40、裏話(少年視点)
気が付いたら、知らない場所にいた。
訳が分からずに、散々喚いて、全てを貶して。
追いやられた寮の一室。
最初は見るものすべて、聞くものすべてが忌々しく、全てに当たり散らしながら、手元にある三万五千ぽっちを恨めしく思いながら使っていた。
けれど手持ちはすぐに足りなくなるのは簡単に計算出来て、寮の同年代っぽい女に聞いて、渋々バイトに出る羽目になる。
そこで、俺は初めて『アパートの』に会った。酷いことをしたと思う。
電卓が欲しかった。アイフォンでも電卓機能は有ったが、充電器が無いから電池をあまり消費したくなかった。
そいつの私物だという電卓を奪うために喧嘩を売り、噛みついて、奥に引っ込んだ奴を嘲笑い。奴が席を離れている隙に電卓を盗ろうとしたら黄緑のに止められた。
腹が立って、怒鳴ってやろうと振り向くと、周りの奴らの目が血走って、奥の小部屋に入った奴を、ギラついた目で見ていることにやっと気付いた。
さっきの金髪のヤンキーがいっていた「興奮」が獲物を前にした肉食動物のソレなのだとやっと気付いて、恐ろしくなった。化け物どもは人間を食うのだ。
なんで、俺がこんなところに。ちくしょう。
すぐにこの場から逃げようと思ったのに、足が動かない。
焦っていると黄緑の奴が「試験、してくれる」と威圧的に言ってきて、怖くなってそのまま言う通りにするしかなかった。
午後。食堂の端で飯を食い、事務室に戻ると金髪のヤンキーが話しかけてきた。カツアゲでもされるのかと身構えたが、話だけで終わり、席に戻っていく。
ヤンキーは言った。
狩りのルールを。午前中のオタクがルールを伝えてと、ヤンキーに頼んだのだと。ついでに、午前中俺がオタクを噛んだことで、オタクは危険な状態だったのだと。
聞いてない、そんなこと聞いてない。
そう喚けば、初日の説明担当者が全て伝えている。テメエが聞かなかっただけだろ、自業自得だと、嘲笑った。
午後の計算は中々手に付かず、らちが明かないので早々に切り上げ、受付で七百円ぽっちを受け取る。
急いで寮に戻り、出会った女に問い詰めると、「そうよ、聞いてなかったの、馬鹿じゃない」とうっとおし気に手を払われた。何て酷い奴だ!
この寮には俺を入れて四人の人間がいる。
確か二十歳くらいの男女もいたはずだ。そいつらから話を聞かなければ。
そう思ったものの、俺はその二人にも手酷い拒絶を受けた。二人は余計なことに関わりたくないと言わんばかりに、俺をあしらったのだ。
俺は結局、何も情報をきけないまま、自室に戻るしかなかった。
絶望的な気持ちで幾日か過ごし、体調も段々と悪くなる。知らない土地で一人って堪えるもんなんだな。
不安で眠りが浅い日が続く頃、この郷で二回目の日曜を迎えた。
どういう風の吹き回しか、急に二十歳くらいの男と女が声を掛けてきた。
もしかして、助けてくれるのか。弱気になって、人恋しくなっていた俺は喜んで二人の後についていき、同年代の女も迎えに行き、ロビーで話を聞いた。
けれど。
女は俺に何かをしてくれる気は無いらしい。
女が言うには、アパートに住んでいるもう一人の迷い人は随分恵まれているらしく、小さな女の子の守護が有る。
もしかしたら、強いのかもしれない。日中に襲撃に会ったと聞くが、ぴんぴん生きている。管理舎でのんきに化け物どもと談笑する余裕まである。
そんなに強いのならば、守護の女の子は、私たちに回すべきだ、と。
見たところ、小さく可愛い女の子だった。
アパートのは男だから、女である自分がいる寮の方が、女の子にも良い環境のはずだ。一旦、女の子を皆で保護して、アパートのを説得すれば分かってくれるはず。
男は、女を落ちつけようと、宥めていたが女はヒートアップするだけで、終いにはアパートのは性根が腐っているなどと主張を始める。
