49.食事
「やりきった…」
「やったね、岩兄ちゃん」
「小鳥少年もお疲れ」
「正味三時間くらいだったのに、凄く疲れたね」
アパートの六号室。
俺の部屋で三人とも死屍累々と伸びている。
正午過ぎに、俺たちはカエデさんに送ってもらい、アパートに帰って来た。
あの移動方法は危険だ。特に腹が満杯のとき。
大皿は二枚ともすっかり綺麗に平らげることが出来た。
ただし、平らげたのは鬼の人達だ。皿の美しい模様が全貌を現した時など、得も言われぬほどの感動だった。
「お兄ちゃん、お腹膨れたね。良かった」
小春用にと色々お土産ももらい、何と、小さめのイ草までもらえた。これで小春を、あのタッパー布団から出してやることができる。
「急場は凌いだけれど、次回からも大皿が出てきそうな気がするのは僕だけだろうか」
「出てくるよ。最後、列になってたじゃん…。俺、初めて口空けた行列見たよ。
岩兄ちゃん、こんなんだから、変な噂ばっかり流れるんだよ」
「俺のせいにしないでくれ。最初に唆したのは森津木さんだろ」
「あれ以外に、解決策があったなら僕こそ伝授してほしかったよ」
「じゃあ、言うけど。供物にするなら、取り皿ごと渡せばよかったんだよ。
少なくとも岩兄ちゃんは、食べさす必要は無かったんじゃない?」
「「……」」
オロオロとしている小春が、話題を変えようと頑張って話を振ってきた。
「お兄ちゃん、私、お姉ちゃんたちと仲良くなれたよ。
お兄ちゃんは、鬼の誰かと仲良くなれた?」
強いて言えば、カエデさんとエツバさんくらいか。
その二人も少し話しただけで、途中からは口に物を放り込んでいたからー。
「あ。俺、ほどんど鬼の人達と会話してない。あんなに、人数いたのにっ」
ああっ、なんて阿保なことをしたのか。折角、小鳥少年がくれた、チャンスだったのに。
「…まあ、いいんじゃない?」
「うん、悪印象は持たれてないと思うよ」
この二人の生暖かい視線も慣れて来てしまったよ、小春。
午後三時。
ようやっと、腹が落ち着いてきたので、三人でうどんを作り始める。
作っているうちに腹を減らす目論見である。一晩寝かせたりとか、いろいろあるが、俺たちが作るものは、基本そんなにきっちりしてないものが多い。食べられればいいのである。
それでも存外、上手くいっている気がする。晩飯には間に合いそうだ。
俺は断然素うどん派だが、小鳥少年は月見うどん、森津木さんはかき揚げをわざわざ作って乗せていた。
「岩木、しっかりしたうどんじゃないから、何か入れた方がよくない?」
「うっ、そう言われると…。一口食べてみてから、厳しかったらワカメと七味を入れようかな…」
一月三日。
この郷では、三が日を過ぎたら「はい、仕事」という風習は無い。
七日くらいまでは働かないし、管理舎は八日からだ。食料品店だけは、チトセの気分次第で開くこともあるらしい。
朝一で、皆で山に散歩に行き、いったん帰り、昨日多めに打ったうどんの残りと、夜にハイテンションになって作ったカップケーキとじゃがいものスティックの焼菓子を寮に差し入れに持っていく。
たまにはしょっぱいお菓子も有りだ。
寮組はロビーで和気藹々と言い合いをしていた。
「明けましておめでとう。これ、昨日作ったうどん。
もし固かったら顎の運動だと思ってくれ。むしろ焼いても良い気がする。水筒にはうどんの汁を入れているけど、水筒はすぐに返してほしい。他に菓子も入れてる」
「わ、さんきゅーな」
後輩と姫ちゃんが紙袋の中を確認してワイワイしている。
「先輩、食料足りてます?」
「微妙なとこ。ま、量を減らせば問題は無いが、アイツらが可哀相でな。うどん、助かった。欲を言えば惣菜もくれ」
「おお、直球。そうですね。俺も最初はてっきり四日から平常に戻るのかと思っていたのに、この郷、当分休みですもんね。管理舎は八日からだし」
「待て。今、なんっつった?」
「…管理舎は、八日からですよ。言っときますけど、俺、食堂の営業再開日は確認してないですよ」
「なんだと?お前、一週間って言ったじゃないか!」
「言いがかりはよしてくださいよ。俺は『年末年始は食堂も一週間は開かないと思うから、ちゃんと備蓄しないと、飢え死にするぞ』って言ったんですよ。
最短期間が一週間です」
「ああ、そうだった気がする、そうだったなっ、やっば」
後輩と姫ちゃんが先輩に寄っていく。
「センパイ、ご飯、厳しくない?」
「食堂…。今の話まじっすか?」
「しくじったな」
どうする?どうする?と三人が頭を寄せて考え始める。
今が三日。少なくとも五日は必ず自分たちで用意をしなければならない。
これは、もしかして。
「あの、備蓄、もたないの?」
六つの目がこちらを向く。後輩が「明日までは何とか」と口を開く。
「年末に、渡した餅全部食った?」
姫ちゃんが「だから、明日までもつのよ」と頷く。
こいつら、今日までの食量しか備蓄してなかったのかっ。
「…米と塩は、有るんだろ?」
「米ならもう僅かだよ。なんせ三人で食べているからね」
「なら、なおさら買っとけよ!」
アハハーと三人が視線を逸らす。
俺だって、そんなに多く余分に備蓄はしていない。冷蔵庫にも冷凍庫にも容量があるのだから。
野菜類は発泡スチロールに入れて、ベランダに置いているとはいえ、それでも限界があるのだ。
「取りあえず、今日の昼飯はうどんを食えばいい。一食分は浮くだろう?」
全員頷く。
「食料品店は、店主の気分次第で、四日以降なら開くかもしれない。けれど、開くとも限らない。寮はどんだけ食料あるの?」
三人が顔を見合わせて、先輩が口を開く。
「米は後一食分。味噌はあと二、三回分はあるな。出汁用のにぼしは、まだ有る。
サプリメントは三人分が二食くらいか」
……?サプリ?
