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外様郷  作者: かろうじて
35/98

35.寮の夕べ




寮は自室に台所が無い分、晩飯の時間が繰り上がり、夕飯になる。それに伴い、夜の時間が増えるのだ。

これは中々きつそうだと、思う。俺は夕方から夜にかけて晩飯を食い、その後も冷凍の保存食や菓子を作ったりしているからだ。

料理作りを日中にしかできないとなると、バイトの時間だって変わってくる。俺にとっては、アパートは正解だったな。




あの後、男は静かに下を向いて泣き始めた。

ハイカツと姫が男の両手を握りしめる。男はただただ静かに涙を流した。言い訳をするでもなく、悲しみを訴えるでもない。涙は拭うことも出来ずにぽたぽたと男の足の上に落ちていく。


ハイカツと姫も何も言わずに、男の方を見たりもしない。

静かな嗚咽とハタハタと水滴の落ちる音が響く。どれほど、そうしていただろう。


水音の間隔が遠くなり始めた。

まだ、泣いている顔を上げて、男は俺に視線を合わせて頷いた。


「生き残ろうと、思ってくれますね?」


声に出して、確認する。男はもう一度しっかりと頷く。


姫が男に飛びついた。

うう、ううう~と泣き始めて、男の首に抱き着く。ハイカツも胴体にタックルをかますように抱き着いた。

不安だったのだろう、二人は力いっぱい男にしがみついている。んな二人に何か思うところがあったのか、男は泣きながら、微かに、笑った。



寮組が落ち着いた頃合いで、ハイカツ少年にお願いして、朝に渡したお握りを皆で食べてもらう。一人一つ、塩握り。


腹が空いていたら、悲しくなりやすいから。例え、吐き出すとしても、今の三人に空腹は敵。昼に、二つだけ抜いておいたクッキーの小袋を姫と男に渡す。


クッキーだから。今日食べなくても良いから。好きな時に食べればいい。

じゃあ、俺、一旦アパートに帰るわ、と言うと、姫とハイカツがこの世の終わりのような顔をするので、晩飯と宿泊道具を取りに返ること、今日は男の部屋に泊まること、明日は用事があるから朝に帰ることを伝える。


男は目を丸くして「え、俺の部屋来るの?」とか言っているので、「今日あなたが、ふらりと誘われたときに、力づくで止められるの、このメンツで俺だけでしょうが」と答えておく。

はは、と空笑いした男は、「じゃあ、未使用の布団運び込んどかないとな」と返事をしてくれた。

今日明日で、男が立て直すとは思えない。明日以降はハイカツと姫がどう対応するのか。

まあ、今日のところは三人ともギリギリだから、俺が引き受けよう。男が、俺の予想を裏切ってある程度立ち直ってくれるのが、一番なんだけど。



午後二時半。

アパートに戻り、用意をする。

こんなことなら昨日、クッキーの他にも料理を作っておくべきだった。残りの飯をレンジで温め、全てお握りにする。

冷凍保存しておいたハンバーグを温め、ブロッコーリをもやしと炒めていたら、森津木さんがひょっこり現れた。


「岩木、里芋の煮っ転がし、食べる?入れてるコンニャクが、辛子コンニャクでピリカラだよ?ついでに温野菜作り過ぎたから、分けてあげるよ?」


あ、これ、泊まりに行くのがばれてる感じ。


「有難うございます。四人で食べますね」

「うん、日本酒、もっておいで。どうせ、予備を今日使ったんだろう」

「よろしくお願いします」


森津木さんは世話になりっぱなしだ。

昨日作り過ぎたクッキーの小袋を渡す。小春の字で『森津木さん用』と書かれた袋。


「有難う。頂戴するよ。無理しないようにね。明日の朝ご飯は岩木の分作っておくから、食べにおいで」

「はい、行きます、楽しみにしてます」


森津木さんのおかげでバスケットは埋まった。

みかんを六個タッパーの上に詰める。食べなかったら置いて帰ろう。道中、小春に聞いてみる。俺の行動は同情か、と。

小春は緩く頭を振って「分からないけれど、私はそんなお兄ちゃんが好き」と返してくれた。



寮に着いたのは午後三時半。

とりあえず、男の部屋に向かって、目にしたものは、ぎっちぎちに敷き詰められた四組の布団だった。

う ん、そっか。皆一緒か。リスクも有るけど、分かっているのか。姫ちゃんや、君は良いのか?でも、姫ちゃんが男やハイカツと同室で寝れるなら、明日以降、男の腕に二人でしがみ付いて寝てしまえば良い。この三人の寝相が良いことを願おう。


