47.鬼族
「岩兄ちゃん、叫ばなかったな。もっと大騒ぎするかと思ったのに」
「いや、驚き過ぎて、放心状態だったんだよ。俺、バンジージャンプとか無理な人。
怖いの。先に言ってくれよ。心臓止まったらどうすんの」
小鳥少年はケタケタと笑いながら、カエデさんから飛び降りる。
俺は自分で降りるという発想も無くて、降ろしてもらった。
「小春ー、小春ー」
「あいっ。お待たせ、お兄ちゃん」
出て来た小春に頬ずりをする。キャッキャと可愛く笑う小春に癒される。このまましばらくこうしていたい。
「岩木、岩木、ショックだったのは分かったから。とりあえず、カエデさんにお礼言って、立ち上がろう。あ、立てる?」
「森津木さんも、何で言ってくれなかったんですか。ひでえ。立てますよ、なんとかねっ」
「いや、あれでも、僕、岩木の分の結界を張ってあげたのだけど。じゃないと、大参事だったろうし」
「あ、やっぱり。生身であのスピードに耐えられませんよね。有難うございます」
俺たちのやり取りを面白そうに見ているカエデさんにお礼を言う。
「凄く早くて高くて驚きましたけど、運んでくれて有難うございました。
小春も、マフラーもおかげで無事でした」
ペコリと頭を下げる。
「ははっ。これは、また剛毅だな。
悪かったな。初めて運ぶ奴は大体面白い反応をするもんだから、癖になっちまってよぉ。」
この人、全然、悪いと思ってないな。
「ほら、ほらっ、早く行こうぜ。早くいかないと、伊勢海老無くなっちゃうだろっ」
御殿は広く、教科書で見た昔の平安の貴族の家みたいに広かった。
手入れの行き届いた庭には、椿が雪の下から覗いている。小鳥少年とカエデさんに先導されるまま、廊下を渡る。
これ、もしかして、飲み会場も床なんじゃないか。上座にしか、畳みは無いとか、そういう…。ガヤガヤと賑やかな音が近づいてくる。
てっきり、二の会場あたりかと思っていたのに、もしかしてメイン会場。
戸を開け放っているのだろう、どんちゃん騒ぎが聞こえて来た。開け放たれた大部屋からは、酒瓶が宙を舞い飛んでいく。間違いなく、酔っ払いの集団。
小鳥少年が躊躇いもせずに入っていった。
「たっだいまー!森兄ちゃんと岩兄ちゃん、小春も連れて来たぜっ。
まだ伊勢海老ある?取っててくれた?」
中に居た数人の視線が集まる。
「新年明けましておめでとうございます。お言葉に甘えて、お邪魔します」
森津木さんが挨拶をする。
「あ、明けましておめでとうございます。俺は岩木って呼び名を貰いました。
よろしくお願いします。今日は誘ってくれて有難うございました」
「小春だよ。誘われたから、来たの。よろしくね」
小春がやけにフレンドリーな挨拶をした。
え。じゃあ、この人たちそんなに怖くないの?
「小春、明けましておめでとう。よく来たね」
上座に近いところから、見知った人影が近づいてくる。
「銀さんっ」
小春はぴょいっと飛び降りて、銀さんに駆け寄っていく。
銀さんは小春を掬い上げて、手のひらに収めたままふんわり笑う。美形の笑顔って凄いよな。現世だったら絶対にグループが違う。
「岩木さんも。明けましておめでとう。強引に呼んでしまって済まなかったね。
森津木さんも。いつも唐突で迷惑を掛けるね」
「いいえ。これ、宜しければ、どうぞ」
森津木さんが紙袋を渡したのを見て、俺も慌てて渡す。
「あの、これも。全部甘味ですが、良かったら」
「おや、二人とも有難う。誰か、ある」
銀さんが声を掛けるとすぐに、女の人が寄って来た。
「これを。皆で食べなさい」
「はいな。すぐに、お出ししましょうね」
女の人は紙袋を持って下がっていく。
「岩木さん、ここは吹き抜けの部屋で寒いでしょう。
挨拶回りや、酌回りは不要ですので、そちらの端に扉を残している場所で飲み食いして行ってください」
見ると、部屋の右下に、戸が残っている箇所がある。風よけだろう。
そこだけ敷物が敷いてあり、クッション、ひざ掛け、火鉢完備だ。その空間だけが大広間で浮いている。なんだ、あの妙な空間。
「ふふ、不思議ですか?
あれは以前、加護まで与えて可愛がっていた小鳥を、宴に参加させ、寝込ませてしまった鬼たちの『人、すぐ倒れる。弱い。脆い』という認識で出来上がった、人間のための一角ですよ」
銀さんは、お酒を大分飲んでいるのか、いつもより饒舌だ。
「じゃあ、お言葉に甘えまして。移動させてもらいますね」
「はい。では私はこれで」
「銀さん、会えて嬉しかったよ、またね」
ぴょいっと小春が戻ってくる。
銀さんを見送った後、森津木さんと一緒に風よけのある場所に移動した。
「あ、森兄ちゃんたち、グッドタイミングだよ。伊勢海老貰って来た。食おうぜ」
小鳥が大皿を抱えて得意げにニヤリと笑う。横にはカエデさんが酒瓶を三つぶら下げて一緒に来た。
俺、森津木さん、小鳥少年の並びでコーナーを陣取り、火鉢を挟んでカエデさんが腰を下ろす。
「おう、俺も混ぜてくれよ。イワキも酒は飲めないのか?」
「残念ながら、まだ飲めませんね」
「そうか、やっぱり人間は面倒くせぇな。ミセイネンなんだろ?
