52.人攫い
終わらない。
もう少しで食材を使い終わる、そんな時に食材が追加されるのだ。
これもう、農家の人達から今、調達したよね?
だって、野菜が少し古い。商店街のお勤め品は出し終わったって言ってたから、他から調達したとしか考えられない。
肉と魚は追加されないから、最後は野菜がメインだった。
小鳥少年は、チトセの家に泊めて貰うことになった。
俺と森津木さんは、零時になった時点で小鳥少年を背負い、お暇しようとしたが、そうは問屋が卸さないとばかりに商店街の面々に引き留められたのだ。
森津木さんは色々な付き合いがあるから断れなかったのだろうが、俺はシロさんの「クゥン」で完全降伏だった。あれ、ずるい。
小春には雁木玉で寝てもらおうとしたのだが、「私、一緒にいる。起きてられるよ」と頑として譲らない。
見た目六歳くらいの女の子に夜更かしをさせるのは抵抗があったのだが、本人が譲らない上に森津木さんからも「岩木、夜なんだ。この建物内に郷の者も沢山いる。商店街主催とはいっても、多くの者は酔っ払いだ。小春を離しちゃだめだ」と説得され、小春に謝って起きていてもらった。
結局、材料切れになったのが午前二時。
後片付はもういいから、寝て、寝て、とチトセに背を押されるままにチトセ宅にお邪魔する。
森津木さんと俺は、小鳥少年が寝ている客間になだれ込んで爆睡した。
「いやあ、儲かったわ。有難うね、皆」
翌朝。チトセはニコニコと笑顔で封筒を差し出してきた。
「今、皆いるし渡しちゃうわね。商店街の皆とももう精算、配当は終わっているの。
そこで、商店街の皆から追加報酬よ。満場一致だったわ。受け取って」
見ると俺の封筒には四万七千円入っている。え、これ、いいの?
隣の森津木さんや小鳥少年も、封筒の中身を確認して驚いている。
「それから、これ。お土産よ。
商店街からの感謝の気持ちだから、受け取ってね」
袋にはラップやキッチンペーパーなど、色々入っている。うわ、これ嬉しいな。
「「「有難うございます」」」
小鳥少年のは普通のお菓子や駄菓子が沢山入っている。これ、俺たちに合わせて、用意してくれたんだ。
「お土産は私たちの感謝よ。だから、それに対して感謝やお礼は一切不要。
だって私たち、凄い儲けたものっ」
今にも歌い出しそうなほど、可愛らしい声で語尾上がりだった。
三人でチトセ宅を後にして、アパートに帰り着く。
今は午前八時半。朝食を適当に食べ、小春と紙袋の中を改めて確認していたら、小鳥少年が来た。
「いっぱいお菓子あるから!お裾分けだぜっ」
小さな紙袋いっぱいに、お菓子が入っている。
この郷でお菓子は嗜好品だから、中々手が伸びない。それを、こんなに。
「いいのか?有難う」
「へへっ、懐かしいのあるだろ?俺、この棒の駄菓子好きでさ。いっぱい種類あるのも良いよな。なあ、飯食べ終えた?お茶しねえ?
個別包装のお菓子以外は分けられなかったから、四人で今から食おうぜ」
「喜んで」
どうやら森津木さんはドアの横にいるようだ。
「それにしても、良い稼ぎだったね」
「俺びっくりしちゃった。二万超えてるんだもん。
一か月の支給金の半分だぜ?兄ちゃん達と一緒だったから、辛くなかったし」
小鳥少年が可愛いことを言っている。
今日も俺の前に入り込んでいるので後ろから頭に頬ずりしてやる。
「やめて痛い、岩兄ちゃん。頬に肉付けて出直してきて」
辛辣。小春がぴょいっと飛んできて、頬肉をぺちぺち叩き始めた。小春、大丈夫だから。
「でも、良かったのかい?小鳥。お菓子大好きだろう?こんなにご馳走になってしまって」
心配げな視線を投げながら森津木さんが問う。
「良いんだよ。有ったら全部食べちゃうんだから。
ご飯食べられなくなるし、俺、普段兄ちゃん達に色々貰ってるしね」
うっわ、小鳥少年、良い子過ぎ。
「小鳥少年、小鳥少年。俺、今夜シチューなの。食べにおいで。むしろ泊まりに来る?」
「行くっ。こないだのゲーム、クリアしちゃおうよっ。
あ、待って。やっぱ無し。岩兄ちゃんが布団とシチュー持って泊まりに来てよ。
テレビゲームしよう。んで、昨日作った茹で卵も食べよう」
目をキラキラさせながら見上げてくる。
「おっ、じゃあ、夕方の五時にお邪魔するわ」
「うん、待ってるね。ご飯は?炊いておこうか?」
「いんや。パンを作ってみようかと思っていてな。失敗したら炊いてくれ」
「ねえ、二人とも。仲間外れ良くない」
少し圧を加えた笑顔で森津木さんが声を上げる。
何言ってんだこの人。
「森津木さんも、もちろん頭数に入ってますよ」
「そうだぜ。森兄ちゃんが来ない方が可笑しいだろ。ゆで卵だって三個だよ」
小春もうんうんと頷いて、飛び跳ねている。
「俺と小鳥少年が遊ぶ約束をしている場に森津木さんがいるのに、来ない気でいたなんて変だよなー」
「ねー」
「それはそれで、どうかと思うのだけど…」
それからいったん解散してパンを作る。最初にしては上出来で。
パンは普通のとチョコとレーズンの三種類。寮にも差し入れをする気なので、大量に作った。もちろんシチューも大鍋で作ってある。
シチューが冷めてからを大きいタッパー二つに入れて、上に包み紙で軽く包んだパンを入れる。散歩がてら小春と寮に行き、差し入れを渡すと喜んで貰えた。
前回の差し入れのタッパーを受け取り、寮を後にする。
「喜んでくれてよかったね、お兄ちゃん」
「そうだな。飢えてる感じしたよな」
「そうかな。お兄ちゃんが昨日も差し入れしたし。大丈夫だと思う」
「小春、うどんは消化が良いんだ。姫ちゃんはともかく、男二人は足りないよ」
「お米あるよ?」
「あ。そっか」
だが、多少足りなくても飯を食ったあの二人が更に米を炊くとは思えないんだよなあ。
他愛のない会話を小春と楽しみつつ、ほとんど視線のない住宅街を横に通り過ぎようとしていたその時。
「っ!駄目っ、切れない!お兄ちゃん、アパートまで走って、早く!」
小春が急に声を荒げた。
脊髄反射で理解するより早く走りだした。小春が、カタカタと肩で震えている。
「早く、お兄ちゃん、早く」
なんだ?何か、来るのか?だから、急ぐように言っているのか?
