64.キッコウ柊
「まあ、空の御殿は、望み薄ということで。
じゃあ、他に岩木に打つ手は無いかってことだけど、有ることはあるけど、どれも有る程度の期間が必要なものばかりで、一朝一夕で効果が出るものではないからなぁ。
ちなみに、岩木、彼女いたりしない?」
「居るわけないよ、岩兄ちゃんだよ?」
何故か、小鳥少年が自信満々に答える。
確かに居ないけど、居ないけどっ!
「彼女が居たら、手っ取り早く交わって、気配を塗り替えて貰えば良かったのだけど、そんな上手い話ないよねぇ」
小春が何とも言えない目でこちらを見てくる。
やめて、小春、眉をハの字にしないで。
「岩木、瞑想をしてみる?
心の弱い者、迷いを抱えるものは、取り込みやすい。揺らぎは隙。
付け込まれて終わりだ。その前に、自分の弱さと向き合っておいても良いと思う」
「弱さと向き合うって何するんですか?」
「自分が自覚している弱さが有れば、どうやったら克服できるか考える。
もしくは、その弱さを受け入れて、負い目にしない」
「自覚している弱さが思い当たらなかったら?」
「探す。自分の昨日のことを思い出してみる。己の所業を振り返ることも大事だね」
おおう、坊さんの修行っぽい。今まで俺とは縁のなかった世界だ。
けれど、危険度を下げるためならやるしかない。
「分かりました。朝、散歩のときに森でしてみます」
「うん、それは良いね。天候不順で散歩に行かない日は、部屋で」
「はい」
「あとは、札の扱いとかも簡単なのは教えても良いけど、肝心の札が無いからなぁ」
俺に伝手が有ったら良かったんだろうけど、そこまで交友関係を広げられてない。
痛し痒しで唸っていると、小鳥少年から催促の声が上がった。
「森兄ちゃん、岩兄ちゃん。俺も小春も、そろそろ雑炊食べたい」
小鳥少年の一声で、俺と森津木さんの唸り合戦は速やかに幕を下ろした。
一月十日、水曜日。
少し曇り空なので、小春と相談し、朝の散歩は中止にする。
部屋の中で、少し瞑想をしてみるものの、どうにも眠くなるだけだ。
隣で小春は結界の練習をしているので、俺も頑張らねば、と意気込んでも昨日の料理は少し塩が足りなかったとか、森津木さんに教わった保存食は本格的過ぎて手も足も出なかったとか、他愛のないものばかりが出てくる。
瞑想とは程遠い気がする。出来るようになるのか、これ。
今日も指名依頼が入っていて、御殿でのバイトだ。
異動中、自然と川に目が行く。
一番大きい橋は、商店街の出口に掛かる朱色の橋だ。橋の向こうは行ったことがないが、住宅が点在して畑が広がっている。果樹園のようなものも見えたが、圧倒的に畑が多く、下流に近づくほど田んぼの割合が多くなっているようだ。
午前は若君の相手。
ダイジョウの屋敷で昼食を取り、午後は御簾の人の相手だ。
帰り際に、管理舎で降ろしてもらえば買い物が出来るので、頼もうとしたら小春に止められる。
「お兄ちゃん、曇りだよ。危険だから、やめよう」
うっかりしていた。ダイジョウにも伝えておかないと。
「あの。俺、迷い人なので、日が出てないと外には出ません。
曇りの日や雨の日は、管理舎には行きませんので、もしも明日」
「その時は、小童の住処に行けばよかろう」
理解が早い事で。
「有難うございます。お願いします」
アパートに帰ると、森津木さんがすぐに訪ねてきた。
「お帰り、岩木。天狗のカケイ覚えているかな。
今日は天狗族の指名依頼で天狗の住処で料理していたのだけど、昼食前の時間には流石に大炊殿は使えなくて。周囲を散歩していたんだ。
岩木、植木が欲しいって言っていただろう?
