45.年始
年末は、年越しそばならぬうどんを打って、約束の練りきりを大量に作り、三人でワイワイと過ごした。ずっと食べるか作るかしていた。恐ろしい。
あ、寮にも差し入れを持って行った。外出はそれぐらいしかない。
「開けまして、おめでとうございます。今年もよろしく」
この郷には寺などないから、除夜の鐘も無し、神社はそれぞれの縄張りになるから詣でることは出来ないらしい。
テレビがあっても、電波が無いのでカウントダウン中継も無い。大みそかの夜はただの夜である。
事前に森津木さんに聞いていたので、小鳥少年にお年玉をあげる。
「有難う、岩兄ちゃんっ」
笑顔で受け取って喜んでもらえると、こんなに嬉しいもんなんだな。
小春には金平糖の入った布袋。
「わあ、有難う、お兄ちゃんっ」
もう、小春も可愛くて、正月早々幸せです。
昨日届いた鯛を森津木さんが捌いてくれて、昼から豪華な尾頭付き。
「この二、三日、海の恵みばかりで贅沢だよね」
「この郷、基本山に囲まれてるし」
「うんうん」
「岩木、騙されてはいけないよ、小鳥は鬼の御殿でたらふく豪華なものを食っている」
「え、そうなの、小鳥少年」
「うん。遊びに行ったら、あれも食え、これも食え、大きくなれよーって。
帰るときも一杯持たしてくれるし。有り難いよ」
「へえ」
「あ、今日も夕方から、行くんだ。宴だって。岩兄ちゃんに貰った練り切りも持って行くぜ!裏方の女性陣はきっと大喜びだ」
練りきりはあれから三度練習したから、随分マシな仕上がりになった。
モミジは作れなかったけど、紅葉の川を模したものはつくれた。気に入ってくれるといいけど。
「じゃあ、今夜は小鳥少年抜きか。森津木さん、晩飯どうします?」
「すき焼きだよ。もう決めているから」
「おっ、いいですね。俺のところに何か具材あるかな。牛肉と、白菜と大根、糸こんにゃくと豆腐はあります。俺、一番好きな具が糸こんにゃくなので多めに入れても良いですか」
「良いよ。肉は僕に任せて。とっておきを出すから。じゃあ僕は葱ときのこ類くらいかな。他に何かいる?」
「締めはうどんで、どうですか」
「いいね」
「やめてよ!俺居ないのに、すき焼きのお腹になったら如何してくれるんだよっ」
「「帰っておいで」」
「ひどいっ」
夜。腹いっぱいにすき焼きを食べて、大満足である。
森津木さんと二人がかりで片づけをすると早いもので、既に食後の一服中だ。
「そういや、小春と森津木さんに聞きたい事があるんですけど」
「「なに?」」
「年末に、言われた言葉なんですけど。
『お前、潮の匂いがするな。川にも近づかない方が良いかもしんねぇ。
まあ、それも只の時間稼ぎだろうけど』って。
俺、他の人にも流されないように、とか言われてて。
俺の『岩木』ってのも、水に対抗するためのものじゃないかなって、思うんですけど、合ってます?」
「すでに僕たちが答えを知っていることが前提の答え合わせだねぇ」
「知ってるでしょ?」
「まあね」
小春がぴょいっと肩に乗ってくる。
「お兄ちゃん、確かに、お兄ちゃんに結ばれている強い悪縁は水のもの」
「そうだろうなぁ。どこで、結ばれたんだろう。この郷に来る前だよな。海の…」
海…?ああ…、遠くに潮騒の音が聞こえる。いつだったか。
そうだ、幼いころ、ちゃぷちゃぷと、黒い何かと…。光が遠くて、揺れて、
「お兄ちゃん!」
急に小春が声を荒げた。珍しい焦りの形相。
「駄目、お兄ちゃん、まだ思い出さないで。今思い出したら、捕まってしまうの」
「それ、は」
「岩木、まあ、お菓子でも食べなよ」
森津木さんは何気ない顔でカップケーキとクッキーを出してくる。
「小春、小春も落ち着いて」
ほら、と金平糖を差し出され、おずおずと食べ始める。
「二人とも、食べながら聞いてね。頷くか、首を横に振るだけでいいから」
頷く。
「小春は、今は岩木に何も思い出してほしくない。それは岩木を不利な状況に追い込むからだ」
小春が頷く。
「じゃあ、いつなら思い出してもいいかと言うと、岩木が有る程度強くなるまで。だね?」
コクコクと小春は金平糖から口を離さずに頷く。口を離さないだけで、食べてないな、小春。
「で、岩木。小春を信じることは出来る?今はなるべく何も考えずに、小春の言う通りにする意思は有る?」
もちろんだ。強く頷く。
「良し。じゃあ、二人とも、もう喋っていいよ。
岩木、思い出そうとすれば、君はもう全てを思い出せるところまで来ている。
でもまだ思い出そうと、記憶を手繰ろうとしてはいけないよ」
小春が頷きながら言葉を重ねる。
「お兄ちゃん、夜は必ず、アパートに居るようにして欲しい。寮に、泊まったりしないで」
「どうしてだ?」
「僕がいるからだね」
加護のおこぼれって話か?
