんだけど、いや、納得しないと、うん納得した。
そうだ。危険を教えてもらえて、良かった。そう考えよう。
カイドウさんにお礼を言って、手土産を渡す。昨日焼いたパウンドケーキ二本だ。
一本はブランデーパウンドケーキ。もう一本はチョコを砕いて入れたチョコパウンドケーキだ。
チョコの方は小鳥少年がナッツとチョコを砕いてくれた、共同制作だ。そのことを伝えるとカイドウさんは喜色満面になった。
「そりゃあ、他の奴らにも食わせてやらねぇとなっ。じゃあ、今日はありがとな」
と宣い、颯爽と帰っていったカイドウさんを見送りながら、ぽつりと森津木さんがこぼした。
「あれだよね。小鳥が手伝った方のパウンドケーキ。鬼族で細切れにして食べるために急いで帰った、に一票」
小春が深く頷く。うん、そうだよなぁ。俺も一票。
ちらり、と小鳥少年を見ると形容し難い複雑な顔をしていた。
後片付けをしたら解散して寮に向かう。
冬の空は低く、雲はないけれど空全体が白っぽい。太陽も鈍い色で、なるべく早くアパートに帰りたい空模様だ。
「あ、岩木君。いらっしゃい」
土曜の昼過ぎ。先輩たちはロビーでお茶をしていた。どうやら昼までバイトして、昼食後の一服時だそうだ。
「イワキサン、送り火そうでしょ」
姫ちゃんが、遠慮なく確認してくる。三人の視線を受けて口を開いた。
「ああ。それでさ、少し話が合って来たんだ」
俺はこの郷に来る前に悪縁が付いていたこと。その悪縁をたどって、妖がこの郷の川に来ているから念のため近づかない方が良いこと。そいつをどうにかするまでは、帰れないこと。
かいつまんで説明をする。
「先輩とアパートの俺の部屋で遊ぶ約束してたんだけど、いつ襲ってくるか分からないから、キャンセルさせて下さい」
「まあ、それは仕方ないなぁ。残念だけど」
イワキサンの分のお茶入れてくる、と席を立った姫ちゃんに後輩も立ち上がる。
「あ、待って。これ。差し入れ。昨日おかきを、お試しで作ったんだ。
湿気る前に食べちゃって。あと白菜。お裾分け」
わあ、と嬉しそうな声を姫ちゃんと少年があげて、三人からお礼の言葉を受け取った。
白菜とおかきの入った袋を抱えパタパタと調理室に向かう二人を見送る。
「岩木君も、なんていうか、大変だな」
「はは。管理舎内だったら、話しても平気だと思うので、見かけたら声かけてくださいね」
もちろん、と頷いてくれた先輩の顔は、少し前とは違って幾分かの穏やかさが見える。
「現世に帰るときは、挨拶ができないかもしれないから、申し訳ないんですが」
「それはお互い様だろ。俺たちだって、どうなるかわからないし」
まあ、それもそうか。
「で、先輩。俺、今後は寮に差し入れ出れする回数も大分減ると思うので、しっかり備蓄してくださいね」
「あ。そうか。いや、今のおんぶにだっこ状態もかなり恥ずかしい自覚はあったんだけど。まあ、自分達の空腹と、命には代えられなかったからなぁ。
改めて言うのも何だが、今まで有難うな。凄く助かってた。
レシピももらったし、俺も味噌汁はうまく作れるようになったし。大丈夫。寮の事は気にしなくていいぞ」
なら、良かった。額面通りではないのだろうけど、それでも、その言葉に安心できる。
「岩木君こそ、気を付けないと。小春ちゃんも、気をつけて」
「はい」
笑って頷くと、小春も「あい」と頷く。
「それにしても、これで送り火二人目か。状況は厳しくなる一方だなぁ」
それだ。二人とも帰ってはいないが、迷い人の半数が帰れる状況を、喰いたい者たちがどう思うか。
「先輩。逆に考えるのよ。迷い人の半数が送り火を灯したけれど、まだ帰ってないからマシなんだって。状況は変わらないんだから、ストレスなんて貯めるだけバカよ」
ふんわりと紅茶の匂いとともに、姫ちゃんと後輩が帰ってきた。
「そうっすよ、先輩。こいつも、岩っちもまだいるから、俺たちの生存率上がってるんすよ。
ラッキーって思っときましょう」
「そうそう」
ことり、と出された紅茶から上がる湯気が少しだけ肌寒いロビーに溶けていく。
良い匂いだ。そうだ。帰りに食料品店に寄って、チャイの材料を買おう。小春も、好きかもしれない。
「…そうだな。有難う」
泣きそうに笑う先輩のソファにぎゅうぎゅうと姫ちゃんと後輩が入り込む。
頑張り気味の兄を、どうにか甘やかそうと奮闘する弟と妹みたいだ。
小春用のカップはいつも持ち歩いているので、それに紅茶を分けてから口をつける。
寮組がわちゃわちゃとしているのを眺めていると姫ちゃんが話を振ってきた。
「イワキサン、今日これから何するの。ここって時間を持て余すのよね。参考までに教えてよ」
「ああ。雑貨屋と食料品店に行って、帰ったらおかき作るかな。明日はイチゴ大福とか。部屋に観葉植物が欲しくて探していたら貰ったり、薬を貰ったりしたからお礼にね」
「相変わらず、その、仲が良いのね。羨ましくもあるけど、信じられない」
姫ちゃんからしたら、そうかもな。誰かと仲良くなる前に、狩りに遭遇してしまったら仕方ないのかもな。…ん、待て。姫ちゃんは銀さんに猛アタックしてなかったか?
「岩木君、食料品店行くの?雑貨屋って何?俺も一緒に行く」
寮メンバー自由か。いや、先輩。少し前の話聞いてた?
一緒だと、危険があるかもしれないって俺、話したばかりだと思うんだけど?




