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外様郷  作者: かろうじて
45/98

45.年始




年末は、年越しそばならぬうどんを打って、約束の練りきりを大量に作り、三人でワイワイと過ごした。ずっと食べるか作るかしていた。恐ろしい。

あ、寮にも差し入れを持って行った。外出はそれぐらいしかない。


「開けまして、おめでとうございます。今年もよろしく」


この郷には寺などないから、除夜の鐘も無し、神社はそれぞれの縄張りになるから詣でることは出来ないらしい。

テレビがあっても、電波が無いのでカウントダウン中継も無い。大みそかの夜はただの夜である。


事前に森津木さんに聞いていたので、小鳥少年にお年玉をあげる。

「有難う、岩兄ちゃんっ」

笑顔で受け取って喜んでもらえると、こんなに嬉しいもんなんだな。

小春には金平糖の入った布袋。

「わあ、有難う、お兄ちゃんっ」

もう、小春も可愛くて、正月早々幸せです。



昨日届いた鯛を森津木さんが捌いてくれて、昼から豪華な尾頭付き。

「この二、三日、海の恵みばかりで贅沢だよね」

「この郷、基本山に囲まれてるし」

「うんうん」


「岩木、騙されてはいけないよ、小鳥は鬼の御殿でたらふく豪華なものを食っている」

「え、そうなの、小鳥少年」

「うん。遊びに行ったら、あれも食え、これも食え、大きくなれよーって。

帰るときも一杯持たしてくれるし。有り難いよ」

「へえ」

「あ、今日も夕方から、行くんだ。宴だって。岩兄ちゃんに貰った練り切りも持って行くぜ!裏方の女性陣はきっと大喜びだ」


練りきりはあれから三度練習したから、随分マシな仕上がりになった。

モミジは作れなかったけど、紅葉の川を模したものはつくれた。気に入ってくれるといいけど。


「じゃあ、今夜は小鳥少年抜きか。森津木さん、晩飯どうします?」

「すき焼きだよ。もう決めているから」

「おっ、いいですね。俺のところに何か具材あるかな。牛肉と、白菜と大根、糸こんにゃくと豆腐はあります。俺、一番好きな具が糸こんにゃくなので多めに入れても良いですか」

