13.処世術
聞くことができて良かったけれど、怖くなるので心情的には聞きたくなかった説明を受けた所で、雑炊が出来上がった。
「岩兄ちゃん、安心しなっ。俺が今から『生き残るための処世術』を…」
「小鳥。口の中にご飯入れたまま喋ったりしたら怒るからね」
「…ご飯のあとに教えてやるぜ」
不安を煽られた状態で雑炊が喉を通るか不安だったけど、瞬殺だった。雑炊美味い。
「森兄ちゃん、美味い~」
「森津木さん、美味いです」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
満腹になった腹を撫ぜながら小鳥が満足げに息を吐き出した。腹がぽっこり膨らんでいる。三人揃ってご馳走様でしたをして、森津木さんが聞いてきた。
「岩木、明日の朝食だけど、鍋の具材と汁を最初に少し分けておいたものが有る。
この小鍋がそうだよ。水を足してそのまま汁物にするも良し。味噌汁が良ければ、味噌を溶けばいい。
あと余ったご飯で、おむすびを作ってある。黄色い蓋のタッパーがそれ。塩結び、おかか、昆布を二つずつ。小鳥と半分こね。小さいおむすびが小鳥用だから。朝に必ず身なりを整えてから塩結びを食べといて」
「うわ、有難うございます、凄く助かります」
「今日は特別サービスで洗い物も担当してあげよう。岩木は自分が思っている以上に疲れているはずだからね。
ほら、小鳥。『生き残るための処世術』を教えてあげないのかい?」
「そうだった、すっかり忘れちゃってた」
「早いな、忘れるの。森津木さん、洗い物は俺がします。流石にそこまでは」
「良いから。それ、小鳥!岩兄ちゃんに突撃だ」
「任せて、ドーン、岩兄ちゃんだっこー!」
小鳥少年が素早い動きで俺の足の間に座ってしまった。
「小鳥先生のー、『生き残るための処世術』ー」
こうなったらしょうがない。森津木さんにお礼を言って小鳥少年の背中にくっついた。
「常日頃から礼儀正しくー。挨拶お礼はしっかりとー。やっぱり、ここが大切だぜ。
岩兄ちゃんが今日こんなに森兄ちゃんに世話焼いてもらえるのは、それが理由なんだろー?」
カチャカチャ洗い物をしている森津木さんが答えた。
「そうだよ。岩木は説明担当の僕にきちんと礼儀を払った。これはとても珍しいこと。
僕だけじゃない。管理舎であった者に対しても同じだ。だから売店で、被服室で、サービスや歓待を受けた。
岩木は気づいてないだろけど、『岩木』という呼び名だって、舎長が珍しく付けた守り名だ」
驚愕の事実。
売店のお姉さんは客商売だから愛想が良いんだと思っていたし、ツクロイさんも、世話焼きな人かと思っていた。でも、守り名ってなんだ。
「岩兄ちゃん、この郷の皆は興味のない相手、好かない相手に対してはとっても冷たいんだ。
俺や森兄ちゃんだって、他の迷い人に対してここまで手を出さないし、関わらない。
混乱している人、自分が可愛そうって思っている人は、近くにいると迷惑なんだよ」
小鳥の口から思いがけず辛辣な言葉が出てきて驚く。
けれど、当たり前のことかもしれない。
俺だって、悲劇の主人公ぶる奴を友達にはしないし、そういったやつは傍にいるだけで疲れる。混乱している人間は、どうだろう。…パニックになっている知らない人間は近づかないし、怖い。これか。
「郷の皆はただ冷たいだけじゃない。
逆に、友達になって、仲良くなると、守ってくれたりするんだ。
俺、子供のわりに力持ちだっただろ?俺は皆から見ると小さいから、同情されやすかったんだと思う
仲良くなった鬼族の兄ちゃん達が守護をくれたんだ。その影響で、体に少し鬼族の力が宿ってるんだって。」
小鳥少年がこちらに体重をかけてくる。
大丈夫、怖くないよ。言葉ではうまく伝わらない気がして、小鳥少年を抱え込む。
「鬼族や、天狗達は嘘をつかない。
郷の者は半分以上が嘘を嫌うんじゃないかな。言わないことが有っても、嘘はつかない。
でも、人間は違う。嘘だらけだ。嘘つきのくせに正義を名乗るんだ。俺、人間よりもこの郷の皆の方が好きだ」
背中から抱えているから、小鳥少年の顔は伺えない。
けれど、声のトーンが少し低かった。何か、あったのかもしれない。本人が言わないなら聞かない方が良いだろう。
「ごめん、岩兄ちゃん。今のは俺の好き嫌いの紹介だったね…。
岩兄ちゃんが、『生き残るための処世術』授業だったのに」
気を取り直すように、明るい声色に戻す小鳥少年の気遣いを無駄にしないよう、流れに乗る。
「授業だったのか」
