51.厨房
最初は何とかなっていたんだ。
まだ日中だったから、人数も数人。お浸しや煮物、焼き魚などを出しながら、談笑する余裕まであった。
もちろん、談笑しながら、仕込みの手も動かしていた。四時の時点で煮物の出来上がった鍋は七。
ムニエルなどの準備も出来たし、お浸しも三種類大量に作って横に重ねた。
二回目に炊いたご飯は焼きおにぎりにしようと、あらかじめタレを混ぜ込んで固めに炊き、握り済み。ホットケーキのタネもボール三つに作っている。
森津木さんはお造りを冷蔵庫に入れ、俺は好評だった唐揚げの下準備を再度する。小鳥少年は洗い物を頑張ってくれている。
そんな準備が午後六時には全てふっとんだ。
カウンターに置いた瞬間に料理は姿を消し、食堂は満員御礼だ。
六つある竈は全てフル稼働。
誰だ、シュウマイとか作り始めたの。俺だ。ちくしょう。中華蒸籠のでかいのを見つけちゃったんだよっ。
小春と「中華蒸籠が有ればいいのにな」って肉まんとかに夢を膨らませてたんだ。
「お兄ちゃんっ、肉まんもシュウマイも作れるよっ。私、レシピ覚えているの」って小春に言われてみろ、俺じゃなくても作るはずだっ。
竈の空きが無いなら下準備だ。
次の揚げ物は唐揚げと磯部あげ、野菜の素揚げ、魚の一口切り身揚げ。
小鳥少年にお願いして、火の番をしてもらいながら大根おろしを作ってもらう。その内、小鳥少年は、森津木さんがどこからか出してきた七輪で魚まで焼き始めた。
七輪は裏口のすぐ外に並べてあって、開けっ放しは寒いかとも思ったが、使用している火が多すぎて寧ろちょうどいい温度になったくらいだ。
「俺、洗い物に入ります」
「お願いするよ」
溜まりに溜まった洗い物も片さなければ。調理道具もここで溜まっている。
有り難いことに、ここは水道がある。これが井戸から瓶に汲んで、とかだったらゾッとする。
向かいの絡繰り屋が苦心の末、水道を作ったらしい。俺の知る水道とは違うのだろうが、使えればなんでもいい。
因みにこの絡繰り屋、俺たち迷い人用の電化製品等も苦心して作り変えたらしいので有り難い限りだ。
カウンターの空いた皿も下げて一気に洗い、水切りかごに入れようとするも一杯で入らない。隣に重ねて置いておく。ええい、今はどうしようもない。後だ後。
「お兄ちゃん、そろそろシュウマイも、良いよ」
小春に教えてもらい、シュウマイを見にいく。
一つ取り出して割ってみると、肉汁が溢れて、きちんと熱は通っているようだ。
よし。
一皿十個乗せ、蒸野菜も五種類を一つずつ添える。最後に小皿でタレを乗せて完成だ。それを六皿作りカウンターに置く。
「大変そうだから、少し手伝いにきたわ」
チトセが厨房に入って来た。助かる。
「「洗い物、洗い物をお願いしますっ」」
俺と森津木さんの言葉が重なる。
「え、ええ。分かった」
よし、ならさっき空いた窯で焼きおにぎりでもー…。既に埋まっていた。
「岩兄ちゃん、焼くものあるなら、七輪空いたよ。焼き方教えてくれたら、俺焼くけど」
小鳥少年が天使のような言葉を宣う。
「小春、頼む」
「あい」
焼きおにぎりの皿を一つ持っていき、空いた皿を十枚取り出す。
「小鳥少年、焼き方は小春がレクチャーする。焼いたら皿に三つずつ乗せてくれないか」
「了解。小春よろしくな~」
「頑張ろうね、小鳥お兄ちゃん」
野菜炒めの下準備を終えると、小春が小鳥少年にレクチャーを終えて戻って来た。
野菜炒めの材料を全て森津木さんに回す。
「小春、餃子を作ろう」
「あい」
森津木さんに餃子を作ることを伝え、材料を揃え、韮を刻みながら、チトセに聞いてみる。
「すごい勢いで食べてません?今七十人いたりします?」
「ああ…。居るわね、多分。入り口でシロが番をして入場料で五万とってるわ」
「五万!?」
「当たり前でしょう。商店街仲間で、一人二万の会費よ。酒は各自で持参だけど、商店街の者は酒屋の裏口で二樽まで受け取れるわ。それも込み。場所代だってただじゃないし、厨房の調味料とかもあるから、居酒屋には十五万払うのよ。この分だと増額ね。
でもね、問題はこの食い放題よ。ここに持ってきた食材は半分も使い切れないだろうと思ってたの。外のキャリーのお勤め品の野菜も、余っちゃうだろうなって。
でも、もう空じゃない。想定外の消費よ。
商店街の者も私を含めて食べ過ぎている自覚はあるのよ。でも止まらなくてね。供物って凄いわぁ。お酒が美味しいったらありゃしない」
そう言われると、悪い気はしない。
冷えている玉ねぎをみじん切りにしながらにやついてしまう。
「で、供物を肴に美味い酒が呑める環境ってのはすぐに広まっちゃたらしくて。
私たちは商人だからね、ついつい、調子に乗っちゃて。
酒屋は裏口で商いを始めたわ。飛び入りに最初二瓶、ただで渡すの。でも足りない。欲しくなって買うでしょうね。その内手持ちが尽きるわ。早々、持ち歩かない。するといったん帰らなくちゃいけない。で、戻って来たらまた入場料を取るのよ」
ぼったくり…。いや、この郷では咎められたりしないんだろうけど。