「先輩。ここ数日の、いえ、今朝の朝飯、もしくは昨日の夕飯を教えてください」
「ご飯と、具のないみそ汁と、サプリ」
ごはんと、ぐのないみそしると、さぷり。
駄目だ、この人たち、きっと売店以外で買い物してない。そりゃあ、食堂を心待ちにするわ。
「食料を買い込まなかった理由を聞いても?」
「サプリを売店で買い込んだよ?サプリ、高いんだよ。一人分、一食千円するし」
そりゃあ、元々高いもので、需要が迷い人にしかなかったら更に高いだろうよっ。
そんなの買ってたらすぐに金欠になっちまう。それに、さっきの、量を減らせば問題ないって、米と味噌汁のことか?
この育ち盛りの二人の量を減らすのはそりゃあ、心苦しいだろうよ。
この二人も一体何してんだ。
「後輩と姫ちゃんも、君たち二人はなぜ、食料を備蓄しない。何故、先輩に頼りっぱなしなんだ」
「俺、今までは食堂以外は売店の飴とかだったから。むしろ先輩にサプリとれって言われて、栄養面では豪華になったよ」
「私は食堂以外はもともとサプリだったし。先輩にお米と味噌汁を飲めって言われて、食事面では豊かになったわね」
あああああ。
先輩、アンタ、頑張ったよ。偉いよ。
「俺はアパートに、未開封の米が有る。でも、今使っている米ももう切れるから買ったもので。全部は無理だ。三千円の米だから、半分を千五百円で譲っても良い。半分で多分三キロから四キロ。どうする?」
どうする?どうする?と三人が相談する。
小春が「お兄ちゃん、ごはん、あげるの?」と心配そうに腹を見つめてくるので「今は腹いっぱいだから、大丈夫だよ」と伝える。昨日も散々食べたし。
「岩木君。買わせてほしい」
「分かりました。今から取に戻って持ってきますね。ちょっと待っていてください」
「悪い」
一旦アパートに戻り、米を計ってみたら七キロ強あった。
四キロを袋にとりわける。多めに渡そう。他にも白菜と小袋に増えるワカメを入れて寮に戻る。
ロビーでは欠食児童たちにお礼を言われ、代金を受け取った。
サービスの白菜とワカメに先輩だけが嬉しそうな顔をした。しょっぱい。
いそいそと味噌汁に白菜とワカメを入れる先輩が想像できる。じょっぱい。先輩頑張れ。
「お兄ちゃん、寮の迷い人は料理をする気が無いの?」
帰り道に小春が聞いてくる。
「多分ね。先輩だけは、何とか食わしたいと思っているようだけど、後輩と姫ちゃんは食堂とサプリで十分だと思っているんだろうな」
「さぷりってなあに」
「栄養を補う食品だよ。…食品なのか?小さなカプセルに入った薬?色々な種類が有って、彼らが飲んでいるのは一食以上の栄養素が補える物なんだろう。本来は食事の補助、摂取しにくい栄養素を補うためのものだけど。栄養面だけで言えば、俺よりもきちんと摂れているかもしれないな」
「かぷせるって?」
「うーん、何だろう、あれ。そのまま飲込める小さな入れ物、かな」
「ふうん。お兄ちゃんは、止めてね。お野菜は、大地の恵み。食べることで、大地の力が巡るの。
木の実やきのこだって、恵みだよ。食べ物は須らく巡る恵み。お兄ちゃんに必要なものだから」
「そっか。分かった。心配してくれて有難うな、小春」
「あい」




