68.作戦会議
今回は品数が多かったので洗い物も多い。水切りに所狭しと並べられた洗い物を見ると達成感がある。
「岩木、梅昆布茶持ってきた。飲む?」
「頂きます」
森津木さんは、たまにチョイスが渋い。普段は飲まないお茶に、小春もワクワクしている。うん、梅と昆布なら縁起もいいし。小春にもぴったり。
あられが入っているタイプだと嬉しいな。
「岩兄ちゃん、柚子のジャムとはちみつって貰える?俺、はちみつ柚子湯飲みたい」
「良いよ。分量どうする?」
はちみつと柚子ジャムを取り出すと、小鳥少年が隣に来た。
「うーん。柚子ジャムにも砂糖入っているから…」
結局、柚子ジャム、はちみつともにスプーン一杯で湯に溶くことにしたようだ。ポットは炬燵の上なので、あとは本人にしてもらう。
炬燵に落ち着くと、梅昆布茶の匂いが目の前の湯飲みから漂っている。あ、あられが入っている。小春が喜ぶから嬉しい。
小春の分を取り分け、一口啜ってから口を開く。
「海神様の分離なんだけど、実は特に有効な対策は思いついてないんだ。
情けない話だけど、海神様にどうにかして欲しい」
「なるほど。だから、『海神様』なんだ」
森津木さんがすぐに理解を示す。
「はい。海坊主が田舎であれほどはっきり形を成していたのは、田舎の人間のせいだと思います。信じてはいないけれど、その名を呼ぶことで認める。それに子供は信じるころもあるでしょうし」
「うん、そうだね」
「なら、それを海神様にもすることで僅かながらでも、力になれないかと思って」
小春もそれを察したから「海神様」と呼んでくれるのだと思う。
「あと、俺の料理が供物としての質が平均より良いって言われたり、感謝を込めやすいのって、海神様のおかげがあるんだと思うんです」
ひと月だけだが、マンツーマンで会ってたし、俺だけが知っていたようだったし、海神様が受け取る信仰心?を俺が独り占めで捧げていたようなものではないだろうか、と。
「だろうね。その夏の期間、通い続けたのだろう?
過ごした時間に比例せず、岩木が受ける神性の濃度も高かっただろうし、何より、彼の者に望まれたのだろう。もう海神の覡になりかけていたと考えていい。だからこそ、岩木の信仰は彼の者の力になりやすい」
え。どういうこと。たまに森津木さんは良く分からないことを言う。ゲキってなに。
「お兄ちゃん。覡っていうのは神和きのこと。ううんと、お兄ちゃんの場合は、海神様の傍にいて、仕えている人ってところかな」
へえ。神主さんとか、そういう類か?
「じゃあ、岩兄ちゃんが今打てる手は全部打ってるって状態なのかぁ。
他に有効そうな対策を考えるのが今日のお泊り会の目標だな」
へへ、と笑いながら小鳥少年が頑張ろうぜ、などと可愛いことを言ってくれる。
「でも、特にこれと言って思い浮かばないよね。
岩木は正月から、小春の強化や岩木自身の強化も、ささやかながら取り組んでるし」
「あれ、そうなの?」
「小鳥に言ってなかたっけ。小春に毎日供物をささげてね、とか。瞑想してみる?とかそこら辺」
瞑想は聞いたけど、と小鳥少年が唸るので森津木さん「じゃあ、正月のときかな」と話をしている横で小春が梅昆布茶を飲み干した。
「お兄ちゃん、海神様を切り離せたとして、海坊主を追い払えたとして。
現世に帰ったら、海神様の傍にいくの?」
おお、考えてなかった。
「それは…どうだろう。分からない。今の俺だったら、一度断ってから、定期的に会いに行く選択肢をとるな。
でも、その時の俺がどういう選択をするかは分からない」
「そっか…」
何か思うところがあるのだろう。小春はあい、と小さく頷きながら歪に笑った。
…避けては通れない話題とはいえ、小春の前で現世に帰る話題はやっぱり堪える。
置いて帰る俺が、へこむのも筋違いだとは思うのだけど。
「ねえ、岩兄ちゃん。海坊主ってどんな妖怪なの?妖怪だよね?弱点ないの?」
いつの間にか、森津木さんの説明が終わっており、小鳥少年が声を上げた。
もしかしたら、気を遣ってくれたのかもしれない。
「そうだなあ。田舎では本当に都合の良いように使われてたから、遭ったらお終いの化け物扱いだった。弱点は聞いたことがないな」
「あ。僕、知っているかも。確か煙草の煙だったと思う」
思わぬところから、返事が来た。
「すげえ、森津木さん!物知り!」
思わず、声を張り上げて喜んでしまう。
「岩木、待って。最後まで聞いて。でもそれが該当するとは限らない。
かつて人間は、よくわからないものを化生とみなし、降りかかる不幸はたとえ天災であろうとも何かの悪意と結びつけた。妖には定義があやふやなものが多い。決めつけてはいけない。ましてや、その海坊主を模ったと思われる地域の人々が、弱点の認識をしてないなら通じない可能性の方が高い」
あ、はい。じゃあ、どうしようかと小春と目を合わせる。
「じゃあさ、誰かに聞いてみようよ。岩兄ちゃん、年末に会ったカイ兄ちゃん覚えている?