俺は男の部屋で風呂を貰って、全員で戸締りの確認をする。

寮の戸締りが出来てなかったせいで、寮への侵入を許し、廊下で襲われたのだ。もし、戸締りできていたらー…。すぐに思考を放り投げる。もう、過ぎた事だ。

調理室で早い夕飯を取ったらポットを持って男の部屋に皆で入った。


「岩っちが、アパートに戻ってる間、皆でお酒、掃除して回ったんだぜ。

掃除してもよかったんだろ?」

「良いよ。用は済んだから。寮の玄関の前に一応撒いたし、問題なし」

「ねえ、イワキサンのお弁当の里芋の煮物に入ってるコンニャク、すっごく美味しかったけど、あれなに」

「あの、里芋の煮っ転がしはお裾分けでもらったんだ。

その人が言うには、辛子コンニャクだって」

「初めて聞いた」


年下二人は必至でワイワイしようとしている。空元気だけど、無いよりましだ。


「そういや、アンタ、ハイカツって呼び名だったのね」

「ああ、意味わかんねーだろ」

「そう?舎長室で喚いてない?『この子、肺活量が凄い』ってので付けられたのかなっと思ったけど」


なるほど、それだ。

ハイカツは「え、まじで?そう、かも」と口籠っている。次からはハイカツではなく、少年呼びに戻した方がいいかな。実はハイカツ、呼びづらいんだよな。後で本人に聞こう。


「カレシさんは?どんな呼び名?」


姫ちゃんが果敢にも男に話題を振ったが、男は曖昧に笑って首を振る。


「じゃあ、俺、あなたの事、先輩って呼びます。別に違和感ないでしょう?」


ニコリと、多少の圧力を加えて笑って了承を待つ。

先輩は「良いよ、それで」と妥協したので、すかさず姫ちゃんと少年が「センパイね、了解」と乗っかってくる。多分、姫ちゃんと少年は、先輩と仲良くなりたいのだ。そのうち、受け入れてやれよ、先輩。



午後九時。

就寝できるわけもなく、話し合いの末、電気は消さずに、明りを抑えるだけにしておこうということになる。

外には郷の人達が集まって、ザワザワと話し始めている。


「昨日の女の肉は美味かった」

「今日はこの部屋に集まっておるとか。一網打尽よな。さて今宵の馳走に与るのは誰であろうか」

「じゃが少し、忌々しい気配が漂って居る。魔除けか」

「なに、気にすることは無い。我らこれだけ集っておるのだ。この程度の微弱なモノは吹き飛ばせよう」


姫ちゃんと少年は身を寄せ合って震えている。怖いのだろう。頭を撫でてみるとしがみ付いてくる。

「大丈夫だ、大丈夫」

声に出して、言い聞かせながら撫でる。先輩にも背中を擦ってもらおうかと、声を掛けようとしたとき、外のざわめきの様子が変わった。


「しかし、昨日は散々な目におうたわ」

「活きのよさそうな坊主の後を追ってアパートまで出かけたものの、伸ばした手を悉く叩き落とされ、終いには美味そうな供物のとろけるような匂いが強く漂ってくるではないか」

「生き地獄じゃった」

「拷問じゃった」


少年が驚いた顔をしてこちらを見てくる。やめてくれよ、照れる。


「しかも、その供物、くっきーとかいう甘味で、今日管理舎の事務員どもが貪るように喰うておった」

「一枚もくれなんだ」

「なんとけちい」


三人の視線が、この部屋の主である先輩にあげたクッキーに向かう。

うん。それだよ、間違いない。


「それじゃが、なんでもあのアパートの新しく入った迷い人が、儂らを嘲笑うために嫌がらせで焼いたと小耳に挟んだが」

「儂も事務のから聞いた」

「私も、キョウコクから馬鹿にされながら聞いたわ。間違いない。お前さん、怒らせたから嫌がらせされたんだよって」


しがみ付いていた姫ちゃんと少年がそっと手を放す。


「覚えておる、覚えておるぞ、あの小僧がこの郷に来てから二日目。

ただ見て居っただけの我らの手足が吹っ飛ばされた恐怖を」

「ああ、あの日か。郷が大騒ぎであったな」

「なんでも、昼日中から約定を忘れ、坊主に手を出したきかん坊が居ったとか」

「あの坊主に惑わされ、我を忘れてしまったとか」


小春がモジモジしながら照れている。可愛い。


「今では小僧の手足として使われているとか」

「なんと」

「あの日吹っ飛ばされた手足は数えるもかなわず。今なお、生え揃わぬ者どもが泣き暮らして居る」


姫ちゃんと少年が先輩に引っ付いた。先輩の顔は引きつっている。


「最近ではあの迷い人、我らの視線にも言葉にもピクリとも反応せん」

「慣れきってしまいおって、手を振ってくる始末」

「知っておるか。一部の齢重ねた重鎮たちが既にやられておる」

「そんな、まさか」

「いや、我の所の、ご意見番から、アレには手を出すなと触れが出た」


偉いぞー、小春。

小春の頭を撫でる。小春が照れくさそうにしつつ撫でている人差し指に頭を押し付けてくる。

姫ちゃんと少年はだんだん馬鹿らしくなったのか、先輩を挟み込むようにして寝に入っている。そうだ、寝てしまえ。寝不足なんだから、寝ちまえば次の瞬間は朝だ。


回り込み、少年を布団の上からぽん、ぽん、と緩く叩く。

心臓の鼓動と同じリズムで、大丈夫の思いを込めて。先輩を見て、姫ちゃんを見る。

先輩は諦めたらしく、俺と同じように姫ちゃんを緩く一定のリズムで叩き始める。

寝てしまえ、寝てしまえ。悪夢に魘されるなら起こしてやる。


二つの寝息が聞こえ始めるころ、外のざわめきが、悪意を帯び始めた。目的を思い出したようだ。


先輩を姫ちゃんと少年の間から引っこ抜いて、少年と俺の間に座らせる。

さて、これと言って策は無い。惑わされるであろう先輩に説得できるだろうか。先輩は俺の言葉を聞くほどの余裕はあるのだろうか。最終手段としては、殴って気絶させる気ではある。


小春が肩の上から、ぽんぽんと、叩いてきた。さっきのを真似たのか。うん、そうだな、小春もいる。大丈夫だ。


俺は先輩を諦めない。


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