で、ちょうど良さそうなのが有ったから、カケイに理由を説明して、分けて貰えないか聞いたらさ、それならこちらの方が良いだろうって、神域の亀甲柊の挿し木をくれたんだよ」
「しんいきの きっこうひいらぎ」
小春が壊れたレコーダーのように復唱をした。
森津木さんは満面の笑みで頷いている。
「頭領さんに許可を貰いに行ったら、快く頷いてくれて。
更に頭領さんが一時焼き物に凝っていた時の失敗作を植木鉢にって譲ってくれて。
底に穴が無いからその場で開けてくれたよ」
「天狗頭領作、植木鉢」
滑舌を取り戻した小春が、それでも単語のみを口にする。
そう言われれば、凄いな。
「受け取って、岩木」
大きな丼っぽい植木鉢に、少し特徴のある葉をもつ植物が植わっている。
受け取ると、清冽な空気が動いた気がした。
「有難うございます。凄く、嬉しいです」
「うん。どういたしまして。天狗族の方達にも、伝えておくね」
柔らかく笑って、森津木さんは満足げに頷いた。
「あ、待ってくれ、森津木さん。お礼がしたいんだ。
次に天狗族の人に会う日が決まっていたら教えてほしい。
それで、出来ればお礼を渡してもらえない、でしょうか……?」
自分で言っておいて、あまりの図々しさに語尾が小さくなった。
森津木さんが貰ってきてくれたのに、その上さらに宅配便みたいなものを頼むのは流石に図々し過ぎる。
「なら、日曜日に依頼が有る。帰りは夕方の三時半位。
カケイが送ってくれるから、その時にカケイに持たせて帰せばいいよ。
僕という荷物が減る分、手は空くし。
ね、岩木。練りきりとか苺大福が良いと思うよ。少し甘さ控えめで。重すぎるのは苦手だけど、天狗の人たちは甘党も多い。あと、おかきのレシピもあげるよ。はいこれ」
レシピがすでに用意されているということは、森津木さんは俺が何を言い出すかお見通しだったってことか。
へらりと笑い、レシピを受け取る。何から何までお世話になりっぱなしだ。
「もう本当に有難うございます、森津木さん」
「いいえ。でも、練りきりのおこぼれを二つほど貰えれば、嬉しいかな」
「もちろん」
森津木さんを見送って、部屋に入る。
「お兄ちゃん、良かったね」
小春が興味深そうに柊の周りをくるくる回っている間に、ちょうど良い受け皿が無いか探してみる。
少し深めの、耐熱皿のようなものが出て来たのでこれで良いだろう。
受け皿をセットすると丁度良い大きさである。
水は明日の朝で良いだろう。葉っぱを少し撫でる。
「神域に居たからかな、少し神性を帯びているみたい。
頭領さんの手作りの鉢も、うん、少し気配が移っているから、有り難いね。大事にしよう、お兄ちゃん」
「ああ。新しい同居人だな。人じゃないけど」
いらっしゃい、キッコウ柊。神域と比べたらこの部屋は過ごし難いだろうけど、一緒に過ごしてほしい。
一月十一日、木曜日。
今日は小雨が降っている。
朝食の前に瞑想をしてみる。暖房器具を付ける前だと空気が冷たくて集中しやすいかもしれないと、思ったからだ。目を閉じても、隣の小春の気配は分かる。
サワリ。
……キッコウ柊の気配だろうか。綺麗な空気が流れてくるのも分かる。
ああ。恵まれているなぁ。一緒に居てくれる小春がいる。
森津木さんと天狗族の優しさで鉢を貰えたキッコウ柊がここにある。
小春はキッコウ柊が神性を帯びていると言っていた。
だとしたら、小さな神様みたいなものかな。岩だって動くし、藁人形だって動く。マリモも人も空を飛ぶこの郷だ。
キッコウ柊がいつか喋ってもおかしくないかもしれない。
……うん、大切にしよう。
もしかしたら、少しの間だけかもしれない。俺はすぐに、アパートからいなくなるかもしれない。
なら、尚更。
ありがとう、こんな俺のところに来てくれて。精一杯歓迎するから、どうか、今だけここに在ってほしい。
結局、瞑想は自分の弱さと向き合うというより、ただの感謝で終わってしまった。
柊をベランダに出し、朝食をとり、弁当を作る。
今日は小雨なので、もしダイジョウが来なければ一日お菓子作りでもしようと思う。日曜までには食料品店にも買い出しに行きたいし、雑貨屋にも行かなきゃいけない。
昨日、資料室で借りた料理本は比較的新しいもので、参考にしやすい。
「あ、お兄ちゃん、アイツ来た」




