44.年末
餅つきも滞りなく終了し、二回目の支給金を受け取った。
今年最後の買い物に三人で繰り出し、シロさんとチトセにも年末の挨拶と餅を渡してきた。
「岩兄ちゃん、まだ市に行ったことないでしょ。
結構な店が出るよ。俺と一緒に行ってみる?」
商店街からの帰り道。小鳥少年からお誘いを受ける。
そういえば、森津木さんから初日に貰った地図に有ったな、市。
管理舎から商店街入り口まで五分。商店街は横道になる。管理舎からのメインストリートを真っすぐ進むと市が開かれているのだ。
「森津木さんは?一緒に行かないんですか?」
「僕も市に行きたいとは思うけど。体質的にね、どうにも」
「森兄ちゃんが市に入ると、弱い者は弾かれちゃうんだよ。
お店の者もはじかれちゃうのが居るし、周りの迷惑もあるし、買い物になんないよ」
小鳥少年は物事をきっぱり言うなあ。森津木さんも苦笑いだ。
「小鳥少年は平気なの?迷う人でない?」
「出ないんだよな。市には鬼族の兄ちゃんたちも多い。多分、外から制御してくれてるんじゃないかな」
「そっか。じゃあ、森津木さんに何かお土産を買ってきますね」
「海鮮で。海鮮でお願い。海鮮丼が食べたい」
「あ、俺、今日焼きそば買ったんですよ。海鮮焼きそばとかどうですかね」
「俺っ、俺っ、お好み焼きで、イカタコ入れたい!」
「「「じゃあ、とりあえず、海産物で」」」
一度アパートに戻り、荷物を仕舞い、小鳥少年と一緒に市に出る。
その間に森津木さんは包丁を研いでくれるというので、お願いした。包丁を研いで待っている森津木さんに、並々ならぬ気迫を感じる。
市は、まだ午前中にもかかわらず、郷の人で賑わっている。
「俺、この郷で、午前中にこんなに郷の人見たの初めてだよ」
迷子にならないように小鳥少年と手を繋いで歩く。もちろん、迷子対象者は俺だ。
「年末だしね。皆、今年最後の買い物に来てるんだよ」
食料品店ではお目にかからない立派な伊勢海老などが有る。
おお、小ぶりなものでも一匹一万円する。この郷には海が無いから、やっぱり海産は高めかな。でも需要が有るみたいで、そこまでの高値には見えない。
「岩兄ちゃん、ここ。ここで買い物しようよ。
俺の知り合いだから、喋っても平気だから」
小鳥少年に、いろいろ気を遣わせてしまっているな。でも有り難い。
「カイ兄ちゃーん、こんにちは、買い物に来たよっ」
「お、小鳥じゃねえか!よく来たなっ。どれもお勧めだ、ゆっくり見て行ってくれよ。
そっちの兄ちゃんは新顔だな。さては噂のアパート組の新入りだな?俺はカイドウ。よろしくな」
「はじめまして。俺は岩木って呼び名です。よろしくお願いします」
「小春です。よろしくお願いします」
「おう。生まれたても一緒か。よろしくな」
カイドウさんのスペースには所狭しと海産物が並べられてある。
個人的にあさりの味噌汁とか好きなので、あさりを探したが見当たらない。季節じゃないのかな。季節っていつだ。
「どうする、岩兄ちゃん」
「ここで揃えてしまおうか。海鮮丼をするなら、イクラはいるだろ。
それと、冷凍保存できるし、この際だからイカとタコも余分に買おう」
ここで一旦、小鳥少年を見る。
小鳥少年もこちらを困った顔で見ている。
「鯛、どうする?
