26.ホットケーキでお礼参り
岩木がお礼にホットケーキを配るだけの回。読み飛ばしても大丈夫です。
翌日。
いつもより早めに管理舎に行くために八時に家を出て、準備をした。
バイトは資料室での翻訳バイトだ。フミツキさんにお願いして、十一時半から一時半までのお昼時間を貰う。
十一時半に切り上げて、調理室に向かって昼ご飯を食べる。食べ終わったらすぐに、舎長と銀さんの分を焼き始めた。
焼いたらすぐ配る作戦だ。温かいものを届けたい。中くらいの大きさのホットケーキを焼き始める。八枚焼いて、昨日作った甘さ控えめの餡子を薄く挟む。
「岩木、それどら焼き?」
「ちがいますよ。ホットケーキです。蜂蜜もバターも付いてないのは味気ないから、苦肉の策です」
「ふうん。あ。それなら、竹皮にくるんで持って行きなよ。はい」
「わ、有難うございます。小春、行こう」
「あいっ」
舎長室に向かう。
中に二人ともいたので、良かった。
「舎長、守り名、有難うございました。これ、小春と作ったんです。
どら焼きじゃなくて、ホットケーキに餡子を挟んであります。苦手じゃなかったら、食べてみてください」
「銀さん、これ、舎長と同じものなの。
お兄ちゃんといっしょに作ったの。お兄ちゃんに口をきいてくれてありがとう。
私の入れる雁木玉をありがとう。受け取ってくれると、うれしい」
二人とも笑顔で受け取ってくれた。
銀さんの小春に対する態度がずっと何かに似ていると思っていたが、分かった。孫にデレデレの爺さんだ。
急いで、調理室に戻り、今度は売店のお姉さん用に、一口サイズのホットケーキを六個作る。
お姉さんには、朝に貰ってくれるかの確認を取っている。昨日買った容器に入れて、端に餡子をのせ、上から溶かした蜂蜜を掛けて、竹串をさす。
これは蓋をしたら湿気るので、これまた急いで持って行き、湿気る事を伝えたら、すぐに食べてくれるようだ。
「実は、朝聞いてから、楽しみにしていたのよ。岩木君、有難う」
にっこりと微笑まれて、赤面してしまう。
美人の微笑みの威力は絶大だ。しどろもどろで、初日のお礼を伝えた。
その足ですぐ横の事務室により、コダマさんたちにもし良ければ、昼食の後ホットケーキのリベンジをするので、調理室に来てくれと声を掛ける。
三人とも来てくれるようだ。何とはなしに、迷い人の少年がいないか探したが、見当たらなかった。
調理室に帰り、今度はツクロイさんの分を焼く。
ツクロイさんにも、予め、朝に了承を貰えたので、調理室のお皿で持って行くことになっている。
中くらいのホットケーキを二枚焼き、お皿の端に角切りバターを一つ。ゆずジャムの入った小さい皿も添えておく。
ツクロイさんは、あまり甘すぎるのは苦手だそうなので、蜂蜜も餡子も見合わせた。
小春と一緒に持って行って、二人でお礼を言う。
調理室に戻り、中くらいのホットケーキを焼き始める。
六枚焼き上げたところで、コダマさん、センジュさん、ツバメがきた。コダマさんの皿に三枚、センジュさんは一枚。ツバメは二枚。
希望枚数を乗せてトッピングも各自でしてもらうことにする。
「あ、おいしいよ、岩木君、小春ちゃん」
コダマさんは餡子とバターだ。豪快に食べてくれるので気持ちいい。
「口に合って良かった」
「腕を上げたわね、岩木君。美味しくて幸せ。有難うね。小春ちゃんも」
「良かった!センジュさんにリベンジしたかったんですよ。ずっと気になってて」
センジュさんは柚子ジャムと餡子を半々に乗せている。
甘いものを食べるセンジュさんは可愛い。
「まあ、そこそこ?美味いんじゃねーの?」
「そりゃどうも」
「ツ、ツバメお兄ちゃん、美味しいっていってくれてありがとう」
小春は優しくて可愛い。
三人が食べている間にも、残りのタネでホットケーキを焼き続ける。
通常サイズが四枚焼けたので、一枚を森津木さんに押し付け、残りを一口大に切っていく。最後の一枚は、柚子ジャムを入れて混ぜて焼いたものだ。
大きさが有ったので、膨らみも良く、正四角柱のような形が沢山できる。端は後で俺と小春が食べる予定だ。
昨日買った紙コップに柚子のと普通のを半々にして入れる。これがフミツキさんの分。
残りも紙コップに入れていくと、カップが五つできた。
受付の染谷さん貰ってくれるかな。帰りに、シロさんとチトセにも。余った餡子も一つのカップの端に沿えた。二つのカップには粉砂糖を上から振りかけて、全てのカップに短めの竹串を刺す。
「なあ、そのカップのどうするんだ?」
ツ バメが聞いてきたので、三つは人に渡すけど、二つは事務室にでも置いてくれないかと頼む。
「おう、良いぜ」
二つ返事がもらえたので、お願いした。
後片付けを済ませて受付に行く。染谷さんに「良かったら」と渡すと、受け取ってくれたのでホッとする。正直、染谷さんとは挨拶くらいしかしないので、受け取ってもらえるかが一番不安だった人だ。
でも、俺の呼び名を呼んでくれた人だ。初日に普通に挨拶してくれた人だ。渡さないという選択肢は無かったから。受け取ってくれて、良かった。
資料室に戻る。フミツキさんにカップを渡すと喜んでくれた。
「ふふ、岩木さんと小春ちゃん、甘い匂いがしますね。
お菓子の匂いが染みついてしまったのね。優しい匂い」
女の人に匂いがすると言われると、ドキドキするな。新発見。
三人で訳をして、三十四枚になったところでフミツキさんからストップがかかり、バイト終了。
小春を連れて、雑貨屋に行く。シロさんが良い匂いがすると飛んできて。二人で有難うと伝え、カップを渡すと、とても喜んでくれた。シロさん、癒さる。
午後三時。商店街は視線が厳しくなりつつある。急いで食料品店に入り、買い物を終えてから、チトセにカップを渡す。
「チトセ、良かったら、これ貰って。小春と作ったんだ。
ホットケーキを小さく切ったものだけど、今日、お世話になった人たちに配ってるんだ」
「わ。ありがと、岩木、小春」
チトセも受け取ってくれてホッとする。
帰り道。
小春と上機嫌で歩く。管理舎を過ぎて、住宅街に差し掛かる。
昨日が暖かかったせいか、今日は一段と冷える気がする。アパートの二号室に有ったストーブを取ってこようか。
そういやストーブってどうやって動くんだろう。火石を一つ、使うのか?それでも良いな。
予備の火石があるし、帰ったら早速見てみよう。




