63.相談
午後六時。
二人を招き入れての晩飯。
部屋の中は鍋のおかげか、外の寒さなど忘れたかのような心地よさ。
皆で炬燵を囲み、無遠慮に鍋をつつき合う。
「で、岩木、相談って何?」
つみれと白菜を取りながら森津木さんが促してきた。
「あっと。今日、ダイジョウに忠告を貰ってしまいましてその内容を」
「え、岩兄ちゃん、ダイジョウと仲良くなったんだ」
一心不乱に肉を食べていた小鳥少年が顔を上げる。
「いや。未だに呼び名すら教えてもらえないし、今後も無理だろうな」
腑に落ちない顔を湯気越しに見ながら、苦笑いで答える。恐らく、ダイジョウとはそれなりの親しさになっているだろうが、これ以上は無い。
「小鳥。それはまた今度。忠告の内容を先に聞こう」
柔らかに小鳥少年の次の言葉を封じ、森津木さんが先を促す。
ダイジョウの忠告されたことを、鍋を突きながらそのまま伝える。
話している途中から、二人の顔から好奇心が消え、引き攣った半笑いの顔になった。
「あー、それは、うん、岩兄ちゃん、追いかけてくるなんて、情熱的に愛されてるね…」
目を逸らしながら小鳥少年がフォロー?を入れてくれる。
「だよな。俺もびっくりだよ」
「もう、お兄ちゃん、笑い事じゃないんだから」
とうとう森津木さんは箸を置いてしまい、ふむ、と腕を組んでしまった。
「岩木って結構、追い詰められているよねぇ。
小春、結界は今どれぐらいまで張れる?」
「自分を覆えるくらいのが十五分くらい」
「小春の結界は、遮断だよね。攻撃も、圧も、音や呪いも遮断している。
結構な上位結界だよ。でも気配は遮断してない。
今の結界をもっと薄く伸ばして、気配だけ遮断できないかな?」
「気配?」
小春はむむ、と考え、すぐに小春サイズの結界を展開した。
「薄く伸ばすのは、お兄ちゃんの大きさだよね。なら先に、気配を隠すの、練習しないと」
加護を、あんまり乗せないで、陰に入れる要領でいいのかな、などと森津木さんに確認しながら結界をいじっている。
ちなみに、現在隠されている対象は森津木さんの取り皿だ。
なんか、難しそうな話になった。
小鳥少年の取り皿に、強制的に野菜を入れながら、森津木さんの皿にも適当に入れる。
隠していたはずの取り皿に、追加を入れられて「あっ!」と小春から非難めいた声が上がったが、すぐに食事中だったことを思い出したのだろう。
「森津木さんごめんなさい」と、謝るのが聞こえて、森津木さんも笑いなが「いいよ」と許してくれた。
二人とも俺のためにしてくれているので、俺も二人に「ごめん、ありがとう」を伝えていると小鳥少年がため息をつきながら、俺の皿に肉を放り込んできた。
自分の皿にエノキと豆腐を多めに盛ったことがばれていたらしい。
少しの中断があったものの、再開された食事は穏やかな雰囲気とは裏腹に、結構なスピードで鍋の中身を消費していく。
俺はちまちまと小春の取り皿を盛りながら
「なあ、小鳥少年。俺、長期保存がきく保存食を作ろうかと思っているんだが、何かお勧めとか知らないか?」
「長期保存て?梅酒とか?」
「そうそう、そんな感じ」
小鳥少年は作らなくても、鬼族の女の人が作っているのを知ってたりしないかな。
「今の時期なら、干し大根とか?
あっでも、天気を読めるようにならないと、作れないか。他の者に教えてもらっても、後半に天気が崩れたら、険悪になっちゃうし……」
「天気かぁ。確かに今の俺には読めないなぁ。てことは干物は無理か」
「岩兄ちゃん、リンゴ酒は?
