27.裏話(小春視点)
私は小春。
迷い人のお兄ちゃんと一緒にいるの。
お兄ちゃんは岩木って守り名が有る。
本当は呼んであげたいのだけど、私の成り立ちがお兄ちゃんへの執着で、あったかい家族みたいになりたいと願ってしまったから、「お兄ちゃん」としか呼べない。
願ったときに、名前を知らなかったのがいけないのだろう。
一度、「岩木お兄ちゃん」と呼ぼうとしたら、呼べなくて、手が霞んで解けそうだったから、それも諦めた。
お兄ちゃんは、恵まれている反面、気付いてないところで命の綱渡りをしている。
私がお兄ちゃんと出会ってまだ四日。
なのに、危ない事ばかりで気が休まらない。
そもそも、私たちを振り払わなかった時点で、甘くてお人よしなのだ。
私がまだ私たちだった頃。
歩くお兄ちゃんを見て、一目で気に入った。
お兄ちゃんは郷の者たちの視線や言葉を怖がっているものの、嫌悪してなかったのだもの。嫌悪の言葉は、私たちが嫌うもの。
私たちの中には忌み子も沢山いた。
不思議な力を持ってしまった子。予言という言の葉を与えたがために、座敷牢で囚われて、すぐに死んでしまった。
不吉とされる双子で生まれた子。隠し子として井戸の底で育てられ、五つで水神様の供物になった。
異なる色を有し生まれた子。鬼よ、祟りよと担ぎ上げられ、見世物になった挙句、退治の名のもとに首を晒された。
皆、人の温かさを知らずに、自分の温かさすら失った。
だから、私たちを恐れても、手を振り払わなかったお兄ちゃんに、私たちは夢中になったの。
口減らしの子たちだって同じよ。私たちを切り捨てられないお兄ちゃんを本能で嗅ぎ取った。
頭を撫でてもらうために、手を繋いでもらうために、その温もりを感じるために、無意識に取り込もうとしたの。
きっと取り込んでしまったら、お兄ちゃんは消えていたから、失敗して良かったと心底思う。
その後、私たちはいなくなって、私が生まれた。この郷は、郷で生まれた者を喜ぶ風習が有る。
おかげで、銀さんに我儘を聞いてもらえた。巡り合わせが良かったのと、お兄ちゃんが甘かったおかげで、私は今お兄ちゃんの傍に在る。
「小春」
名付けてもらったとき、自分の中に残る数多の声が喜びに咽び泣いたのを感じた。
私たちが求めた名。お兄ちゃんとの縁を肯定する祝福の名。優しく名を呼ばれる得難き幸いを、大事に大事に抱え込む。
あったかい呼び名。縁が深く繋がって、あったかい心がお兄ちゃんから流れ込んでくる。
私にも『あったかい』が宿った瞬間。
祝福を受け取り、私は水子や浮遊霊、悪霊といった呼び名のくくりから離れ、守護する存在になった。
なら次はお兄ちゃんを守護する者として、相応しく在らないと。
着物の色を赤から白へ。
少し前までは、赤で良かったのだけど、おかしなもので、赤に良くない印象が付いたらしい。
赤は命の色。昔から尊ばれた生命の色なのに。
でも白は神聖な色のままだから。私の内に溢れている喜びの力よ、福を呼び寄せる白になれ。
ねえ、お兄ちゃん。
お兄ちゃんの「これからよろしくな、小春」はそれほどの威力を持って、齎されたの。
私の「あい」をどうか受け取ってね。
翌日。お兄ちゃんの傍で過ごす二日目。
幸せに包まれて朝起きたとき、夢かと怖くなったけれど、自分が入っている布団が凄く歪で、夢じゃないと安心した。
夢だけに縋って時を過ごした私たちの記憶が、やっぱり、嬉しくて泣いている。気を抜くと、嬉しくて跳ねまわりそう。
お兄ちゃんは、生活費のために働きに行っている。
事務室というところで、計算のからくり機を使い真面目に取り組むお兄ちゃんの傍に静かに座る。
真面目に働くお兄ちゃんに絡んでくる人が来たときは、腹を立てたけれど、お兄ちゃんが「隠れて」といったから、大人しく布袋に入った。
一瞬、憑りつき殺そうかと思ったけれど、今の私は福童。着物が赤くなることは避けなきゃいけない。運の良い子。そう思い、布袋で寛ごうとした瞬間、事務室の空気が変わった。
慌てて飛び出して、お兄ちゃんに張り付く。
狩りの気配。守らなきゃ。
幸い、鋭い空気はもう一人の迷い子に向いている。
この子が自滅して終わるだろうと高を括ったら、お兄ちゃんが迷い子の口を塞いで、噛まれてしまった!
お兄ちゃん、一体何をしているの!
狩りの空気になっている所で、血を流すなんて自殺行為。
慌てて、傷口に結界を張り、血が垂れないように、匂いが漂わないようにしたけれど。
たった一瞬。
されど一瞬。
血の匂いは事務室内にいた多くの者に嗅ぎ取られてしまった。
視線がお兄ちゃんに集中する。平日に、狩られることは約定違反。
けれど、理性が崩れた状態ならば、そんな約定無いも同然。ツバメとかいう者が、お兄ちゃんを急いで別室に連れて行く。
このツバメ?お兄ちゃんだって、お兄ちゃんの血の匂いを嗅ぎ取った者。
今だって、少し震えているもの。自分を、抑えるために。
お兄ちゃんに張り付き、ツバメお兄ちゃんを注視する。傷口を洗って貰い、匂いを流し落とす。
これなら、何とか大丈夫?