「うん、俺が先生で、岩兄ちゃんが転校生の授業だよ。森兄ちゃんは校長。今決めた」
「小鳥先生、授業の続きは有りますか」
「えっへん。続きじゃな。
郷の皆と仲良くなることは、岩兄ちゃんにも良いことなんだ。だから、礼儀正しくしておいた方が良い。
あとは、岩兄ちゃんが何かできる事を探すんだ。例えばアルバイト。できる事を一生懸命するの。
俺の場合は最初、書類整理だったんだけど、毎日通って、毎日事務員の皆に挨拶して、一生懸命バイトする。そのうち、管理舎の事務員の皆が、何だかんだ理由をつけてさ管理舎からの帰り道を、送ってくれるようになったんだ。
今はもう、守護をもらっているし、危険も少ないから送ってはもらわないけど、事務員の皆の気遣いが無かったら、俺は早々に食われていたかもしれないね。
アルバイトは管理舎の事務員の皆と知り合ういいチャンスだぜ。で、頑張って、認めてもらうチャンスでもあるんだ。
岩兄ちゃん、アルバイトしてみなよ。危険はあるけど、得なことも多いよ」
へえ。管理者の事務員達は、温厚な人が多いのかな。事務員するくらいだから、気は長そうではあるけれど。
「ああ、明日から、してみようと思っている。頑張って来るよ」
「おう、張り切り過ぎないようにしろよな」
「おや、授業参観しようと思ってきたのだけど、もう終わりかい?」
「洗い物まで有難うございました」
「森兄ちゃん、片付けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
「ずっと、気になっていたのだけど、岩木、スマホ充電出来てないよね?二号室に以前の迷い人の充電器あるから、使えないか明日にでも見てみたら?充電出来ても、通信自体出来ないけど」
「有難う!明日早速探してみる」
「口調、崩れた」
「崩れたね」
「食後のお茶は俺が淹れます。二人とも日本茶とインスタント珈琲どっちが良い?」
「「日本茶」」
「岩木、お茶入れながら聞いてね。小鳥が教えたように、挨拶は大事。郷の者でも感情は人間と同じ。
親切にしてくれるものには返したいし、礼を払ってくれれば礼を返す。
全く意に介さない者もいるけれど、それも人間と同じだね。
中でも、鬼族は一度懐に入れたものに対して、情が深いね。
天狗達も誇り高い分、こちらが礼を払えば礼を返す。
狼系は人間を喰わないし、犬系も人間と友達になりやすい。
管理舎にアルバイトに出るなら、しっかりと見てくるといい。人間に対して友好的になりやすい種族を探すことも生き残るための手段の一つだ
あと、郷の者は機械類に対して相性が悪い。パソコンとか使えるなら喜ばれるよ。ただし、自腹でパソコンを買わなければならないけどね」
淹れたお茶を持って炬燵に戻る。
お茶の匂いがふわりと広がって二人が笑顔になってくれた。
「「有難う」」
三人でお茶を飲む。ああ、今頃他の迷い人はどうしてるだろう。
最初の夜を、一人で過ごすことはとても怖いのではないだろうか。それとも他の迷い人と一緒だろうか。
「それと、今日僕がクッキーを配り歩いていたのは『お返し』だよ。
岩木が真似する必要は無い。僕はもう月の支給額が無くても生活できるし、アパートにも住まわしてもらっているから、
支給額の範囲内でなるべくお返しをするようにしている。
僕は特に顕著だけど、迷い人の料理には供物としての性質があるから、郷の住人にとても喜んで貰える。
年末には小鳥と一緒に餅つきをして配るから、岩木も一緒にする?」
「いいんですか、お願いします」
今日お世話になった人たちにどうやってお礼するか迷っていたから渡りに船だ。
即答した。
「わかった。二十九日の朝早くから始めるから。二十九日はバイトしないでね。支給金の受け取りもあるし、三人で管理舎に行こう。
小鳥もいいよね?あれ?小鳥?
小鳥、小鳥、そのまま寝てはいけないよ。歯磨きをしないと」
小鳥少年がこくりこくりと舟をこいでいる。
もう夜の九時だ。日中は俺の入居を手伝って掃除や荷物運びまでしたから疲れたんだろう。小鳥少年の布団を敷くためには炬燵を片さないと。
湯のみを片付けようと腰を浮かしたとき、恐ろしい言葉を聞いた。
「小鳥。
虫歯になったら歯医者は無いから、麻酔なしで歯を抜く羽目になるよ」
結局、夜は小鳥少年を寝かせてお開きになった。森津木さんが自分の部屋に帰ろうとするので止めたら
「僕を襲おうとする者は、多分いないかな。守護もどきが強いから」
とのお言葉を頂いた。まじで。




