23.守り名
今回短めです。
午後のバイトは問題なく終わった。
フミツキさんから「また是非来てね」と言ってもらい、レシピ本を借りる。
返却はいつでも良いそうだ。
パラパラめくると、俺でも作れそうなものが多くあり、次の休みに挑戦しようと思う。
帰りに食料品店に寄って四千円弱の買い物をする。もやしも買った。森津木さんと小鳥から借りたレシピ集にやけに出番が多いのだ。
「アンタ、迷い人のわりに、食費に金掛けるわね。店としては嬉しいけど。
雑貨屋のシロが、迷い人来なくて寂しいって、夕方になると遠吠えするから、今度寄ってあげてよ。
ね、私はチトセって呼ばれているわ。アンタと、そのちまいのの呼び名を、教えてくれる?」
郷の人から、初めて呼び名を聞かれた。これは、嬉しいな。
「俺は岩木って呼び名だよ。チトセって呼んでも良い?」
「いいわよ。岩木って呼ぶわね。良い守り名ね」
「お姉ちゃん、私は小春だよ。よろしくね」
「小春。可愛い名前ね。頑張ってるの、分かるわ。偉いね」
「えへへ」
「なあ、チトセ。守り名って何だ?聞いてもいいか?」
「あ、そっか、分からないか。お近づきの印に触りだけ説明してあげる。
守り名っていうのは、対象を守るために付けられた名よ。
言の葉には須らく力が宿るわ。言霊は分かる?
言の葉そのものに力が有るわけでは無い。
言の葉を紡ぐ者の想いが乗って、言霊となる。
人間だって、吐き出す言葉にはとても微弱だけど、力が宿る。
この郷の者なら、尚更ね。
乗せられる力が、重みが、人間とは比べものにならないもの。
言の葉の意味を知り、大切にする者はより効率的に力を乗せられるわ。
『岩木』と言う呼び名は、アンタにとっての守り名。
岩のように固く、重くあれ。
山とアンタを結ぶ字で土の属性でもある。
木のように根を下ろし、しなやかにあれ。
五行の一つでもある力ある言の葉。そのまま、木の属性ね。
土と木は本来相克。けれど、土が岩であることで山を挟み相生とまではいかなくても、相克を打ち消したのね。
『岩木』。
アンタが悪縁に流されないように付けられた見事な守り名。
完成された短い呪。
ましてや、郷の者がその名を呼ぶならば、そのたびに、アンタは守護を掛けられているのよ。
加えて『名』はその者の性質にも作用する。
舎長に願われ付けられた名なら、強力ね。アンタ自身が『岩木』に相応しい者になりつつあるのよ。
迷い人は通常、この郷に来て食欲が落ちるわ。己で作ってまで食べたくない。気力が無い。
どんどん食が細くなる者も少なくない。
でも、アンタ、初日からがっつり食料品買い込んでたでしょ。そしてコンスタントに買い物に来てるわね。
森津木ちゃんのおかげも有るんだろうけど、アンタの精神が異常に安定しているのも原因よ。
どんなに精神が強くても、慣れない環境、身の危険を感じる環境で、二、三日もしたら無理がたたるわ。
自分でも分かってないかもしれないけれど、アンタどんどん図太くなってるのよ。
一週間もしないうちに、こんなに気軽に買い物に来て、バニラエッセンスを買った迷い人はあんたが初めてよ。
まあ、初日に比べたら、痩せたけど、それも食欲がないんじゃなくて、食べ物が足りて無いんでしょう?」
「確かにベルト穴が一つ、小さくなりましたけど、パッと見で分かるほどですか」
「顔がこけたのよ」
自分の顔に手を当てる。実感はない。
「ま、いいわ。話を戻すわね。守り名については分かったかしら」
「分からないところも有ったけど、とても有り難いものだということは分かった」
「それで良いわ。
要は『岩木』という守り名が、アンタにとって、とても有利な札だということ。
アンタは舎長に感謝すべき。その幸運に感謝すべき。
日々の営みを、交流を大切になさい」
ああ、だから初日に銀さんが驚いたんだ。
森津木さんが言っていた。珍しく付けた守り名だって。
「少し、お喋りが過ぎたわね。じゃあ、岩木、小春、『また』来てね」
「そっかあ。なんか、嬉しいな。舎長に、皆に助けてもらっていたんだなあ。
うん、チトセ、教えてくれて有難う。また来るよ。小春と一緒に」
「うん、お姉ちゃん、『また』ね」
帰り道。
小春が小さく呟いた。
「言葉は、交わしてつなぎとめることも、できるの。私も頑張る。だから、返事をしてね、お兄ちゃん」
「返事をすればいいのか?バイト中とかは出来ないこともあるだろうけど、そん時は休憩まで待っててくれな、小春」
「あいっ」