「私は持ち寄った食材の売り上げを、お勤め品でも通常価格で貰えるし、八百屋も肉屋も魚屋も今は店のお勤め品を出し終わって高笑いが止まらないわよ。途中で食材の補充がきたでしょう?」
「そういえば、七時くらいに増えてたな…」
「シロだって、入り口の番で幾分か入ってくるし、他のだって、カウンターの前で待機して、料理運んだり、空いた皿下げたりしているわ」
「まさかの、供物居酒屋営業中」
「あら、うまいこというわね。その通り」
ケラケラと、機嫌よさげに皿を拭いているチトセの斜め向かいで、俺は韮を刻み終わり、ミンチに他の具材と混ぜ始あわせて投入した。
「岩木、餃子の進捗は?」
ジュワッと音をさせながら、森津木さんが聞いてくる。あれは何だろう。最後に片栗粉を入れている。中華かな。
「まだネタ作り中です。あと五分ほどで包みに入るくらい。一回分だけでも先に回しますか?」
「いや、先に唐揚げをしよう。貰っていくよ」
「磯部あげ、魚の一口切り身、野菜の素揚げもお願いします」
「分かった。この並んでいるもの全てだね」
チトセはカウンターの皿を下げて、洗い物をしようとしてくれたが小鳥少年が声を上げる。
「待った、チトセ姉ちゃん。焼きおにぎり、カウンターに持っていって」
小鳥少年の後ろの机に焼きおにぎりの皿が並んでいる。
「待った、チトセ。一旦こちらに持ってきてくれ。沢庵を乗せる。それからカウンターに」
夜十時
一向に消費スピードが落ちない。
俺はパンケーキを焼きながら、小鳥少年は帰らすべきか、それともこの場で仮眠を取ってもらうべきか悩んでいた。
「森津木さん、小鳥少年、上がってもらいます?帰り道が危ないから、ここで仮眠を取ってもらうとか」
「うーん。本人に聞こう。小鳥、聞こえてるだろ?どうする?」
「俺、いつも寝るのは一時や二時だし。鬼族の宴の時は朝方まで起きていて、昼過ぎまで寝てるよ。大丈夫」
「そうか。小鳥少年、眠くなったりしたらすぐ言ってくれ」
「うん、そうする。有難う」
小さなパンケーキを次々に焼く。
焼けたパンケーキは後ろで森津木さんが盛り付けをしてくれている。
一皿五枚。泡立てておいた生クリームとカット苺を乗せ、端にメープルシロップを入れた小皿、角切りバターを添える。
「チトセさん、悪いのですが、一皿味見をしてくれませんか」
森津木さんの紳士力が発揮された。チトセさんは嬉しそうに「さすが、森津木ちゃんね。任せて」と食べ始める。
あれができるとモテるのか。覚えた。
俺たちは、形の崩れた焼きおにぎりを少し前に摘まんでいる。
チトセさんが、「賄飯すら作る時間が無くてごめん」と言っていたが、構わない。
どうせ失敗したものは俺たちの胃に入るのだ。事前に、失敗作は食べていいと許可を貰っているから、最初からのそのつもりである。
キャベツの千切りをしていると、厨房に見知らぬ人が入って来た。
「やぁ、コンバンハ。これ、使えるんじゃあなかろうかと思い至って、持って来たんですわ」
その男は両脇に大きめのホットプレートを持っていた。
「あら、カラクリ。それなに」
「竈の数が足りてねぇって聞いたんでさ。火ぃ通すことが出来ちまう、からくりさぁ」
カラクリ。ということは絡繰り屋の主か?
手を止めて挨拶をする。
「初めまして。俺は迷い人の岩木です。こっちが」
「小春だよ」
「「よろしくおねがいします」」
小春と二人、ペコリと頭を下げる。
「ご丁寧にぃどおぉも。あっしはカラクリって呼ばれてまさぁ。絡繰屋はあっしの店。
迷い人の来訪をいっつでも首ぃながーくして待ってるんですがねぇ。今度、お越しになってくださいやあ。お話しきかせちゃあ、くれませんか」
「カラクリ。そこまで。岩木。手、動かして」
チトセが割って入った。頷いて千切りを再開する。
「で、岩木、このからくり、使える?」
「ホットプレートですよね。大歓迎ですよ。ちょうどいまキャベツ切っているんで、お好み焼きしちゃいましょう」
「良し。カラクリ、これ、借りるわよ。貸出料は火石込みで三万。どう?」
「毎度有り~」
おお、貸出料はきちんと払うんだな。そんなに利益が出てるのか?
「岩木、お好み焼きなら、ソース要るわね?賞味期限が近いお勤め品があったから持ってくるわ。ついでに焼きそばも賞味期限近いのが有るのよ。持ってくるから使って」
どうやらチトセも乗るようだ。
「それなら、焼きそばのソースもあるかな?塩焼きそばとソース焼きそばを作ろうと思うのだけど」
「あるわよ。一緒にもってくる。待ってて」
「あ、カラクリさん。その台にホットプレート置いてください。先に言っときますけど、プレートに傷がつきますよ?」
「使ってなんぼさ。織り込み済みだぁし、思う存分役立てってくれたら、重畳」
「有難うございます」
「岩木、今作ってるお浸し三種が終わったら、焼きそばの具を僕が用意するから、お好み焼きの合間に作ってくれ」
「分かりました。ホットプレートをそれぞれお好み焼き、焼きそばで分けますね」
「じゃあ、あっしはこれで」
「「「有難うございました」」」
俺はお好み焼きの生地作りに取り掛かった。