土曜に皆で協力しようと、寮を代表してお願いしたのに、と泣き喚いた。
阿保か。
俺と、同年代の女は途中で席を立って、部屋に戻った。
俺にとって、アパートのあの男は、迷い人の中で唯一、助言をくれた恩ある奴だ。それに比べ女は俺を見捨てていた上、今度はあの人形の誘拐を皆でしようとか唆してくる。
こいつに期待しても無駄だ。自分で踏ん張らないと。
翌日、恐々とバイトを受けた。運よく、同年代の女と被らなかったら、もっと怖かっただろう。そこでまた、アパートの男に会う。
男がバイトを上がるときに合わせて上がり、なんとか謝罪と感謝を伝える。男は「もういいよ」と言ってくれて、少しだけ、こみ上げてくるものがあった。
この郷に来て、初めてのまともな会話と僅かな達成感。少しだけ気持ちが前向きになる。
けれど、その夜から、俺を嘲笑うかのように寮の周りは、化け物どもに取り囲まれた。
一日、二日。
俺はあっという間に根を上げた。
夜が怖い。怖いから寝てしまおうと思うのに、眠れない。夜に寝れないから、昼間に仮眠をとってしまい、さらに夜に目が冴える。
そうして聞くのだ。化け物どもの言葉を。
お前は美味そうだ、すこおし、足を齧らせてはくれまいか。
足を齧られては困るダロウ?坊や、私は坊やの眼で良いカラね?
ほうら、元気なうちに、外に出ておいで。
みな坊やを待っている。
可哀相に、一人で怯えて泣いている。
こちらにおいで、愛しき子。
綺麗に綺麗に食べてアゲようね。
他の迷い人と一緒に寝ようと思っても、あの男女は籠っているし、同年代の女はポエムの朗読というわけの分からない事で何故か化け物たちを退けている。
誰か、助けて、助けてくれよ。
もう、アパートの男しか浮かばなかった。俺は奴に借りしかない。奴からすれば、手を伸ばす理由もない赤の他人。分かってる。それでも、
布団を丸め、紐で縛り背負う。
恰好なんて少しも気にならない。半狂乱だった。
管理舎で男に土下座して泣き縋り、醜態を晒して頼み込む。
男が了承の返事をして、アパートに着き、食材を買いに行くときですら傍に居たい一心で付いて行く。一人は嫌だ。
男の部屋は生活感に溢れ、ストーブまであった。寮の俺の殺風景な冷たい部屋とは大違いだ。
先に風呂に入らせてもらい、晩飯に温かい鍋まで振る舞ってくれる。
男は赤の他人の、迷惑でしかない俺の話を聞いてくれた。この郷で初めて、話を聞いてもらえた。
助けられないよ、と男は言うけど当たり前だ。
温かい炬燵に、湯気の出ている鍋。手作りっぽい柚子のポン酢。
冬の風がカタカタと窓を鳴らしているけれど、それも、中の温かさを際立たせる引き立て役だ。幸せな空間。
十分。十分だ。すまない。ごめんなさい。ありがとう。
湧き上がってくる気持ちは謝罪であっても温かさを持っていて。
男が岩木と名乗る。岩木。男っぽい安心できる名前。
岩っち。
そう呼ぶ。ついでに俺の呼び名も伝えて。
ここは大丈夫、温かい。男もいる。腹も温かい食い物で満杯で。安心しきってしまった俺は、すぐにウトウトとし始める。
ああ。幸せな眠気だ。
夢うつつに、枕元から優しく懐かしいメロディーが聞こえる。夢かな。幸せな夢。もう少し、このまま。
翌朝、昨日の鍋で雑炊を作ってもらい、ご馳走になる。美味い。朝飯を食べたのは久しぶりだった。
寮に入る前に手土産でお握りなどを貰い、かーちゃんのようで笑う。
あ。俺、こんなふうに軽く笑ったのも久しぶりかもしれない。
今夜からまた冷たい寮の部屋で、夜を迎える。俺は強くなったわけじゃないから、やっぱり怖くてたまらない。でも、日中は、朝からバイトに行こう。
もしかすると、岩っちと小春に会えるかもしれない。
金髪だって、岩っちのダチっぽいし、話せるかもしれない。
けれど、張りぼての俺の虚勢は、すぐに寮の惨状で吹き飛ばされることになる。
少年は不憫属性持ってます。




