第10話 ソロ冒険者のデッドヒート/中
その男は、半ば夜に溶け込んでいた。
黒い貴族用の礼服を着こなした、黒い兜で顔を覆っている伊達男である。
『こちらレゼク。『黒首』を捕捉しました』
気配を殺し、物陰から伊達男を窺うのはギルドナイト四班のレゼクだった。
彼は魔通話によって班長グレントに連絡しつつ、伊達男をジッと監視し続けた。
『こちらクラリス、こっちでも『黒首』を視認しました』
クラリスは近くの建物の屋根に身を潜め、カッセルを遠目に視認している。
今夜は祭りということもあり、道には多くの人々が行き交っている。
『どうだ、クラリス』
グレントから質問が飛び、彼女は重々しく息をついた。
『護衛は現時点で十四人。多分、まだ増えます』
『大した警戒っぷりだ。絶対に失敗したくない取引みたいだな』
クラリスの報告に、グレントは忌々しげに舌を打った。
魔通話を介して話を聞いていたレゼクが「さすがクラリス」と彼女を称える。
『四班唯一の鑑定魔法使いだけあって、情報収集はお手の物だな』
『私の鑑定は単体用で、多勢相手は疲れるんですけどね……』
『すまんな、世話をかける』
ため息を漏らすクラリスに、グレントが詫びを入れる。
『いえ、私も『マークラント』には煮え湯を飲まされてますし、これで連中を潰せるなら、全力でことに当たらせてもらいますよ』
『頼む。おまえ達の協力が必要だ』
『任せてくださいよ、大将大盗賊レゼクの追跡を逃れたヤツはいませんよ』
クラリスは補助魔法に長けた魔導士で、レゼクは辣腕の盗賊であった。
二人は四班のサポート担当であり、直接的な戦力は班長グレントと――、
『で、ウチの武力担当から何か反応はあったか?』
『『ないです』』
レゼクとクラリスの回答は、芸術的な重なり方を見せた。
『何やってるんだ、シャンティアは……』
『いつもならすぐに『いいお返事』してくるんですけどね、あの真面目バカ』
『レゼク先輩、そこはバカ真面目じゃないんですね……』
『いや、あれはバカ真面目な真面目バカだろ。そう思わね?』
促され、一番の後輩であるクラリスはシャンティアについて軽く思い返す。
彼女は常に真面目で、どんな任務にも全力で取り組む。
そして結果的に変な二次被害を発生させ、いつも始末書を書かされて泣いている。
クラリスは、コメントを控えることにした。
『大将、いつ踏み込む?』
レゼクは声を低くし、グレントに確認する。
『取引が行われる瞬間だ。今回はブツの回収も任務の内だ。外に流出させたら大問題になる。絶対に回収しなきゃならん』
『だったら余計、真面目バカがいないとヤベェじゃん……』
多数の護衛とカッセルを無力化し、取引の物品を回収する。
それを成し遂げるには、今話している三人だけではどうしても不安が残る。
『もしかして、別の誰かを追っかけてるとか……?』
『カッセル以外に、黒い兜をかぶった男なんていてたまるか』
と、グレントはクラリスの言葉を一蹴する。
その頃、四班最強の真面目バカは、カッセルではない黒い兜の男を追っていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
右手にタレのガルダカワ。
左手にエール酒のジョッキ。
――完成した。
「迷宮祭における焼きガルダ満喫問題は、ここに究極的解決を見た!」
別に誰も聞いちゃいないが、それでもカブトは高らかに宣言した。
彼は、状態を全く揺らすことなく軽やかに疾駆している。
「フ、走りながら本を読むために体得した『英傑走り』がここで役に立つとは」
足をせわしなく動かしつつ、頭と肩は一切上下していない。
その状態で、カブトはガルダカワにガブリと食いつく。
「ん~~、甘じょっぱ~~!」
タレの味を舌に楽しみ、カリッとしたカワの食感が後に続く。
さらに噛み続けてこってりとした脂の味と、モチモチの皮の歯応えでなお楽しむ。
噛めば噛むほど、脂の味は口に広がり、それはカブトの味覚に福音をもたらす。
そして十分にガルダカワをお堪能したところで――、
「ここでエール酒をグイッと!」
しっかりと脂の味に染まった舌を、怒涛のエール酒で完全リセット!