小春が震えるほどの者が、くる?
『高位の者以外の郷の者に悪縁なんて結ばせないよ』
高位の者。
きっと、今の俺たちには抗いようもない者。逃げの一手しか残ってないと、小春が判断したんだ。
急げ、早く、早く。
アパートが左手に見えてくる。十字路まで、あと、少し。
「息災のようだな、小童」
進行方向を塞ぐように、ふわりと熱風が降りてきた。
覚えがある。この声は。
「最近調子に乗っておるとか。酔狂な便りばかりが届きおる。
少しばかり、付きおうてもらおうか」
「お兄ちゃんっ」
ダイジョウ。
小春が悲鳴を上げる。小春は知識を持っているから、おそらく前身の記憶がある程度はある。
ならば、ダイジョウは自分を滅したもの。だめだ。小春とは相性が悪い。
「おや、童はあの時の…。随分と風変りになっておるが、いやはやどうして、立派な福童。いとめでたきことなり。
―…じゃが。
我を遠ざけるには少しばかり、力が足りなんだのぉ?彼の方がお呼びじゃ。その小童、連れ行くぞ」
ダイジョウが刀に手をかける。
「小春っ」
一閃されてしまえば、小春は吹き飛んでしまうっ。強制的に雁木玉に小春を入れた。
「ほう」
ダイジョウは目を細め、刀に掛けようとした手を降ろし、楽し気に口の端を釣り上げた。
「まあ、よい。あまり時をかけるも無意味。参ろうぞ」
え。
次の瞬間、物凄い衝撃が襲い、空中に居た。
ダイジョウに俵のように担ぎ上げられている?視界が高い。眼下に郷の風景が広がっていた。
いつ接近されたのか、担がれたのか、地を離れたのか、分からなかった。
「かはっ」
衝撃に耐えきれずに、胃の中の物を吐き出す。
眼球が痛い。耳や鼻も痛い。全身痛い。
「おわっ、小童、我に掛けてなかろうなっ?何故、…そうじゃった。
人間は脆かったな」
俺にかかっていた圧か何かが霧散する。
ダイジョウが結界を張ってくれたのだろうか。助かった、と思うべきなのか。でも、今ここで気を失うわけにはいかない。
小春が、雁木玉から出てこようと必死になっている。
それを押止はしているが、空中で一回でも出てくれば、小春の軽さだ。吹っ飛んでしまう。
小春、今はダメだ、小春、待ってくれ。
頭が痛い。体の節々も痛い。腹が熱い。
男は一度も地に足をつけることなく、空中を滑るように渡っていく。
方角は北東。鬼の御殿も通り過ぎさらに北東。
空中に浮かんでいる鳥居が見えた。鳥居がずらりと連なり、鬼火が左右に灯っている。
「小童。じきに着く。
御前で粗相があってみろ、すぐさま祟ってくれようぞ」
いつのまにか鳥居を潜りぬけ、どこかの御殿のような所に降り立つ。
頭が割れるように痛い。やっと、ついた、のか?
乱雑に砂利に放り投げられて、そのまま転がり落ちる。
「立て、小童」
鷹揚に告げられるも、体は動かない。ああ、地面が有る。もう大丈夫。
「…小童?」
小春が雁木玉から飛び出してきた。
「お兄ちゃん!」
生身の体では最初のひっと飛びで既に限界ったんだ。
多分、ダイジョウの傍に居ることで、圧が軽減されるか、加護があったのか。嘔吐しかしなかったのは、運が良かったのだと思う。
「お兄ちゃん、どうしたの、お兄ちゃん」
遠くで小春の声が聞こえる。悪い、小春、少し寝るから。
ここは寒いから雁木玉に入っておいで。