今日は二十九日だから、元旦に刺身は無理だと思うんだ」
「だよね。でも、折角三人で正月迎えるなら、尾頭付きは欲しい」
「小鳥少年、意外と爺臭いな」
「褒め言葉として取ってあげるよ、今回だけ」
「なら、大晦日に届けてやるよ?」
カイドウさんから、凄い言葉が出て来た。
「カイ兄ちゃん、本当?いいの??大晦日って年末だぜ?」
「お前らみたいなの、他にもいるんだよ。元旦に尾頭付き食いたいってやつ。
だから、ついでだな。で、どうなんだ?要るなら、丁度今お前たちが見ているこの大きさで一万だな。手間賃込だ」
「「お願いします」」
即お願いして、支払いを済ませる。
他にもカツオのたたきや「海鮮丼ならこれだな」と勧められた刺身セットと干し魚等を買う。合計三万弱。大きな出費だったが、手持ちがまだ八万あるので大丈夫。
「岩兄ちゃんが全部払うのはずるい」と小鳥少年からはむき海老とワカメ。
カイドウさんから紹介してもらった乾物の店で干し貝や燻製のサーモンなどを小鳥少年が買い、それを分けて貰えるみたいだ。
帰り際、もう一度カイドウさんの店の前を通ったときにカイドウさんが声を掛けて来た。
「岩木、お前、潮の匂いがするな。川にも近づかない方が良いかもしんねぇ。
まあ、それも只の時間稼ぎだろうけど」
「?川って、商店街の向こうの?…分かりました、有難うございます」
特に、あちらに用事は無いし、問題ないけど、何だろう、潮の匂いがする?
小春がマフラーにキュッとくっついてくる。潮の匂いがするって、どういうこと?
そういや舎長も言っていた。
『お前の呼び名は『岩木』。水に流されないよう、強くなれよ』
たしか、チトセも。
『岩木』と言う呼び名は、アンタにとっての守り名。
アンタが悪縁に流されないように付けられた見事な守り名
流される?
「岩兄ちゃん、考え事なら、アパートに帰ってからにしなよ。外では危険」
「あ、そうだな」
今は俺の両手も小鳥少年の両手も海産物で一杯だ。
はぐれたりなんかしたら大惨事に違いない。小春も寒いだろうし、早く帰ろう。
昼は、森津木さんが海鮮丼を振る舞ってくれた。
森津木さんの部屋には何種類も醤油があったりと、凄い。小春には少し、海鮮丼は無理が有って、小春の希望でカツオのたたきを薄くスライスして小さく切って、お米の上に乗せることになった。
本人は大満足らしい。
海鮮丼を食べた後は、まだ温かい餅である。きな粉、砂糖醤油、餡子を付けて、それぞれ食べる。
俺は砂糖醤油を塗って少し焼いてから海苔を巻くのが一番好きだ。
ストーブの上に網焼き器を乗せ、餅を焼く。自然、待ち時間はだべりどおしになる。
「あ、この餅、天狗族にも分けたんですか?」
「うん、取に来たよ。でも何で?」
「数日前に薪を運んでいたカケイさんと話しまして。餅を楽しみにしているっていってたので」
「へえ、岩兄ちゃん、カケイ兄ちゃんと、会ったの」
「…岩木、包み隠さずに言ってくれ。カケイに、何か言われたか」
「ああ、まあ、釘は刺されましたけど。俺は女の子大好きって説明しておきました」
森津木さんが両手をドンと振り下ろし、突っ伏した。
「森兄ちゃん、諦めなよ。どうせすぐに知られるって。
岩兄ちゃん、先に言っとくけど、他にもいるから。森兄ちゃん、料理ができるし、穏やかだし、比較的強いから、モッテモテだよ」
哀れな…。
同じ男として同情を禁じ得ない。
「森津木さん、女の子は言い寄ってこないんですか?」
「いるよ、いるには、いるけど、挨拶程度しかしない子や、からかい半分の子だよ。
…岩木、恐ろしい話をしてあげよう」
「いえ、結構です。遠慮します。やめて、森津木さんのその手の話はシャレにならない」
急いで小鳥少年の背後に行き、小鳥少年を抱き込む。
「小鳥少年、小鳥少年、森津木さんが嫌がる俺に怖い話をしようとしている。なんて大人だ」
「森兄ちゃん、その膨れ上がった餅取って。新しいのも乗せてくれよ」
「そうだった、岩木に食わすために、どんどん焼かないと」
「森津木さん!お兄ちゃん、お腹また抉れたの!どんどん焼いて!」
結局その後、森津木さんの失敗談を聞かされてしまい、恐怖のどん底に落とされた。
可愛い女の子と仲良くなったら実はふたなりなんて。そういう嗜好は持ってないっつってんだろ、森津木さんめ!
郷の女の子を見る目が変わっちまうじゃないか!




