14.アルバイト
この郷で二日目の朝。
六時半に起きて身支度をして、お神酒を撒いて、朝食を食べる。
七時には無人販売所に行こうと部屋を出ようとしたら、森津木さんも行くところで、二人で向かい、俺は念願の大根を手に入れた。
八時四十分。
小鳥少年に見送られ、アパートを出る。
アパートから管理舎までの道のりは、昨日の経験上とても怖い。お守り代わりのお神酒を握りしめて早足で歩くも、視線を一つも感じることなく管理舎について拍子抜けした。
そうか。朝だから、狩る気のある人達は寝てるんだ。助かった。帰りは怖いのだろけど、今は考えない。
掲示板で昨日の計算の依頼書を取り、受付に持って行く。
「おはようございます。迷い人の岩木です。このアルバイトをしたいのですが」
「おはようございます。はい、簡易テストが有りますから少々お待ちください」
受付は昨日の染谷さんではなく、細目のお兄さんが対応してくれた。お兄さんが事務室に案内してくれる。
事務室はガランとしていて、三人しか人がいない。皆自分の机にかじりついていて、顔を上げずにソロバンをはじき、ぶつぶつと何かを言っている。
「受付です。計算のアルバイト希望者を連れてきました。
どなたか対応をお願いします」
一拍置いて、一人が立ち上がった。
全体的に黄緑っぽい色合いの小さい男の人だ。
「やった!来た!これ試験。その端の机でやってみて」
中にいた事務員さんからテスト用紙を受け取る。
鞄の中に有った電卓を使ってもいいかと聞いたら、OKだったのでテストはすぐに終わった。
「いや、岩木くん、計算機持ってたんだね。有り難いよ。
あ、僕に近づけないで。壊れるから。試験はもちろん合格だよ。受付さん、合格です」
「ではこのアルバイトは受理してよろしいですか?」
「はい、お願いします。何人でも欲しいので、また張り出しておいてください」
「了解しました。岩木さん、頑張ってくださいね」
「はい」
「じゃあさっそくお願いしようか」
「迷い人の岩木と言います。よろしくお願いします。
分からないことが有ったら、誰に聞けばいいですか?」
「僕だね。僕はコダマと呼ばれているよ。よろしくね」
どっさりと書類が置かれる。
「この右端と、一番下の数字を全て確認して欲しい。全て横計、縦計だから。
間違いがあったら付箋貼っといて」
「はい」
一枚百円。よし、頑張ろう。一番上の一枚を手に取って計算を始めた。
十五枚ほど捌いただろうか、ふと影が差したので顔を上げると、コダマさんが湯気の立つカップを持って立っていた。
「手、止めちゃってごめんね。岩木君、休憩は自由にしていいから。お茶、どうぞ」
コトリとカップが置かれる。
「有難うございます。ここで飲んでも良いですか?」
「大丈夫だよ」
「いただきます」
一口飲むと温かくて落ち着く。美味しい。
「あ、笑った」
「へ」
「いや、ごめん。迷い人はアルバイトに来てもずっと強張った顔していることが多いから。
岩木君、珍しいね」
「そうですか?」
「もしかしなくとも、僕の事、怖くないでしょ。
君、昨日、森津木君が案内した子だろ。噂になってた。驚きの速さで管理舎に来たって」
え、何それ。違う意味で怖い。情報が筒抜けじゃないですか、ヤダー。
何て答えればいいの、これ。
「おかげさまで…。森津木さんにはお世話になりました?」
「面白いこと言うね。
それにしても、事務所で出されたお茶を躊躇わずに飲んだのは小鳥以来だ。嬉しいなあ」
「コダマさん、もしかして、人間好きですか」
「え?いや、うーん。どうだろう。迷い人はいつも怯えるから、分からないな。森津木君と小鳥は好きだけど」
「俺も、森津木さんと小鳥は好きですよ。
コダマさん、お昼お弁当ですか?俺、弁当です。もし、コダマさんも弁当なら一緒に食べませんか?」
「岩木君、昼からもアルバイトしてくれるの?!やったー!何だっけ、お昼だっけ。握り飯持ってきてるよ、一緒に食べよう!」
「じゃ、昼まで仕事頑張ろうか!」
「はい」
小鳥のときも、それ以降も、バイトの迷い人にお茶を出した。出されたお茶を躊躇わずに飲んだことを、嬉しい、と言った。
この人となら、仲良くなれるかな。
カタカタと電卓を無心で打つ。
目印代わりに使っている物差しをスライドさせて、チェックする。間違っている数字は付箋を貼って、数字を書き込む。やっと右下まで辿り着いて、一息ついた。
十一時四十五分。
