第9話 ソロ冒険者のデッドヒート/上
オッサンを、捕まえるのは、この私。
ギルドナイトの、シャンティアさんだぞ!
女冒険者シャンティアは、黒い兜をかぶった怪しいオッサンを追っていた。
何故そうなったのか、シャンティアの中で記憶がフラッシュバックする。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
西側の建物が連なる街並みを、東側の提灯が明るく照らす。
東西の文化入り混じる、ここは迷宮都市ガルゼアレン。
『大穴』と呼ばれるダンジョンを囲っている、どの国も属さない自治都市だ。
山脈と大河により東西に分断された大陸のほぼ中央に存在する。
位置的には西側の東の果て。
東西文化が合流する交易都市としての側面を持ち、市場は常に賑わっている。
だが、ここはあくまで迷宮都市。
ダンジョンを探索する冒険者こそが、この都市の花形職業だ。
冒険者が集まる街には必ず一つの問題が発生する。
冒険者ギルドを介さない探索行為――『ヤミ依頼』の横行であった。
「ギルドナイト四班、集合!」
ギルド事務所の一室にて、男は声を張り上げた。
整った身なりをした、銀色の胸当てを装備した黒い髪の中年男性だ。
男の前には、青年が一人、若い女性が二人、整列している。
三人とも、男と同じ銀色の胸当てを装備していた。
その胸当ては、ギルドナイトであることの証だ。
ギルドナイトとは、冒険者ギルドに直接雇用された上級冒険者を指す呼称である。
「四班班長、グレント・ウォレン! 各員、名を申告せよ!」
「四班班員、レゼク・アロット!」
「四班班員、クラリス・ウィンツ!」
「四班最強、シャンティア・バズーカさんだッ!」
他二人がピシッと背筋を正している中、シャンティアという女性だけVサイン。
強気そうな、眉の太い銀髪の女性だった。武器は何も帯びていない。
「全員集まったな。それではこれより任務の説明を始める」
シャンティアの奇行はスルーし、グレントが本題に入る。
「今夜は三年に一度の『迷宮祭』である。街には屋台が立ち並び、往来は多くの観光客でごった返すだろう。――そこで、大規模な闇取引が行なわれる」
「闇取引?」
「『大穴』で採取されたレア素材の取引とのことだ。ガルゼアレン最大のヤミ冒険者クラン『マークラント』が関わっているらしい」
「はい、はい! 班長、はいだゾッ!」
説明の途中でいきなりシャンティアが両手を挙げた。
「『マークラント』って何?」
「いい質問だ。この街で最大の規模を持つヤミ冒険者の共同体だ。伝説の『黒き兜のマークラント』にあやかって『マークラント』を名乗っている」
「へ~!」
初めて知ったかのように瞳を輝かせるシャンティア。
その隣で、クラリスとレゼクが小さな声でヒソヒソと囁き合う。
「『マークラント』の説明、これで何回めでしたっけ?」
「俺の知ってる限り、267回目だ」
「レゼク。正しくは389回目だ」
「ひぃ、俺の知らない説明が100回以上……!?」
訂正するグレントに、レゼクはおののきを禁じ得なかった。
「?」
話の渦中にあるはずのシャンティアだけ、何もわからず笑っている。
これでも彼女は、上級冒険者である。
「今回の取引だが『マークラント』の元締めである『黒首』カッセルが直々に執り行うとの情報を得ている」
「アレが直接出張るなんて、何年ぶりだ……?」
ギルドナイトにとって『ヤミ依頼』を取り仕切るカッセルは長年の宿敵だ。
今回の任務は、その宿敵との因縁に終止符を打てる可能性がある。
「カッセルは自己顕示欲の塊だ。今回みたいな大仕事なら、一目でヤツだとわかる格好をするだろう。見つけるだけなら、簡単だろうな」
「ハンチョー! シャンティアさんは何をすればいいんだッ!」
その問いに対する答えは、簡潔だった。
「黒い兜の男を追いかけろ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
