48.鬼族の宴
「岩兄ちゃん、カエデ兄ちゃんに聞きたい事って何?」
「ああ。何食ったらそんなにデカくなれるのかと思って。二メートルまでは望まないけど、百八十は欲しいんだよな」
銀さんだって長身だ。鬼族は皆デカくなりやすいのか?
「岩木、僕と同じくらいだよね?」
「多分。最後に計ったのが百七十三でした」
「迷い人は皆小せぇからなぁ。大きくなりたかったのか。
だが、別にこれと言ってねぇかな。強いて言えば、なんでも食うことか?」
「やっぱり。大きい奴は皆そういうんだよ。これと言ってない、って」
小春に伊勢海老を割き、カエデさんの皿にまた適当に取り分ける。
森津木さんが俺の皿に大皿から取り分けてくれたので、今度はきちんと俺も食べる。
「そもそもさ、郷の人って、生まれたときから大きいの?
人間みたいにだんだん大きくなるの?何かを吸収して合体して大きくなるの?」
「そりゃ、イワキ、それぞれだよ。
鬼族でいえば、大体は赤子から子供。子供から大人だな。俺もそうだ。まあ、例外はいくらでもあるけど」
何でもありってことか。
「あ、このタケノコの煮物、美味しい。小春もちょっと食べてみてよ」
小春の皿に、小さなタケノコを乗せる。
「この黒豆、良い味出てるよ。岩木、食べなよ」
森津木さんが黒豆を皿に乗せてくれた。
「森兄ちゃん、この煮しめ、森兄ちゃん好みだよ。はい、あげる」
「有難う、小鳥。お礼に卵焼きを取ってあげよう」
「あ、嬉しい。届かなかったんだよね」
「なんか、ひいな遊びみたいな空気が出来上がってるな、ここ」
「可愛くて、良いんじゃない?」
酒瓶を持った男女の双子がカエデさんの後ろから顔を出した。
「私はオウランと呼ばれるわ」
「俺はエツバと呼ばれるな」
「見ての通り双子なの。よろしくね」
珍しい髪色だ。黒寄りの青。光の下では青みが強く出るが、影に入れば黒髪にしか見えない。
身長は流石に男女差があるものの、一見で双子だと分かるほどにそっくりで、中性的な顔立ちをしている。
見た目は俺と同年代に見えるくらいで、銀さんのような華はないが、まあイケメンと綺麗系の女の子だ。
「あ、初めましてこんにちは。俺は岩木って呼ばれてます。こちらこそよろしくお願いします」
「私は小春だよ。よろしくね」
「小春!生まれたてねっ。可愛いわ~。ちょっとお姉ちゃんのとこにいらっしゃいな」
小春はぴょいっとオウランさんの掌に飛び乗った。
「ああ、可愛い~。小春、お姉ちゃんと向こうのお部屋でお話ししましょう?」
「え?ううん、お兄ちゃんの傍、離れないよ」
「大丈夫!エツバを置いていくわ。小春が岩木君の傍に帰るまで、きちんと守るから、ね?」
小春が少し考え込んで返事をした。
「…それなら」
「よっしゃ。イワキ君、ちょっと小春ちゃん借りるわよ。お人形用に昔作った服が有るの!あっちで皆、集まってるから、ね、お願い」
服と聞いて、小春が嬉しそうな顔をする。女の子だもんな。うん、俺、服までは作れないし。小春が俺から離れて遊ぶことのできる状況なんて滅多にないだろう。
「小春、お行儀よく出来る?」
「あい」
「じゃ、行っておいで。オウランさん、よろしくお願いします」
「もちろん!お昼にはきちんとお返しするから!」
小春はオウランさんの肩から見えなくなるまで手を振ってくれたので、もちろん俺も手を振った。
「礼を言う。オウランたちの我儘を聞いてくれて有難う」
エツバさんがはにかみながら、腰を下ろす。
「カエデ、酒、持ってきた。横に避けてくれ」
「おう」
「初めまして?岩木。噂はかねがね」
「初めまして、エツバさん。噂って何ですか。俺、自分の噂でろくなの聞いたことが無いんですけど」
「なるほど、確かに、臆さずに我らと話すのだな」
「そりゃあ。小鳥少年が連れてきてくれたところだし、挨拶してくれて、話の通じる相手に怯えたりしませんよ」
黒豆を口に放り込む。美味い。もう少し食べたい。
「岩兄ちゃん、普通、迷い人は怯えるんだよ」
「小鳥だって似たようなものだったと思うけど」
あ、エツバさん、取り皿無いのか?食べてない。
「もう、森兄ちゃん、茶化さないでよ」
エツバさんにも適当に盛り付けて渡す。カエデさんの皿、すでに空いてる。早いな。
「有難う。結構愉快なのが流れているな」
「詳しく」
「そうだな、他の迷い人の子供に公衆の面前で土下座させたとか。布団を縛り付けて背負わせて市中引き回しにしたとか」
ブフっと隣から音がする。森津木さん、またか。
「俺はその件については被害者ですから。加害者にしないでいただきたい」
「そうなのか。あとは郷の者を集めたうえで、結界を張り、供物を作り始め、匂いだけ嗅がせて高笑いをする趣味が有るとか」
「言い回しに悪意を感じる」
小鳥少年がそっと顔を背けた。
「さっきの小春で人形遊びを嗜んでいるとか」
「事実無根ですね」
「足しげく買い物に行き、チトセ殿を口説いているとか」
「なにそれ羨ましい行動力」
「寮の迷い人を一手に牛耳っているとかなんとか」
「どこから出たんですか、その権力」
「なんだ、ほとんど法螺ではないか」
