54.手当
オオキから貰った小袋の中には大きな貝合わせが五つ入っていた。
中を見てみると、全て同じ火傷の薬、だと思う。
森津木さんにも手伝ってもらい、手当てをした後、着替えをして、布団などを持って四号室に向かう。
「いらっしゃーい。今シチューあったまったよ。パンは焼く?温める?」
四号室では、シチューとパンを先に回収してもらい、小鳥少年に温めをお願いしていたので良い匂いが漂っている。
「俺はそのままでいいかな」
「僕は焼いてくれる?」
午後八時。
遅い晩御飯である。
「お兄ちゃん、たくさん食べてね。お昼の分も食べてね」
小春はなかなか自分のご飯が手に付かないらしく、しきりに俺の方へ視線を向ける。
「もちろんだ。だから小春も、ほら、しっかり食べないとな」
「あい」
ちみちみと食べ始めた小春を確認して自分も食事に戻る。
小春が食べ終わって、森津木さんが声を掛けた。
「小春、さっきのはどういこと?」
「お兄ちゃん、あげちゃったの」
「岩木、ちょっと何があったか時系列で教えてよ」
「腹がかなり減ってるんで、飯の後で良いですか?」
迷わずに答えたら、小鳥少年が感嘆交じりに呟く。
「岩兄ちゃんのその安定した食欲凄いと思う」
少しして俺の代わりに食べ終わった小春が口を開いた。
「寮への差し入れの帰り、アイツ、えっと、ダイジョウがお兄ちゃんを攫いに来たの。
私はお兄ちゃんに守られて、アイツが刀に手を掛けた途端、雁木玉に入ってしまって。
雁木玉から出たときにはどこかの御殿の入り口に居て、お兄ちゃんは倒れていた。
すぐに駆け寄ったけれど、お兄ちゃんの意識は朦朧としていて、すぐに気を失ってしまって」
後悔をにじませた声で、小春は語り出す。
小春にしては、少し分かりにくい説明なのは、感情が立っているからだろうか。
「アイツを責め立てて、お兄ちゃんを一室に寝かせてもらってから、経緯を聞いたの。
アイツの話では、お兄ちゃんを攫った時に結界を張らず、上空に一気に駆けたらしいの。お兄ちゃんは一瞬であげたって言ってた」
「え、結界なしで?岩木よく吐くだけですんだねぇ」
食事中だというのに、森津木さんは頓着しないらしい。まあ、俺もしないけど。
「上からまき散らしたので、下に建物なり人なりいたら申し訳ないことしましたねぇ」
「ああ…、そうだね…」と森津木さんは目を逸らした。
「すぐに結界を張って、運んだって言ってた。
それから御殿に到着して、砂利の上にお兄ちゃんを放り投げたっていうの。
アイツは受け身くらい取るだろうって思っていたらしいけど、お兄ちゃんはもう意識も朦朧としていて、そのまま転がってしまって。小さいかすり傷とかはその時のもの」
「あー。多分、最初の一駆けで限界だよね。それにしても、岩兄ちゃんが帰って来たときに見えた人影ってダイジョウだったんだ」
食べ終わった小鳥少年は相槌を打ちながら食器を下げ、お茶の準備に入る。
「お兄ちゃんが意識を取り戻したら、アイツはすぐに御殿の主の前に連れて行った。
その途中でお兄ちゃんがお腹が痛いって訴えて。アイツが俵担ぎでお兄ちゃんを運ぶときに、アイツの熱で火傷をしていたの。起きてすぐ、様子が変だったけど、私は気が付かなくて」
小春の動揺がそのまま反映されているのだろう説明は少し分かりづらい。
「岩兄ちゃん、火傷してたんだよね?ごめん、俺、突進しちゃったよ。痛い?どれくらいの火傷?」
食べ終わった森津木さんが参戦した。
「腹回り一周。特に体重のかかった前は酷いよ。腫れあがって変色してる。
すぐに冷やせばもっとマシだったろうに。でも、小春が結界を張ってくれてたから、服にも擦れることがなくて痛みが抑えられてたんじゃないかな。
あと足もだ。腿と膝。こちらは腹に比べれば大分マシかな。軽く掌も」
そうなのだ。小春が途切れ途切れではあるけれど結界で腹の部分の火傷を保護してくれていたのだ。おかげで俺は御簾の向こうの人の前で痛さで粗相することもなくやり過ごせた。
「うわあ、痛そう」
「今日はすぐに薬を塗りたかったから、風呂は明日の朝、入って貰うことにした。
背中や足の裏側は自分では薬が塗りにくいだろうから、数日は僕か小鳥が手伝った方が良いね」
「そんなに?新年早々、災難だったね、岩兄ちゃん」
小鳥少年はたまに年寄りじみた言い方をするが、鬼の人達の影響だろうか。
「アイツの上の者は、お兄ちゃんに現代語や外つ国の単語の訳と説明をさせたくて、攫わせたのだけど、『攫わせた』意識は無かったよ。貴族だから。馳せ参じて当然って態だった。
明日も、昼からまた行かなくちゃいけないの」
悔しそうな声で説明して小春は俯いてしまう。
食べる手を止めて、小春を掬い上げる。