お兄ちゃんの手を持って、結界解除まちのツバメお兄ちゃんに、渋々、結界を解く。
瞬間。
べろり。
「お、お兄ちゃんに何するのー!!」
叫んだ。もう絶叫だった。
やっぱり駄目ね、ツバメお兄ちゃん。辛抱足りないのだもの。
お兄ちゃんもお兄ちゃんで
「こ、小春、見ちゃだめだ!目を合わせちゃだめだ!」
なんて、頓珍漢なことを言っているし。
危機感が無さすぎだよ、お兄ちゃん。
私とお兄ちゃんの絶叫でツバメおにいちゃんが我に返ってくれたのは不幸中の幸いだった。
その後、資料室に移ったのも、事務室の者たちを落ち着かせるための、お兄ちゃんを隔離するための処置だったのに、鈍感なお兄ちゃんは気づかない。
お兄ちゃん、目を離すとすぐ狩られそうで怖い。
私の中に、恐怖が生まれた。
何とか、ばいとが終わって、お店に買い物に来た。
道中向けられる視線に気が付いているだろうに、お兄ちゃんは買い物に向かう。
お店ではチトセお姉ちゃんが、お兄ちゃんの守り名の説明をしてくれた。
お兄ちゃんにも色々な事柄を認識してもらわないといけないから、チトセお姉ちゃんの説明を邪魔することなく聞いた。
お兄ちゃんは言の葉の成り立ちまでは気が回らないみたいで、完全に理解したとは言い難かったけれど、肝心の『岩木』の重要性については分かってくれたので良いだろう。
別れ際、チトセお姉ちゃんが『またね』といってくれた。
お兄ちゃんは、気付かずに「また」といったけれど、言霊は呪である、ということが理解できてないので重みが無い。
代わりに私がお兄ちゃんの分の上乗せて、『また』を返した。
お兄ちゃんに少しずつ、説明していかなきゃ。
私の中に、使命感が生まれた。
翌日。お兄ちゃんの傍で過ごす三日目。
午後三時前に、森津木さんと小鳥お兄ちゃんが来た。
お兄ちゃんがお世話になっていると何度も言うので、私にとっても恩人だ。
全力で持て成していると、お二人から衝撃の事実を聞いた。
お兄ちゃん、ご飯、足りてない!
小鳥お兄ちゃんがお兄ちゃんを足止めしている間に、森津木さんから話を詳しく聞く。聞けば聞くほど、恐ろしくなる。
お兄ちゃん、甘味ばかり拵えている場合じゃないよ、ご飯ご飯。私がついていながら、お兄ちゃんの命が脅かされているなんて!早々に栄養学の書を読まないと。
お兄ちゃんは自分の命が惜しくないとしか思えない。私の中に、母性ならぬ妹性が生まれた。
翌日。お兄ちゃんの傍で過ごす四日目
お兄ちゃん、今日は皆にお礼をするって張り切っている。
この郷に来た日に、凄く良くしてくれた紅女さんとツクロイのお姉ちゃん、染谷さん。
事務室で話をしてくれたコダマさん、ツバメお兄ちゃん、センジュさん。守り名をくれた舎長。雑貨屋のシロさんに、食料品店のチトセお姉ちゃん。
皆にお礼ができて、上機嫌だけど、私はやっぱり今日も心配。
お兄ちゃんは全く気が付いてないけれど。血を流してしまったあの日。
一番お兄ちゃんにギラついた視線を向けていたのは。
今日お兄ちゃんが甘味を渡した者。
一つ、日中、管理舎内では喰えない
一つ、日中、視認出来る範囲で他者がいる場所でも喰えない
約定を犯せば、制裁を受けなければいけない。
あの時、自分もギリギリなのにツバメお兄ちゃんが庇った者。
ツバメお兄ちゃんが、貧乏くじを引いてでも、すぐに、お兄ちゃんを離して守りたかった者。
センジュさん。
昼に会った時も眼の奥に本能が見えた者。
気を付けて。お兄ちゃんは抜けているから「センジュ」の意味を考えないでしょう。
千手観音の千手じゃないよ。千寿でも千住でもない。
あの者の呼び名は「千呪」。呼び名はその者の普段の評価。呼び名が物騒な者は、そのまま危険な者でもある。
今はまだ、敵じゃない。あの者との縁はまだ悪い縁じゃない。
今からどうやって、関わっていくのか。日々の積み重ねだよ。どうか、良い縁を繋いでね。
お兄ちゃん。
私に「あったかい」をくれた人。
私が全力で福を運ぶかけがえのない人。
私、頑張るよ。
でもきっと、寂しくて迷いそうになるだろうから、お兄ちゃんの傍に居られる日々を大切にするね。
相、一緒だよ
間、今だけね
哀、それはとても悲しいけれど
愛、大好きだから
だから、きっと、離れてあげる。持ちうる全ての力を持って、現世に返してあげる。
日々の返答に、自分への呪を込めて。
お兄ちゃんと私の別れは、お兄ちゃんの生還。
合、重ねた言の葉を受け取ってね。
返してくれる言の葉は私へのご褒美。
だから、どうかー
「あいっ」
隣に居る間だけ、返事をしてね、お兄ちゃん。