「それが全部本当だったら、今頃俺は、色んな意味で夢の島に飛び立ってますよ」
カエデさんが、空の皿を出してくるので、これでもかと適当に盛って返す。
「さっきから、静かだけど、カエデさんも、何で喋んないの?」
カエデさんはにいっと笑って酒瓶を振る。
ぴちょぴちょと、可愛らしい音がする。…可愛らしい音しかしない。つまり、ほとんど空。カエデさんが持ってきた分の酒はもちろん、今振ったのはエツバさんたちが持ってきた酒瓶だ。
「あ、カエデ、てめえ、よくも」
気付いたエツバさんが立ち上がって抗議の声を上げるもカエデさんはどこ吹く風だ。
「はっはっは。まあそういきり立つなよ。ちょいと、酒を調達してくっから」
カエデさんはのそりと立ち上がり、迷いのない足取りで歩いていく。
「ああ、もう、やられたっ」
地団太を踏むエツバさんを小鳥少年が宥める。
「まあまあ。カエデ兄ちゃん、きっと新しいお酒は樽で持ってきてくれるよ。
風が強くなったから、理由をつけて風よけ用の樽を取りに行ってくれたんだ」
エツバさんは微妙な顔をして、座り直した。
「いや、確かにカエデは樽を持ってくるだろうが、そもそもカエデがいれば風よけは…。
…何でもない。小鳥、しっかり食ってるか」
あ。飲み込んだ。流石大人。
「うん、もらってるよ」
「今日はあんまり喋らないんだな」
「兄ちゃん達の会話聞いてる方が面白かったから、つい」
「そうか。だそうだぞ、岩木。良かったな、面白いといってもらえて」
「そこで俺に振るのは何でですかね」
「今の内に食べておけ。森津木も。あの飲み比べが終わったら、多分、ここに数名ちょっかいかけにくるぞ」
広間中央は人だかりで窺い知ることは出来ないが、盛り上がっていることは分かる。
どうやら、たまに飛ばされる人は寝落ちした人達らしく、飛ばされた先でスヤスヤと眠っている。俺が見る限り、飛ばされた衝撃で起きる者はいない。
「酔っ払いの集団だからねー。岩兄ちゃん、今の内にもりもり食べちゃってよ」
「じゃあ、遠慮なく」
皿に数の子を盛り、食べ始める。
「そうだぞ、岩木。この皿は女たちがお前のために盛り上げた料理だ」
「岩兄ちゃんのため?」
「もともと、客人に出す皿を準備はしていたが、ここまで山盛りでは無かった。
広間に酒を運んでいた女が、お前の骨と皮を見て、裏方に伝えたのだ。
『新しい迷い人、生まれたてに食わして、カエデに食わして、自分は料理をほとんど食えてない。しかも、腹が骨と皮だった!』とな。
鬼の宴に呼んでおいて、空腹で帰すなど末代までの恥。
盛れ、横が無理なら上に盛れっと女たちはこぞって息巻いていた。むしろ途中から如何に大量に盛ることができるかという趣旨になってしまっていたな」
それで、この量か。
「良かったな、岩木。女性からの贈り物だ。たんと食え」
朗らかに森津木さんが言ってくる。
「森津木。お前もだ。最初からこんな大皿を用意していたのはお前も細すぎると女たちが不満だったからだ」
森津木さんは普通の食べ盛りの人間男だ。そんなに大食いではない。今すでに結構満腹のはず。だが、大皿は上の方と、俺がいる側の横が崩れただけでまだまだ存在感を主張している。
「森兄ちゃん、盛ってやるぜ?」
小鳥が要らんちょっかいをかける。
「小鳥、お前もだ。食え」
ブーメランで返ってきた模様。小鳥少年は「ぐ、」と詰まったもののすぐに言い放った。
「よし、岩兄ちゃん、俺が許す。エツ兄ちゃんにも、これから来る皆にも、口に食べ物を放り込むんだっ」
「任せろ」
俺の鍛えられた箸さばきの腕を見せてやろう。即座にエツバさんの口に手毬寿司を放り込む。
「む」
「岩木、岩木の放り込む腕前はかなりのものだけど、タイミングを見るのは面倒くさいだろう?放り込む前に一瞬だけ『呼んでくれてありがとう』でも何でもいいから、謝意を込めて軽い供物にしてしまおう。
岩木の想いは質が良いから、作ってなくてもどうにか籠るだろうし、そうすれば、相手が勝手に口を開いてくれる。
ちなみに、鬼族は牛を飼っているから、牛乳とかの乳製品は鬼族産」
森津木さんのえげつない援護射撃が来た。
よし、なら、いつも美味しい乳製品をありがとうだな。
「じゃあ、俺が岩兄ちゃんに食わせてやるよ。もう伊勢海老で腹いっぱいなんだもん」
うわ、なんて贅沢な腹いっぱい。
「待て。小鳥。僕だって満腹だ」
「やだよ!食べてなかったら、また食え食え言われちゃうじゃないか」
「お、なんだなんだ、喧嘩かぁ?元気があって良いことだ」
樽を両脇に抱えて、カエデさんが戻って来た。
「よし。小鳥。カエデさんに『あーん』攻撃だ。カエデさんならいくらでも食べる」
「任せてよ」
「僕は二人分を取り分けながら岩木に食わすから」
「森津木さん、俺、自分では作れない料理とか、手に入りにくい食材が良いです。あと、食わせてもらわなくても自分で食えますから。でも、可能なら合間にお茶も注いでほしいです」
「お任せあれ。カエデさん、樽をこちらに。僕が注ぎましょう」
樽って。風よけじゃ無かったの?
その後、小春が帰ってくるまで俺はひたすら「乳製品をありがとう」と、隣の人の口に次々と料理を放り込んでいった。