カイドウ兄ちゃん。カイ兄ちゃんは海産物を仕入れてくるだけあって海に詳しいよ!
多分土日の朝市に出ると思うから、聞きに行ってみようよ」
「それなら土曜の朝市だ。早い方がいい。それに僕、日曜は天狗族の依頼があるから朝からいないし。土曜なら空いているから、海鮮買ってきて。海鮮。
いやあ、病みつきになるよね。良いよね。新鮮な海の幸!パエリア食べようよ。岩木が借りてきたレシピ本、正月に読んだから。パエリア食べてみたい。
きっと、美味しい。サフランないけど、きっと大丈夫。しっかり出汁取るから、ね!」
打てば響くように森津木さんが声高に主張した。
この人、本当に食べ物関係、グイグイくるな。きっと森津木さんの中で今は、優先度が圧倒的に高いのはパエリアだ。
「じゃあ、市が終わるのが昼だから、昼ご飯に誘おうよ。
パエリアを皆で食べる。そうしたら、腰を落ち着けるから話も聞きやすいよな」
とんとん拍子に土曜の予定が埋まっていく。
「なら、フライパン一つじゃ足りないな。小鳥の鍋も貸して。
鬼族はよく食べるから、最初から鍋を分けてしまおう。僕の処に大きめのフライパンがあるから、それで僕ら四人分を。小鳥の鍋でカイドウさんの分を」
「あ、俺、海鮮代持ちます。パエリアならエビですよね。
イカとタコと出汁用の魚?」
「魚じゃなくて貝だね。海外のものはないだろうから、貝ならなんでも良いかな。
ホタテとか。僕の処に備蓄用のトマト缶あるから、トマトはいいよ。ピーマンの親戚のような野菜、食料品店にあれば買ってきて。あとタコは今回見送りで。イカは冷凍のがまだあるからそれを提供するよ」
「分かりました。エビと貝、パプリカですね。なら俺は、他に作り置きが出来そうなものを用意しておこうかな。
小鳥少年、カイドウさんの好物知ってる?」
「カイ兄ちゃんはやっぱり海のものが好きかな。肉も好きだよ。納豆は嫌いだから、粘り気のあるものは避けた方が無難?」
いや、そもそも、パエリアの付け合わせって何だ?
デザートはケーキだろうか。あ。ブランデーケーキを焼いてお土産に渡そう。
ブランデーも買わないと。多めに作って事務室にも、あ、月曜に薬屋さんにも何か渡さなきゃだから、その分も。日曜にはキッコウ柊のお礼でおかきとイチゴ大福作るし、イチゴ大福の方が女の人にはウケが良いかな。甘いものって言ってたし。
「やっぱり、スープは欲しいよね。岩兄ちゃん、スープ一品作ってよ。
パエリアでトマト使うなら、トマトスープ以外で」
おっと、そうだった。カイドウさんのおもてなしだった。
「じゃあ、玉葱スープで。濁ってないスープにする。あとはシーザーサラダ作ってみようかな。温玉乗せたら箸が伸びそうな気がする。もう一品、肉料理は」
「お兄ちゃん、それなら鶏肉とジャガイモの炒め物にしようよ。食べ応えあると思う」
「じゃあ、それで」
ひひ、と笑い声をあげた小鳥少年が爽やかに宣った。
「誰一人、カイ兄ちゃんに予定があるなんて思わないところが、アレだよね!
彼女いない、友達少ない奴の思考回路!」
小鳥少年、その一言、いらなくない?




