第8話 ソロ冒険者のアイキャンフライ/蛇足
アド・タルバル王都。
の、一角を占めるアド・タルバル魔法学院の敷地内。
の、一角にある学院教授が使っている研究室は、惨憺たる有様だった。
「こりゃひでぇ」
研究室を訪れたカブトは、様子を見るなり感想を述べた。
中はしっちゃかめっちゃかだ。
机はひっくり返り、本棚は倒れ、片付け途中の書籍がいくつも塔を作っていた。
一つだけ無事な執務机に、ゆで卵みたいな頭をした男が座っていた。
「あなたが教え子に余計なことを話したせいで、このザマですよ」
学院教授ワイアット・ルーマンは、ドスの利いた声でカブトを非難した。
研究室に嵐を呼んだのは、彼の愛弟子であった。
「あの子に詰問されましたよ。『どうしてジズのことを教えてくれなかったのか』とね」
「俺は、ジズの生態をちょこっと話しただけだぜ?」
「あの子にはそれで十分ですよ。生態の話などすれば『それが判明するまでの経緯』があったことにだって気づいてしまいます」
「そこから、アド・タルバルの人間が『ジズをあえて空想の存在として扱っている』ことまで見破ったと。なるほど、頭がいいな」
肩をすくめるカブトだが、ワイアットは「誰のせいでこうなったと」とボヤく。
「アーネットちゃんなら、そう時間をかけずに真実に到達してたと思うけどな」
「それはそうでしょうが……」
そこで否定しない辺り、ワイアットのアーネットに対する評価が透けて見える。
「だったら、すぐにわかるさ。どうしてジズの存在が隠されてきたのか」
「まぁ、いいでしょう。それで、ジズの巣は?」
ワイアットが多少強引に話題を切り替えた。
「卵は産んでた。三年以内には代替わりするだろうな」
カブトの報告を受けて、ワイアットは安堵のため息をこぼした。
「ジズの巣に何かあれば、アド・タルバル全体に影響を及ぼしかねません。あの巣は、国内の気候を安定させている要因の一つですからな」
ジズの巣が消えれば、アド・タルバルの環境は激変する。
国がタルバール山を禁足地に定めた本当の理由が、それだった。
「下手すれば大陸規模で気候に影響を与えかねない鳥の巣とか、スケールでけぇな」
それはカブトの素直な感想だった。
彼はジズの依頼を受ける直前、学院からジズの巣の確認を依頼されていた。
「報酬はいつもの口座によろしくな」
「わかりました。それにしても、まさかアーネットの調査とカブるとは……」
「おもれぇ娘だな、アーネットちゃん」
これもまた、カブトの偽らざる本音であった。
話がアーネットに関するものになったからか、ワイアットが次の話題を切り出す。
「先日、アーネットに准教授への推薦を出しました」
「ん? そりゃ、さすがに早すぎねぇか?」
魔法学院で教職に就くには、様々な手続きが必要となる。
そもそも資格を得られる最低年齢が三十歳のはずだ。しかし――、
「私が使えるコネを総動員して、准教授の免許発行にこぎつけました」
「ゴリ押したな。あんたらしくもない」
カブトが知るワイアットは、そんな横紙破りはしないはずの人間だった。
「あまり、時間が残されていませんので」
「時間ねぇ……」
「ジズとの邂逅を経て、アーネットの才能はいよいよ花開くことでしょう。あの子は本物だ。机に座っていられる私などとは違う、本物の『風使い』だ」
ワイアットの言いように、カブトは彼の意図するところを正確に把握する。
「なるほど、アーネットちゃんがこの学院を飛び出す前に、か」
「教職資格がなければ閲覧できない魔法文明の資料はごまんとありますのでね」
苦笑するワイアットの奥にあるのは、弟子の成長を願ってやまない師の親心。
「『ジズの娘』はいずれ『黒き兜のマークラント』と並び称される名になりますよ」
半年後、資料を全て読み終えたアーネットは学院を出奔した。
彼女が『ジズの娘』と呼ばれるようになるのは、もう少し先の話だった。




