46.山の者
一月二日。
「お兄ちゃん、山にお散歩に行ってみよう」
「お、いいな。運動がてら、行ってみるか」
森津木さんも誘い、三人で山の恵みの無人販売所に向かう。
あまり、深入りすると、誰かの縄張りに入ってしまうかもしれないから、無人販売所の周りをぐるっとするだけだ。
それでも、片道三十分。往復に一時間はかかる。正月に落ちた体力で散歩するにはちょうどいい距離。
三人で歩きながら、取り留めない話題に花を咲かす。
「岩木、あれからドウソウさんに会った?」
「はい。何度か。でも。管理舎に行く朝の時間帯だったので、挨拶だけして終わりました。
たまに、ドウソウさんが入ってた石にお供えはしてるんですよ。
翌日には無くなっているから、受け取ってくれているといいな、と思いますけど。どうですかね。実際は他の郷の人が食べてるかもしれません」
早朝の散歩は寒い。
吐く息が白くなって、小春はマフラーに巻き込んでいる。けれども、冬の不純物を許さない空気の鋭さが、清々しい気持ちにもさせる。
「僕も、ドウソウさんには中々会えないんだよね。
彼の者は山から降りてくる神格を持つ者だから、会えたら少し話をしてみるのも良いかもしれないね」
「あ、ドウソウさん、そんなに偉いんだ」
「うーん、偉いとは、感覚が違うのだけど。まあ、話をすることで、新しい発見があるかもしれないし」
「そうですね。俺、郷の人でもっと話をしてみたいんですけど、どうにも。
外出しても、用事が終わればアパートに帰っちゃいますし。最初にコダマさんたちと仲良くなれたのは運が良かった」
「そうだね。でも運だけじゃない。小春もいるだろ?」
「お兄ちゃんは元々、縁が付き易い。私はその縁を手招いて、祝福するだけ」
「小春は謙虚だなぁ、岩木、拝んどけ」
「任せて下さい」
しばらく歩くと無人販売所に到着した。当たり前だが、何も置いてない。
ああ、みかんが有ったら買ったのに。三人でぶらりと販売所の周りを歩く。
木々の合間から日が差し込んで、霧が白く浮かび上がる。
苔生した岩や土はとても綺麗だ。冷たい空気が肺に満ちていく。
「お兄ちゃん、山って、怖くて綺麗だね」
「そうだな」
一際大きい木の前に森津木さんが足を止めている。
立派な大樹。
ふらりと近づいて横に並んだ。
「岩木、この木、凄いだろう?僕、好きなんだ。触ると、温かくて、生きているのが分かる」
木が、温かい?
「触っても?」
「もちろん。別に僕の木なわけじゃないし」
そっと触れる。
表面は冬の朝の空気を吸って、冷たい。
けれど、じっとしていると、俺の熱で表面の冷たさが溶けていき、木肌がやんわりと暖かくなってくる。集中しないと分からない、微かな熱。
「小春も。温かいよ。不思議」
小春を手に乗せて、木に近づける。
小春は両手を伸ばして、抱き着くように木に触った。
「あ。本当。温かい。と、と、って生きている音もするんだね」
「音?」耳を寄せる。けれど、何も聞こえない。
「俺には聞こえないよ。小春は耳が良いんだな」
「私は小さいから、小さい音も拾えるよ」
二人でほのぼのと木に触る。
「木ってこんなに面白いんですね」
「そうだね。少し森林浴をしたら、帰ろうか。余り冬の寒空の下でじっとしているのも体に悪い」
「はい」
触らせてくれて、有難う。木から手を離す。
「行こう、小春」
「あい」
アパートに帰ると、八時半を回っていた。
炬燵に入り、練りきりを食べる。森津木さんは、散歩した意味が無くなるから、と辞退した。俺はもちろん足りないので食べるけど。
小春は「お兄ちゃん、もう一個、もう一個食べて」と甲斐甲斐しい。
小春、抉れた腹がそんなに嫌いかい。三人でまったりしていると、急に外が騒がしくなる。
「岩兄ちゃん、森兄ちゃん、小春も、遊びに行こうぜっ」
戸を開け放ち、戻ってきた小鳥少年が高らかに言い放つ。
「お。これが噂の生まれたてと迷い人か。森津木も、はよーさん」
小鳥の後ろにでかい男がいた。
え、二メートル以上あるよね、この人。何食ったらそんなにデカくなるの?
「もう、カエデ兄ちゃん、岩兄ちゃん驚いちゃってるよ、挨拶っ」
「悪ぃ。俺はカエデと呼ばれるもの。鬼族だ。小鳥が『岩兄ちゃんがー、小春がー』って囀るもんだからよ、皆、気になっちまって。俺らの宴に、誘いに来たんだ」
「お、俺は岩木って呼ばれてます。よろしくお願いします」
「小春だよ。よろしくね」
森津木さんは立ち上がって後片付けをしている。
これは、行く流れ?
「岩木、準備を。カエデさんが来たなら、連れていかれるのは決定事項だ。
手土産、何かあったかな」
ちょっと、部屋に戻って見繕ってくる、と森津木さんは出て行ってしまう。
俺も慌ててカップケーキとクッキー、パウンドケーキも紙袋に詰める。
それぞれ、数種類有るので、紙袋はすぐに埋まったが、こんなに甘い物だけ渡して良いもんか。
ちらりと小鳥少年を見ると、グッと親指を立てたのでセーフか。
上着を着こんで、マフラーを巻き、小春にもマフラーの裾を渡す。ゴソゴソと、小春がマフラーの中に入ったのを確認して戸締りをした。
「小さいのは、飛ばしちまうかもしれねぇから、どっかに入れないか?
その首巻も結んでくれ」
カエデさんが口を挟む。
「小春、雁木玉、入る?」
「うーん、お兄ちゃんすぐに呼んでね?」
「おう」
マフラーを後ろで結んで、小春は雁木玉に入って貰う。
森津木さんが紙袋を持って出てくる。
「良し、揃ったな」
アパートの前で楓さんがしゃがむと、小鳥少年が飛び乗った。あ、肩車。仲良いんだな。
そう他人事のように思っていると、グイッと捉まれ、片手で担ぎ上げられる。
え。
反対の手には森津木さんも同じように乗っている。
え。
「じゃあ、しっかり捉まってろよ」
「岩木、口閉じないと、噛むよ」
え。
森津木さんに助言をもらった直後、カエデさんは俺たちを抱えたまま大きく跳躍した。
物凄い風圧が瞬時にかかり、次の瞬間俺たちは空にいた。
上体が後ろに飛ばされそうになる。眼下に広がる郷の風景。
ジェットコースターのように重力に逆らって、上がっては、斜めに落下して。
一度の跳躍で、管理舎の前まで行き、次の跳躍で遠く管理舎を後ろに眺める。数度跳躍し、最後は一番大きく跳躍して目的地についたようだった。
管理舎から北東の方角にそびえる山々の中腹。
森津木さんから貰った地図では、天狗山の横に位置する鬼が山。その集落の御殿の前に、一瞬で俺たちは降り立った。