「小春、今日は小春がいなかったら、俺はきっと帰ってこれなかったよ。
有難う、頑張ってくれて。俺の代わりにオオキと会話してくれて。
俺を返そうと、あの人の機嫌が良くなった頃合いを見て、先約の時間が過ぎてるよっていってくれて」
小春は弾かれたように顔を上げる。
「あ、お兄ちゃん、掌」
すぐにぴゅおんっと弾丸のように肩に乗ってくる。
「…お兄ちゃん、私、役に立った?」
「ああ。小春がいなかったら、オオキが火傷の薬をくれることもなかったと思うよ」
「…そっか。お兄ちゃんから、有難うが流れてくるね。私、明日も頑張るから、傍においてね」
「もちろんだ」
やっと俺も食べ終わり、小鳥少年がカフェオレをくれる。
もう好みもわかったもので、俺と小鳥少年は牛乳砂糖たっぷり。森津木さんは気分次第だが、今日は牛乳と砂糖を少しずつ入れていた。
「岩兄ちゃん、何かデザート食べる?お菓子あるよ」
「待った。僕、おかき作って来た。大量に。食べてよ」
ドンっと、森津木さんが机の上に大きな缶を置いた。中にはぎっしりと色々な種類の一口おかきが入っている。
「作ってたら止まらなくなっちゃって。わさびとかの変わり種もお勧め」
「美味そう!小鳥少年、皿っ、この缶深くて摘まみにくいから皿を出すんだっ」
「まっかせてっ」
皿を取りに小鳥少年が素早く立ち上がる。
皿におかきを移し、貪るように食べる。晩御飯を食べたばかりだが、何も問題は無い。
「森津木さん、美味いです」
「何種類もあると、全部食べたくなるよね」
「それは良かった」
小春は自分が食べれそうな、割れおかきを探してうろうろしている。
ええっと。
「小春、ここら辺どう?割れてるから、何味かわからないけど。
良く見ると茶色い?醤油かな」
「有難う、お兄ちゃん」
小春用に、小さい欠片を男三人で探し始める。
「もう割っちゃえばよくない?そしたら味も揃えることが出来るし」
「そうしようか。じゃあ、別皿に一種類ずつ取り出して、包丁で切ってみようか」
「あ、俺やります。小鳥少年、台所借りるな」
切り口は潰れてしまったが、まあ、及第点だろう。手早く後片付けをして、切ったおかきを手に戻る。
「小春、左から醤油、塩、ざらめ、わさび、胡椒、柚子胡椒、青のりだよ」
「有難う、お兄ちゃんたち」
おかきをボリボリと食べながら、明日のことを考える。なるべく分厚い服着て行かないと、火傷が悪化しそう。
いや、帰りは結界貼ってくれたし、どうにかなるか?そういえば…。
「小鳥少年、俺を送ってくれたやつの顔見た?
以前に、多分『ダイジョウ』だって言ってたけど、向こうで『オオキ』って呼ばれてたんだ」
「うん?岩兄ちゃん、『ダイジョウ』と『オオキ』は同じ人物の呼び名だよ」
「岩木、呼び名は一つじゃない。今日岩木を担いだ人は間違いなく『ダイジョウ』と呼ばれる者だよ」
へえ。呼び名がいっぱいあるのか。
「お兄ちゃん、明日の準備はどうするの?」
「そうだなぁ、なるべく分厚い服を着て行って、水筒も持っていかないと、喋り通しなら喉が渇くから。お八つは持参して良いのかな。そうだ、昼飯はなるべく早く食べとこう」
「お兄ちゃん、私、往路で雁木玉に入らずに出てることは出来ない?小さいけど少しは結界張れるし、不安だよ」
うーん、どうしたもんか。小春の軽さだと吹っ飛ぶしなぁ。
「小春は軽いし、カエデさんみたいに、上体を起こして抱えてくれるならまだ鞄に入って紐で固定するとかできるけど、俵担ぎじゃなぁ。難しいと思う」
「そう」しゅんとしてしまった小春に森津木さんが問う。
「小春はどれくらいまで結界張れるの?自分に張ることは出来ない?岩木の分は無理でも、自分なら張れないかな?」
小春がきょとんと、目を瞬いた。
「私が自分に?考えたことも無かった…。やってみる」
小さな結界がぱきんと張られる。
小春の前面に盾のように出現した結界は白く発光していて綺麗だ。
「小春。小春は縁の糸を手繰り寄せるだろう?
盾ではなくて、糸状にした方がきっと効率が良いと思う。自分の得意な形で展開する。これは大事な事だよ」
小春が頷いて結界を紐解く。
その紐で毬のように球状の結界を再構築していく。
「少し、時間がかかるなぁ。瞬時に張れるように練習してみようか」
何度か結界を展開する。解いて結んで、解いて結ぶ。要領を掴んだのか、少しずつ早くなってくる。
何とはなしに眺めていたが、俺もできる事をしなければ。
「小鳥少年、俺にもできることってある?」
小鳥少年はふっと笑い、そのまま笑顔で言い切った。
「岩兄ちゃんには無理無理。大人しくケガを治して、腹に肉付けるために四六時中食べてなよ。少なくともそれで小春の心配事は一つ減るぜ?」




