33.迷い人の少年
あの後、即座に少年を回収し、管理舎を出た。
「なんであんな行動に出るの、君。大迷惑なんだけ、ど、」
「お、おえだって、わるいとおもったえどお、」
少年は盛大に泣き始めていた。管理舎の正門前。
一見、男二人。泣き崩れる年下の布団を背負った男。
それを能面で見る、肩に小さい少女を乗せた男。
あっ。駄目だ、これ。
「分かった。分かったから。今日だけだからな」
泣きじゃくる少年を連れて、足早に帰路につく。
住宅街の横道ではある意味ダメージのでかいヒソヒソ声を聞き、小春に聞かせたくなくて、バックの中に入って貰う。
銀さんから貰った雁木玉、さして出番が無いんだよな。他の迷い人がいたら、使うことに躊躇するし。
少年をアパートにあげ、背負っていた布団を外し、欄干に干す。
人数が増えるなら、晩飯の食材が心もとないので、無人販売所に向かおうとしたら、少年が付いてきた。無言で真後ろ歩かれるの少し怖い。
そ の状態で買い物をし、アパートに戻る。
「君、眠いんだろう。大分早いけど、風呂に入ってしまうか?」
「風呂なんて良いよ」
「ここ俺の部屋。汚されたく無いし、入って貰うから」
すぐに風呂を入れ始める。
少年に、アレルギーが無いかだけ聞き、無かったので柚子ジャムと蜂蜜をお湯で溶いたものを出す。
今日、少年がアパートで過ごすことはちょっかいを出している郷の者にもすぐに知られるだろう。ここにも来るはずだ。気が重い。
少年を風呂に放り込み、布団を入れ、夕飯の準備をする。
「お兄ちゃん。もしも夜の心配をしているなら、多分そこまで酷くならないよ。
森津木さんの隣部屋だもの。森津木さんの加護が有るし、私もいるし」
小鳥が声を潜めて教えてくれる。少年には聞かれたくないってことか。そういえば、それっぽいの聞いたな。
『アパートはモリツキの加護が及び、コトリの気にて道が見えにくい』
『しかしそれも、隣室まで。あの迷い人に部屋にコトリの道塞ぎは及ぶまい』
だっけ。つまり小鳥少年と森津木さんは何らかの手段で、訪問者を防いでいる。その効果は隣室にもおよび、六号室は森津木さんの加護範囲内に該当するってことか?
小春に確認すると「あい」と頷く。なるほど、森津木さんの加護は強力だって話だから、俺は今までアパートでちょっかいを掛けられたことが無かったのか。
しかも、小春も何かしてくれてるのか?
「小春、小春も何かしてくれてるの?小春は疲れていない?」
「私はお兄ちゃんの福童。お兄ちゃんに悪い縁がつきそうなら、邪魔するのが存在意義だし、良い縁を招き入れ、繋ぎゆくのが得意なの。
だから、結界は小さい物しか張れないし、ましてや、はじくまでの強いものは論外。だけどね。伸びる縁の選り分けで、捨てることができるのよ。
声が聞こえるかもしれない。音が聞こえるかもしれない。
でも、お兄ちゃんが私を信じてさえくれれば、高位の者以外の郷の者に悪縁なんて結ばせないよ」
力強い言葉。温かい想い。俺は小春に何か返せているかな。他の皆にも、返せているのかな。
『その幸運に感謝すべき
日々の営みを、交流を大切になさい』
そうだな、チトセ。身に沁みるよ。
少年はきっと、恵まれなかった。それは少年の自業自得。けれど。
温かさはきっと、巡るものだから。
俺が皆から貰っている温かさを、少し少年にも渡せたらいい。
小春は嬉しそうな顔をしている。小春が嬉しいと俺も嬉しい。
「出たけど」
すねたような口調で少年が風呂から出たことを伝えてくる。こいつ、愛想ないなぁ。ストーブの前に陣取らせ、頭をきっちり拭かせる。
うつらうつらしているので、ストーブの番を小春に頼み、俺も風呂に入ってしまう。
今日はしっかり寝てもらおう。
風呂から出て、鍋を作り、少年を起こす。鍋をつついていると、少年はポツリポツリと喋り出した。
寮が夜になると郷の者に囲まれること。
夜、キチガイ女は男を部屋に連れ込んで、二人で籠っていること。少年も姫に声を掛けたかったが、姫は夜な夜な銀さんへの迸るパトスのポエムを読んでいて、一人撃退に成功していること。
昨日からは聞き手を確保すべく、現国の教科書を読み始めた事。抑揚にたけて、読み手としては筋が良く、聞き手が集まりそうなこと。
少年が一人取り残されて、何も出来ずに毎夜眠れない事。
昼に寝たら、夜に寝れなくなる。でも寝てしまい、怖い夜が長くなっていく悪循環。
「俺、うっかり返事してねぇかな。怒鳴り返したりしてねぇかな。
寝たいのに、寝れなくて。誰かに助けてほしくて。もうアンタしか、思い浮かばなかったんだ」
「悪いけど、俺は君を助けてやれないよ。そんな余裕は無い」
「ん。知ってる。迷い人で、他人を助ける余裕なんて有る奴いない。
俺もそう。でもアンタはヒントをくれた。今も俺に押し切られて飯まで食わせてくれている。だから、今日だけ。
俺は返せないから、今日だけ」
「そう」
寮での生活を聞く。聞けば聞くほど、酷かった。
自炊しているのは女性だけで、男性はそのおこぼれに預かり、姫と少年は基本外食。朝は抜いて昼は食堂。夕飯も食堂で夕方の四時には食べて、後は風呂に入り少しゲームをして眠くなれば寝る。
土日どうしてるんだ、と聞くと売店の飴とかで凌いでいるらしい。
「なあ、少年。俺は岩木って呼び名を貰ったよ。少年は?何て呼べばいい?」
「…俺は、ハイカツって付けられた。アンタの好きに呼べばいい。俺は岩っちって呼ぶ」
岩っち。ええ、岩っち?