「良いよ。肉は僕に任せて。とっておきを出すから。じゃあ僕は葱ときのこ類くらいかな。他に何かいる?」

「締めはうどんで、どうですか」

「いいね」

「やめてよ!俺居ないのに、すき焼きのお腹になったら如何してくれるんだよっ」

「「帰っておいで」」

「ひどいっ」




夜。腹いっぱいにすき焼きを食べて、大満足である。

森津木さんと二人がかりで片づけをすると早いもので、既に食後の一服中だ。


「そういや、小春と森津木さんに聞きたい事があるんですけど」

「「なに?」」

「年末に、言われた言葉なんですけど。

『お前、潮の匂いがするな。川にも近づかない方が良いかもしんねぇ。

まあ、それも只の時間稼ぎだろうけど』って。

俺、他の人にも流されないように、とか言われてて。

俺の『岩木』ってのも、水に対抗するためのものじゃないかなって、思うんですけど、合ってます?」


「すでに僕たちが答えを知っていることが前提の答え合わせだねぇ」

「知ってるでしょ?」

「まあね」


小春がぴょいっと肩に乗ってくる。


「お兄ちゃん、確かに、お兄ちゃんに結ばれている強い悪縁は水のもの」

「そうだろうなぁ。どこで、結ばれたんだろう。この郷に来る前だよな。海の…」

海…?ああ…、遠くに潮騒の音が聞こえる。いつだったか。

そうだ、幼いころ、ちゃぷちゃぷと、黒い何かと…。光が遠くて、揺れて、


「お兄ちゃん!」


急に小春が声を荒げた。珍しい焦りの形相。

「駄目、お兄ちゃん、まだ思い出さないで。今思い出したら、捕まってしまうの」

「それ、は」


「岩木、まあ、お菓子でも食べなよ」

森津木さんは何気ない顔でカップケーキとクッキーを出してくる。

「小春、小春も落ち着いて」

ほら、と金平糖を差し出され、おずおずと食べ始める。


「二人とも、食べながら聞いてね。頷くか、首を横に振るだけでいいから」

頷く。

「小春は、今は岩木に何も思い出してほしくない。それは岩木を不利な状況に追い込むからだ」

小春が頷く。

「じゃあ、いつなら思い出してもいいかと言うと、岩木が有る程度強くなるまで。だね?」

コクコクと小春は金平糖から口を離さずに頷く。口を離さないだけで、食べてないな、小春。


「で、岩木。小春を信じることは出来る?今はなるべく何も考えずに、小春の言う通りにする意思は有る?」

もちろんだ。強く頷く。

「良し。じゃあ、二人とも、もう喋っていいよ。

岩木、思い出そうとすれば、君はもう全てを思い出せるところまで来ている。

でもまだ思い出そうと、記憶を手繰ろうとしてはいけないよ」


小春が頷きながら言葉を重ねる。

「お兄ちゃん、夜は必ず、アパートに居るようにして欲しい。寮に、泊まったりしないで」

「どうしてだ?」

「僕がいるからだね」

加護のおこぼれって話か?


小春がぴょいっと肩に再び乗ってくる。

「お兄ちゃん、森津木さんの加護は強力だけど、他にも理由があるの。

名は体を表すの。この郷でいえば性質をも。森津木さんはそのまま『木』の性質を強くした『森』なの。『津』だって、集まり、出で来るもの。そしてそれは『木』を育むためのものでもある。

多分森津木さんの二柱が関わってくる話だろうけど、今はそこは良いの。要は森津木さんの傍に居ることで、お兄ちゃんは『木』属性を強化できる」


「その通り。しかも今、岩木は『木』属性を他者から強化されていて、そのおかげで僕の加護もどきの守護適用者になっている」


「え、そうなんですか?」

「うん、岩木が僕の近くに居る時だけね。当初より強めに加護もどきの守護が六号室を包んでいるのだけど、気が付かなかった?」


「いえ全然。襲撃ないのは運が良いなあ、森津木さんのおこぼれ凄い有り難いなあ、と思ってました」

「そう。鈍いねぇ。岩木のいう『おこぼれ』がそんなに強力なら、アパートでの迷い人の狩りは殆ど行われないじゃないか」

「お兄ちゃん、大らかだから…」


小春のフォローが心に刺さる。

「小春は気づいてたの?」

「あい。お兄ちゃんが、『木』の祝福を貰った時も横に居たもの」

「いつ?」

「それは…」


「岩木、その内自分で気づくときがくる。他人から聞いて納得するのと、自分で気づくでは祝福の作用が違うんだ。小春に聞いてはいけないよ」


ええ。何か少し面倒くさいけど、小春を困らせるのは本意じゃないし、仕方ないか。


「話を戻すね。岩木、アパートに毎日帰ってくる。できる?」

「はい。不可抗力の事件に巻き込まれない限り」

「うん。良かったね、小春」

「有難う、森津木さん」


「じゃあ、一つだけ、僕から助言をあげる。『木』だけでは弱い。

そこで効果覿面な対策が有る。小春の強化だ」


えっ、小春?

ちらりと見ると目をキラキラさせて、森津木さんの次の言葉を待っている。


「毎日小春に岩木の作った供物を差し出すこと。

毎日岩木がささやかで良いから幸せを探すこと。

小春に一日に一回は雁木玉に入って貰い、小春の力を定着させること。

部屋を綺麗に保つこと。できる?」


それぐらいなら。

「はい」

「特に、供物は必ずだよ。感謝の念を込める事。回数は多ければ多いほど良いね」


よし、小春。一緒に間食しような。


「お兄ちゃん、一緒に考えよう。一緒にやってみよう。お兄ちゃんと一緒なら、きっと楽しい」

「そうだな、小春。一緒に頑張ってくれるか?」

俺の都合にばかり、巻き込んでしまっている。それでも小春は全身で肯定するように、両手を上げて、ピョンと飛んで相槌を打った。


「あいっ」


六号室は賑やかで、優しい空気に満ちている。


けれど、どことも知れぬ暗闇で、誰かが嘲笑った。

  


  みいいつけた


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