目 がチカチカしてきたので、午前のアルバイトはここでいったん終了にしよう。何枚できたか確認してみる。二十九枚。頑張ったな、俺。
お昼はコダマさんと食べる約束をしているので、コダマさんがこちらに来るまで座って待つ。
事務所内をアルバイトが練り歩くのはマズイだろう。
今は朝よりも事務員の数が増えている。ざっと見ると二十人から三十人くらいだろうか。そういや、昼飯は何処で食べるのかな。事務室内で食べるんだろうか。
「お待たせ、岩木君。お昼ご飯にしよう」
「はい。どこで食べるんですか」
「休憩室だよ。カップを持って付いてきて。こっち」
事務室に隣接する小さめの部屋に案内される。ここが休憩室。
「さ、お昼にしよう。腹ペコだよ。でも、今日の昼飯は贅沢だねえ。ここ最近は自分の席で書類と睨めっこしながら、食べているからね」
「体に悪そうですね、それ。仕事、そんなに大変なんですか」
「今はまた特別だよ。年末だからね」
弁当を取り出して広げる。この弁当は森津木さん作だ。
朝、森津木さんが「昨日伝え忘れたけど、今日は食堂してないから」とお詫びに弁当を持たせてくれたのだ。
シロさんに貰った弁当箱の初使用でもある。
「コダマさん、おにぎりだけですか?」
「そうだよ。一人もんだからね。昨日の残った飯を握ってくるんだ」
「卵焼き一切れと一口ハンバーグ一つ、食いますか」
「いいの?もらう」
弁当箱の蓋に卵焼きとハンバーグを乗せて渡す。
コダマさんは箸が無いが、構わないだろう。
「じゃあ、いただきます」
森津木さんの弁当美味い。
「この分けて貰ったおかず凄く美味しい。岩木君料理できるんだねえ」
「できませんよ。このお弁当は森津木さん作です。
食堂が閉まってるのを伝え忘れたからって、律儀に弁当用意してくれたんですよ」
「さすが、森津木君。フォローは万全だ」
「そういや、さっき言ってた『驚きの速さで管理舎に来た』って噂なんですけど、他の迷い人の噂とかは無いんですか。
俺、他の迷い人ほとんど見てないんですよ」
「あれ、そうなの。
じゃあおかずのお礼に教えてあげよう。迷い人の噂はもれなく立つさ。注目度が高いからね。
今回の迷い人は五人。男三人。女二人。
二十歳くらいの男は十一時過ぎに管理舎に到着。
迷い人としては比較的早い到着だ。ほとんど喋らなかったそうだから、警戒心は強いんだろうって言われてたよ。
事務室にアルバイトに来てくれないかな。
十代半ばごろの男は、十一時半過ぎ、喚きながらの到着。
舎長にも食って掛かって喚いたらしい。活きが良いと一部に言われている。
こいつは事務室にアルバイトに来てほしくない。
二十歳くらいの女は十一時過ぎに到着。
同じ位に来た男と食事を取って寮に行ったよ。物静かだけど、うかつな発言はしなかったみたいだから賢いかもって言われてる。
事務室にアルバイトに来てくれないかな。
最後に今年の傑作、十代半ばの女。
正午ギリギリに喚きながら到着。舎長室で銀さんに一目ぼれしたらしく猛アタックを開始。さらに、呼び名は自分で決めて、その名も『姫』!
面白いけど事務室にアルバイトには来てほしくないかな」
「…それはそれは…」
弁当を食べ終えて茶を啜る。
愉快な人物だろうとは思うけど、俺とは話が合わなさそうだ。極力関わらないでいこう。
「最近の現世はあーいうのが居るんだね。現世、凄いねえ」
「本当に稀ですから。自分から姫を名乗る子は滅多に居ませんから」
「殿も居るの?」
「王子なら…。でも、一般人で自称王子は見たことないですね」
「?若とか?そっか、殿と姫じゃ釣り合わないもんね」
「いえ、そういう事ではなく」
昼からも無心で電卓を叩く。目標ノルマは十一枚だ。
途中でコダマさんが様子を見に来てくれたりした。何度か来れば、他の人とも話せるかな。
特に問題なく、ノルマを終える。午後二時五十分。
結局、今日話せたのはコダマさんだけだった。コダマさんに、終了することを伝えると、完了届を書いてもらえた。
「これを受付に提出すれば、報酬が受け取れるよ」
またアルバイトに来てね、と言葉をかけてもらい事務室を退室する。
ガランとしたロビーは受付に人がいるだけだ。
一直線に受付に行き、完了届を提出して報酬を貰う。
受付の人が「お疲れさまでした」と声を掛けてくれて、何だかその一声が胸に響いた。頭をペコリと下げて、管理舎を後にする。
途中横目に寮を見る。
他の四人は今、何をしているのだろう。