まだ小さいもんなぁ。体が出来上がるまでは酒は良くないなんて、弱すぎて同情しちまうよ。ちゃんと食ってるかあ?いっぱい食って大きくなるんだぞ」
「お兄ちゃん、お兄ちゃんはご飯が足りないから、お腹が抉れているの!お酒飲んだら倒れるかもしれない!」
小春が叫んだ。
小春、小春、ここでそんなことを暴露する必要は無いし、たとえ飲んでも倒れたりはしないと思う、多分。
「なんだと、子供の腹は丸いもんだろ。持ち上げたときにいやに軽いと思ったが、お前、森津木並みに薄っぺらいのか!死ぬぞ!」
「人のこと、薄いとか失礼ですね。僕は岩木よりは厚いですよ」
「なにっ、お前、森津木より薄いとか、腸入ってんのか、それ。ちょっと腹見せてみろよ」
火鉢を横に避けて、距離を詰めて来た。冗談。
「小鳥少年、小鳥少年、カエデさんはどんだけ飲んでるの。顔はいたって普通だけど、もしかしてもう出来上がってるの。ちょ、やめろ、服を捲ろうとするな」
「そりゃ、かれこれ三日三晩は飲み明かしてるからね。そもそも、それ、平常運転だよ。諦めなよ、岩兄ちゃん」
「そんな、森津木さん、ヘルプ」
「僕の腹の名誉のために、犠牲になりなよ」
「ぎゃー、捲るなっ。俺は初めて来たよそ様の家で、腹を出して喜ぶ趣味はねえぇっ」
結局、あっという間に腹を出して、他の集まって来ていた鬼族の人にも「骨と皮」「これでは腹踊りも出来まい」という感想を貰った。
「まあ、これ食べて、元気出しなよ、美味しいよ」
と森津木さんが伊勢海老を食べやすく割ってくれたものをくれたので、いそいそと腹をしまい、有り難く頂戴する。
「小春、これは美味しい伊勢海老と言う。高くて俺は食わしてやれないから、食べてごらん」
小春用にチョイチョイと身を割いて、渡す。
あぐあぐと食べて「美味しいっ」と喜ぶ姿が可愛い。
隣ではカエデさんが「そんなに、貧しいのか」なんて見当違いのことを言っていて面倒くさいのでので黙らすために口に伊勢海老を突っ込む。
「小鳥少年、この人間保護コーナー、凄いな。火鉢まである」
「うん、俺が前に寝込んじゃったんだよね。それ以来、皆、気にしてくれるんだ。
一時期、このコーナーには屏風と布団まであったんだぜ」
「それは凄い」
「それにしても、銀さんって鬼族だったんですね。知らなかった」
「ああ、分からないよね」
小春は次々と割かれて置かれる伊勢海老の虜になって、無心で食べている。
なるほど。小春の好物は伊勢海老。
…済まないな、小春。ここでたらふく食べて満足してくれ。
隣のカエデさんには喋る隙を与えない。今も酒をグイッと煽って口を開いた瞬間に昆布巻を突っ込む。
そろそろ、大皿も空になりつつある。火鉢でゆっくり餅を焼こうか。
にわかに、広間が騒がしくなった。
歓声に次ぐ雄たけび。囃し立てる声がそこここであがる。見ると、中央に人が集まり、余興か何かが始まるようだ。何だろう、気になるな。
少し前かがみになったとき、隣からばちこーんと大きな音がした。
「カエデ、あんた、こんな骨と皮の出涸らしの子からずっと、食べ物もらって!
この子全然食べてないじゃないっ」
あ。さっきの、銀さんが紙袋を渡した女の人。
後ろの廊下には大きな皿に山盛りの料理が二皿置かれている。広間に運びに来たのだろう。
小春が「ハッ」としたように伊勢海老から顔を上げ、俺の腹を叩いた。
「骨と皮の出涸らし…」
森津木さんが吹き出す。
「お土産、有難うね。森津木君のはあそこで男どもの飲み比べの景品になってるの。岩木君?だっけ?岩木君のは、女子供で分けさせてもらったわ。
美味しかった。ご馳走様。はい、これ。沢山食べてね」
「い、いえ、お口に合ったのなら、良かった、です」
しどろもどろ、答えるが、視線は皿に釘付けだ。
ドンッと置かれた大皿二枚には、これでもかと立体的にご馳走が乗っている。
一皿の大きさが、半端なく大きい。これを、三人で…?森津木さんの笑いも止まった。
「じゃあ、カエデは回収していくわね」
「あ、待って!カエデ兄ちゃん、連れてかないで!」
「俺も、カエデさんに聞きたいことがあるんです」
「そう?じゃあ、カエデ、食べ過ぎないようにね」
「お、おう」
女の人は嵐のように去っていく。
「全く、イワキのおかげで余計なとばっちりだ」
「カエデさん、何食べます?取りますよ」
「おう、何でもいい」
何でも良いなら、手前の物から取っていく。六種類乗せて、カエデさんに渡した。
中央の飲み比べは酒瓶なんて可愛いものではなく、樽で行われている。
凄まじい怒号と喧騒。酒瓶が飛び、杯が飛び、鬼も飛ばされる。俺はそっと、座り直した。