いや、アンタよりは良いけど。少年はハイカツかぁ。何のことだろう。
「ハイカツって呼ぶな」
「私は小春だよ。ハイカツ」
「小春か。お前にも、悪かったな」
「許してあげる。でも一回だけだよ」
「案外厳しいな、お前」
少年は胃が小さくなっているのか、あまり食べず、雑炊は朝に持ち越した。晩飯を食い終わって布団を引くと、すぐに寝息が聞こえてくる。
午後八時。
余った食材で料理を作っていると、ザワザワと風が鳴き始めた。
「お兄ちゃん、信じてね」
「おう、もちろんだ」
ひたり、ひたりと足音がする。
森津木さんの加護のおこぼれが有るこの部屋に音を届かせられる者。けれど、怯えるには及ばない。
朝、お神酒を撒いている。森津木さんが隣の部屋にいる。小春が傍に居る。
自分より年下の少年が、やっと寝ている。
揺らぐ要素が無い。
守らなければ。今日くらい、この睡眠を。スマホの音楽を少年の枕元で流す。外の音は何も聞かなくていい。
明日、少年に持たすためのお菓子を焼き始める。冷凍保存していたクッキーの生地だ。
少年の眠りは深いし、満腹だろうから、せいぜいクッキーの夢を見るくらいで起きることは無いだろう。
別に起きても良い。その時はその口にクッキー詰め込んでやるだけだ。
入ってこれずに、供物のクッキーが焼きあがる匂いだけ、存分に嗅いでいってもらおう。
焼き菓子の匂いは締め切った部屋の外にも流れ始めるだろう。
これから作る生地には、匂いを強くするためにバニラエッセンスを使う。これは、事務室のコダマさんたちにも分ける予定だから、小春にもお願いして有難うの気持ちと、元気になりますように、と願いも込める。
バニラエッセンスを使った供物の飯テロ、匂いだけ嗅いでいってね、作戦。
その日俺はニ時間クッキーを焼きながら生地を作り続け、先日追加購入した柚子でジャムまで作成し、「お兄ちゃん、効果てきめんだよ!」と小春に太鼓判を貰うに至った。
翌日。
ハイカツに雑炊を食わせ、寮まで送る。
寮の入り口で、お土産用のクッキーと蜂蜜入りの改良柚子ジャムの小瓶と、お握りを持たせ、お握りは今日中に食えと伝える。
「母ちゃんかよ」と、嬉しそうに毒づいたハイカツは、調子を取り戻しつつあるようだ。
元気になれよ。
いつもの資料室のバイトに入る。
今日はなんだか管理舎の一階が少し騒がしい。フミツキさんと何ですかねと言いつつ、訳を書き込む。
後でコダマさんにクッキーを持って行った時にでも聞けばいい。小春は、朝からじっと入り口を見つめている。
「小春?」
「あい」
「どうかしたのか」
「お兄ちゃん、信じてね。迷わないで」
小春?正午まであと三十分あるが、フミツキさんに少し早めの昼休憩の許可を貰う。
「小春、どうかしたのか」
「お兄ちゃん、先に昼のご飯食べて」
食後に話すという事か。急ぎじゃないのか?弁当を食べ終わり、小春に話を聞こうとしたその直後。顔を青くしたハイカツが訪ねて来た。
「昨日の晩、キチガイ女が喰われた」、と。




