34.最初の狩り
表現はマイルドにしてますが、R15回です。
ハイカツは、あの後、女の部屋の片づけをしていたそうだ。
俺も、同年代の女から、聞いただけだけど、と経緯を話し始めた。
昨夜は、とうとう男が女を叱りつけ、別々の部屋で寝ることになった。
女は取り乱したが、一晩経つと少しは頭も冷えるだろうと、男は取り合わず、夜を迎える。
深夜、女の絶叫が響き、けたたましい嗤い声が寮を包んだ。
姫は飛び起き、何が起きたかを悟る。
女の部屋の前の廊下で、狩りが行われ、そのまま宴に突入しのだ。
どうやら生きたまま手足から食んでいるらしく、女の悲鳴は長く、次第に細く、続いた。実際に喰っているのが、一人か二人だったのも女の地獄の時間が長かった一因である。周りのものは取り囲み、囃し立て、その悪意を周囲にばら撒きながら嘲っていただけである。
女の隣部屋の姫は、女の悲鳴を、啜り泣きの懇願をはっきり聞いてしまった。
その後に続くおぞましい咀嚼音は、布団の中に入っても、しっかり耳に届き今も離れないと泣いている。
アンタは良いわよね、寮に居なかったんだから!
何でよ、私も連れて行ってくれれば良かったのにと半狂乱だそうだ。
男は男で罪の意識にさいなまれ、部屋に籠っているという。
寮で狩られたものが出た場合、寮の生き残りが部屋を片すのだが、実質二人が使い物にならず、ハイカツが一人で部屋と廊下を片付ける羽目になった。
「いっぱい、血が飛んでて。
郷のやつらは慣れたもんで、ある程度落としたら、塗りなおした方が早いとペンキなんて持ってきた。
血以外のモノも残ってて、それは、なんか変な奴が全部吸い取ってくれたんだけど、吸い取るっていうか、一舐めで喰ってるのが判っちゃって。
気持ち悪くて、ぐるぐるして。気が付いたらアンタを探してたんだ」
ハイカツは視線を合わせない。
「フミツキさん、今日はもう上がっても良いですか」と聞き、了解を得て完了届を貰う。
ハイカツを連れて、受付で報酬を受け取り、事務室に寄る。
「ツバメー」と呼ぶと「オウ」とすぐにツバメが出てきてくれる。
一瞬、俺の後ろにハイカツが居るのに目をやるが、すぐに何事もなかったように取り繕った。
「これ、昨日作り過ぎたから、お裾分け。コダマさんとかにも配っといてくれる?」
「分かった」
余計なことは喋らない。ツバメたちはもう何が起きたか知っている。ハイカツの手を引いて寮に向かう。
俺がどこに向かっているか悟ったハイカツが少し手を引いて抵抗したが、強く握り込むと力を抜いた。
「今は辛いだろう。でも、今日の晩、郷の人達は動揺しているお前たちを喰おうと、再び訪れるよ。今、話をするんだ」
寮は薄暗かった。
まだ午後一時を回ってないのに、光が無く、ペンキの真新しい匂いに混じって、腐った魚のような匂いがする。
それに、闇に、何かがひしめき合っている。すぐに廊下の窓を開け、換気をする。追い払わないと。
「ハイカツ、俺はちょっとアパートに酒を取りに帰ってくる。
一人が嫌なら一緒に来るか?走ってもらうけど」
「行く」
すぐに走り出す。
アパートに着き、予備のお神酒を一本持ち、先日小鳥少年に貰った日本酒も一本持ち、他にもストーブの火石、予備の水石、ジャムを鞄に入れて、来た道を逆走する。
寮について、片っ端から日本酒を振りかけていく。
ペンキの真新しい匂いが、窓を開けていないのか、強烈に匂ってくる。アルコールの匂いがしても、誤差の範囲だろう。。
闇が蠢いている所はお神酒を入れたスプレーで一吹きする。
「きゃあああ」
といいながら逃げていくのでハイカツが最初だけ驚いていた。この使い方を教えてくれた小鳥少年に感謝。
あっという間に廊下は、アルコールの染みが増えていった。
「小春、この建物内にまだいるか」
「いるよ。今籠っている迷い人の部屋に」
分かった、どの道、引きずり出す予定だ。ハイカツに姫の部屋に案内してもらう。
「俺はアパートの迷い人、岩木だ。出てきてくれ」
凄い勢いで扉が開いて姫が突進してくる。
「わ、わたし、きいてて、きこえててぇ、ぁの女の悲鳴が、助けてって、こきゅって、べちょって」
「そうか、だが後回しだ。ハイカツよ、パス」
姫をハイカツに押し出す。いきなり姫を渡されたものの、受け止めれたようだ。
部屋を見渡すと隅に蠢く黒い影。
プシュ
「きゃあああ」
小春にこの部屋にはもういないか確認する。よし。
「なに、いまの」と姫が呟いたが説明は後だ。
姫の部屋の扉の前にお神酒を撒いて、茫然としている姫を連れて男の部屋に来る。