小春がぴょいっと肩に再び乗ってくる。
「お兄ちゃん、森津木さんの加護は強力だけど、他にも理由があるの。
名は体を表すの。この郷でいえば性質をも。森津木さんはそのまま『木』の性質を強くした『森』なの。『津』だって、集まり、出で来るもの。そしてそれは『木』を育むためのものでもある。
多分森津木さんの二柱が関わってくる話だろうけど、今はそこは良いの。要は森津木さんの傍に居ることで、お兄ちゃんは『木』属性を強化できる」
「その通り。しかも今、岩木は『木』属性を他者から強化されていて、そのおかげで僕の加護もどきの守護適用者になっている」
「え、そうなんですか?」
「うん、岩木が僕の近くに居る時だけね。当初より強めに加護もどきの守護が六号室を包んでいるのだけど、気が付かなかった?」
「いえ全然。襲撃ないのは運が良いなあ、森津木さんのおこぼれ凄い有り難いなあ、と思ってました」
「そう。鈍いねぇ。岩木のいう『おこぼれ』がそんなに強力なら、アパートでの迷い人の狩りは殆ど行われないじゃないか」
「お兄ちゃん、大らかだから…」
小春のフォローが心に刺さる。
「小春は気づいてたの?」
「あい。お兄ちゃんが、『木』の祝福を貰った時も横に居たもの」
「いつ?」
「それは…」
「岩木、その内自分で気づくときがくる。他人から聞いて納得するのと、自分で気づくでは祝福の作用が違うんだ。小春に聞いてはいけないよ」
ええ。何か少し面倒くさいけど、小春を困らせるのは本意じゃないし、仕方ないか。
「話を戻すね。岩木、アパートに毎日帰ってくる。できる?」
「はい。不可抗力の事件に巻き込まれない限り」
「うん。良かったね、小春」
「有難う、森津木さん」
「じゃあ、一つだけ、僕から助言をあげる。『木』だけでは弱い。
そこで効果覿面な対策が有る。小春の強化だ」
えっ、小春?
ちらりと見ると目をキラキラさせて、森津木さんの次の言葉を待っている。
「毎日小春に岩木の作った供物を差し出すこと。
毎日岩木がささやかで良いから幸せを探すこと。
小春に一日に一回は雁木玉に入って貰い、小春の力を定着させること。
部屋を綺麗に保つこと。できる?」
それぐらいなら。
「はい」
「特に、供物は必ずだよ。感謝の念を込める事。回数は多ければ多いほど良いね」
よし、小春。一緒に間食しような。
「お兄ちゃん、一緒に考えよう。一緒にやってみよう。お兄ちゃんと一緒なら、きっと楽しい」
「そうだな、小春。一緒に頑張ってくれるか?」
俺の都合にばかり、巻き込んでしまっている。それでも小春は全身で肯定するように、両手を上げて、ピョンと飛んで相槌を打った。
「あいっ」
六号室は賑やかで、優しい空気に満ちている。
けれど、どことも知れぬ暗闇で、誰かが嘲笑った。
みいいつけた