お酒だけど、夏にゼリーとかに使えると思うし、リンゴ酒なら料理のタレにも応用が効いてたような……。
以前、森兄ちゃんが、作っていたから、小春の結界の後にでも聞いてみると良いよ」
その後も、料理を離れて、葱のプランターを一つ、作ってみてはどうかとか、粉類を多めに買い込んでおけば、一週間は持つんじゃない?とか小鳥少年と話していると、鍋の中身もだいぶ減ってきた。ここいらで、追加しようか。
「ちょっと、鍋の追加してくる。皆取り皿に、ごっそり取ってくれる?」
森津木さんと小春も、結界講座を一時中断してくれた。
それぞれの皿に、山盛り取り分けて、鍋をコンロに持って行く。用意してある追加具材を入れて火に掛けた。
再び座ると、森津木先生の結界授業が再開されていて、手持ちぶさたである。
結界のコツなどを聞いても、さっぱりだ。
「岩兄ちゃん、鍋の締めってまだ?」
「雑炊か?今追加の鍋の具材が減ったら締めようか」
「うん」
小鳥少年は、自分のお腹を撫でながら腹具合を確認している。もしかすると、今の時点で満腹が近いのかもしれない。
「そういえばさ、小鳥少年の『道塞ぎ』って、どんなの?」
「え。岩兄ちゃん、誰に聞いたの。それ」
「知らない通りすがりの人」
「知らない通りすがりの人」
おうむ返しに小鳥少年が繰り返す。真顔だ。
少し、間が空いてから、小鳥少年が口を開いた。
「まあ、いいけど。俺のは、なんていうか、結果的にそうなっただけかな」
「結果的に?」
「うん。俺が守護を貰っている鬼族の兄ちゃん達は複数いるから、色んな気配が交じり合って、俺の気配が辿れないってのと。
強い気が交じり合って周りに漂っているから、弱い者たちから見たら、異界みたいに視界が歪んで怖いみたい。
有るはずの道が見えない。辿れないって、聞いたよ」
鍋の様子を見に席を立つ。
小鳥少年も、腹を撫でながら、付いてきた。
「岩兄ちゃんも、もう少し誰かの加護がもらえたら、良いのにね」
「そうだなぁ。今でも、十分、皆には良くしてもらっているから、そこまでは望まないし、申し訳ないかな。
森津木さんや小鳥少年がこうして相談に乗ってくれて、小春が傍に居てくれる。
管理舎の人たちだって、優しいし。チトセやシロさんも好きだ。俺、自分が十分恵まれているって思ってるよ」
「そっかあ」
見上げてくる小鳥少年の表情は優しい。
ふいに手を持ち上げて、俺に伸ばそうとしたのだろうか、直前にピタリと止まった。
「…残念。岩兄ちゃんの火傷が無かったら、腹にタックルしたのに」
どうやら俺の腹状態を考慮してくれたらしい。優しい良い子だ。
「結構治ったよ、火傷。ダイジョウが薬屋さんに依頼してくれて、薬貰ったし。
来週には治ってる予定。今ももう痛みも無い。あの時は有難うな」
「本当?良かったな、岩兄ちゃん」
あれから、鬼の人たちの話の中で、たまに正月の話題が出ること。
旧正月の宴でも呼べないかと話していたことなどを小鳥少年は楽しげに話してくれる。
旧正月。
そのころに俺はまだ郷にいるのかな。何となく、そこら辺が転換期な気がするのだ。迂闊な約束はもう出来ないな。明日の約束すら、しない方が良いだろう。
鍋を見ると、新しく入れたつみれの色が綺麗に変わっている。一つ、割ってみて中まで火が通っていることを確認する。うん、頃合いだ。
「よし、小鳥少年。鍋再開だ。戻ろう」
炬燵では、小春が森津木さんにアドバイスを受けながら結界の練習をしていた。紐と紐の間が大分空いていて、範囲が広くなっている。
「あ、二人とも、お帰り。小春ここまでだ。食事に戻ろう」
森津木さんが切り上げてくれて、小春も結界を解いて俺の席に戻ってきた。
「締めは雑炊ですから、腹の余裕を残しておいてくださいね」
「了解」
四人で再び鍋を囲む。
といっても、小春と小鳥少年はほとんど手を出さないから、俺と森津木さんの二人で食ってるようなものだ。
穴あきお玉で底を掬うと、崩れた豆腐が出て来た。
崩れた豆腐の方が、良く味が馴染んでいて好きだ。迷わず取り皿に入れる。
隣で小春が「お肉、お肉」と主張するので、肉を小春の皿に入れようとすると「お兄ちゃんが食べるの」と言われ、自分の取り皿に肉を放り込む。