「アパートの岩木です、出てきて下さい」
扉はゆっくり開いた。
男は無言で立っている。喋る気も、無いのか。
男を二人に押しやって、部屋に入る。三か所。濃い闇が口を開いている。
プシュ
一吹きでは逃げないか。もう一吹き。プシュ。
「ぎゃあああ」影から黒い何かが這い出していく。それを二回繰り返し、小春に確認して、扉の前にお神酒を撒く。
「なに、俺の部屋になんかいた」男はようやく口を開くが今はスルー。
「ハイカツ、調理室に行く。人数分のコップは調理室にある?」
「有ると思う」
ハイカツと姫に男の手を握ってもらい、男も連れて行く。一路、調理室へ。ついでに、調理室の横のハイカツの部屋の前にもお神酒を撒いた。
水石と火石をセットして湯を沸かし、ジャムを入れ溶かす。
アレルギーだけ確認した。個人の好みなんて知らない。
「飲んで。温かいと落ち着くから、飲んで」
ハイカツが真っ先に飲んでくれる。つられて残りの二人も飲み始めた。
「廊下、お酒臭かった。あれ、アンタ?」
「そうだよ。酷い匂いが充満してるより、アルコールの方がましだろ。まあ、君の前は、ペンキ臭いままだけど」
「私の部屋に、何かいた?」
「いたな。何かが。もう追い出した。この寮のなかにいたのは逃げ出したから、今は換気している。しないと奴らは多分住み着いたんじゃないか」
小春が後を引き継ぐ。
「お兄ちゃん、あれは陰気を好むモノ。すぐに害のあるモノではないけれど、陰気をたらふく食えば、近くの人間に憑りつくよ。
陰気を発している人間の住処なんて、ご馳走が段構えで用意してあるようなものだもの。
とびついてくる。一度でも戸を開けたすきに、入ってしまったのだと思う。廊下にも沢山いたから」
「ひっ」
姫が身震いをする。まあ、部屋に居たもんな。
「もう、居ないよ。これだけお神酒の匂いをさせていれば、夕方までは寄ってこないだろうから、今の内に換気してるんだ。
けど、アルコールの匂いはしばらく残るだろうから、そこは勘弁してくれ」
「そ、そう、ありがとう」
「俺がここに来たのは、あなたたちと話すためだ。
先に要点をいう。立ち直れ。それが出来なければ、次はあなたたちが、狩られる番だ」
男の視線に憎悪が灯る。小春が引っ付いてきた。
「他の迷い人が狩られた後は、残りの迷い人にも動揺が広がる。その隙を、郷の人達が見逃すはずがない。
恐らく、今晩。昨日よりも多くの郷の人がこの寮を取り囲むだろう。
今晩、ターゲットにされやすいのは姫とあなただ。その動揺を、懺悔を、呵責を煽ってくるだろう」
「い、いやよ、私、まだ、死にたくない」
「なら、踏ん張れ。立ち直れ。生き残ることを諦めるな」
男はあまり反応を返さない。
「俺は別にあなたたちに親切にしに来たんじゃない。俺のために来たんだ。
あなたたちの誰かが狩りに遭うと、ターゲットの数だけ分散されていた郷の人の視線が、害意が、残された迷い人で振り直される。狩りで満足した人もいるかもしれないけど、高い確率で残りの迷い人の負担は増えるんだ。
だから、俺はあなた達に狩られてほしくない。
一度、基本事項の確認をしよう。
戸締りをしっかりする。自室は自分が責任を持って。寮の他の戸締りは、二人体制チェックでも何でもいい。郷の人は戸締りされてしまうと、入ってこれないのだから」
姫とハイカツが頷いた。
「日が暮れてから、誰の誘いにも乗らない。戸を開けない。今日、確実に、あの女の人の声を真似てくると思う。『助けて、開けて』って。惑わされるな」
男に視線を向ける。聞け。
「彼女は狩られたんだ。もういない」
たった一言の、男を打ちのめす言葉。
「特に、あなたたち二人。昨日の混乱のさなかに、返事をしていない?『やめて』とか、言ってないか?自信ある?自信が無いなら、三日は細心の注意を払って用心すべきだ」
「っ、分かった。そう、するわ」
「俺、が」「俺は、」と小さな声でうわ言のように呟いている男に問う。
「あなたは?生き残る意思は有りますか?それとも、もう無いですか?」
虚ろな視線はゆらゆらと、空間を見ている。
何も映してないくせに後悔だけが滲み出ていて。
聞こえては、いるんだろう?
「俺はあなたに、狩られてほしくない。
引きずられて、自滅しますか。残ってはくれませんか」
無表情のまま、こちらを向いた。
聞いてくれ、届いてくれ。
「寮に住んでない、アパートの俺の言葉は聞けませんか。
一番、関係ない、この中で一番冷静な、俺が言いますよ」
あなたは、悪くない