余韻も残さず洗い流して、最後に残るのは炭酸の感触とスカッとしたのどごし。
「くぅ~、こののどごしがたまらねェ~~~~!」
シュタタタと走りながら、カブトは右手の甲で口についた泡をぬぐう。
背後に気配を感じたのはまさにそのときだった。
「見つけたぞ『マークラント』~~!」
「お~っと、見つかっちまったい! だが捕まるワケにゃいかねぇな~!」
壁をよじ登ったシャンティアに顔だけ向けて、カブトは次の家に飛び移る。
こうして、彼は屋根から屋根へと逃げ続けていた。
「待て待てェ~! 『マークラント』~!」
だがシャンティアも、そのあとに軽々とついていく。
両者、不安定な屋根の上を走っているとは思えない安定性を見せていた。
「あ、見つけた」
そして、少し離れた屋根の上に待機していたクラリスが、二人を発見する。
彼女はただちにそれを報告した。
『シャンティアが屋根を走ってただ~? 持ち場離れて何やってんだ!?』
『あの、それが……』
『何だ?』
『シャンティア先輩、黒い兜の男の人を追いかけてましてぇ~……』
『……何?』
非常に言いにくそうに告げるクラリスに、グレントは言葉を失った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
地下。
「よし、やり過ごしたな。なかなか粘ってくれたぜ、あの嬢ちゃん……」
頭上すぐに天上がある狭い地下道で、カブトはようやく一息ついた。
地肌むき出しのここは『大穴』発見前に掘られた坑道だ。
カブトは魔力の明かりを灯し、まっすぐ道なりに進んでいった。
彼には、ここに来る理由があった。
「本命、行くかァ~!」
高まる期待に胸躍らせて角を曲がれば、道は拓けて明かりが暗さを押しのける。
「はぁ~い、らっしゃいらっしゃい!」
天上に吊り下がるランタンの下、威勢のいい呼び込みが聞こえてくる。
広場になっているそこには屋台が連なり、多くの客が訪れて賑わっていた。
「これよこれ、ガルゼアレンといえば地下屋台!」
迷宮都市ガルゼアレンのもう一つの顔、それが地下道街だ。
街の地下に網の目のように走る坑道がもう一つの街として機能している。
ここに来るのは、上の街にいられなくなったゴロツキや食いつめ者達。
上に比べて治安は悪く、衛生環境も整っていないし、犯罪が横行している。
だが、ここには活気があった。
「あっちでケンカだ! さぁ、どっちが勝つかな~!?」
「この野郎、ぼったくりもいいかげんにしやがれ!」
「ねぇ、そこのお兄さん。上よりお安くするから、遊んでいかない?」
ギラつく欲望を隠し切れない者達が織りなす、むき出しの人間模様があった。
「こういうカオスな空気、なじむわァ~」
喧々諤々、丁々発止。静けさなど縁遠い物騒な地下の街を、カブトは練り歩く。
彼がここに来た目的は、ただ一つ――、
「見つけた」
屋台に掲げられた『河タコ焼き』と書かれた看板を見て、カブトの顔がゆるむ。
「八個入りを一つ!」
「ありがとうございや~す!」
店主はハキハキとした声で応じて『河タコ焼き』を作り始める。
丸いくぼみが並ぶ鉄板に、水に溶かした小麦粉が注がれジュウと音を立てた。
この生地に具材を入れて焼き上げたものが『河タコ焼き』だ。
店主が細い針のような器具で、丸く焼ける生地を器用にひっくり返していく。
「ンフフフフ、見た目がもう美味い~」