「あ、岩木。あんまり川自体に近づかない方が良い」
取り皿に葱と白菜と肉を山盛りにしながら森津木さんがアドバイスをくれる。年末にも似たようなことを言われたな。
「そうします。雑貨屋に用が有るときはなるべく早く済ましますよ」
休憩中の小鳥少年はお茶を啜っている。
「あとはそうだなぁ。多分、このアパートはある程度までは安全地帯と考えていい。
ただ、水道とか、水の流れるものは使わないときは蓋をした方が良い。流れてない溜まっている水は今の時点ではそこまで気にしなくていいかな。
夜、寝る前に水石を取ってしまうのも手だけど、水石自体は水の力だから、危険かもしれないし、小さい箱に入れて、小春に結界を張ってもらうと良いんじゃないかな」
ふむ。なるほど。
「なら、蓋つきの小鉢にでも入れときます。陶器だし、紙に入れるよりましですよね」
「そうだね」
鍋をつつきながらだと、緊張感も何もない。
「あ、つみれ。森津木さん、はい」
「有難う」
小春は食べ終わったみたいで、小鳥少年の所で結界の練習を始めた。
このメンバーではもはや、マナーなど有耶無耶である。できた結界を小鳥少年がつついて、脆いし見えるよ、と批評を受けて、悔しそうに張り直しては挑んでいる。
「最終的には、必ず見つかる。それまでの時間稼ぎをどうするか。
見つかった後は、岩木と追跡者の勝負になるから、岩木の強化も早めにしないといけないんだけど…」
小春と小鳥少年も、手を休め、こちらを向いた。
「…一番いいのは、その、空の御殿にずっといることだね。手も足も出ないだろう」
「……無理ですねぇ」
「岩木が、ダイジョウを丸め込めれば、良かったんだけど…。あの者も、癖が有るし、話を聞いた限りでは、多分、その…」
森津木さんが珍しく歯切れが悪い。
「森兄ちゃん、はっきり言わないと」
小鳥少年が横やりを入れてくるも、森津木さんは言葉を探しているみたいで、はっきりしない。
もう、と小さく呟いて、小鳥少年が言葉を繋いだ。
「多分、岩兄ちゃん、すでに結構気にられてるんだよ。呼び名を教えてもらえなかったのも、そのせい。
これ以上仲良くなるなら、眷属化まっしぐらだろうから、人間で居たいなら論外だね!」
小鳥少年が、良い笑顔で、言い切った。
え。何それ。どういうこと。
気に入られているから、呼び名を教えてもらえない?
いや、待て。
ダイジョウは、いずれ俺が郷を去る気なのだから、歩み寄るべきではないと考えていた。俺が郷でのことを忘れていくのに交流を深めることを、責めていた。
あれは、ダイジョウにとっても嫌なことだったのだろうか。
そもそも、依頼を抜きにすれば、ダイジョウは俺のことを「暇つぶしの玩具」程度の認識だ。
こういっちゃ何だが、森津木さんの「今日の話題」と同じような扱いといっていい。この郷は外からの刺激がほぼ無いから、迷い人自体が「宴」なのだ。
だから、郷の人達は専ら、話題に飢えている。
……そうか。面白そう。
それだけの理由で手元に置いたり、ちょっかいをかけることも有るんだ。
その面白い対象が嫌悪を覚えない、側に置いても不快にならない程度であれば、「飼う」という選択肢も出るのかもしれない。
ゆっくりと、小春が俺を見上げてくる。
「お兄ちゃん、寒いからって、あいつの側ににじり寄るのやめよう」
「お、おう」
森津木さんが、憐れみの眼差しを向けて来た。
「お腹いっぱいになったからって、側でうとうとするのも、やめよう」
「お、おう」
まだ一回しかしてないが、俺の性格上、もう一度同じ状況が有れば、高確率で同じことをするからな。
「暇だからって、待ち時間や移動時間に、話しかけるのも、話題に気を付けよう」
「そ、そうだな。当たり触らずな、無難な会話にしないとな」
「いや、あの、岩木?それ、現時点でもう、だいぶ」
「森兄ちゃん、言葉を濁しても無駄だよ。ハッキリ言った方が良い。
岩兄ちゃん、もうダイジョウに懐いてるようにしか見えないから、諦めなよ。
あとはダイジョウの出方次第。下手に刺激しないことが一番だぜ?」
小春と一緒に項垂れた。