今夜は三年に一度のガルゼアレンの迷宮祭。
この街が興るきっかけとなった『大穴』の発見を記念する大きな祭りだ。
「ンッフッフッフ~、ついに来たぜ、東の果て。迷宮都市によ~」
大通りの入口付近で、一人の男が腕を組んで笑っている。
ありふれた庶民用の平服を着る、腰に二本のダガーを差した男だ。
大きな特徴として、バイザーの左側が大きく欠けた黒い兜をかぶっている。
欠けた部分からは濃い灰色の髪と、気だるげな印象の瞳が覗いていた。
「今日は、食うぜェ~~!」
自らをカブトと名乗るこの男の目的は、食い倒れ。
東西の文化が交わるこの街には、他では食えない珍味や名物が山のようにあった。
「最初に狙うは――」
大通りに入り、カブトは立ち並ぶ屋台を順々に見ていく。
目当ての屋台はすぐ見つかったが、すでに行列ができていた。
「くは、焼けるタレのいい匂い……」
屋台から、白い煙と共に甘く焦げた匂いが漂ってくる。
夕食どきにその匂いは凶器にも等しく、並ぶ人々もソワソワしている
「いらっしゃい!」
カブトの番が来て、店主の威勢のいい声に出迎えられる。
額にハチマキをした屋台の店主は、汗だくになって串に刺した肉を焼いていた。
ここは『焼きガルダ』の屋台だ。
木串に刺した『ニワガルダ』という家畜魔獣の肉を、タレにつけて焼いたものだ。
原種は人間より大きく炎を吐くが、ニワガルダは大きめのニワトリ程度。
その肉は鶏肉より引き締まっていて、また肉自体の味が強いという特徴があった。
『焼きガルダ』は大陸東側ではメジャーな料理だ。
しかし西側では『ニワガルダ』が少ないため、この街でしかお目にかかれない。
「ネギマの塩とタレ、ガルダカワのタレ、二本ずつ」
カブトは指を二本立てて注文する。
ネギマはガルダ肉と山ネギを交互に刺して焼く、最もポピュラーな焼きガルダだ。
塩とタレの二種類があり、塩は素材の味を楽しめて、タレは甘辛さがウリだ。
カワはニワガルダの皮を焼いたモノで、皮の弾力と脂の味が非常にすばらしい。
「へい、お待ち!」
「待ってました~!」
焼きガルダが入った紙袋を受け取り、カブトは歓喜の声を上げる。
あとはどこかでエール酒を買って、その辺の食事用スペースで堪能するだけだ。
カブトは、数分後に訪れる幸福について軽く想像してみた。
まずは塩ネギマを一かじり。口に強い塩味がパッと広がる。
それから肉を噛めば、プリッとした食感が歯を楽しませることだろう。
さらにそこに、肉汁の味わいと山ネギの甘味も加わる。
焼けて柔らかくなった山ネギは、それでもシャキシャキとしている上、香ばしい。
塩みと肉汁、歯応えと山ネギのシャキシャキ感。
それらが渾然一体となって美味という結論に到達しようとする。
だが、完成にはまだ早い。
エール酒という重要パーツが抜けているではないか。
泡立つエール酒で肉の味は流されて、強い苦みに鋭い酸味、そして弾ける炭酸と。
のどを過ぎゆくエール酒の清々しさにより、完成だ。完結だ。つまり最高だ。
しかもこの至上の幸福を串の本数だけ楽しめるとか、何それ神か?
この空想を現実にするために、カブトはエール酒を買いに行こうとする。
「見つけたぞッ!」
急に銀髪の女性に指を突きつけられて、カブトは「ん?」とそちらを見た。
女性は銀色の胸当てを装備している。ギルドナイトだ。
「黒い兜! それに怪しい紙袋! おまえが『マークラント』だな!」
女性が叫んだその名に、周りの人々が一斉に振り返ってカブトに注目する。
「一抜けた!」
カブトは、即座に撤退を選んだ。
エール酒は惜しいが、別の場所で買えばいいだけだ。
「こら~! シャンティアさんから逃げられると思うなよ~~!」
シャンティアが声を張り上げてカブトを追い始める。
以上が、二人の追いかけっこが始まるまでの一部始終であった。
――同時刻、『黒首』カッセルは護衛を引き連れ、祭りに姿を現した。