キツネ色に焼ける生地に期待を膨らませ、カブトは出来上がりを待つ。
生地に入れるメインの具材は商品名にもある河タコだ。
河タコは、この街の近くを流れる『大河』で大量に獲れる。
その身は味がなく、ブヨブヨとしていて熱を通すとすぐに固くなってしまう。
食材としてはあまり人気はなく、そのため大変安い。
だが、その安さから、地下道街では大変重宝されている食材でもあった。
「ヘイ、お待ち!」
「うひょ~、綺麗に焼けた丸っこい河タコ焼きちゃんよ~」
大きな葉を折って作った器に並ぶ八つの河タコ焼きを見て、カブトが笑う。
河タコ焼きには、ガッツォの削り節と二種のソースがかかっていた。
ガッツォ節は『大河』で獲れる魚を干して作ったガッツォ節を薄く削ったものだ。
風味豊かな削り節が、出来立ての河タコ焼きの熱でフワフワ躍っている。
そこにかかる二種のソースは、黒いオッタークソースと白いメヤネーズ。
オッタークソースは、大手メーカーのオッターク社が販売している万能ソースだ。
一方、メヤネーズソースは大陸ではポピュラーなメイヤネスの実を絞って作る。
メヤネーズは大陸の東西問わず、古くから使われる伝統的なソースでもある。
オッタークは旨味としょっぱみ、甘味のバランスが素晴らしい。
メヤネーズは、酢のような強い酸味と深みのあるまろやかなコクが特徴だ。
「それじゃ、いただっきゃ~す!」
近くのベンチに座ったカブトが、串に刺した河タコ焼きを早速パクリ。
カリッ。
と、程よく焼けた香ばしい生地が、歯に当たって心地よい食感を生む。
そこから続けて――、
トロッ。
と、中の生地が溢れてくる。
それは熱々トロトロで、口内を火事場にしかけるが、それもまた醍醐味の一つ。
鮮烈な熱の中に、生地に含まれる出汁とソースの旨味が感じられる。
そこに削り節の風味がフワリと香り、味をより多層的かつ複雑に演出してくれる。
河タコに味はない。
しかし、歯応えは十二分にある。
噛んで噛んで、噛んで噛んで噛んで噛んで、なお口に残るソースの味と河タコ。
ああ、この噛み締める楽しさを何と表現すればいいのか。
河タコ焼きこそ、地下道街の人々の努力の結晶。
安い食材をどうにか美味しく食べようと考えた者達の、創意工夫の賜物なのだ。
「あ、もうなくなっちまった……」
いつの間にか食べ終えて、カブトがハッとする。夢中で食べすぎてしまった。
「もう一つ買ってくるべき――」
バゴンッ。
ベンチから立ったカブトのすぐ横の壁から、そんな音と共に腕が生えてきた。
「…………は?」
バゴンッ!
ドゴンッ!
ドガガ~~~~ンッ!
地下道街の壁の一角を破壊し、現れたのはツルハシを持ったシャンティアだった。
「見つけたぞ『マークラント』ッ!」
「掘ってきたの? そのツルハシで!?」
かくして始まる追いかけっこ第2ラウンド。
カブトもシャンティアも、溢れる人だかりの隙間を縫って、駆け抜けていった。
一方、同時刻――、
『ターゲットが、通りの端にある屋台の前で足を止めたか』
『周りにいる人間のほとんどが『黒首』の護衛ですね。もしかして、レゼク先輩』
『ああ、あそこが取引現場なんだろうな。――どうするよ、大将?』
レゼクがグレントに指示を仰ぐ。
しかし、待てども返ってくるはずの答えは何もなく、レゼクは首をかしげる。
『あれ、グレントの大将は?』
『シャンティア先輩を迎えに行ってます』
『……マジか』
残念ながら、マジだった。




